昨年11月17日(土)に全国公開されました映画『ふがいない僕は空を見た』の原作本です。
5編が収録されており、第1編の『ミクマリ』が、2009(平成21)年の<女による女のためのR-18文学賞>の大賞を受賞、その後同作品を含めたタイトルの単行本で、<本の雑誌が選ぶ2010年度ベスト10第1位>、<本屋大賞2位>、<第24回山本周五郎賞>を立て続けに受賞しています。
高校1年生の<斉藤良太>は、12歳年上の主婦<あずみ>と不倫関係にあり、<あずみ>の趣味であるコスプレの姿でセックスに励む日々が続いています。
同級生の<松永>は<斉藤>に気持ちを寄せているのですが、人妻としての<あずみ>にのめり込んでゆく中で、彼自身性欲とは違う感情が生まれ、自分自身の原点に悩みをかかえます。
第1編だけを呼んで、「これで映画一作撮れるのかな」と不思議に感じましたが、それぞれの登場人物たちのが残り4編に主人公として話がすすみます。第1編と絡み合い、複雑な人間模様を浮き上がらせ、「なるほど」と納得すると共に、著者の文章力にみいられました。
<斉藤>の母親は助産院を開いていますが、女でひとつで息子を育てる環境の中で、生きることの痛みと喜びを中心に据えて、どこまでも優しく読者に語りかけてくれる一冊でした。
「もぐら」<シリーズ>として5作目になる『もぐら 闘』です。
主人公は、元警視庁組織犯罪対策部に所属していた「もぐら」こと<影野竜司>です。
新宿のビル街にあるオープンカフェ似て大規模な爆破事件が起こり、多数の死者がでますが、その中にiPS細胞の研究に関わる研究員がいたことがわかり、また爆破に用いられた手口が、共に「ONGAWARA」という企業に結びついてきます。
<シリーズ>前作で昏睡状態に陥った恋人<紗由美>の看護で、浜松市内にある医療施設でリハビリの付き添いをしている<竜司>ですが、入院患者が突然姿を消すという不審な出来事が続き、人体実験が行われていることを突き止めてゆき、この施設も「ONGAWARA」と関連があるのが判明します。
トラブルシューターの「もぐら」として、警察の人間ではありませんが、元同僚との連携プレーで事件を解決してゆきます。
捜査責任者の<垣崎>は、功をあせるあまり情報屋の<波留間>に翻弄されますが、最後は立ち直り一皮むけた人間に成長して終わる場面は、思わずニヤリとして読み終えました。
副題に「考古探偵一法師全」と付いていますが、『葬神記』に次ぐ<考古学ミステリー>シリーズの第二冊目です。
第一冊目は読んでいなくても独立した内容ですので困りはしませんでしたが、前作との関連が出てきますので、シリーズ物としては順番に読むのが王道のようです。
主人公は遺跡発掘アルバイトをしている<古屋達司>で、考古学の学芸員<呉>から出雲市に近いD町にある「鬼の墓」の調査で訪れるところから始まります。
調査目的地では、地元大学の古代史同好会の顧問<篠田史子>をリーダーに4人の学生メンバーと合流するのですが、人里離れたセミナーハウスに宿泊中、次々と学生たちが殺人事件の被害者になっていきます。
古代史に絡む「鬼」伝説を主軸に、考古学に冠する雑学も楽しめましたが、ミステリーとしては読者にすべての情報を提示しておくという手順を踏んでいない感じがしないでもなく、また「考古探偵一法師全」も最後だけの登場で、<シリーズ>の主人公誰なのかなと疑問のまま読み終えました。
2003年「インディゴの夜」で、第10回創元推理短編賞を受賞、2005年受賞作を含む連作短編集『インディゴの夜』を刊行、以後も連作短編集としてこの『Dカラーバケーション』(2012年2月)で4冊目になります。
登場人物たちは、渋谷のホストクラブ「club indigo」の女性オーナー<高原昌>を中心に個性あるホスト達が登場、<高原>を中心に難事件などのトラブルを解決してゆくという筋立てです。
<高原>の台詞として、「相手が誰だろうと気が乗らない、ノリが違うと思ったらそっぽを向き、梃子でも動かない。実に分かりやすいが扱いは面倒。それがこの連中だ」とあるように、一筋縄ではいかないホスト達の活躍は、なかなか会話のやり取りも面白く、肩を張らずに気楽に読めました。
表題の「Dカラー」はダイヤモンドが絡む事件に乗り出すのですが、最高ランクの表示としての意味合いが含まれています。
著者の<家族小説短篇シリーズ>として、 『家族の言い訳』・『こちらの事情』(双葉文庫) ・ 『ほのかなひかり』(角川文庫) ・ 『小さな理由』(双葉文庫) に続き、5冊目になります。
今回も8話の短篇が収められていますが、それぞれに愛情のこもった物語りで、ほのぼのとした読後感で心が温められます。
第一話の「ひかりのひみつ」を読めば、表紙のイラストの意味がよく分かるのですが、未婚の母の子供として生まれ義父との家庭の中で素直に育った主人公<奈々>の明るさが、逆にホロットさせられるラストでした。
どの短篇も家族をテーマにしていますが、著者自身があとがきで、<家族小説をたくさん描く内に、家族とは肉親だけなのだろうかと疑問に思うようになりました。友人、知人、仕事仲間、それからペットなどなど。縁あって触れ合うことになった間柄すべてを”家族”と呼んでいいのでは・・・>と述べられています。
そんな目線でそれぞれの大切な絆を描いた8つの物語りが、じんわりと心に響く一冊でした。
東京放送ネットワーク(TBN)の夜の11時のニュース番組『ニュース・イレブン』の遊軍記者<布施京一>が、主人公で、 『スクープ』 の続編にあたります。
