前回の 『契約』(光文社文庫) のときにも書きましたが、明野照葉さんの小説に共通するのは、<「女」の執念・怨念・すさまじさ>です。
今回の『その妻』は、『契約』以降4冊目に出版された最新作(文庫書き下ろし)です。
女性の心理描写を下地に、明野ワールドとでもいいましょうか、独特の盛り上がり方で、今回も「ドクッ」という味わいで楽しめました。
高校生の同級生として付き合い、結婚して13年経つ36歳の<聡乃>は、運送会社に勤めながら、職種を替える甲斐性のないく融也>と子供も作らずに暮らしています。
突然<融也>から、以前勤めていたデザイン事務所のオーナー<モナミ>46歳が悪性リンパ種の病気で余命は一年だと聞かされ、介護のために家を出て面倒を見させてくれと言われます。
高校のときから、お互いパートナーとして信頼関係があると信じ、仕方なしに認める<聡乃>ですが、病気ではなくどうやら<融也>の子を妊娠していると「女の感」で突きとめてゆきます。
この世に子供はいらないと言い続けてきた<融也>ですので、<聡乃>自身で後始末をつけようとしますが、思わぬ結末を迎えることになります。
なぜか怖いもの見たさに読みたくさせる明野ワールド、この一冊も期待に答えてくれました。
緻密な筋立てを組み、縦糸・横糸の伏線を張りながらどんでん返しという構成の推理小説は大好きな部類で、著者の素晴らしい力量に感心します。
また、膨大な資料を史実として検証した上で、その隙間をつなぎ合わせ想像力を駆使したであろう時代小説も、これまた大好きな分野です。
この『写楽残像』はまさに後者の部類で、久々に読みながら唸っておりました。
<蔦屋重三郎>は、山東京伝や朋誠堂喜三ニらの黄表紙・洒落本の出版をはじめ、喜多川歌麿や東洲斎写楽などの浮世絵を世に出した版元で、前半は主人公である<銀冶>の祖父<蔦屋重三郎>の活躍が丹念に描かれています。
<蔦屋>と親交のあった太田南畝、十返舎一九、曲亭馬琴などの周辺人物が生き生きと描かれた有名人が登場する文人小説であり、また謎の絵師写楽の謎に迫る歴史小説でもあり、また<銀冶>の仲間の<弥吉>の無罪を明かすミステリーな要素もありと、読み応えのある一冊でした。
<銀冶>は<蔦屋>を弟に譲り、自らは「蝶」の意匠を扱う「胡蝶屋」を開店するところまでで終わりますが、この先の展開が楽しみでなりません。
戦前の陸軍内部に、<結城中佐>をトップとする、半地方人(軍人以外)で結成された「D機関」なる秘密諜報組織を中心に据えた、スパイ小説の短篇集です。
従来の秘密組織と違い、「死ぬな、殺すな」の主義であるがゆえに、軍上層部から反発と嫌悪感を持たれていますが、<結城中佐>の見事なまでの活躍の前には、歯が立ちません。
<結城中佐>が組織する諜報部員の思わぬ行動と活躍が、スリリングな展開で繰り広げられます。
読書の楽しみは、文面の中に思わぬ発見や驚きがあることですが、バードウォチングを主軸に書かれた『ブラックバード』では、二重スパイとしてのコードネームが<ファルコン>であるのには、苦笑せざるを得ませんでした。
諜報集団として異能の精鋭たちの知的な戦い、これはシリーズ2作目ですが、文庫本として3作目が出ています。究極のスパイ・ミステリー、楽しめる「D機関」シリーズです。
<もののけ本所深川事件帖>とありますように、シリーズ4冊目に当たります。
本所深川にある唐人神社には、<小糸>という娘が祭られていますが、大川が大雨で溢れそうなときに、<小糸>が『十人の仔狐様』という十番ある数え唄を歌うと雨が止むという言い伝えが残っていました。
この数え唄を歌う十人組の「本所深川いろは娘」が江戸の町の人気を集めていましたが、そのうちの一人<小桃>が行方不明になり、大川で死体となって発見されます。
欠員の出来た穴を埋めようと、主人公<周吉>が手代をしています古道具屋の娘<お琴>が、「いろは娘」の元締め<市村>に担ぎ出され、付き人として手代の<周吉>が仕えるなか、次々と「いろは娘」が謎の死を遂げてゆきます。
<オサキ>というのは、手代<周吉>にとりついた妖狐のことですが、タイトルに出てくるほどには存在感がありませんでしたが、前作の三作を読まないといけないのかもしれません。
釈迦国のシュッドーダナ王とマーヤ夫人の太子として、紀元前566年4月8日(日本の仏教の伝承ですが)、夫人の右脇から生まれたシッダールタこそが、のちの仏陀となる釈迦です。
29歳になった王子は、城を捨て去り愛馬カンタカに跨り、悟りを得るための修業の旅に出ます。
苦行の末「中道」という概念を閃き、さらなる修業のもと35歳で悟りを開かれます。
共に修業に励んだ5人の仲間を最初の弟子として、やがてインド各地で信者が増えてゆく過程を著しながら、80歳で入滅する2月15日までの物語が、28の小さな章で分かりやすく説かれています。
大乗仏教と小乗仏教の違い、この一冊で理解できましたし、釈迦の教えも、実践はむつかしいでしょうが、多少は「知識」として会得できた気になりました。
