著者<笹本稜平>(1951年10月9日 ~2021年11月22日)は好きな作家で、本読書記録で10冊以上は取り上げていると思います。残念ながら昨年末に亡くなられていますが、訃報は今年になってから発表されています。
本書『転生 越境捜査』は、『孤軍 越境捜査』に次ぐ「越境捜査」シリーズ第7作目として2019年4月に単行本として刊行され、2022年2月12日に文庫本が発売されています。
<宮野>が刑務所から出所したばかりの元窃盗犯の老人「葛西」が告白した30年前の殺人事件。その被害者は日本を代表する大企業の会長「槙村」だといいます。現在も企業の会長として存命のはずですが、「葛西」老人は、今の会長は、相方の「原口」が成りすました別人だとのことを<鷺沼>に連絡してきます。そして、伝え聞いた老人の告白と時を同じくして、住宅の解体工事に伴い空き家の床下から30年前の白骨死体が見つかります。
事件性を感じた警視庁特命捜査の<鷺沼>と神奈川県警の<宮野>の刑事コンビが金銭の絡んだ事件の捜査をはじめると、「槙村」がなりすましの偽物だとスクープ記事をまとめていたルポライター「川井」の死体が発見され、俄然と事件性が増すなか、捜査と裏稼業を伴うタスクフォースのメンバー(鷺沼・宮野・三好・井上・山中綾香・福富)が動き出します。
解説を含んで553ページの大作。最後まで結末が分からないまま、一気に読ませる構成はさすがです。著者の作品として「越境捜査」シリーズは第8作・第9作がありますので、文庫本での発売を気長に待ちたいと思います。
この『歩道橋シネマ』は、『図書室の海』『朝日のようにさわやかに』『私と踊って』に続く、著者にとって7年ぶりの4冊目となる(連作を除く)短篇集です。〈小説新潮〉に発表した11篇を中心に、全18篇が収められています。
SFもファンタジーもホラーもミステリも青春小説も自由自在に書き分ける多彩な技量の持ち主なので、どんな話になるのか、書き出しからはまったく結末が想像できないのが特徴として、どの短編も読者の〈思い込み〉を巧妙に利用していて、こういう小説だなと決め込んで読んでいますと見事に足をすくわれる作品が楽しめます。
個人的には『球根』・『楽譜を売る男』・『降っても晴れても』など、ブラックユーモア系が秀逸でした。
ニタリとする各編の感想はネタバレになってしまいますので、省略させていただきます。興味ある方は、巻末の著者あとがきとして、作者自身により18編の短いコメントが掲載されていますので参考にして、驚きの感覚を味わってみてください。
本書『人面瘡探偵』は、2019年11月に単行本が刊行、2022年2月9日に文庫本が発売されています。
主人公の相続鑑定士の「三津木六兵」の右肩には、5歳の時のケガから傷跡が顔に見える〈人面瘡〉が寄生しています。「六兵」は頭脳明晰な彼を〈ジンさん〉と名付け、何でも相談して過ごしてきました。
信州随一の山林王である本城家の当主「本城蔵之助」が亡くなり、「六兵」は、務めています「古畑相続鑑定」の仕事として残された子供4人の相続分割のため現地に派遣されます。遺産をめぐって長男絶対主義の因習が色濃く残る一族でしたが、「六兵」が鑑定の仕事を始めますと、長男の「武一郎」と嫁の「妃美子」夫婦が蔵で焼け死に、次男の「孝次」が水車小屋で絞殺され、三男の「悦三」が滝つぼで水死と、相続人が次々に不可解な死を遂げていきます。
最後の残ったのは幼い知的障害のある息子「崇裕」を連れて出戻った長女の「沙夜子」となり、一家に関係する家政婦の「久瑠実」、料理人の「沢崎」、顧問弁護士「柊実規」を絡めて、さまざまな感情が渦巻く本城家で起きる連続死事件の真相を、相続鑑定士の「三津木六兵」は毒舌な〈ジンさん〉に叱責されながらも、二人三脚で事件を追っていきます。
