文庫本の帯に「第14回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作」の文字を見て、手に取りましたら、著者は4歳から神戸市西区に住んでいる地元の作家だと分かりました。
ゴッホの『医師ガーシュの肖像』という小さな作品を巡る、美術ミステリーとしてまた、小気味良いコンゲーム小説として120%楽しめました。
多分こうなるだろうなぁ~の予測通り話しは進んでいくのですが、それがまた覆されるというスリリングな展開が繰り広げられます。
読み始めには、タイトルの『大絵画展』とどう結び付くのかと疑問に感じる導入部でしたが、この部分までが計算された布石で、読後「なるほど」とおもわせてくれます。
美術業界の現状も良く表現されており、一枚の絵に掛ける美術収集家の執念を逆手に取った構成は、十分に新人賞受賞の価値がある一冊です。
東京都知事が大阪を嘲笑する発言をしたことにより、2027年に日本は東西に分裂して『東西の壁』が造られ、鎖国状態が続いています。
主人公<博文>は、広島県出身ですが東京に残る羽目になり、大学時代の恋人<恵美>は、たまたま広島に帰省していたときで、離れ離れの状態が5年間続いていました。
西日本が「奥島」を攻め入ったことにより、<博文>は東日本の兵士として駆り出されるのですが、戦場で西日本の軍服に着替え、なんとか西日本側に潜入を果たします。
西日本は、華族・平民・奴隷の身分差別がある独裁国として替わりはて、総統の側近をしている<博文>の父の力で奴隷工場の監視役を与えられるのですが、そこで偶然奴隷として働く<恵美>と再会を果たしますが・・・。
近未来的な日本を舞台とした、ラストに明るさが見えてくる、純情な恋物語として読めました。
主人公の<神谷>警部補は、警視庁捜査一課の刑事でしたが、捜査中の被疑者に対する暴力行為で伊豆大島署に左遷となり、これを契機に離婚した42歳の男です。
ある日二年半ぶりに本庁刑事部長から神奈川県警の不祥事を操作する特殊班に引き立てられ、連続婦女暴行殺人事件の再捜査を始めますが、神奈川県警や警視庁の妨害工作に合いながらも、事件の真犯人を追い求めていきます。
特殊班に呼ばれたのは、本庁の理事官や福岡・大阪の刑事とともに、北海道警からは過去に自らが暴行を受けた経験を持つ<保井凛>が派遣されており、<神谷>とはそりが合わないでだしでしたが、お互いの過去をさらけ出すことにより、チームの一員以上の感情の触れ合いが生まれていきます。
左遷されたことにより忘れかけていた刑事の本分を燃え上がらせながら、バラバラに寄せ集められたチームメンバーと共に突き進んでいく<神谷>の姿に、最後まで息を抜くことなく読み終えることができました。
著者の作品は代表作<新宿鮫シリーズ>を筆頭に、同じ主人公のシリーズ化が多いようです。
この作品も、『走らなあかん、夜明けまで』(1993年刊行)・『涙はふくな、凍るまで』(1997年刊行)に続く、<坂田勇吉シリーズ>の3作品目(2012年刊行)です。
主人公<坂田>は、前作までに北海道ではロシアマフイアと、大阪では地元暴力団とのトラブルに遭遇してきた「ササヤ食品」の営業マンです。
今回も、高齢者対象の新商品の煎餅の宣伝のため、老人会にボランティアとして出向くのですが、訪問先で<玉井>という詐欺師と関わりを持ったところから、殺人事件に巻き込まれてしまいます。
老人会の世話役をしている男勝りの<小川咲子>との淡い恋心もあり、いつものバイタリティーで事件の解明に関わらざるをえなくなってしまいます。
暴力団がらみの難事件にいつも巻き込まれる<坂田>の活躍が、今回も楽しめました。
警視庁捜査一課の<黒田岳彦>は、ノンキャリアの刑事として職務に励んできていましたが、捜査の過程でミスを犯し、懲罰的な捜査担当に追いやられてしまいます。
殺人犯の逃走先として遠方の I 県警上野山署まで出向きますが、そこで現地担当者として捜査課係長<小倉日菜子>と出会います。
<日菜子>は、検問事故で年下の警察官の夫を亡くした過去を背負いながら、生まれ故郷で夫の遺志を継ぐべき一人前の刑事を目指しています。
本書は8編の物語からなり、それぞれが独立した刑事事件の物語として書かれていますが、東京勤務の<黒田>と、上野山の<日菜子>と関連する事件が交互に描かれ、捜査を通して二人がお互いを意識し始める「恋愛小説」の様相も伏線として織りこまれています。
