1992年1月に刊行された『検屍官』で、華々しいデビューをした主人公検屍官<ケイ・スカーペッタ>シリーズも、『血霧』(2012年12月刊行)で19冊目を数えていますが、その第17作目です。
<ケイ>の姪<ルーシー>が関係していた有名美人投資家<ハンナ>が失踪、時を同じくしてセントラルパークで若い女性<トニー>の遺体が発見されます。
夫の精神科医<ベントン>の所には、元患者<ドディ>からの脅迫めいた手紙が届き、<ケイ>には、送り主不明の爆弾とおもわれる荷物が自宅に届けられます。
<ハンナ>と<トニー>の事件を担当している検事補<バーガー>は、捜査の途中で浮かんできた倒錯趣味のある映画俳優や、<ベントン>がFBI勤務時代に関連した事件が浮かびあがり、事件は混とんとした様相を見せていきます。
シリーズも20年になり、それぞれの登場人物たちもシンクロするように人生を積み重ねてきていている伏線が生かされ、電子機器類の発達にともない捜査の手順も変化してゆくのが読み取れて、楽しめるシリーズです。
2007年第20回小説すばる新人賞を受賞したのが、表題作です。
舞台は豊臣秀吉が天下統一を成し遂げた以後の桃山時代を舞台に、運命的な出会いを果たした若き四人の若者達をめぐる物語です。
天性の踊りの素質を持つ<ちほ>、生きるためにスリや置き引きを続けながら盗んだ三味線を独学で天才的に弾きこなす<籐次郎>、笛吹き職人の息子でありながら、自ら演奏者になるべく家を飛び出した<小平太>、アフリカ生まれの黒人でリズム感あふれる太鼓を叩く<弥助>が、とにもかくにも一座を結成して、演奏と踊りでセンセーションを起こしてゆきます。
秀吉の海外出兵の失敗と、<秀次>との後継者問題という史実を背景に、歴史上の人物たちを織り交ぜながらの構成は、エネルギッシュな文体で飽きることなく爽快感が味わえました。
中国の古典的物語は、『三国志演義』や『水滸伝』・『西遊記』などはお馴染みですが、今回新しい分野の「武侠小説」として、表題作を初めて手にしました。
著者は海寧県出身の香港の小説家で、香港の『明報』とシンガポールの『新明日報』の創刊者でもあります。
『白馬は西風にいななく』・『鴛鴦刀(えんおんとう)』・『越女剣』の三編が収められており、ユーモアと哀感あふれる中短篇集でした。
タイトルになっている『越女剣』は、中国四大美女のひとり、<西施(せいし)>の古典故事「西子捧心」を下敷きに、羊飼いの娘を剣術指南役にした越国が、宿敵呉国を滅ぼすまでを描いています。
また『鴛鴦刀』は、故事来歴の言葉が文中に巧みに出てきて、いかにも中国的な小説だと感じながら、楽しく読み終えました。
没後20年が過ぎ、熊切和嘉監督映画『海炭市叙景』で見直された作家<佐藤泰志>の唯一の長編小説です。
1990年10月、自ら41歳の人生に幕を下ろした著者の作品は絶版になっていましたが、2007年に個人出版社クレインが作品の刊行を行い、映画化が後押しをして、文庫本で出版されています。
芥川賞候補が三回、文學会新人賞・新潮新人賞・三島由紀夫賞の候補に名を挙げながらも、受賞は逃しています。
著者の出身地北海道らしい港町を舞台に、親と子、男と男、男と女の出会いを通して、家族とは人間の愛情とは何かを問いかけ、非常に読みやすい文体で綴られています。
厳しい極寒の中で生き抜く人間の夢と希望を、現実的な目線でまとめあげおり、20年を隔てた作品とは感じませんでした。
第一章、第二章と読み進むにつれて、「なんだこの小説は!!」と目をみはり、時間を忘れて読みふけるほど、興奮度・満足度・刺激度満点の導入部分でした。
世界的に認められた画家でありながら、新潟県のさびれた港町・T町で、戦後から民宿「雪国」を営んでいる<丹生雄武郎>の隠された人生を、一人のジャーナリスト<矢島博美>が明らかにしてゆきます。
民宿「雪国」で起こるバイオレンスに満ちた殺戮の第一章、<矢島博美>がなぜ<丹生>と関わりあったのかの第二章、人格者としての仮面の<丹生>しか知らない元従業員たちの回想録でまとめられた第三章、そして日記やインンタビューから明かされてゆく97年間の真実の第四書へと続きます。
実在のホテル王<横井英樹>やオウム真理教の<麻原彰晃>を元従業員に仕立て上げ、第二次世界大戦の史実と組み合わせながら、「雪国」の意味も深くかかわり、著者はフィクションでありながら、さもノンフィクションかとおもわせる技量で<丹生>の伝記物語を展開させていきます。
今年(90)冊目の読書ですが、これはエンターティンメントとして、200%のおすすめ作品です。