後半で、怪死事件の鍵となる「絵本」が登場しますが、提示カ所がミステリーとしては遅すぎる感じで、相続人が残る一人となった段階ではおのずと犯人がばれてしまうのも普通の構成でしたが、テンポよく読ませてくれました。
建築設計にかかわる立場として近代的な集合住宅のさきがけとなりました「同潤会代官山」に目が留まり、著者が『ビブリア古書堂の事件手帳』シリーズの<三上延>とあらば、手にしないわけにはいかない2019年4月単行本が発行され、2022年2月1日に文庫本として発売されています『同潤会代官山アパートメント』でした。
1996年に解体されましたが、かつて東京・表参道にあった同潤会青山アパート。最先端の街にあるツタの絡まるレトロな建物として歴史を刻んでいました。本書『同潤会代官山アパートメント』は、1927年に入居が始まり、1996年に解体された同潤会代官山アパートが舞台の小説で、関東大震災から阪神・淡路大震災を越えて生きた一家4世代の物語が紡がれていきます。
1927年、関東大震災で4歳下の妹「愛子」を亡くした「八重」は妹の婚約者でした「竹井」と結婚し、同潤会アパートの3階に入居します。最新式の住宅にも、自分同様に無口な夫にも戸惑う「八重」でしたが、時代の激流に翻弄されながらも、心通わせる相手と出会い家族をつくり、支え合って生きた4世代の70年の歴史がセピア色の郷愁と幼い頃の記憶が蘇甦り、あたたかな気持ちで満たされる家族小説です。
建設当時のアパートは電気やガス、水洗便所を備えた鉄筋コンクリート造りで、完成時は「先進的でモダン」な住宅でした。次第に時代遅れの古い建物になり、大家族で暮らしていた一家も最後まで住んでいたのは「八重」のひ孫にあたる「奈央子」1人だけになってしまいます。
しかし、一家の心のふるさとはこのアパートにあり、その象徴として、真鍮(しんちゅう)の古い鍵が代々、受け継がれていきます。
昨年に著者のエッセイ紀行『美麗島紀行 つながる台湾』(新潮文庫)を読んでいますが、改めて本書の取材旅行ともいえる下地の内容だとよく分かり、解説文を含めて569ページの本長編作品に反映されています。まず先に『美麗島紀行 つながる台湾』を読んでから本書『六月の雪』を読まれることをお勧めします。
声優への夢破れ、派遣社員としての仕事も終わり、祖母「朋子」と二人で生活する「杉山未来」は32歳です。骨折した入院した祖母を元気づけようと、入院中の期間を利用して「未来」は祖母が生まれ17歳まで過ごした台湾の古都、台南を訪れることを決意します。
祖母の人生をたどるべく、一週間の台湾への一人旅。そのなかで「未来」は、日本統治後の台湾が、戦後に台湾の人々を襲った悲劇と植民地だった台湾に別れを告げた日本人の過去を体験していきます。
そして探し求めてたどり着いた祖母の生家らしき家で、「未来」は人生が変わる奇跡のような「劉慧雯(りゅうけいぶん)」の体験談を通して日本と台湾の関係に思いを巡らせていきます。
現地では、通訳として父の教え子であった〈愛想のない〉「李・華(りいか)」やため口言葉を喋る「洪春霞(こうしゅんかん)」が同行してくれますが、若い二人を通しても台湾と日本の関係が表現されていて、現代史としての教科書的な内容に感動する台湾旅情があふれ、最後に思わぬ悲しみが待っている作品でした。
<堂場瞬一>の企業小説『犬の報酬』は、自動車企業の「自動運転開発」を絡めた物語として2017年3月に刊行され、2022年1月25日に文庫本として発売されています。
大手自動車メーカーの「タチ自動車」は、自動運転の開発を進める実験走行中に衝突事故を起こします。所轄の警察署は人身事故でもなく些細な物損事故ということで公表しませんでしたが、この事件の記事が東日新聞に掲載されたことから物語は展開していきます。
