今年も雑多に読んできていますが、これは特筆すべき出来ばえの国際経済小説です。
いつもですと読後感を書くためにメモを取りながら読んでいますが、今回は上下2冊と分量がありながら、手を止めるのも憚るほど熱中して一気に読んでしまえる内容でした。
主人公の<真理戸潤>は日本長期債権銀行のナノイ事務所の所長として、ベトナムの発電工事受注のメインバンクとして入札に参加するのですが、背景には香港やタイ、フィリピンといったアジア経済の不安定な背景が待ち構えています。
タイトルの『アジアの隼』は、香港に実在した証券会社<ペレグリン>の別名で、急速にマーケットを拡大・崩壊してゆく様が<真理戸>の行動と共にリアルに描かれています。
単に経済小説にとどまらず、ベトナムという国の現状や国民性等が見事に描かれていて、「ドイモイ政策」に狂喜乱舞した時代を知る上でも、貴重な一冊だです。
余談ですがハノイでは、払い下げられた神戸市営バスが、空港バスとして利用されているのは知りませんでした。
北朝鮮問題では「コリア・レポート」の編集長として、テレビ・ラジオなどの解説者として良く登場している著者です。
昨今のパナソニックやシャープの業績の不振、韓国との竹島問題や中国・台湾との尖閣諸島の領土問題等が取りざたされているなか、第三者の立場からどのような目線で日本を見ているのか興味を持って読んでみました。
「日本はすでに、アジアのリーダーではない」という悲観的な日本人が増えてきている現状に著者は驚き、客観的に見て、日本は依然として「アジアのリーダー」であると説いています。
一見日本人への讃歌のように思える部分もありますが、韓国と日本との文化的な違い、国民性の違い等を対比させながら、世界の中における日本分析を論じている一冊でした。
サブタイトルとして<浮世絵宗次日月抄>とあり、シリーズ5冊目になります。
浮世絵師として評判の高い<宗次>が住む貧乏長屋に、生き倒れの女<冬>が担ぎ込まれた場面から物語は始まり、前後して「室邦屋」に押し込み強盗が入り主人ばかりでなく奉公人共々惨殺された事件が起こります。
<宗次>はなんとか一命を取り留めた老女から強盗の人相を探り出すのですが、その特徴は寺で子供たち相手に塾を開いている男のように思われるのですが、年老いた母と二人暮らしの親孝行の人物にしか見えません。
<冬>が体力を回復する中、次々と押し込み強盗の犯人と思える輩から何回も命を狙われる<宗次>ですが、今は亡き大剣豪を養父に持つ「揚真流」の使い手であることから、怪我はすれども事なきを得ながら、事件の真相に迫っていきます。
自分の隠された身分を背負いながら、浮世絵師として市井に生き、人情味あふれる長屋の住民との生活などもほのぼのと描かれており、楽しめる一冊でした。
<明里(あかり>が小学生の夏休みに、母の交通事故のため一ヶ月だけ預けられたおばあちゃんの家は、「ヘヤーサロン由井」という美容院でした。
当時は賑やかだった商店街も、今はシャッター通になり人の通りもなくさびれています。
おばあちゃんと同じ美容師として働いてきた<明里>も28歳になり、失恋の痛手から逃げ出そうとして、偶然にもおばあちゃんの家が貸家に出ているのを知り、引っ越してきます。
斜め向かいには時計店があり、同い年の<飯田秀司(シュウ)>が独立時計師を目指し、元はおじいちゃんのお店だったのを引き継いでいました。
お店の看板には<思い出の時 修理します>とあり、時計の「計」がなぜか抜けているのですが、そのままにしている<シュウ>です。
時間を遡る物語は、『タイムトンネル』や『バックトゥーザフィチャー』などがありますが、<過去は変えられない。でも、修復することはできる>という物語が、連作短篇形式でまとめられています。
もしもあのとき、と考えることは多々あるとおもいますが、その連続の上に今の自分があり時間が流れているのだと分かる、心を癒してくれるくれる一冊でした。
前作の 『研修医純情物語』 に続く、著者2冊目の研修医の苦闘の物語です。
おそらくは著者自身の実体験の基づかれているとおもいますが、大学病院の裏事情を垣間見てしまうと、こんな病院には入院したくない気持ちがわいてきてしまいます。
相も変わらぬ教授を先頭とした担当医を引き連れての無駄な回診や、パソコン画面のみに頼り聴診器も当てない医師、患者とのコミュニケーションよりも自分の権力を誇示するのに必死な世間知らずの医師等、37歳にして研修医として大学病院に勤める主人公<佑太>の現状に、共感を覚えざるを得ません。
著者自身が一般社会で働いてきた経験がある脱サラ組だけに、医局といういびつな閉鎖社会がおかしいことに気づく目線が常に保たれ、研修医の葛藤がよく出ている一冊でした。
ワイオミング州ララミーで、中国系アメリカ人の女子大生が強姦されて殺害されますが、すぐに犯罪歴のある兄弟が逮捕されます。
