何とも不思議な時間軸の流れの中に色々な伏線が埋め込まれているのですが、後半になり一気に花開く感がある一冊でした。
舞台は、東京のとあるビルの地下にある<柳井>がバーテンをしている小さなバーです。
会社に勤めながら漫画家として活躍してる<立石春奈>は毎週火曜日、絵画教室に出向く前にちょっと寄り、56歳で常連の自称早期退職者<炭津(西島)>と飲むのを楽しみにしています。
この<炭津>は実は幽霊で、14年前の交通事故で56歳で亡くなっているのですが、以前から<柳井>は<炭津>が幽霊だと知りながら<春奈>との会話に耳を傾けています。
ある日<春奈>は自分が5歳の頃に起こった札幌の自宅の火事についての推理を、名探偵と推薦する<柳井>の言葉に従い<炭津>に語り始めるのですが・・・。
著者には幽霊のお婆ちゃん探偵が活躍するほのぼのとした 『ハートブレイク・レストランン』 がありますが、本書は学生時代の出来事に端を発し、「復讐」というキーワードが温かく切ない<炭津>の過去が余韻を残すミステリーでした。
女であることを隠し、伊勢崎町の船宿の看板船頭を務める<弥生>は<弥吉>と名乗る19歳です。
江州杜下の大名<来栖家>の孫に当たる彼女は、跡目争いのお家騒動から逃れるために身分を隠し、叔母夫婦が営む船宿『松波屋』に身を寄せています。
この『松波屋』の裏稼業が、金子と引き換えに江戸から姿を消させる「とんずら屋」を営んでおり、主人の<市兵衛>は「仕切り」役で<昌>は「元締め」という立場です。
宿にはわけあって身分を隠した呉服問屋の若旦那<進右衛門>こと<各務丈之進>が長逗留、国元で城代家老を務める父から「江戸にて、仇討を手助けせよ」との密書が届きます。
庶民の人情的な生活と武士の大義という二面性が、「とんずら屋」という稼業を通して鮮やかに描かれている構成で楽しめました。
主人公<水上草介>は20歳で薬草栽培や生薬の精製に携わる小石川御薬園の同心となり、2年が経過しているところから物語は始まります。
のほほんとした性格からまわりの者からは<水草>と呼ばれていますが、人並み外れた草花の知識を持ち、押し葉を趣味とする人物です。
この御薬園は西側は芥川家、東側は岡田家が治めていますが、真ん中を通る仕切り道に沿い東側には「小石川療養所」があり、園内で起こる様々な出来事に<草介>は漢方の処方のように植物を通してもめごと解決していきます。
芥川家には若衆髷に袴姿で剣道に励む男勝りの17歳の娘<千歳>がおり、ふがいない<草介>を後押しして問題を解決する、いい脇役を務めています。
9話の短篇が治められており、花好き植物好きの方にぜひ読んでいただきたい、おすすめの一冊です。
バツイチ女性<エリコ>が中学生の娘<エリコ>を育てながら、三味線の世界にのめり込んでいく 『ぎっちょんちょん』 も面白かったですが、この『いとみち』の主人公<相馬いと>は、祖母の教えのもと三味線のコンンクールで賞を取ったことのある16歳の高校1年生です。
人見知りを治すために<いと>が選んだバイトは、青森市にある「メイドカフェ」ですが、定番の台詞「おかえりなさいませ、ご主人様」が「おがえりなさい、ごスずん様」になるという祖母譲りの伝統的な津軽弁が抜けなく、ドジばかりを繰り返しています。
この祖母<ハツエ>は77歳ながらも、<ヴァン・ヘイレン>なども三味線でこなし、文中の台詞は「〇☆●ДИ・・・」などのように記号で表現され、なかなか個性豊かな脇役でした。
カフェの店長、アルバイトの子連れの<幸子>や漫画家志望の<智美>といった家族的な雰囲気のなか、突然オーナーが薬事法違反で逮捕されてしまいます。
先行きの経営があやふやな中、常連客の銀行員<青木>の算段で融資もうまくいき、リニューアルオープンで、<いと>は『津軽じょんがら節』の演奏を引き受けることになります。
「いとみち」というのは、抑える爪にできる弦の溝のことですが、主人公<いと>の名に通じ、それぞれの登場人物たちとの糸が絡み合うような人生の綾をも表現している表題です。
ゴールデンエッグス社主催のミステリー新人賞を、元人気俳優の<向坂祐一郎>が受賞、200万部を超えるベストセラーになります。
小説家を目指す<岡田平助>は、この<向坂>の小説が、自分が過去に応募し、≪小説家の道≫というサイトに掲載したものと同じで、盗作だと知ります。
見逃すわけにはいかない<平助>は、ゴールデンエッグス社の編集者<泉田>に連絡、調査を依頼するのですが、盗作問題は思わぬ方向に発展していきます。
新人賞を絡む出版業界の裏話を通し、ミステリー作品がミステリーを産むという構成で、結末がどうなるのかと最後まで興味が尽きませんでした。
本書は2011年第144回直木賞の受賞作ですが、著者は2013年の『櫛挽道守』で、今年度の「第9回中央公論文芸賞」・「第27回柴田連三郎賞」・「第8回親鸞賞」を同時受賞しているということで興味を持ちました。
