失礼ながら著者のことは知らず、文庫本の帯に「つよく猛々しく、共感を拒絶する思考」とのコピーが、読み続けてています<桜木紫乃>の推薦文ということで手にしました本書『鯨の岬』です。
本書は書下ろしの『鯨の岬』と第46回北海道新聞文学賞受賞作『東陬(とうすい)遺事』の2篇が収録され、2022年6月25日に文庫本として発売されています。
『鯨の岬』は、札幌の主婦「奈津子」は、孫が笑いながら見ていた鯨が腐敗爆発する動画を見て、子供のころ住んでいた鯨の町の記憶を思い出します。後日、釧路の母を介護施設へ訪ねる途中、捕鯨の町にいた幼い頃が蘇ってきます。記憶の扉を開けた彼女は、母の訪問を辞めて子供のころに住んでいた霧多市へと足を向けるのでした。
『東陬遺事』は、江戸後期の蝦夷地野付に資源調査のため赴任した「山根平左衛門」でした。死と隣り合わせの過酷な厳寒の中で、下働きの「たづ」の家族と親しくなり、その父や弟を通して、壮絶な極地での生活を体験していきます。命を見つめ喪失と向き合う人々の凄絶な北の大地の物語が描かれています。
<堂場瞬一>といえば、警察小説とスポーツ小説を軸に多彩な作品をハイペースで生み出す作家で、日本の戦後警察シリーズとして文庫本で『焦土の刑事』・『動乱の刑事』・『沃野の刑事』の三部作を読み終えたばかりです。著者の作品の中にはジャンルを超えて共通する特徴があり、それが食の描写です。
マメに家庭料理を作るシングルファーザーを登場させる一方で、カレーとファストフードばかりの刑事を描いています。珈琲にこだわりのある刑事を出したかと思えば、ストイックなまでに栄養管理をするランナーの話も出てきます。その食の描写は、そこに著者が人間と生活のリアル感を追及しているに他ならない部分ではないでしょうか。
本書『弾丸メシ』は、2019年10月25日に単行本が刊行されていますが、文庫版書下ろしが一篇追加されて、2022年6月25日に文庫本が発売されています。著者が料理を食べてそれをレポートするという極めてオーソドックスな構成ですが、ルールが設定されています。①日帰りであること、②食事は1時間以内に済ませること、③食べ残さないこと、の三つです。それゆえにタイトルの『弾丸メシ』に納得です。
紹介されるている12篇は福島の円盤餃子や横浜での各国料理、函館のハンバーガー、高崎のソースカツ丼、熊本の太平燕、東広島の美酒鍋、ヘルシンキのカラクッコ、アントワープのフリットとワッフルなどが登場していますが、 日帰りの「弾丸メシ」でヘルシンキやアントワープとは、そこは本文を読めば「そういう日帰りなのか」と納得できます。
各料理の描写は割愛しますが、とにかく具体的で美味しそうで食べたくなりますが、それだけならグルメ情報を読めばすみます。やはり面白いのは〈堂場瞬一の目線での描写〉なのです。
本人に言わせると本書は「ルポ」なのだそうですが、かって<堂場瞬一>は「エッセイ」は書かないと言っていました。本書はまさに、<堂場瞬一>自一自身がしっかりと描かれた食エッセイではないのかなと読み終えました。
<湯浅政明>が監督を務め、2022年5月28日より公開されました長編アニメーション『犬王』の公式書籍『劇場アニメーション「犬王」誕生の巻』が、6月20日に発売されています。
<古川日出男>の小説『平家物語 犬王の巻』(2017年5月・河出書房新社)をもとにした『犬王』では、室町時代に実在した能楽師「犬王」と、その囃子方となった琵琶法師「友魚」の友情、そして2人がエンタテイナーとして人々を魅了していくさまが描かれています。
キャラクター原案を<松本大洋>、脚本を<野木亜紀子>、音楽を<大友良英>が担当しています。「犬王」に<アヴちゃん>(女王蜂)、「友魚」に<森山未來>が声を当てたほか、<柄本佑>、<津田健次郎>、<松重豊>らも参加しています。