現場には兄弟の犯行を裏付ける証拠が十分にあり、マスコミをはじめ誰もが兄弟の死刑判決は確実だろうと予測していました。
おりしも州特別捜査官の<バーンズ>は、転落死した女性クライマーの事件の調査でララミーに訪れます。
以前はこの地で過ごし、麻薬取締のおとり捜査中に三人の密売人を射殺したことにより、自らも裁判を受ける身であり、地元保安官や密売人の家族からも嫌がらせを受ける中、転落事故の真相に迫ってゆきます。
捜査とともに兄弟の強姦殺害事件を取り仕切る検事の息子が容疑者と浮かび上がり、次期ワイオミング州知事候補者の父親の根回しなどで、捜査に支障をきたしながらも、真相解決に突き進んでゆきます。
著者自身もロッククライミングが趣味とあるだけに、クライミング時の描写は迫力があり、サスペンス十分の一冊でした。
昨年、<真山仁>の 『プライド』 を読み、なんとなく今の日本の農業政策に疑問を感じていましたので、興味を持って読み始めました。
農作物を作らなくても、補助金が貰えるシステム自体に疑問を持ち、本当にいい農作物を作ろうとする農業家が育つのかと訝っておりましたが、まさにその疑問に答えてくれる一冊でした。
「エコ」や「有機栽培」、「製造者の顔写真」等の安易な宣伝を信用する消費者の行動を、かなり手厳しい口調で戒める内容です。
経済優先が横行し、安易な農地転用で利益を上げるシステムを作り上げる補助金行政の現状分析など、よく調べられています。
本来の野菜等の味が分からなくなった消費者に対する警告書として、意義ある一冊でした。
仙醍(せんだい)市を本拠地とする、万年最下位のプロ野球チーム<仙醍キングス>の熱狂的なファンの父と母のもとに、男児<王求(おうく)>が産まれますが、その日は<仙醍キングス>の監督がなくなった日でもあります。
0歳児から野球の英才教育を受けてきた<王求>は、高校時代までホームランバッターとして名を馳せますが、自分が暴行を受けた相手を<父>が殺してしまい、「人殺しの子」と噂される中、高校を中退せざるを得ません。
紆余曲折の生活の中、偽名を使い<仙醍キングス>にプロテストで入団、数々のホームラン記録を塗り替えてゆきますが、「人殺しの子」が活躍する姿に嫉妬を覚える監督がとった行動で、<王求>は・・・。
キーワードとしてシェークスピアの『マクベス』の言葉が散りめられ、同作品に出てくる魔女三人がいい味を添えています。
なんとも荒唐無稽な場面もあるのですが、ひとつのエンターティナメントとして楽しめました。
文庫本にして190ページ程の小説ですが、非常に重たい内容の一冊でした。
施設で育った<僕>は施設長の教えを心に刻みながら、高校を卒業後刑務官として働いています。
施設で一緒だった<恵子>と関係を持ち、同級生が高校卒まじかに自殺してしまう心の傷を背負い、また実在するか分からない「弟」のことに関して心を痛めています。
そんな<僕>は、夫婦二人を殺害し死刑判決を受けた18歳の<山井>を担当していますが、控訴期限が迫る中、どこか過去の自分と似ていることが気がかりになり、<山井>に対して自ら接していきます。
人間の本質とは何か、生きていくということはどういうことか、犯罪者の気質とは等、人間の存在そのものに問いかけながら、読者に迫ってきます。
生きてゆく上では必ず苦しくて「憂鬱な夜」はありますが、必ず明日が訪れるのも自明なことで、どんな時にでも希望は捨てるなという応援歌として読み切りました。
2013年1月17日からTBS『木曜ドラマ9』で放送されている、ドラマ化原作の2冊目です。
著者は立教大学社会部卒業後、旅行会社に6年勤務したあと、突然周囲に無断で失踪し、3年間ほどホームレス生活を経験しています。
<あぽやん>というのは、あぽ(APO)=「空港(Airport)」の略語から派生した旅行業界用語で、旅行代理店に籍はありながら、空港の案内係に移動した人々を指しています。
<あぽやん>について文中著者は、<ツアーの国内最後の砦となる空港所で、あらゆるトラブルを解決してゆくスーパーバイザーを、賞賛をこめてそう読んでいたが、いまでは空港でしか使えない社員、とでもいうような、見下した意味合いで使うことが多い>と、書かれています。
大航ツーリストに勤めるスーパーバイアーの<遠藤慶太>は、グァム支社から移動してきた新人<枝元久雄>の上司として受付業務を訓練させていますが、空港ならではのトラブルに巻き込まれながら業務をこなしてゆく姿が、連作の物語として6話収められています。
主人公の「僕」という表現と、<遠藤>という名前の使い分けが分かりづらい所もありましたが、著者の経験を生かした業界モノとして楽しく読めました。
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