文明開化に踊る明治10年、根津遊郭にある「美仙楼」を舞台として物語は始まります。
武士の次男として生まれた26歳の<定九郎>は、厳格な武士としての教育を受けながら大政奉還により身分を失い、「美仙楼」の<立番>として客引きをしていますが、自分の将来が定まらない中、日々をやり過ごしています。
廓という閉鎖的な社会を舞台に、人気花魁の<小野菊>、噺家の弟子と称する<ポン太>、討伐を志願する賭場の用心棒<中公>など、複雑な人間関係が絡み、明治に始まる「自由・民権」の意識が芽生える社会を背景に、それぞれの人間模様が鮮やかに描かれている作品でした。
特に<美仙楼>を守る「妓夫」<龍造>の、履物の下駄を通しての人間観察眼が素晴らしく、まさに「足元を見る」という言葉がぴったりでした。
<仮面警官>シリーズも、第5作目の 『謀略』 に次ぎ、本書『巨悪』で最終巻になりました。
かっての恋人<真理子>が、衆議院議員<嵯川>を筆頭に神奈川県警本部長<景山>や、指定暴力団「河内連合」のトップ<日下部>達の陰謀を追及するために<南條>は、元警察官の<多治見>の捜査資料が記録された<USB>を巡り、謹慎中の身でありながら独自で陰謀組織に立ち向かっていきます。
<嵯川>は、32年目のアメリカ留学でふられた恨みを晴らすべく、虎視眈々と<美月>総理の失脚と、手を組んいる「河内連合」<日下部>の中国進出を狙い、<美月>が政治的に失脚するように計画を進めていきます。
最終的に<嵯川>たちの陰謀はあばかれ未然に終わりますが、主人公である<南條>は<USB>を取り返す時に拳銃で撃たれ、その後の経過がわからず、殺人の過去を背負った<仮面警官>としての結末はあやふやなままの終結でしたが、そのことを読者に不満と感じさせない見事なエンディングでした。
第1作目の『仮面警官』に始まる<仮面警官>シリーズは、『発覚』・『告白』・『驚愕』と続き、今回の『謀略』で5作目になります。
前回より間が空き、久しぶりにシリーズ物として読みつなぎましたが、親切にも複雑な登場人物の一覧表が冒頭に整理されていましたので、読みやすくなっていました。
この『謀略』にて、国家を揺るがす陰謀の影役者<嵯川>衆議院議員や、「河内連合」のトップ<日下部昇>、本邦初の女性総理大臣になった<美月玲子>たちが、32年前にアメリカ・マサチューセッツの大学で学んでいた背景が語られ、読者におぼろげながら対中国政策に何らかの思惑があることを匂わせています。
主人公の刑事<南條達也>は、過去に自分が誤って射殺した組員<木村>の事件を、退職した刑事<多治見>に見破られています。同時に<多治見>はこれにかかわる「河内連合」の捜査資料を<USB>にまとめているのですが、尾行しているのを知られ、「河内連合」の口封じに合ってしまいます。
亡くなったと知らされていた<真理子>は、父親が陰謀に加担しているのを嫌い偽名で勤めていましたが監視下のもと身分がばれており、「河内連合」の手によって拉致されるところで、本巻は終わり最終巻に向かいます。
前作 『食堂つばめ』 で、臨死体験を経て生の世界に戻った<柳井秀晴>は、「食堂つばめ」で死の世界から生の世界へ送り返す仕事を(ノエ)から依頼され、生と死の境目の世界(街)に自由に出入りできる力を与えられています。
「食堂つばめ」で、人生の思い出の食事をおいしく食べることができた人は、生の世界へ戻れることができ、料理人(ノエ)は(街)に紛れ込んだ人たちのために腕を振るい料理を作り出します。
今回は、妻のオリジナル料理である「つゆだくの肉じゃが」、老舗洋食店の「グラタン」、おばあちゃんがつくってくれた「かき餅」などがキーワードとして登場、それぞれの登場人物たちの思い出話がプロローグとエピローグに挟まれて4話が納められています。
特に二話目の『夢のランチバスケット』は5歳の女の子<花穂>が主人公で、これから夢を持ち大人になっていく夢のある終わり方で、ほのぼのとさせてくれました。
高校3年生の2001年、短歌集『ハッピーアイスクリーム』にて歌人としてデビューし注目された著者ですが、その後小説等にも活動を広めています。
この『あかねさす 新古今恋物語』は、『新古今和歌集』に詠まれている歌をモチーフとして、中高生から45歳までの登場人物たちの恋物語が22話納められています。
タイトルの<あかねさす>は、『万葉集』に出てくる<天智天皇>の妻<額田王>が詠んだ枕詞ですが、以前は天皇の弟<大海人皇子>と結婚、子供まで設けているという複雑な立場の女性で、正解がない男女関係を象徴しているようです。
『新古今和歌集』が編まれた千年ほど前の時代も現在も、男と女がいる限り、これからも奇なる恋愛物語は生み出されていくようです。
- ブログルメンバーの方は下記のページからログインをお願いいたします。
ログイン
- まだブログルのメンバーでない方は下記のページから登録をお願いいたします。
新規ユーザー登録へ