本書には<松本大洋>が描いた多数のスケッチのほか、<湯浅政明>のエッセイや絵コンテが収録されています。<湯浅政明>、<松本大洋>、<古川日出男>による鼎談も掲載されています。
<堂場瞬一>の〈日本の警察〉大河シリーズとして三カ月連続刊行として、第1作目『焦土の刑事』・第2作目『動乱の刑事』の第3作目の『沃野の刑事』ですが、2019年11月20日に単行本が刊行され、2022年6月15日に文庫本が発売されています。
第2作目から18年が経った1970年。大阪万博を控え、高度経済成長で沸き立つ日本を舞台としています。
捜査一課と公安一課を対立させたある爆破事件以降、袂を分かった刑事の「高峰靖夫」と公安の「海老沢」は、それぞれ理事官に出世し、国と市民を守ってきましたが、かつてふたりの同級生だった週刊誌編集長「小嶋学」の息子「和人」の飛び降り自殺で亡くなったことがきっかけで、再び3人の立ち位置の違いがありながら絡み合っていきます。
「小嶋」は、息子が学生時代に参加した学生デモの参加で逮捕されたことが原因で自殺したと思い、公安か警察が情報を流したと信じており、「高峰」や「海老沢」が独自に自殺の真相を調べを進めるうち、総合商社に勤める「和人」に関して、アメリカの戦闘機導入にまつわる汚職事件の存在が徐々に明るみに出てきます。
尊重すべきは国家の利益なのか、それとも名もなき個人の名誉なのか。「警察の正義」を巡り、「高峰」と「海老沢」はまたしても踏み絵的な事件に向き合うことになります。
本書で三部作として完結ですが、「高峰」の高校生の息子「拓男」が将来の職業として「警察官」の夢があるようで、高峰家の「警察官」三代目としての伏線なのかなと期待しながら読み終えました。
<原田マハ>の美術関係として『異邦人(いりびと)』を読んだばかりですが、本書『美しき愚か者のタブロー』は、2019年5月31日に単行本が刊行されていますが、2022年6月10日に文庫本が発売されています。
主人公に「日本に美術館を創りたい」という夢を追い求めた不世出の実業家・初代川崎造船所の社長であり『神戸新聞』の創業者<松方幸次郎>を据え、関係する人物に美術史家「田代雄一」や「吉田茂総理」・画家「クロード・モネ」といった人物を配し、第2次世界大戦下のフランスで「松方」の絵画コレクションを守り抜いた孤独な飛行機乗り「日置釭三郎」など、史実に沿いながら、著者<原田マハ>の世界をつくりあげ、文庫本で解説を吹極め483ページ、面白く読み終えました。
建築設計者の立場としては建築家<ル・コルビジェ>と国立西洋美術館の誕生にまつわる逸話や、画商や西洋絵画(タブロー)にまつわる秘話が楽しめた物語でした。
日本人のほとんどが本物の西洋絵画を見たことのない時代に、ロンドンとパリで絵画を買い集めた「松方幸次郎」は、絵画に対して「審美眼」を持ち合わせない男でした。絵画収集の道先案内人となった美術史家の卵「矢代幸雄」(文中名:田代雄一)との出会い、『いりびと』でも重要な役割を果たしていた『睡蓮』の「クロード・モネ」との親交、何より「ゴッホ」や「ルノアール」といった近代美術の傑作の数々によって美に目覚めていく「松方」でしたが、戦争へと突き進む日本国内では経済が悪化、川崎造船所の破産の憂き目に晒されます。
志半ばで帰国した「松方」に代わって、戦火が迫るフランスに単身残り、絵画の疎開を果たしたのは謎多き元軍人の「日置」でしたが、日本の敗戦とともにコレクションはフランス政府に接収されてしまいます。しかし、講和に向けて多忙を極める首相「吉田茂」は、コレクション返還の可能性を探ります。