自動車メーカーの事故をめぐり、情報を隠蔽しようとするメーカーと、暴こうとする新聞記者の取材を軸に構成されています。
事故の情報がどこから漏れたのか、総務課の「伊佐美祐志」と「井本茉莉花」は社長の指示で秘密裏に社内調査を進めていきますが、調査対象者が社内で自殺を行い、その後の実験走行中に、人身事故が起こり女子小学生が亡くなります。
東日新聞の「畠中孝介」は、ネタ元であるタチ自動車内部に精通する「X」を通して社内の情報を得てさらなるスクープを求めて動き回ります。
ネタ元「X]は、別のメーカーの自動運転開発と関係を持つ大学の恩師にアドヴァイスを求めたことで、開発から外され、意に沿わない部署に異動させられた社員で、高校の同級生だった記者のネタ元になっていました。表題の「犬」の意味がここで繋がります。その恩師のゼミの教え子である国交省審議官が、国策として陰で糸を引く、という構図でした。
まだ3月ですが、初めて読む<城山真一>の『看守の流儀』は、おそらく今年の読書のベスト1.2だとおもえるほど、刑務所を舞台に描く5篇の短編連作として重厚な人間ドラマの構成は見事で、感涙する描写もある傑作でした。
<横山秀夫>の「いやぁ、これは久しぶりのドストライクだった。」の言葉が読み終えると「なるほど」とよく分かるのですが、細かいところはネタバレになりますので、ぜひ手に取って読んでほしい一冊です。
物語の舞台は、地方都市金沢にある加賀刑務所、そこは更生の最後の砦ですが、上級試験に合格している顔に傷のあるキャリアの刑務官「火石司」が着任し、刑務所内で起こるシャバ以上に濃厚な人間関係が渦巻く五つの事件を「火石マジック」といわれるさばきで解決、努めている刑務官たちの矜持と葛藤がぶつかり合う連作ミステリー仕立てになっています。
第一話『ヨンピン』
模範囚として服役期間の四分の一を残して仮出所した「源田」が、更正施設から姿を消してしまいます。副看守長の「宗片」は行方を調べ始めます。
第二話『Gとれ』
暴力団が売りさばいていたのは、加賀刑務所が印刷を請け負っている大学の入試問題でした。看守部長の「及川」は、入手経路と犯人の特定を命じられます。
第三話『レッドゾーン』
総務部で管理していた受刑者の健康診断記録とレントゲンフィルムが消失してしまいます。誤廃棄か盗難か、総務部を恨む処遇部のしわざなのか。
第四話『ガラ受け』
すい臓がんで倒れた受刑者「貝原」は余命3カ月の診断。刑務所内での療養を希望する彼を説得し、刑務官の「西門」は刑の執行停止を求め、身受け人が必要ということで「貝原」の離婚した妻と娘に会いに出向きます。
第五話『お礼参り』
再犯リスクの高さから、加賀刑務所は警察と共同で、満期出所した放火犯「牛切」に再犯の可能性があるということで監視をつけます。しかし「牛切」は監視に気が付き姿をくらませてしまいます。そこにはある策略が隠されていました。
文庫本の帯にあります「驚きの結末!」が書けないのが残念ですが、おすすめの一冊です。
著者<堂場瞬一>には、多くのシリーズがありますが、本書『ボーダーズ』は「検証捜査シリーズ」の〈『検証捜査』・『複合捜査』・『共犯捜査』・『時限捜査』・『凍結捜査』・『共謀捜査』〉の全6冊に続く、警視庁特殊事件対策班(SCU)の5人を主人公に据えた新シリーズの登場です。
東京新橋で銀行立て籠り事件が発生します。男性客「藤岡」が刺殺された後、犯人は逮捕されたのですが、被害者は40年前に成田闘争のデモで機動隊員を殺して手配され、公安に追われている男「中内伸治」でした。
その捜査に警視庁特殊事件対策班(SCU)が動き出します。(SCU)は犯罪が多様化する中、あらゆる事件の現場に介入できることを許された警視総監直轄の組織でチームは個性ある5人が集められています。
