乳がんで亡くなった母の遺品を整理していた大学生の<石黒洋平>は、押し入れの天井裏に隠されていた手紙と写真を見つけ出し、自分が殺人事件で死刑判決を受けている元検察官<赤嶺信勝>の息子だと知ってしまいます。
犯罪者の息子であると苦悩する<洋平>ですが、まだ死刑が実行されていないということで、実父は冤罪ではないかとの可能性をかけて、冤罪を主体に活動している雑誌記者<夏木涼子>を訪問、二人して事件の再調査に乗り出します。
二人の調査にからめ、弁護士活動の実態、冤罪事件や現在の司法の状況、警察署の留置所を監獄に代用できる「代用監獄」問題などの問題点が丁寧に取り上げられ、人はいかにして罪に落されていくのかが克明に描かれていきます。
読み手をハラハラさせる事件の進展に、事件の真実は?真犯人は?
<洋平>の身の振り方に一抹の未来を託された感じで、物語は終わります。
著者<柴田よしき>は、特に好きな作家という意識はないのですが読書記として 『求愛』 を初めとして10冊は取り上げているようで、本書は、『水底の森』 と同様に文庫本(上下)で900ページを超す長編作品です。
中学生三年生、15歳の修学旅行として京都に訪れ、自由行動中のA組二班の7人でしたが、同じ班の<小野寺冬葉>が同乗していた路線バスから突然失踪する事件が起こります。 行方不明のまま、時は流れて20年後、それぞれの人生を歩んでいる当時のメンバーである人気歌手で流行作家の<秋芳美弥>、離婚問題を抱えている文芸誌の編集者<三隈圭子>や売春組織に関連している美人の<御堂原貴子>の元に 「わたしを憶えていますか 冬葉」という文面のメールが送られ、物語は不気味な様相で物語は始まっていきます。
20年前に失踪した同級生<冬葉>からのメール。それを発端に修学旅行で同じ班だった同級生たちに様々な事件が発生。その中で登場する同級生たちの現在の描写が丁寧に書かれ、読み手としては、ミステリーとしての伏線と謎に引き込まれていきます。
終章近くなってからは張り巡らせた伏線を回収するためでしょうか、事件を終結させるためにちょっと無理がある展開が気になる部分もありました。登場する2件の殺人事件全てが<冬葉>に絡んだ事件かと思っていましたが、<冬葉>には関連のない事件で終わりましたが、刑事になっている<東萩耕司>の性格付けとしての役割としての効果は出ていたようです。
事件解決までの流れは、どこに集結するのかと楽しみでしたが、結末への伏線が当初から出てこないだけにミステリーの基本を外している感じで、事件物の締めくくりとしては、納得ができませんでした。
本書の主人公<澪>は、17歳の時に隣家に住む<葛西笙平>に誘われ一度だけ関係を持ってしまいます。将来は<笙平>の妻となるものと思っていました。ところがその後、<笙平>は、江戸詰となり藩を離れることになり、しかも御用人の娘<志津>と結婚をしてしまいます。
失意のまま<澪>は、藩の郡方<萩蔵太>のもとに嫁ぎ12年、夫は極心流の津かいてながら物静かで穏やかな性格、長女<由喜>、長男<小一郎>に恵まれた生活を送っていました。
そんなある日<澪>は、<笙平>が江戸にて不祥事を起こし藩に護送中に逃亡したとの知らせを聞き激しく動揺、疑いは濡れ衣だという<笙平>を、自分がまかされている<芳光院>の茶室に匿ってしまいます。
その後追ってから逃れるべく温泉宿に逃げるのですが、異変を察知した<蔵太>は、藩の実力者である<芳光院>の査定を期待して<笙平>と<澪>を手助けして、追っ手をかわし<芳光院>のところまで<笙平>を送り届けます。
読者は、妻<澪>が結婚前に関係を持った相手が<笙平>と知りながら手助けしてゆく<蔵太>の姿に、男として、武士としての格の違いを感じるとともに<澪>の行動にハラハラさせられます。
<澪>の妻としての心の揺れ、追っ手との駆け引き、緩急の効いた展開に最後まで目が離せませんでした。「人として本当に大切なことは何か」という箇所が随所にちりばめられた一冊でした。
平成最後の月に、隠れた昭和の敗戦に関する秘部に触れた作品と巡り合えました。本書『水曜日の凱歌』は、芸術選奨文部科学大臣賞受賞作品で、文庫本で715ページの力作です。
昭和20年8月15日水曜日は、主人公<二宮鈴子>の満14歳の誕生日でした。父が運送会社を営む二宮家は比較的裕福な家庭でしたが、父は交通事故で亡くなり、疎開先から東京・本庶に戻ってきた母<つたゑ>と<鈴子>は、焼野原のなか、父の友人<宮下>の世話で住居を確保します。