地方に暮らす人間の「東京」を見る目線や、悲しい女性の性、ホームレス、一人暮らしの孤独な老人達等、現代社会の歪を取り上げられており、考えさせられる一冊でした。
一冊の本との出会いで、勇気をもらい元気になり、人生が変わることがあります。
そんな本の魅力とともに、書店業界の世界が広がる一冊でした。
主人公<西岡理子>は42歳で独身、旧態依然の経営しかできないペガサス書房から、吉祥寺にある新興堂書店の店長として転職を果たします。
同時に転職した部下<木幡亜紀>の妊娠問題を平行に流しながら、ネット書店、電子書籍、万引き、低い利益率、言論規制、出版や書籍業界の話題が網羅されており、本好きとしては考えさせられる事象ばかりでした。
福岡から五歳の子供を置いて単身赴任してきた店長を支える副店長<田代>との淡い恋物語もほんのりと匂わせ、書店を舞台とした業界モノとして楽しめる内容でした。
2006年にマウスの線維芽細胞から初めてips細胞が生み出され、再生医療に期待されていますが、倫理的な問題が今後どうなるのかは興味があるところです。
主人公<沖田森彦>は、研究助手の<名喜城>の協力で、ゲノムの初期化『P因子』を発見、「ヒト・クローン」の培養に成功し、研究成果を発表する矢先に9歳の一人息子<有基>を事故により亡くします。
密かに<有基>の細胞を採取し、<沖田>は<名喜城>の協力を得て、科学のタブーである「ヒト・クローン」技術を用いて、恋人<奈緒>を眠らせて人工授精により息子を復活させてしまいます。
瓜二つに育つ<透>ですが、時間の経過とともに息子<有基>の死因は事故でないのではとの再度刑事の訪問を受ける中、8年前の協力者<名喜城>が訪れてきます。彼と<透>との会話の中で、<有基>しか知りえないことを<透>がしゃべり始めます。
自分の犯した罪を背負いながら、母親となった<奈緒>や息子<透>の運命は・・・、巧みな伏線を張りながら構成力がしっかりとした作品でした。
第一作目の<安積班シリーズ>『残照』の頃の東京湾臨海警察署は、庁舎はプレハブ造の仮のものであり、日本の警察には存在しない「分署」と呼んだ方がふさわしい建物でしたが、この第7作目の『夕暴雨』にして、ようやく新庁舎が完成しています。
新庁舎に引っ越しを済ませた<安積班>に、東京国際展示場、通称東京ビッグサイトのイベント会場に爆弾を仕掛けたというネット情報が報告され、部下達と警備中に、男子トイレで爆発事故が起こり5人の負傷者を出してしまいます。
臨海署が大きくなったことにより、警視庁より同期の<相楽>が第二係長として就任、また特殊車両課には今では昼行燈と呼ばれている<カミソリ後藤>が配属されてと、組織が複雑化する中で<安積>の人間関係も複雑さを呈していきます。
個性ある<安積班>の部下たち4人の性格も良く描かれており、安心して読めるシリーズです。
<能>の世界には、「シテ」と「ワキ」が存在するのはよく知られていますが、脇役である「ワキ」の存在を、<能>の世界から分析された一冊です。
歌舞伎の世界とは違い<能>は広く世間に門戸を開かれており、著者自身が27歳で「ワキ」を選んでの体験談があるだけに、実に分かりやすい文体で読み進めました。
「ワキ」と「シテ」の掛けあいで<能>は進みますが、それはお互いが異界の存在(あの世・この世)として、「神話的時間」を共有するとともに精神的な安らぎが得られることに尽きるようです。
異界に出会うためには「旅」が必要で、後半は芭蕉や夏目漱石を例に挙げ、<能>の世界観を分かりやすく述べられているのには、引きずり込まれてしまいました。
著者は、女刑事<音道貴子>を主人公にした作品が何点かありますが、今回の主人公は同じ女性でありながら事件捜査には直接関係がない、警務部人事一課調査二係に所属し、警察官の犯罪を捜査する監察官<江尻いくみ>です。
本書には四編の作品が収められていますが、警察官にあるまじき犯罪や汚職に手を染めてしまった、あわれな姿が浮き彫りにされています。
<江尻>は言います。「警察官だって人間だ。規律に縛られた仕事をしていても、制服を脱げば普通の暮らしが待っている>と。
一度不正に手を染めてしまうと、金銭や名誉欲に目がくらむのが人間としての性かもしれませんが、その行為自体を正当だと認める弱さも、これまた人間なのかなと考えさせられる一冊でした。
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