大橋未歩さん、テレビ東京のアナウンサーです。
神戸市須磨区出身で、神戸女学院中学部・高等学部を卒業、上智大学に進学されたのは知っています。また、現ヤクルトスワローズのコーチ城石憲之さんの奥さんでもあります。
この1月18日、「軽度の脳梗塞」という発表があり、お仕事は休養されているとのニュースを聞き、驚きました。
最近の女性アナウンサーは容姿端麗のうえ、タレントまがいの使われ方が多いようで、本来の職務とはかけ離れている感じを持っていますが、<「局アナ」の仕事は、サラリーマンの仕事と寸分変わらない>ことが、よく分かりました。
命令とあれば、どのような仕事も引き受けなければいけなく、仕事の選り好み出来ません。
新人の頃から高かったプライドを捨て、バラエティー番組まで幅広く活躍しているのはなぜか? という根本には、「逃げない力」という信念を貫き通してきたと自己分析されています。
持ち前の「逃げない力」で病気を乗り越えられ、現場への復帰を期待しています。
著者は、いわゆる職業作家ではありません。
1948(昭和23)年大阪に五姉妹の末っ子として生まれ、結婚後、夫の赴任先であるドイツに住み、現在は京都に住まわれています。
2009年6月19日、友人と訪れた旅先であるブリュッセルで股関節脱臼という重傷を負い、現地にて手術のあと日本に帰国、2010年2月14日にリハビリを終えて退院するまでのあいだの出来事を、家族のこと、友人のこと、ペットのことなどを交えて綴られてエッセイー集です。
タイトルの「五・七調」に興味を持ち手に取りましたが、エッセイーのあいまあいまに<俳句と短歌>が挟まれており、こちらにも興味がわきました。
一般の主婦の目からの闘病生活の記録ですが、一人ひとりの人生には、本当に奥深いドラマがあるものだと読み終えました。
朝日新聞の「朝日歌壇」にしばし取り上げられている著者の短歌らしく、爽やかさを感じさせてくれました。
タイトルは、
< こんな夜は ハグしてほしい 日本には ない温かな ハハグの習慣 >からの引用です。
時代小説が多い畠中恵さんですが、これは現代物の数少ない一冊です。
副題のタイトルには、<佐倉聖の事件簿>とあります。
元暴走族の<聖>は21歳の大学生ですが、腹違いの8歳したの弟<拓>の面倒を見ながら、引退した大物政治家<大堂剛>の事務所で事務員として働いています。
<聖>は、腕っ節が強くて機転が効くということで、<大堂>の事務所『アキラ』に持ち込まれる陳情や難事件、トラブルなどの解決に駆り出され、後始末を付ける活躍が、ユーモアを交えて編纂されている短篇集です。
政治家の事務所の現状と、選挙の実情などの裏話を入れながらの構成は、楽しめました。
政治家に必要なモノは、<気力・体力・時の運>と言わしめていますが、奥深い「アコギ」な世界が垣間見れる一冊でした。
たった一人でカルト教団の三十数人をなぎ倒した前作 『達人山を下る』 のときは80歳でしたが、あれから10年が経ち、「昇月流柔術」の達人<山本俊之>は、今でも岡山県の山奥・賢人岳で陶芸を作り暮らしています。
岡山平和国際大学の学生で、サッカーの試合中に「屁コク大」とヤジを飛ばされ乱闘になった<田上晃吉>は謹慎になり、達人の技を取得したい同じ寮生のクロアチアからの留学生<マルコ>とともに、<厚東>教授の紹介で達人のもとに出向きます。
そこには、イルジスタン人の<アバス>が先輩として修業していますが、故国の政治情勢の不安定から同郷人の襲撃を受けてしまいます。ところが、達人の修業を受けている孫娘や<マルコ>たちの活躍で円満に解決、<アバス>の新しい目標が見定められます。
一見取りとめもない『失禁のツボ突き』や『石仏の突き』など、笑いを誘う技も飛び出すドタバタ喜劇ですが、武芸の本当の強さとは何かを伝えながら、人間の生き方を考えさせられる一冊でした。
大正初年に建てられた古い洋館を購入した主が、天井裏にある木箱を開けますと、江戸時代に書かれた小間物屋の女房<葛>の日記を、以前の主が現代訳したもを発見します。
それが、この『浮世女房洒落日記』です。
江戸時代の庶民の生活や風習を、一月(睦月)から十二月(師走)の一年を通して描かれており、主人の<辰三>や奉公人も<清さん>、おなじ長屋の住人たちとの喜怒哀楽が、落語調の洒脱な文体で書かれています。
植物好きとしては、当時は、花見や夏の朝顔、菊見や紅葉狩りなど四季の移り変わりを楽しむ生活が自然と密着しているのを、羨ましく感じました。
「サンシキスミレ」のことを「遊蝶花」、<(鏡を)木賊(トクサ) で丹念に磨いてゆく>、<椋の木の皮を煎じた汁で髪をすすいだら>、<(髪を)胡桃油をつけて結い直す>、<重陽の節句。菊酒を飲む>等、いまでは忘れ去られたエコな生活が心に残ります。
普段使用しなくなった当時の言葉などがふんだんに取り入れられていますので、時代小説好きとしても、これは一読の価値十分の一冊でした。
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