<宮下>は、進駐軍の性暴力に備えるために日本政府が「特殊慰安施設」を造るのに際して、英語のできる<つたゑ>を慰安所の通訳としての仕事を斡旋します。<つたゑ>は<鈴子>と慰安所となる老舗旅館に移住、14歳の<鈴子>には、髪を切り男の子の姿に変装させての生活が始まります。GHQが公的売春に否定的だったため、この施設は閉鎖され、熱海のキャバレーへと移り住みます。
やがて<つたゑ>は、進駐軍の<デビッド中佐>の愛人となり、豊かな生活を享受しますが、<鈴子>は、<宮下>・<デヴィッド中佐>と男を渡り歩く母の生き方に反発を感じ始めます。
敗戦後、生き抜いていかなければならない女性として、母としての<つたゑ>の行動を思春期の少女<鈴子>の目線を通して、国家と権力、戦争と平和に切り込んだ戦後の日本の現代史として、社会性を持った作品だと思います。
本書を読み終わるとタイトルの意味が、性に関する重い題材にも関わらず、その後の希望が持てそうな読後感を与えてくれています。
2012年 、第146回直木賞を『蜩ノ記』」で受賞した著者は、 2017年12月23日に66歳で亡くなれています。
敗者や弱者の視点を大切にした歴史時代小説を多く残し、本書『川あかね』もその系統の一冊です。
綾瀬藩で一番臆病者といわれる<伊藤七十郎>は、勘定奉行の<増田惣右衛門>から、派閥争いの渦中にいる家老<甘利典膳>の暗殺を命じられます。商人と癒着して私腹を肥やしている<甘利>が、江戸から国元の藩に戻り証拠隠滅を図る前に領地手前の巨勢川にて討てとの密使を受け、<伊藤>は出立しますが、大雨の影響で川渡りができません。
<伊藤>は、近くの木賃宿で川明けを待ちますが、相部屋のうさん臭そうな輩たち5人に翻弄されながらも、彼らから「武士」として生きる意味を見つけ出していきます。
まるっきり剣術がダメな<伊藤>を助けるべく、心通わせたうさんくさい仲間が協力して、情が深すぎ優しすぎる<伊藤>の刺客としての役目を「友」として助けます。
武士としての生き様と矜持を、悲しみと笑いの中で見事に描き切っていました。
本書『白く長い廊下』は、1992年「第38回江戸川乱歩賞受賞作品で、乱歩賞初の医学ミステリー作品になります.文庫本としては、1995年7月16日刊行になりますが、今読んでもさすが乱歩賞受賞作品として、また、著者自らが外科医であるということもあり医学的な描写や病院内部の事情も面白く楽しめました。
外科手術で麻酔担当の<窪島典之>が行った手術終了後、手術室から病室絵向かう廊下の途中で患者<並盛行彦>の呼吸がとまり、翌日死亡します。麻酔の手順に全く問題を感じなかった<窪島>ですが、妻である<並盛義美>と弟の<並盛琢磨>の医療ミスではないかという訴えに対し、病院側は穏便に保険で支払おうと<窪島>にミスを認めさそうとしますが、<窪島>は頑固に拒否。独自に調査を始めます。
そんなおり、薬剤師の<山岸ちづる>が<窪島>に近づいてきて、ミスではなく巧妙に点滴器具に仕掛けがある殺人であると主張。二人で調査の結果、当日ストレッチャで患者を運んだ<榊木十和子>という看護婦と患者の妻は高校の同窓であり、共同犯行という線が浮かび上がります。
<窪島>は警察に一部始終を告発し、病院を追われることになります。また、病院側はこの殺人事件が明るみに出て、評判が落ち、結局以前から売却を打診してきていた関東医科大学の<新郷>理事長が病院を購入、一新して開業します。
そして恋人として信頼していた<ちずる>に対して、<窪島>は隠している事実があると感じた<窪島>は全てを捨て、無医村の幹根島へ渡り、そこで診療所生活を始めます。1年後、<ちずる>が島を訪ね、<新郷>が自分の母親の恋人であること、学生時代から面倒をみてもらって、<新郷>に恩義を感じ、医療事件の顛末を伝えていたことを白状します。<窪島>は近いうちにこの島に渡ってきてほしいことを伝え、物語はハッピーエンドを匂わせて終わります。
<レイ・チャールズ>が唄うジャズのスタンダードナンバー『わが心のジョ-ジア』をふと思い出し、手にした本書『わが心のジェニファー』(2018年10月10日刊行)です。
日本びいきの恋人<ジェニファー>から、結婚を承諾する前に、価値観を去有するために、携帯もパソコンも持たずに日本への一人旅を命じられた<ラリー(ローレンス・クラーク)>の日本での奮闘記です。