1枚の絵画に秘められた、特に表紙になっています「ゴッホ」の『アルルの寝室』(現在:オルセー美術館蔵)は、物語のキーポイントとなるタブロー(絵画)として印象に残る場面で使用されていました。
医者を著者とする小説は多々ありますが、現実的な記述が多く興味ある分野です。本書『俺たちは神じゃない』は文庫書下ろしとして2020年6月1日にはつばいされていますが、消化器外科医として執刀する立場だけにリアル感ある手術の描写が楽しめました。
主人公40歳独身の「剣崎啓介」は、600床の敬愛会麻布中央病院に腕利きとして知られる中堅外科医です。そんな彼が頼りにするのが「松島直武」です。生真面目な「剣崎」と陽気な関西人の「松島」。ふたりはオペで絶妙な呼吸をみせます。
タイトルとバディーの組み合わせで、アメリカ映画『俺たちは天使じゃない』(1989年・監督:ニール・ジョーダン)のオマージュを意識されているのかもしれません。
著者は、連作短編の本書を通じて外科医の医者としての本質を問うています。文中の「患者を救い傷つき、患者を失い傷つく」という短い言葉が重く心に響きました。
院長から国会議員の大腸癌切除を依頼された「剣崎」は、「松島」を助手に得意なロボット「HOKUSAI」で手術を進めますが、その行く手にはある危機が待ち受けていました。現役外科医が総合病院という組織を背景に、日夜起こるドラマをリアルに描いています。
今後シリーズ化されるのかは不明ですが、麻酔科医の「瀧川京子」のキャクターも気になる存在でした。
本書『清明』は、著者<今野敏>の「隠蔽捜査」に始まるシリーズの『棲月』(隠蔽捜査7)に続く、スピンオフの2作品を含めシリーズ10作目となり、単行本は、2020年1月に刊行、文庫本として2022年6月1日に発売されています。
大森警察署長から神奈川県警刑事部長に着任した異色の警察官僚「竜崎伸也」でしたが、着任早々、東京都の県境で死体遺棄事件が発生、警視庁との合同捜査になり、昔の面々と再会しますが、署長の立場と違いどこかやりにくさを感じます。
捜査中、ペーパードライバー講習中の妻「冴子」が自動車教習所で事故を起こし、「竜崎」は教習所所長のもと県警OBの「滝口」とひと悶着を起こします。
死体遺棄された被害者は、中国人の不法入国者と判明、公安と中国という巨大な障壁が立ちはだかり、事案は複雑な様相を呈してゆきます。横浜中華街の華僑とのつながりが事件の核心となり、「竜崎」は県警OB「滝口」の人脈を頼り、中華街の大物との面会ができ、政治・思想がらみでの事件の様相を見せてきます。当初は「安倍晴明」が関係するのかと思っていましたが、表題となっています「清明」が<杜牧>の七行詩だと分かり、生臭い事件に一抹の清涼感を与えています。
着任早々の事件も、警察官としてブレない「竜崎」として無事に終えますが、馴染みの登場人物に加え、新たな展開として「阿久津参事官」が脇役としていい味を出しているで、今後の展開(といっても新刊本として『探花』(隠蔽捜査9)がすでに刊行されています)が楽しみです。
著者<小路幸也>の古書店〈東亰バンドワゴン〉を営む堀田家の日々が綴られます〈東京バンドワゴン〉シリーズも15作目になりました。1作目(2006年)からの、長い付き合いのシリーズですが、それだけ楽しく読める内容になっています。
このシリーズは〈堀田家の今〉を描く〈本編〉が三作続き、〈主に過去の時代の堀田家など〉を描く〈番外編〉を4年に一作挟むという形で今まで続いています。新刊本が先行して刊行されていますので、文庫本のチェックも大変です。
文庫本15作目になる2022年4月30日発売の今回の新刊のタイトルは『イエロー・サブマリン 東京バンドワゴン』です。本編に戻っていますので、いつものビートルズナンバーがタイトルになっています。
