物語の導入部は、「倍返しだ!」で有名になった<半沢直樹>の著者かなともおもえぬ、ホラーチックな始まりでした。
主人公<倉田太一>はある夏の日、駅のホームで割り込み男に注意したのがきっかけで、正体不明の男の嫌がらせが始まります。
妻が世話していたダリアの花壇は荒らされ、郵便受けには瀕死の子猫が投げ込まれたりと不審な出来事が起こり、家の中から盗聴器が見つかるなど、親子4人の穏やかな日常が乱されていきます。
かたや銀行に勤める<倉田>は、定年を目の前にして電子部品会社に総務部長として出向、営業部長が取引に関して不正を働いてる事実を、部下の<西沢摂子>と追及してゆくのですが・・・。
家庭を見知らぬストーカーから守り、会社では出向者という肩書で孤軍奮闘する<倉田>の行動に応援をしたくなるほど、中盤からラストまで<池井戸>らしい構成で盛り上がり、最後までページをめくる手が止まりませんでした。
「珈琲店タレーランの事件簿」シリーズとして、『珈琲店タレーランの事件簿2』に続く『珈琲店タレーランの事件簿3』ですが、初の長編推理としての登場になりました。
珈琲店タレーランのバリスタ「切間美星」はバリスタの頂点を決める関西バリスタ大会の本選への出場を果たします。友達以上恋人未満の「青野」や、オーナーである大叔父「藻川」を引き連れて挑んだ大会の競技中、なんと「美星」は異物混入事件に巻き込まれてしまいます
犯人が見つからないまま、第2、第3の事件が起こり混沌とする会場。「美星」は「青野」と共に、密室の謎を軸に試行錯誤を繰り返しながらも、「美星」の洞察力、推理力が冴えわたり犯人捜しに挑みます。
事件は美星がバリスタが集う大きな大会に出場したことで起こります。「美星」にとって「関西バリスタ大会」は憧れの大会であり、大会の第1回王者である「千家」は教えを請いに行くくらい尊敬していた存在でした。しかし、事件を解決していくうちに「千家」に対して、辛い疑惑が持ち上がっていくのです。「憧れ」と「現実」のギャップはどの世界にも起こりうることであり、「やっぱり憧れは、中に入ってみるものじゃありません。外からながめて楽しむのが一番です」の「美星」の言葉には共感が持てます。
大会中2日間に渡り、今まで以上に密に協力しあってきた「美星」と「青野」。ラストシーンでは「美星」が積極的に迫ろうとしますが、「青野」に上手くかわされてしまいます。しかしバリスタの修行のためとはいえ、イタリアに一緒に行く話で盛り上がる二人に、読み手側も甘酸っぱい気持ちにさせられます。
物語は、いまや駅から遠く古臭い環境になってしまっている、昭和40年代に建てられた団地が舞台です。
ある日サラ金ローンで夜逃げしてきたキャバクラ嬢の<絵里>は、高校の同級生で中退した<朱美>の部屋に転がり込んできます。
団地にはそれぞれの人生の過程で、最愛の夫や妻を不慮の事故や病気で亡くした高齢者たちが、ひとり寂しく人生の思い出をかみしめながら生きてゆく姿が、6話の連作短篇として納められています。
<人生の明日にいったい何が待っているのかは、誰にも予測できない>との文章が出てきますが、それだからこそ前向きに生きなければという著者のエールを感じ、また人間関係がいかに大事かを知らしめてくれる心温まる一冊でした。
町の再生を描いた<楡周平>の 『プラチナタウン』 や、生まれ故郷の町長となり村の再生を描いた<佐々木譲>の 『カウントダウン』 と同様に、過疎化の進んだ「止村」の再生を描いたのが本書です。
自分の会社を興すためにIT企業を辞めた<多岐川優>は、一時の骨休みのために祖父の故郷「止村」に出向きますが、村は過疎化と高齢化の進んだ限界集落でした。
このままでは故郷の村がつぶれると考えた<優>は、地元の農家の<正登>・<美穂>親子と一緒になり、村の農業を経験してきたビジネス能力を駆使して生き残りを計ろうとしますが、途中大きな困難もあり、ハラハラドキドキの展開が広がります。
都会から逃れ、農業研修にてきたいた若者三人組などもいいキャラクターとして脇役を務め、461ページを一気に読ませる内容で、まさにワクワク感一杯の一冊でした。
前作を読みました 『思い出のとき修理します』 の続編です。
祖父から受け継いだ「津雲神社通り商店街」の時計店には、<思い出の時 修理します>と、「時計」の「計」の文字が取れたプレートが飾られていましたが、孫の<秀司>はそのままにしています。
前作では、失恋の痛手で亡くなった祖母の「ヘヤーサロン由井」に移ってきた<明里>でしたが、<秀司>に心癒され今では恋人同士です。
4編の時計修理に関わる物語が納められていますが、家族や姉妹たちの大切な人生の思い出を、壊れた時計を通して修復していく語り口は、どれも切なくて心温まります。
時計の仕組みに例えた、<歯車はひとつでは意味がない。ふたつ、三つと噛み合って、複雑な仕組みを動かす>という言葉が、人間関係そのもので心に残りました。