昨年読みました 『暗渠の宿』 の自虐的な文章が強く印象に残っていますが、さらに赤裸々な生活を描いた『焼却炉行き赤ん坊』・『小銭をかぞえる』の2編の小説が収められています。
『焼却炉行き赤ん坊』は、暴力的な態度で女と接してきた主人公が、ようやく見つけた中華料理屋のウエイトレスとの同棲生活の状況を、あくまでも主人公の目線で書き連ね、女と金を巡る退廃的な日常生活を、二人の会話の中で浮き彫りにさらしています。
『小銭をかぞえる』は、主人公が師と仰ぐ作家・故<藤澤淸造>の全集発刊をライフワークと考えていながら、女の実家からの借り入れた300万も使い果たし、印刷会社の支払いに奔走する姿が描かれています。
どちらの作品も粘り気のある重たい文体ながら、行間に哀愁がにじみ出ており、反面おかしさを感じさせてくれるほど悲惨な生きざまが、心に残ります。
神戸花時計を写した帰り、繁華街に出てきましたので、大手書店に出向きました。
JR神戸駅近辺にも書店はありますが、品揃えはやはり売り場面積と比例するようです。
1994年に『クリスマスのフロスト』で華々しいデビューをし、その後『フロスト日和』(1997年)、『夜のフロスト』(2001年)、『フロスト気質』(2008年)と続き5年ぶりの翻訳が『冬のフロスト』です。
イギリスの地方都市デントンの警察署に勤める<フロスト警部>は、よれよれの服と小汚い海老茶色のマフラーというしょぼくれた容姿ですが、強烈な個性がなんとも楽しめる小説です。
残念がら著者は、2007年7月に亡くなっており、生前に6作目となる『A Killing Frost』を書きあげています。
シリーズを重ねるごとに長編となり、今回も前回と同様に(上・下)2冊組で(2730円)です。
読みたい本で気になりますが、金額も高く、また6作目で終わるということも分かっていますので、余裕のあるときに購入しようと見送りました。
副題に「名探偵浅見光彦の」と付いていますが、著者の一連の推理小説の主人公を登場させ、掛け合いで各地のグルメをレポートしています。
永井荷風をはじめ、池波正太郎、吉田健一、丸谷才一、東海林さだお等、作家で料理を語る人は多く、それぞれの目線の違いが楽しめます。
最初に出てきた名古屋のかしわ料理専門店「鳥久」は、神戸青年会議所が世界会議誘致のために地元青年会議所へ宣伝のために出向いたお店です。
また志摩観光ホテルの高橋シェフの「アワビのステーキ」は、ゼミの旅行で楽しみ、「伊勢海老のスープ」が絶品でした。
わたしが食べた所と重なる料理やお店が多く、食した当時を懐かしく思い出しながら、読み終えました。
タイトルの『ぬばたま』は、アヤメ科の「ヒオウギ(檜扇)」の種子を「ぬばたま(射干玉)」といい、ぬばたまのように黒いという意味から、「夜」や「髪」などにかかる枕詞のことです。
文庫本には、四話の短篇が収められていますが、それぞれの物語は「壱」・「弐」という具合に表され、短篇としてのタイトルはありません。
タイトルの「ぬばたま」が、各短篇にかかる枕詞として働いているようです。
各短篇の舞台となるのは、人里離れた「山」が舞台となり、それぞれに、男と女、闇と光、生と死、恐怖と陶酔の対比で書かれた物語が、読み手を幻想の世界に引きずりこんでいきます。
非常にリズミカルな文体で、繰り返し表れてくる文章が、読み手に対して想像力を膨らませる力を発揮している一冊です。
九州天草にある通称《地獄島(波越島)》では売春が行われており、14歳で祖母に売られた主人公<水原>は、10年間働かされたあと島抜けを果たします。
逃げ出した女は、引き戻されると一生働らかせれるという厳しい掟があり、島には日本中のヤクザが進行する古い<九凱(くがい)神社>がありました。
過去の縁を切るために、<水原>はヤクザ組織を使い、<九凱神社>を破壊し、《地獄島》の売春組織の解体に成功するのですが、そのことにより日本の警察に追われ、韓国・釜山にて隠遁生活を送る羽目に陥ります。
その矢先、かくまってくれていたヤクザ達が殺し屋<黄>に殺され、<水原>は上海元公安部の女刑事<白理>に助けられますが、<白理>もまた<黄>に刑事であった夫と子供を殺害された過去を持ち、二人して日本に潜伏している<黄>を求めての復讐劇が展開されていきます。
『ユーラシアホワイト』 も世界を股に掛けた展開でしたが、この作品も韓国・上海・日本を舞台に、脇役たちも個性的で、裏社会の現実と小気味良い二人の女の執念を感じさせてくれる一冊でした。
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