いつも通り、10年前に76歳で亡くなった三代目店主の「堀田勘一」の妻「堀田サチ」の{幽霊?}の語り口で、堀田家に起こる事件や騒動を描いています。
四世代が同居する堀田家を中心にかなりの数の登場人物のが出てきますので、馴染みのない読者には巻頭についています人物相関図が役に立つと思います。
今回も四季を通じて堀田家の一年の物語が収められています。
著者は、『月のさなぎ』で2010年・第22回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞している<石野晶>で、本作『やがて飛び立つその日には』は文庫本書下ろしとして2022年5月15日に発売されています。
岩手県の自然豊かな山里に暮らす「花守ひばり」は、虫をこよなく愛する活発な少女でした。2歳年上の「和志」や同い年の「絵美」と幼馴染として一緒に充実した子供時代を送っていましたが、十五歳の誕生日に、亡き母が生前遺した花守の娘は「子供を産むと死ななければならない」というメッセージを聞き、自らの命にまつわる数奇な運命を知ることになります。
知らされた事実に衝撃を受けつつも自分の目指す道を信じて進む「ひばり」に、やがて大学の農学部に進みこれもまた運命的といえる1人の男性「村田蓮」と出会います。
今を懸命に生きていくこと、そして命を繋いでいくことの尊さを知る感動を、自然界の昆虫( ナミアゲハ・ゲジゲジ・カイコ・ギンヤンマ・ゲンジホタル等)や大きな伏線ともなる(ハクモクレン)の木と(アキアカネ)を中心に、植物(タチアオイ・ツキミソウ・ケシ等)を盛り込みながら、心温まるファンタジーとして描かれています。
昆虫や植物に関心のある人にぜひ読んでいただきたい一冊で、本箱の<有川浩>の『植物図鑑』の横に収めました。
序に始まり全4話の短編と結が連作して構成されています『謎掛鬼 警視庁捜査一課・小野瀬遥の黄昏事件簿』は、文庫本書下ろしとして、2022年5月15日に発売されています。
著者<沢村鐵>は、「警視庁墨田署刑事課特命担当・一柳美結」シリーズとしての〈『フェイスレス』・『スカイハイ』・『ネメシス』・『シュラ』〉や「警視庁捜査一課・晴山旭」を主人公とした『クランⅠ』・『クランⅡ』など、ハードアクションの骨太の警察小説の印象が強く、本書のような予想外のファンタジ―的な書き出しに少し戸惑いました。
主人公は副題通りの新米刑事「小野瀬遥」25歳は、黄昏の光に満ちた町に迷いこんでしまいます。
そこには、警視庁管轄には存在するはずのない派出所があり、若き巡査が、「遥」に謎めいた言葉で捜査の指針を与えてくれます。
捜査一課に配属として最初の事件は、小学生の女の子の誘拐事件でしたが、若き巡査の言葉で無事に解決します。
元アイドルが鑑定を行ういんちき占い師のお告げを信じた事件が連続しておこり、「遥」はおとり捜査として占い師と対峙しますが、正体がばれてしまい、そこで怪しげなふたつの「眼」を見てしまいますが、最後の事件へとつながるなぞとして引き継がれていきます。
やがて「遥」が、上司の「晴山旭」と共に捜査に当たるのは、警視庁を揺るがすSNS犯罪「#謎解きジャスティス」でした。それは被害者が謎掛け形式で名指しされる、悪夢のような連続殺人事件ですでに3人が殺されていました。
「遙」の上司は前出の「警視庁捜査一課・晴山旭」であり、若き巡査「足ヶ瀬直助」は、『クラン』で共に馴染みの登場人物として、物語にうまく組み込まれており、異界とのファンタジーな物語でしたが、面白く読み終え、シリーズになりそうなタイトルだけに、「小野瀬遥」の刑事として今後の成長も楽しみです。
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