訳者の三角和代さんの力量と合わさり、海外ミステリーでは珍しく主人公は一人称の「僕」という名称を用いて語り継がれてゆきますので、とても読みやすく楽しめました。
アラバマ州モビール市警察の<カーソン・ライダー>刑事は、ニューヨークで起きた殺人事件に出向くことになります。
どうやら犯人は実兄の<ジェレミー>のようで、彼は子供の頃に実父を殺し、さらに5人の女性を殺害して矯正施設の中で厳重に監視されていましたが、施設所長の<ヴァンジー>とともに脱走、さらに殺人を重ねていきます。
実の弟という身分を隠して、<カーソン>は捜査に協力してゆきますが、女性大統領候補者の護衛を兼ねながら、また上司の女性刑事<シェリー>との関連を含めて、緻密な伏線を散らばせながら、読者を一気にどんでん返しの結末に導いてゆく手腕は見事です。
重くなりがちな連続殺人事件を主題にしていますが、小気味よいテンポの中にユーモアもあり、また登場人物たちの過去が見事に輪を作る構成力には唸るばかりです。
少し前になりますが2009年10月刊行で、第23回山本周五郎賞を受賞している作品です。
いわゆる「警察小説」の部類になりますが、とても重厚な内容の一冊でした。
若い女性の叫び声を聞いたとの通報で、近くの交番所から制服警官が出動しますと、すでにナイフで刺殺された後でした。殺害犯は、手の人差し指を切断しているところから、物語は始まります。
前半は警察内部の複雑な人間関係の軋轢や駆け引き、ステレオタイプ化された刑事の家庭環境などが殺人事件の捜査と共に描かれてゆき、後半から一気に意外な結末に集客されていきます。
第二第三の殺人事件が、ネット社会の象徴である「掲示板」を用いて予告が行われ、捜査陣をあざ笑うかのように警察を出しぬき実行されてしまいます。
主人公である捜査一課の<西条>は、独特の推理で犯人像に迫ってゆくのですが、政治的な力が加わり、愛人問題も露見して警察を退職せざるをえなくなります。
出世や名誉欲のない<西条>は、ホームレスにまで身を落としますが、持ち前の推理と愛人を殺されたことにより犯人に辿り着きますが、家庭を壊し愛人を死なせた「後悔」の念は消えません。
このあと<西条>は、どのような人生を歩むことになるのか、気がかりになる終わり方でした。
< カバー絵:円山応挙「老梅図」(京都・東本願寺蔵) >
作家自らが、自分の闘病生活を書き残した著作は多くありますが、夫婦そろって著名な作家でもあり、また<吉村昭>の妻としての目から冷静にかつ力強く描かれた作品として心に残りました。
学習院時代の文芸部員として知りあい結婚した二人ですが、大学時代から少女小説を手がけ、当時の十代層には人気がある著者でしたが、夫とともに丹羽文雄が主宰する同人誌『文学者』にて、文筆活動を始められています。
2005年2月、<吉村>に舌癌が発見され、療養の途中でのPET検査で膵臓癌が発見され、全摘出手術を受けています。
抗がん剤や免疫療法を試みながらの闘病生活を、長年連れ添ってきた妻である立場から、死に至る2006年7月31日までの心の動きを坦々と綴りながらの構成は見事というしかありません。
題名の『紅梅』は、東京都三鷹市にある離れの書斎の前に植えられている梅の木から取られたようで、舌癌を発病した時期と重ね合わせ、さりげない表現で文中に登場しています。
女刑事<雪平夏見>を主人公とする、シリーズ三作目です。
一作目の『推理小説』(2004年12月)を元に、2006年1月から関西テレビ系で、<雪平>役を<篠原涼子>が主演したドラマ『アンフェア』が放映され、また映画化もされています。
<雪平>を主人公とする連作小説ですが、これだけを読んでも十分に面白く楽しめます。
人気のない場所でアイスピックにて殺害されるている現場を発見したのが、主人公<雪平>ですが、殺されていたのは4年前に離婚した元夫<佐藤和夫>でした。
現場には、殺人を請け負うという「ふくろう」と名乗る犯人の予告チラシが残され、<雪平>に恨みを持つ者の犯行かと想わせる中、第二の犯行が行われます。
冒頭や中ほどに、この物語の伏線となる事件が書かれているのですが、最後の最後にこの部分が生きてくる緻密な計算には驚かされました。
一作目から登場している相棒の新米刑事<安藤>や<山路課長>も健在で、同僚の<林堂>や同じ女刑事<平岡>等脇役もいい味を出しており、最後まで一気に読ませてくれます。
最後は<雪平>が、犯人の銃弾に倒れるところで終わるのですが、シリーズ最終巻となるのか、奇跡の復活を見せるのか、今後が気になるところです。
「戦後思想界の巨人」と言わしめた<吉本隆明>は、昨年の3月16日に亡くなっています。
彼ほど多面的で、しかも私たちの生のそれぞれの領域と現象に対して確信をついた批評家は少ないと思います。
タイトルの『真贋』は、正に著者自身の批評の眼の確信であり、あまりにも常識的な「問い」と「答え」にあふれた現状を、真剣に考える上での姿勢がよく表されている言葉です。
繰り返し本書の中で、思春期までの人間形成には母親ないし母親代理の愛情が不可欠であり、出来上がった性格は直らないからこそ、自分を冷静に見つめ考える態度が必要だと説いています。
最後の結びとして、<今は考えなければいけない時代です。考えなければどうしようもないところまで人間がきてしまったということは確かなのです。(略)いま、行き着くところまできたからこそ、人間とは何かということをもっと根源的に考えてみる必要があるのではないかと思うのです>と書かれています。
