今年の読書(64)『野火の夜』望月諒子(新潮文庫)
11月
21日
著者<望月諒子>の作品としては、神戸市在住の作家だということで初めて手にした『野火の夜』で、2023年2月刊行、文庫本として2025年10月1日に発売されています。
昭和・平成・令和にまたがる壮大なスケールの物語ですが、多くの伏線もしっかりと最後には回収され、著者の筆力を感じる見事なミステリーとして最後まで気が抜けませんでした。
2021年夏、関東各地の自動販売機から、血のついた5千円札が相次いで発見されます。新渡戸稲造の肖像の旧札で、総額は約2百万円。数日後、池袋のビルとビルの隙間で中年男の死体が見つかります。男の身元は「森本賢次」、55歳と判明。その息子「森本恒夫」こそ、血染めの5千円札を自販機で使おうとして逃げ出した男でした。血染めの紙幣は、死んだ父親がかつて連絡船の中で盗み、自宅に隠していた数千万円の一部だといいいます。
週刊『フロンティア』のフリーライター「木部美智子」は、5千円札の出所を追ううち、愛媛県南西部の由良半島で25年前に起きたある事件へと辿りつきます。25年前の事件は、世間的には火災としか報道されていませんが、実は一軒の家で二人の死者が出た殺人事件だったことを「木部」はつきとめます。その現場で血に染まった例の5千円札は、原発発電所誘致のために地元にばらまくために用意された裏金だったのではないか。犯人だとされた「神崎元春」は山の中で自死。「木部」は、「元春」の妻だった女性「芳江」を追い求めて事件の深層を探ろうとする中、「元春」の父「安治」の満州・奉天での日記を「芳江」から入手します。
第3章は、突如として場違いと思われるこの「安治」の奉天での記録がつづられていますが、この物語の大きな伏線となっています。極限状況の中で人はいかにして生きるのか。修羅の道を選ばざるを得なかった人間の限りない哀しみと痛みと勇気を赤裸々に描き出しています。
満州で再会した3人の同郷人の運命と、男の子3人を描く一枚の小さな水彩画が、最後にしみじみと胸に染みる物語でした。







