『寺内貫太郎一家』( 1974年1月16日~1974年10月9日) ・ 『時間ですよ』(1970年~1990年)など人気テレビドラマの脚本家、また、第83回直木賞(1980年)受賞作家として、ますますの活躍が期待されていたさなか、台湾での取材帰りの飛行機事故で1981年8月22日、51年の生涯を終えた<向田邦子>さん(1929年11月28日~1981年)が、没後40年を迎えるこの8月です。
8月10日発売の文春文庫『向田邦子を読む』(文藝春秋編)では、直木賞選評、故<田辺聖子>さん、故<森繁久彌>さん、故<山口瞳>さんら交遊のあった作家・著名人の<向田邦子>さんにまつわる随想がまとめられています。
また、2021年5月30日に亡くなられた<小林亜星>さんと<梶芽衣子>さんの対談「輝ける『寺内貫太郎一家』の日々」のほか、<益田ミリ>さん、<伊藤まさこ>さん、<桜庭一樹>さん、<岸田奈美>さん、<石橋静河>さんら幅広い分野で活躍する人たちからのエッセイを掲載しています。
映画ファンとしては、1989年に<高倉健>主演、<降旗康男>監督で映画化された『あ・うん』や、2003年に<森田芳光> 監督により『阿修羅のごとく』などが映画化されているのが喜ばしいことです。
著者<今野敏>の『残照』(2000年4月刊)に始まる「東京湾臨海署安積班」シリーズの文庫本として、警察学校時代から現在の刑事課強行犯第一係長に至るまでの「安積剛志」を描いた短篇集『道標』に続く12作目の最新作『炎天夢』(2021年7月18日発行)です。
多分野での著作も多い<今野敏>ですが、「安積剛志」警部補を主人公とするこのシリーズは実に巧みに警察組織の上下関係の中での捜査の流れが、個性ある登場人物たちと共に描かれていますので、楽しみなシリーズです。
東京湾臨海署管内で強盗事件が発生しますが、安積の強行犯第一係は、同期の交機隊小隊長「速水直樹」の協力を得て犯人を割り出し、夜明けを待ち家宅捜索を開始、犯人の身柄を確保します。
しかし、徹夜明けの非番となる朝、続けざまに事件が発生、江東マリーナで女性の死体が浮かんだという事件を担当することになります。
被害者は、すぐにグラビアアイドルの「立原彩花」と判明、近くのプレジャーボートで被害者のものと思われるサンダルが見つかります。ボートの持ち主は、「立原彩花」と愛人関係との噂がある芸能界一の大物実力者「柳井武春」でした。
芸能界を取り巻くプロダクションをめぐる問題で、事件を担当する本部長の「白河耕助」が赤坂署長時代に「柳井」の事件をもみ消したという噂がある中、安積班はおなじみの捜査員「須田・黒木・村雨・水野・桜井」たちが、事件の真相を追い求めていきます。
本書『カラスの祈り 警視庁53教場』は、第1作『警視庁53教場』(2017年10月刊)に始まるシリーズの第5作目の文庫書下ろし作品になります。
捜査一課の転属を断り警察学校に残った「五味京介」は、窮地に立たされていました。元凶は一昨年に卒業を認めなかった連続強姦魔の「深川翼」を145号室に監禁して閉じ込めていることでした。父親の「深川浩」が国家公安委員長ということで、所轄の警察署長が誰も逮捕状に印を押さないという状況下にある中、同僚の副教官「高杉」と信念を貫き通した結果でしたが、家庭でも教場でも綻びが生じ始めていました。
解決策を見出せずにいる中、法務省矯正局から特任教授の「赤木倫子」が着任してきます。彼女の矯正プログラムによって「深川翼」の閉ざされた状況は少しずつ動き出します。教え子の飛び降り自殺未遂などが起こり、53教場の教官「五味」の最大の危機に歴代シリーズ卒業生も全員集合して「深川翼」の余罪を追い求めて逮捕状取得に捜査が進められていきます。
「深川翼」の犯行へのトラウマの追及、育った環境の驚くべく事実と並行して、「綾乃」との新婚の「五味」の家庭問題や、「高杉」の実子で「五味」の先妻「百合」の連れ子の「結衣」との関係を織り込みながら、驚愕の結末へと一気に読ませる構成に唸る415ページでした。
著者<山邑圭>には、採用試験を間違えて警察官になった「椎名真帆」を主人公とする『刑事にはむかない女』(2019年)をはじめとするシリーズがあります。本書『コールド・ファイル』は、文庫本書下ろしとして2021年7月25日に発行されています。
本書では、元モデルの経験がある「比留間怜子」が主人公です。2年前までは、捜査一課の刑事でしたが、囮捜査失敗の責任を取らされる形で、捜査資料の電子ファイル化する部署に左遷された32歳の独身です。