「ミステリの女王」と呼ばれた<アガサ・クリスティー>の生誕120周年を記念して、2010年に創設された「第1回アガサ・クリスティー賞」を受賞した作品です。
主人公は24歳で大学教授の<黒猫>と呼ばれている美学理論を駆使する天才で、同じ大学の研究室にて「エドガー・アラン・ポオ」を研究している博士課程の女性が「付き人」として登場します。(ポオは、著者が文中で使用されている表現で「ポー」との表記もあるとおもいます)
6話の短篇構成ですが、謎解きの過程で持ち前の美学の理論を駆使しながら「アラン・ポオ」の作品を分析、日本文学から映画の世界など、著者の博識な知識が繰り広げられています。
「付き人」の<黒猫>に対する淡い恋心も伏線として描かれており、クリスティー賞にふさわしい内容でした。
続編も単行本として出ているようで、文庫本化されるのが待ち遠しくなる<黒猫>シリーズです。
主人公<佐藤雅祥>は、17歳の時に母親を癌で亡くしたショックから自殺未遂を犯し、21歳になっても家に引きこもりの生活を続けています。
そんな折、父親がひとりの赤ん坊<タカヤ>を家に連れてきて、知り合いが海外旅行に行く間あずかることになったということで、3人の生活が始まりますが、突然父親が病死、<雅祥>は赤ん坊の世話を焼くことになります。
どこの赤ん坊か分からないまま従姉妹の<しーちゃん>の力を借り、迎えの来る日まで世話をする<雅祥>ですが、当日になってもどこからも連絡がありません。
<雅祥>の子育ての奮闘を描きながら、流産で子供を産めなくなった夫婦、母子家庭の中学生<成美>の妊娠等、出産に交わる話しが平行して進み、やがてひとつのドラマとして完結、心温まり胸に染みる読後感が残る一冊でした。
本書は、デビュー作の『チーム・バチスタの栄光』以来、海堂ファンにはお馴染みの登場人物たちが脇を固めていて、面白く読めました。
また同じ著者の前回に紹介した 『マドンナ・ブェルデ』 に出てくる<曽根崎伸一郎>や、娘の代理出産をした母親<山咲みどり>が産んだ<薫>が登場するなど、ニヤリとさせられる場面が盛り込まれています。
物語は、桜宮市(海堂の架空の都市)に新設された未来医学探究センターを舞台として、網膜芽腫という病気で右目を摘出された9歳の<佐々木アツシ>は左目も同じ病気に侵され、世界初の「コールドスリープ」の技術でもって、特効薬の開発を期待して5年間の「凍眠」に入っています。
「凍眠八則」の法律に基づき、<アツシ>のお世話を毎日している<日比野涼子>は、少年が目覚める際に重大な問題が起こることに気付き、ひとり対策を練っていきます。
コンピューターで制御される「凍眠」を通して、人を守るべきはずの法律や制度が、逆に人を縛るとういうときにどう立ち向かうのか、人間の尊厳と倫理を考えさせられる医療ミステリーでした。
な読み終わった後、解説者が女優の<松坂慶子>さんで、すでに彼女が母親<山咲みどり>役でNHKのテレビドラマ(2011年4月19日~全6回放送)になっていることを知りました。
産婦人科医<曽根崎理恵>は自分の妊娠の再、「双角子宮」という病状で子供を産めない体ということを知ります。
夫<曽根崎伸一郎>はアメリカの大学に教授として単身赴任、感情的な交流もなく夫婦という書類上の関係でも構わないという性格です。
<理恵>は自分の55歳の母親<みどり(ヴェルデというのは「緑」という意味です)>に代理出産の依頼をし、自らの手で卵子を母親の胎内に着床させます。
日本の法律では、精子や卵子が誰のものであろうと「産んだ女性」が「母親」という法律が規定されていますが、<理恵>は論理的にそれはおかしいという考え方の持ち主で、代理出産で生まれた子供たちを踏み台に世間に知らしめようと目論んでいました。
<帚木蓬生>の男性の妊娠実験の 『エンブリオ』 や、<樹木信>の死んだ子供のクローン人間を産もうとする 『陽の鳥』 などと同様に、医学的に倫理的に生命とは子供とは何かを問う一冊でした。
副題に<素行調査官>とありますが、既刊の『素行調査官』に次ぎ、シリーズ2巻目です。
警察を辞職した元麻薬の潜入捜査員<坂辻誠一>が、縁もゆかりもない山形県で自殺をはかり、乗り捨てられた自家用車のトランクから覚醒剤が発見されます。
山形県警から連絡を受けた警視庁監察係の<本郷岳志>と<北本一弘>は、<入江透>首席監察官の指示のもと、ひそかに山形まで<坂辻>の遺骨を引き取りがてら、彼を自殺に追いやった原因と覚醒剤の調査を始めていきます。
出世欲と金銭欲のうごめくピラミッド構造の警察組織の中で、内部監察チームの捜査と合わせ、<本郷>と関連する探偵事務所の<土居沙緒里>や、<坂辻>の後輩であり交番所勤務に左遷させられた<岸上>等の脇を固める登場人物達もいい人間味を出しており、この先楽しみなシリーズになりそうです。
- ブログルメンバーの方は下記のページからログインをお願いいたします。
ログイン
- まだブログルのメンバーでない方は下記のページから登録をお願いいたします。
新規ユーザー登録へ