幼い頃に両親が離婚、元海軍提督の祖父に育てられた<ラリー>は、「日本人は油断のならない奴ら」という認識で日本に出向き、様々な体験を繰り広げながら、最後に自分の思わぬ秘密に辿りつきます。
読み手側としては、著者(日本人)による日本賛美を<ラリー>に代弁させている感じがしないでもありません。外国人向け日本案内書とでも言いましょうか、<ポール・ボネ>の現代版『不思議の国ニッポン』といった趣の一冊でした。
単行本刊行は、本書『赤朽葉家の伝説』のスピンオフ篇として 『製鉄天使』 が刊行されていますが、文庫本としては『製鉄天使』(2009年10月29日)が先で本書は(2010年9月18日)の刊行と逆になっていますが、本書を読みながら、「なるほど!」と遅まきながら、女子暴走族の主人公<赤緑豆小豆>の背景が一段と理解できました。
本書は、島根県紅緑村を舞台とし、赤朽葉家の女三代に渡る壮大な物語です。島根県の山奥で国家のしがらみなく暮らす「辺境の人」の子供<万葉>は、村に置いてきぼりにされ、村の若夫婦に引き取られますが、製鉄業で財を成した赤朽葉家の女主人<タツ>に見初められ、長男<曜司>に輿入れします。<万葉>は、未来視ができ「千里眼」と呼ばれ、自分の子供や夫の死を予め見通していました。<万葉>は本書で語り部として登場する<瞳子>の祖母になります。その娘<毛毬>が母であり、『製鉄天使』での主人公で暴走族の頭となり、引退後は漫画家として大成功をおさめます。
一地方の家族の物語ではありますが、なんともファンタジックな内容でありながら、現実感をもって読者の心に響く内容で、最後まで一気に読ませる構成に驚きを隠せません。
壮大なスケールが楽しめた背景として、戦後から高度成長期を経ての社会状況が近代史の歴史として記述されている構成だと改めて気づかされます。
本書は、刑事<加賀恭一郎>シリーズとして『卒業」(1989年5月8日刊行)に始まり『赤い指』に続く第8作目(2013年8月9日刊行)となり、本作から<加賀>の活躍する舞台が「練馬署」から「日本橋署」に移動した1作目の作品となり、その意味によりタイトルの「新参者」となっています。
9章ある各短編が独立した性格が強く感じますが、事件を追う内容としては連作として構成され、章ごとに代わっていく主人公となる人物の視点を通じて<加賀>の捜査の意図が明らかとなり、彼が事件に直接関係ない周辺人物の小さな謎を解いていくうち徐々に本来の事件解決が浮かび上がっていく構成となっています。
日本橋小伝馬町で離婚したばかりの45歳の女性<三井峰子>が、マンションの自室で絞殺された殺人事件が起こります。日本橋署に着任したばかりの<加賀恭一郎>は、自身にとって未知の土地の日本橋を歩き回り、事件や被害者と何らかの接点を持った家族や店を丹念に訪れます。
<加賀>は事件に残されたいくつかの謎の解明のため、その謎に関わった当事者達の様々な想いを一つずつ解きほぐしていき、そしてそれらの解決を通じ絞殺事件そのものの真相にたどり着いていきます。
殺人事件とは関係ないと思われる、姑と嫁、親子関係、友人関係などの人間模様が下町としての日本橋界隈の風情を舞台として描かれていて、事件を解決するだけが刑事の仕事ではないという<加賀>の思いがよく伝わる内容でした。
本書『刑事のまなざし』(2012年6月15日文庫刊)は著者の作品として同じ講談社文庫の、『虚無』 に続き2冊目となります。
本書には、表題作を含む7編の独立した短篇が納められています。
罪を犯した少年たちの心に寄り添い、その更生の手助けになる仕事がしたいと法務技官になった主人公<夏目信人>は、一人娘が通り魔事件の被害に遭い、植物状態になったことをきっかけに30歳の時に警察官に転職した過去を持っています。6年後、東池袋署の刑事課に配属され新人刑事となった<夏目>の刑事としてのまなざしは被害者の痛みを知る優しさと罪を憎む厳しさを湛えていました。
少年院の過去を持ちながら真面目に働こうとする青年、父親に虐待された女の子、ホームレス殺人、などの事件を通して、何気ない言葉使いやしぐさで、事件の本質に迫る<夏目>の「やさしいまなざし」が随所に光る短編集でした。
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