窓際の資料課にて、偶然目にした1件の未解決事件の捜査資料が「怜子」の運命を変えます。「怜子」の学生時代に先輩モデルとして活躍していた「村雨マリ」が、4年前の事件で殺されていたことを知ります。すべてを手に入れ、男性を魅了していた彼女に何があったのか。「怜子」は、彼女の死の真相を突き止めるため、単独で捜査を始めますが、資料課の多方面に顔の広い同僚「原田」巡査や、「村雨」事件の被疑者逮捕の不手際の責任を取らされ退職した元刑事の「大庭」の力を借り、事件の真相に迫っていきます。
捜査の進捗に絡め、「怜子」の個人的な問題や家庭環境などが織り込まれ、「怜子」自身の人間性を浮かび上がらせています。
捜査二課のバツイチで5歳の女の子がいる「中谷」との関係や、警備会社を辞めて「探偵業」になりそうな「大庭」、「怜子」自身今回の捜査で一課に戻れそうな終わり方で、「椎名真帆」と同様に今後シリーズ化されそうな予感がしています。
本書『氷獄』は、2019年7月に単行本が刊行され、2021年7月25日に文庫本として発売されています。
表題作を含む4篇が収録されていますが、圧巻はやはり表題作の『氷獄』でした。
全体的に過去の作品の登場人物やエピソードが絡んできますので、<海堂尊>ファンとしてはとても面白く楽しめましたが、さて、本書が初めてという方には、意味が分かりにくいかもしれません。
『氷獄』では、37歳にして弁護士になった「日高正義」が、手術室で行われた前代未聞の連続殺人事件『チーム・バチスタの栄光』(2006年2月・宝島社)での「バチスタ・スキャンダル」の被疑者「氷室」医師の国選弁護人となった活躍が描かれています。
有罪率99.9%を誇る検察司法の歪みに、「日高正義」が正義のメスを入れるのですが、ここで海堂作品でおなじみの厚生省技官の「白鳥圭輔」が絡んできます。
医療と司法の正義を問うエンタテインメントとして検察と対抗する弁護士としての「日高正義」がいいキャクターで描かれていましたが、最後に「氷室」が東日本大震災に紛れて仙台拘置所から脱走してしまいます。
刑務所内での健康診断と偽って、「氷室」に青酸カリの錠剤を渡した正体不明の女医も不明のままで、まだまだこれから続編が楽しめそうな伏線で、物語は終わっています。
本書『羊の目』は、2008年2月に単行本が刊行されています。(文春文庫)での著者<伊集院静>の作品としては、『星月夜』・ 『悩むが花』を読んでいますが、最近では、サントリーの創業者<鳥井信次郎>の生涯を描いた『琥珀の夢(上・下)』が印象に残っています。
本書は、昭和8年、牡丹の「刺青」をもつ夜鷹の女は、後に日本の闇社会を震撼させるひとりの男児を産み落とします。自分が見初めた男気のある浅草の侠客「浜嶋辰三」の女の家に捨て子として託します。児の名は「神崎武美」。女は病気のために亡くなりますが、その後「浜嶋辰三」に育てられた「武美」は、「親分」で育ての親である「浜嶋辰三」を守るため幼くして殺しに手を染め、稀代の暗殺者へと成長していきます。
実の「親」よりも、ヤクザ世界で出会い結ばれた「親」に絶対的価値観を見出し、これをかたくなに生を全うする男の一生が描かれていきます。
やがて縄張り争いで対立する組織に追われ、ロスの日本人街に潜伏した「武美」は、潜伏先の母娘に導かれてキリスト教に接するのでした。高潔で、寡黙で、神に祈りを捧げる、目の澄み切った殺人者でした。アメリカのマフィアのボスの庇護を受け、刑務所内で安全に25年大人しく過ごしていた「武美」は、25年ぶりに出所日本に戻った「武美」でした。
冒頭の、牡丹の「刺青」が全編を通しての大きな意味を持つ伏線となっており、夜鷹となる前の女が、破戒僧に生娘から僧の女にとなり、突然の僧との別れが、後半につながる壮大な構想に圧倒される、稀代の殺人者の生涯を描いた深い余韻を残す(443ページ)の大河長篇でした。
著者<西條奈加>の作品として初めて手にしました。「第164回直木賞」で気になっていた作家です。
本書『永田町小町バトル』は、2019年1月31日に単行本が刊行、2021年6月15日に文庫本として発行されています。
日本の国会運営の状況や子育て環境の問題等、娯楽作品を超えた社会問題を丁寧に描き、ある意味教科書的に面白く読み切りました。
主人公「芹沢小町」は、〈現役〉キャバクラ嬢で小学生の女の子を持つシングルマザーという経歴で、「夜の銀座」のホステスさんたち専門の夜間の託児施設を立ち上げた行動力を買われて衆院選に出馬、元キャバクラ嬢として国会議員に見事当選します。
物怖じしないキャラクターがメディアで話題となり、働く母親達を中心に熱い支持を集めています。
ひとり親家庭、貧困、埋まらない男女格差。国際的にみてもかなり遅れた〈ジェンダー不平等国〉日本に、「芹沢小町」は、子供の貧困問題にからめ少子化問題・待機児童問題・離婚家庭の問題・養育費未払いの問題等の解決のため起死回生の作戦で日本に風穴を開けるべく奮闘する姿が、楽しめた444ページでした。