番組の編成会議などの欠席が多く素行には問題があるものの、記者としての独特の感と、夜に飲み歩く世界で幅広い人脈を築き上げており、他社に先駆けて数々のスクープをモノにしています。
夜な夜な酒を飲み歩いている中、10代の女性が3人ほど失踪しているという「噂」を聞きつけ、若い女性の未解決のバラバラ殺人事件と関連させて独自で調査を進めていきます。
刑事たちがよく呑みに来る居酒屋『かめ吉』で、未解決事件を担当している特命捜査第二係の<黒田祐介>が、密かにバラバラ殺人を調査しているのが分かり、持ちつ持たれつの関係で、真相を付きつめてゆきます。
即時性が問われるテレビのニュース番組ですが、テレビ局内の動き、マスコミの使命、警察内部の公安部と刑事部の軋轢など、読みどころが多く楽しめた一冊でした。
著者は、韓国の作家として数多くの文学賞を受賞されている作家で、2008年7月31日肺がんにて68歳で死去されていますが、死後に大韓民国より「金冠文化勲章」が授与されています。
表題の二編は、共に1985年に発表された作品で、2010年8月に菁柿堂から刊行されました。
『隠れた指』は朝鮮戦争最中を舞台に、三姓里に住む幼馴染の<東準>と<顯千>が青色党員(南側)と黒色党員(北側)とに思想的に分かれ、<顯千>は<東準>に対する妬みを政治的問題に置き換えて、相手側の裏切り者を「指さし」させて処刑するという残忍な行為を行わせます。
<東準>は監禁の身から逃げ出し、なんとか無事に青色部隊と合流、故郷の三姓里に黒色党員の制圧に向かい、今度は<顯千>に対して同じ「指さし」行為をさせるのですが、<顯千>は自ら指を切断していて「指さし」行為をできなくしていました。
戦争という人間の理性が失われる状況下で、告発や裏切り、策略と陰謀が絡まり合い、またそれらに無関心な村人たちが描かれていて、とても重たい内容です。
残念ながら翻訳者の文体は、隊長や部下といった上下関係があやふやな感じを覚え、また戦争下の会話にしては穏やか過ぎ、原作文は読みこなせませんが、訳文は読みやすいとは言えません。
父親が突然失踪した息子の<沢村一成>は、大町署の刑事<袴田>から、雪解けに伴って父親の自動車が発見されたことを知り、現場に向かいます。
宿泊先の娘<深雪>と知り合い、二人して父親の捜索を始めますが、何者かによる妨害行為を受けることになります。
捜索を進めてゆく過程で、霊感師<オババ>の話などから、突如として職漁師としての祖父と共に子供の頃から山奥で暮らしていた父親の意外な過去が分かり、失踪の原因となる経緯が判明してゆきます。
非常に読みやすい文章構成で、奥深い山岳を舞台に時代背景がしっかりと組み込まれ、登場人物の性格設定も良くできており、最後まで飽きることなく一気に読み終えました。
残念ながら著者は、2006年に癌を発病して亡くなられています。
『ファントム・ピークス』(松本清張賞最終候補作)に次いで、死後に友人たちの手で刊行された一冊です。
なんとも異色な小説と出会いました。
主人公の<斉藤カユ>は「村」の掟通り70歳を迎え、口減らしのために極楽浄土を願いながら『お参り場』に捨てられます。
ふと目を覚まし極楽浄土かと思った所は、『お参り場』に捨てられた老婆たちが密かに作り上げた『デンデラ』という共同体でした。
三十年前に捨てられた100歳の<三ツ屋メイ>を長として、50人ばかりの老婆たちが、恨みのある「村」をつぶそうとする襲撃派と、穏やかに死んでいきたい穏健派が対立していますが、<カユ>はどちらにも属しません。
そんな折、餌もなく冬眠できなかった背中に赤い毛がある「赤背」という子連れの雌熊が、餌を求めて『デンデラ』を襲います。
また、昔流行った疫病が再発し、次々に老婆達が亡くなっていきます。
50人の老婆達が「赤背」になぶり殺され、疫病で亡くなり、最後は6人だけが生き残り、<カユ>はある秘策を心に「赤背」との戦いに挑んでいきます。
姥捨て山といえば深沢七郎の『楢山節考』を思い出しますが、雌熊「赤背」との死闘を軸に、「村」に対する恨みだけで生き延びている老婆たちの生の悲しみが、胸に突き刺さる一冊でした。
異質な刑事が活躍する小説として、天才数学者<御子柴>が数学的な統計学でもって捜査を進める 『確率捜査官御子柴岳人』 、仮説・実験・証明をもとに論理的思考で計画された完全犯罪を覆す 『実験刑事トトリ』 と読み進め、今回は、「行動心理捜査官」の肩書きを持つ<楯岡絵麻>が主人公です。
全5話から構成されていますが、舞台は三畳程度の取調室で、記録係の後輩刑事<西野>と二人だけで、事件の真相に迫っていきます。
通称28歳の美人捜査官<楯岡絵麻>は、通称「エンマ様」と呼ばれ、行動心理学を用いて被疑者を自白へと導きます。
「ノンバール理論」・「なだめ行動」・「ミラーリング」・「コールドリーディング」等、人間の心理や行動を分析しながら被疑者の嘘を見抜く手順は、面白く読めました。
<楯岡絵麻>は、15年前に高校の恩師が殺害された過去があり、その責任感から刑事になった経緯があります。
最終章で時効が成立する寸前、ひとりで専任捜査を行っている刑事<山下>から新たな情報が届き、次作に続きそうな感じで終わりました。
人間の行動心理の勉強にもなり、恩師の事件も気になり、続巻が出ることを期待したい一冊です。
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