公安出身のキャップ「結城」から被害者の「藤岡」を調べるよう指示された「八神」は、犯人、被害者、公安が複雑に絡む事件の真相に、特殊能力を個々に持つメンバーの協力を得て挑みます。才能豊かな刑事チームの活躍をを描く新シリーズとして、チーム5人の個性が良く描かれた第一作目で今後の展開が楽しみなシリーズになりそうです。
著者<葉室麟>は、2012年『蜩ノ記』で第146回直木三十五賞を受賞、江戸時代を舞台に武士の生き様や矜持を描きながら市井の敗者や弱者の視点を大切にした歴史時代小説を多く残しています。
2017年(平成29年)12月23日66歳で没後、江戸時代から明治へと時代が変わる世相を描いた『約束』の原稿が見つかり刊行されていますが、本書も明治から大正期を背景とし、著者の没後の2018年8月に刊行、2021年6月25日に文庫本として発売されています。
旧仙台藩士の三女として生まれた「星りょう」(後の相馬黒光)。その利発さから「アンビシャスガール」と呼ばれた「りょう」は、自分らしく生きたい、何事かをなしたいと願い、18歳で上京、明治28年に東京の明治女学校へ入学します。女子教育向上を掲げる校長の「巌本善治」は「蝶として飛び立つあなた方を見守るのがわたしの役目」と、「りょう」に語りかけます。
明治女学校の生徒「斎藤冬子」と教師「北村透谷」の間に生まれた悲しい恋物語。夫「国木田独歩」のもとから逃げた「りょう」の従妹「佐々城信子」が辿った道のり。義父の「勝海舟」との間に男女の関係を越えた深い愛と信頼を交わした英語教師の「クララ・ホイットニー」。校長「巌本」の妻であり、病を抱えながらも翻訳家・作家として活躍した「若松賤子」。「賤子」に憧れ、その病床へ見舞いに訪れた「樋口一葉」。
「りょう」が若き日に出会った、新しい生き方を生きようとするそれぞれの明治の女性たちの生きざまを通して、その希望と挫折、喜びと葛藤が胸に迫る、明治文学史ともいえる登場人物たちが躍動する歴史長編です。
最後は「りょう」自らの女性としての生き方の運命の結実を描き切っています。
本書は、2021年10月1日より公開されました<瀬々敬久>監督の『護られなかった者たちへ』の原作で、2018年1月にNHK出版により単行本が刊行され、加筆修正のうえ2021年8月4日に文庫本として発売されています。
仙台市内で誰もが口を揃えて「人格者」だと言う、仙台市の福祉保険事務所課長「三雲忠勝」が、身体を拘束された餓死死体で発見されます。周辺捜査では「三雲」は誰からも恨みを買うような人物ではなく、怨恨が理由とは考えにくく、物盗りによる犯行の可能性も低く、捜査は暗礁に乗り上げてしまいますが、県警捜査一課の刑事「笘篠誠一郎」は、残酷な殺害方法から怨恨の線が捨てきれません。
続いて、人格者とまで言われている県会議員の「城之内猛瑠」が連続して「餓死死体」として発見されます。捜査の過程で「三雲」と「城之内」は塩釜福祉事務所での同僚だったことが判明、その過程で事件の数日前に、塩画家福祉事務所で暴行事件を起こし事務所に放火した「利根勝久」が仮出所しているのが分かります。
「笘篠」は必要に「利根」の周辺を捜査していきますが、殺害された上司の「上崎」が次なる標的だとにらみ、「利根」を追い詰めていきます。
生活保護問題に絡めたリアルな現実問題の社会福祉と人々の正義感が交差したときに見えるものは何か、著者<中山千里>の巧みな構成に、思わず「あっ!!」と真犯人が浮かび上がる文章の巧みさと、伏線の巧みさにも驚く一冊でした。
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