日本の現状を考えるのに適したテキストとしても十分に読み応えのある、政治エンタメの一冊でした。
本書『罪なき子』は、2018年6月に双葉社より単行本が刊行され、2021年6月13日文庫本として発行されています。
著者<小杉健治>には、弁護士「鶴見京介」を主人公とするシリーズ『結願』などがありますが、本書も弁護士「水木邦夫」を主人公に据えています。法曹界物の法廷内での検事側との丁々発止のやり取りはなく、被告人との接見を通して、事件の真相を求めていきます。
東京都美術館のホールで凄惨な通り魔殺傷事件が起こります。「片瀬洋平」が次々と人を襲い、男女二名を刃物で殺害し、警備員等二名を傷つけて逮捕されます。
「片瀬」は22年前に強盗殺人事件を起こし死刑が執行されている「宗像武三」の息子で、加害者家族への嫌がらせのため、生きる希望を失い「国家が代わって私をころすべきだ」と犯行に及んだと供述しているのでした。
「片瀬」の事件への動機に興味を抱いた「水木邦夫」弁護士は、{ひとは本当に死刑になりたいために他人を殺せるものなのか、ひとを平気で殺せる人間が、なぜ自分で死ぬことができないのか}と興味を持ち、国選弁護人を断っている「片瀬」の弁護を無償で請け負うのでした。
事の発端である22年前の強盗殺人事件と絡み合わせて、{死刑判決が確定したときに、何かを仕掛けるのではないか}という疑問が付きまとう「水木」弁護士の地道な調査が始まります。
日本画家<伊藤若冲>の生涯を描いた著者<沢田瞳子>の『若冲』は、京都を舞台に秀逸な構成の作品でしたが、本書『星落ちて、なお』は、鬼才「河鍋暁斎」(天保2年4月7日〈1831年5月18日〉~明治22年〈1889年〉4月26日〉を父に持った娘「暁翠」の女絵師としての激動の時代を生き抜いた数奇な人生を描いています。
不世出の絵師、「河鍋暁斎」が亡くなります。残された娘の「とよ(暁翠)」に対し、早くから養子に出されたことを逆恨みしているのか、腹違いの兄「周三郎」は事あるごとに難癖をつけてきます。
「暁斎」の死によって、これまで河鍋家の中で辛うじて保たれていた均衡が崩れてしまいます。兄はもとより、弟の「記六」は根無し草のような生活にどっぷりつかり頼りなく、妹の「きく」は病弱で長くは生きられそうもないのでした。
物語は59歳で亡くなった「暁斎」の葬儀の夜から始まります。偉大な人物をなくすと、あとに残された人たちは大変です。「暁斎」が引き受けていた絵の依頼はどうするのか、多数の弟子たちの面倒はだれが見るのか、家や財産の問題も絡んできます。画業に没頭する兄「周三郎」との確執を抱えながら、「とよ」は現実に向き合い、父の画風を守ろうともがくのでした。
時代は明治から大正、急速に近代化・西洋化が進み、日本画壇も変化にさらされる。「過去の人」となった「暁斎」の画風を、「とよ」、「周三郎」はどう受け継いでゆくのか。日清・日露戦争、関東大震災を経て、日本社会はめまぐるしく変わっていく中、天才の影に翻弄されながらも、懸命に生きる女性の姿を描き出しています。
<葉室麟>の本書『草笛物語』は、第146回直木三十五賞を受賞、2014年に映画化(監督:小泉堯史)されました『蜩ノ記』に始まる豊後「羽根藩」を舞台とするシリーズの第5作目にあたりますが、2~4作目は『潮鳴り』 ・ 『春雷』 ・ 『秋霜』と続きますが、『蜩ノ記』の主人公「戸田秋谷」にまつわる物語ではないため、本書『草笛物語』が実質的な続編となっています。
羽根藩江戸屋敷に暮らす少年「赤座颯太」は、両親が他界したことにより、国元の羽根藩の伯父「水上岳堂」に引き取られ親友の薬草園番人を務めている「秋谷」の娘「薫」を妻とする「檀野正三郎」のもとに預けられます。
国元では藩の家督をめぐり、「颯太」の朋友である世子「鍋千代」改め「吉道」を押す派閥と日の輪様と呼ばれる横暴な「三浦左近」を後見人と見立てようする一派との対立が顕著になってきます。
『蜩ノ記』で「戸田秋谷」が切腹しての16年後に、「颯太」は国元に戻った藩主「吉道」の小姓として仕えますが、「秋谷」にまつわる複雑な人間関係を伏線に、泣き虫「颯太」の男として、武士としての成長を描き、武士社会の理不尽さを絡めながら、著者ならではのすがすがしさで、物語を終えています。
本来なら、「颯太」のその後を描いた「羽根藩」シリーズ第6作目が読みたいところですが、著者は2017年12月23日に66歳で亡くなられていますので、かなわぬ希望なのが残念でなりません。
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