世の中に流されることなく立ち止り、モノの本質の「真贋」を見抜く目で社会に対応しなければいけない時代の難しさだけは感じ取れましたが、実践はこれまた別問題です。
乃南アサには、女刑事の<音道貴子>シリーズ(6冊)と、新米警官を扱った<高木聖大>シリーズ(2冊)がありますが、これは警視庁捜査一課の係長<土門功太朗>を主人公として、短篇が4話収録されています。
作品が書かれたのは、2009~2010年ですが、<土門>が活躍するのは1980年代前後に設定されており、聖徳太子のの一万円札、テレホンカード、よど号事件等、懐かしい時代背景が描かれ、またその当時の流行歌の歌詞がうまく台詞に使われいて、楽しめました。
主人公の<土門>は、事件の解決は刑事の情熱と勘だという昔ながらの地道な捜査で容疑者を追いつめ、犯行の動機をそれとなく喋らせる人情家です。
四十半ばで娘二人の父親でもあり、後輩の面倒見の良さや上司との絡みもあり、今後のシリーズ化がこれまた楽しみな主人公の登場です。
今年の読書の1冊目に選んだのは、『子供の眼』です。作品としては新しくありませんが、<四六版・上下二段組み・606ページ・厚さ4センチ・定価3200円>と、読み応えがありそうな<法廷スリラー>なので、お正月三日間で読み切るのにちょうどいいかなと選んできました。
6歳の娘<エレナ>の養護権を夫<リッチ>と争っている<テリーザ>は、試験的別居生活が始まると、憧れていた上司の<クリストファー>の所に身を寄せてしまいます。
<リッチ>は定職にもつかず、弁護士として働いている<テリーザ>から養育費をむしり取るために卑劣な手段で妻と諍いが続いているところ、<リッチ>が自殺として見せかけられて銃殺されてしまいます。
上院議員に立候補予定だった<クリストファー>ですが、この事件を機に容疑者として被告人となり、心許せる弁護士<キャロライン>との法廷戦術が始まります。
アメリカならではの陪審員制度を巧みに取り入れながら、検察側、弁護側の駆け引きは元弁護士ならではの知識と経験が生かされ、良く計算された筋立てで、長編にも関わらず最後まで一気に読ませてくれます。
脇役の登場人物たちの性格付けも面白く、意外な結末の伏線も、<テリーザ>の育った幼児体験と<エレナ>の家庭環境と対比させる中で散りばめらています。
被告弁護士として活躍した<キャサリン>の登場する作品が続くようですが、じっくりと腰を落ち着けて読める機会を持ちたいとおもいます。
<今年の読書>も、目標の120冊を超え、141冊目でいよいよ最後になりました。
著者の本は初めて読みましたが、どれも質の高い短篇が6話が収められています。
元銀行員の経歴を生かし、6編のお話しはどれも銀行員を主人公として、中小企業の社長さんたちとの金銭に関わる出来事を、銀行員の目線で、優しくもありタテ社会の銀行内部の哀愁もありと、人間関係を主軸にお金を中心とした物語が展開されてゆきます。
タイトルの『かばん屋の相続』は、読み出してすぐに京都の有名な「一澤帆布」の相続争いがネタ元だと気が付きますが、著者流の味付でほっとする結末は見事です。
お金自体は単なる経済社会の中で、国に保障された<印刷物>ですが、扱う人間によって価値観が変わる<印刷物>でもあることを、改めて感じさせてくれた一冊でした。
2009年に発表された第一作目の『血のケープタウン』に続き、同じく南アフリカ共和国のケープタウンを舞台とする犯罪小説です。
元モデルの<ロクシー>は、武器商人の夫と帰宅中に強盗に襲われ、ベンツを盗まれますが、その際強盗が落としていった拳銃で夫を射殺してしまいます。
<ロクシー>の行動に疑問をもった強盗たちは、彼女をゆすろうと出向いてきます。
そんなとき夫に雇われていた傭兵の元刑事<ビリー>が、遅れている支払いを求めに訪ねてきますが、未払いの賃金をもらえるまでの期間、<ロクシー>の護衛役をかってでます。
ケープタウンという犯罪が当たり前に横行する街を中心に置き、対抗する二つのギャング団の抗争を絡め、また<ビリー>の幼馴染であり終身刑者の<パイパー>が脱走し、横暴な殺戮が繰り返されてゆきます。
登場人物たちがどこかで過去の接点を持ち、人種差別の強いケープタウンの社会背景を巧みに取り入れながら、ラストまで一気に読ませるクライムスリラー小説として、読み応えのある一冊でした。
『家族の言い訳』・『こちらの事情』 に続く、「双葉文庫」からの<家族小説短篇集シリーズ>として著者の三冊目になる『小さな理由』です。
父と娘、母と息子、男兄弟、夫と妻等、家族の形態をいろいろと使い分けながら、著者の目線は「家族とは、こうあるべきだ」というおしきせがなく、ただ淡々と読者に物語として語りかけています。
幸せも不幸せも、その家族、家族によって違いますし、喜びや悲しみの内容も千差万別です。
端から見れば、
取るに足りない理由かもしれない。
でも、その小さな理由がなければ
人は生きていけない。
冒頭で著者が書かれている言葉ですが、登場するそれぞれの家族に取っての「小さな理由」を織り込みながら、何気ない人間の<愛情>が素直に表現されている8話の短篇集、今回も感動させていただきました。
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