2005年 『花まんま』で第133回直木賞を受賞した<朱川湊人>の『わくらば追慕抄』は、2009年3月に単行本が刊行され、20011年9月25日に文庫本として角川書店から発売されています。
主人公は、人や物に触れることでその「記憶」を読み取れる不思議な力をもった姉「上条鈴音」と、お転婆で姉想いの妹「ワッコ(和歌子)です。「ワッコ」の語り口で、「ワッコ」たちの身の回りで起こる出来事に不思議な能力を持ち27歳で亡くなった姉の思い出の5篇が語られていきます。
固い絆で結ばれた姉妹の前に現れた謎の女は、「鈴音」と同じ力を悪用して他人の過去を暴き立てていました。女の名は「御堂吹雪」、その冷たい怒りと霜しみに満ちたまなざしが「鈴音」に向けられるとき、数々の異変がおこります。
昭和30年代の世相・風俗を背景に、人の優しさと生きる哀しみをノスタルジックに描く〈昭和事件簿〉『わくらば日記』(2005年12月・角川書店)の続編になります。
神戸っ子として、地元の歴史書として興味を持ちました『神戸レガッタ・アンド・アスレチック倶楽部150年史』は、「神戸新聞総合出版センター」から出版され、編者は<呉宏明>氏と<髙木應光>氏が務め、自称「神戸のヒストーリーアン」である歴史家の園田学園女子大学名誉教授<田辺眞人>氏が監修されています。
「神戸レガッタ・アンド・アスレチック倶楽部」は、1870年(明治3年)9月23日に、神戸居留地の薬剤師かつスポーツ万能の<アレキサンダー・シム>氏を中心として世知率されています。
1901年(明治34年)、神戸の六甲山に日本で最初の4ホールズのゴルフ場(神戸ゴルフ倶楽部)を造った<アーサー・グルーム>氏も同倶楽部の創立メンバーでした。
創立当時から、150年に渡る倶楽部の活動をたどることは、日本のサッカーやマラソンなどにも影響を残した足跡をたどることでもありました、
年代史ということもあり、当時のモノクロ写真の資料も多く、地元再発見という意味でも楽しめました。
本書『横山課長の七日間』は、2002年10月朝日新聞社より刊行され、2015年2月、集英社文庫として発行されています。
大手デパートの婦人服第一課の課長「椿山和昭」は46歳は、接待の会食中に突然死を迎え、あの世とこの世の中陰の世界の冥途で目を覚まします。そこでは死者が講習を受け、生前の悪い行いを反省し、反省ボタンを押すだけで天国へ行けることになります。
「椿山」は、身に覚えのない「邪淫の罪」での講習を活けますが、再審査を望み反省ボタンを押しませんでした。
自分の行為を確認すべく「現地特別逆送措置」により、39歳の美女「カズヤマ ツバキ」として現生に戻り、「邪淫の罪」とみなされた出来事と対峙することになります。
冥途の審査過程で知り合ったヤクザの親分「武田勇」や交通事故死した養護施設出身の小学生「根岸雄太」らと知り合いますが、共に現生に戻り、「椿山」の家庭を中心として複雑な関係が絡みあい、ひとつひとつの伏線が繋がり、ハートフルな結末がひかえています。
現生とあの世を結びつける物語は、第32回吉川英治文学新人賞を受賞し映画化(2012年・監督: 平川 雄一朗)もされた<辻村深月>の『ツナグ』、<高野和明>の『幽霊救命救助隊』や<山田悠介>の『名のないシシャ』などがありました。
主要な登場人物は、<チョコレート>に関連した名前で登場しています本書『銃とチョコレート』は、2006年5月「ミステリーランド」から刊行され、2016年7月に講談社文庫として発行されています。
弾丸や銃器の発明で大富豪となった家を狙い財宝を盗み続ける怪盗「ゴディバ」と、国民的名探偵「ロイズ」との対決が注目されていました。「ゴディバ」は犯行現場に署名と風車の絵を書いたカードを残していました。
ある日移民の子「リンツ」は父と買い物に出た際に古本の聖書を露天商から手にしたことから、「ゴディバ」の事件にかかわることになります。聖書の中には風車の絵が描かれた地図がはさまれており、どうやら財宝の隠し場所らしいことから、「ロイズ」と助手の「ブラウニー」、「ガナッシュ」警視、いじめっ子「ドゥバイヨル」たちを巻き込んだ財宝の争奪戦が繰り広げられます。
子供の「ドゥバイヨル」が「ガナッシュ」警視をナイフで殺害や少女「ミュゼ」になたで切りかかるなど、少年「リンツ」が主人公の話としては、暴力的な筋立てには感心できませんでした。
病院を舞台とした『白い巨塔』や銀行を舞台とした『華麗なる一族』、中国残留孤児問題の『大地の子』、など重厚な作品を精力的に書かれてきた<山崎豊子>さんが途中まで執筆され遺作となった『約束の海』は、2014年2月に単行本と発行されています。
本書『約束の海』は著者の遺作ということで、新作が出ることがありませんので。いつでも読めるわと思いながら遅くなってしまいました。
28歳の防衛大学出身の「花巻朔太郎二尉」が乗り込んでいた海上自衛隊の潜水艦「くにしお」と釣り船「第一大和丸」が、東京湾で衝突、多数の犠牲者が出る惨事が起こります。
真珠湾攻撃時に米軍の捕虜第一号となった旧帝国海軍少尉を父に持つ「花巻朔太郎」を主人公に、自衛隊の潜水艦の現状と、偶然知り合ったオーケストラのフルート奏者「小沢頼子」との淡い恋心を横線にしています。
衝突事故の海難審判が始まる中、潜水艦勤務に疑問が芽生え辞表を出した「花巻朔太郎」ですが、その将来性を見込まれ、米軍の原子力潜水艦に乗船する機会が訪れるところで物語は終わります。
本来なら、時代に翻弄され、抗う父子百年の物語が展開されるはずでしたが、幕を開けた段階だけでも、「花巻」の流転する自衛隊での立場、海難審判やライバルとの戦いが予想できそうな「頼子」との恋の結末、ブラジルの自動車工場の責任者で赴任していた父の帰国とこの先の動向が気になる序章でした。
3日の憲法記念日には、各政党の憲法改正の話題で賑わっていましたが、本書が完結していれば、自衛隊とは、平和とは、戦争とはへの道筋が見えた作品だったと思われるだけに、未完は残念でなりません。
<伊集院静>の『琥珀の夢 小説鳥井信治郎(上)』は、13歳で薬種問屋「小西儀助商店」に丁稚奉公にでた「信治郎」が、20歳になり自分で店を持ちところで終っています。
いよいよ下巻では、20歳の春、鳥井商店を開業。明治39年、屋号を寿屋洋酒店に変更、日々葡萄酒の味の研究に勤しみます。ロシアとの開戦で軍事需要が高まる中、広島の西城商店主に取引で騙され借金を抱えながら、赤玉ポートワインが完成します。ライバルは東京の神谷伝兵衛の蜂印葡萄酒。宣伝の重要性を知っていた信治郎は、新聞広告、赤玉楽劇座、劇団員の「松島栄美子」をモデルとしたヌードポスターやノベルティーと攻勢に出ます。
国産ウイスキー造りは周囲からは猛反対にあっていました。そんな時、関東大震災が起きます。瓦礫と化した東京を見て、「信治郎」は決心します。「わてが日本をええ国にするんや。ウイスキーを作ってみせる」。英国に留学していた「竹鶴政孝」を雇い、莫大な借金をして山崎蒸溜所を建設します。初の国産ウイスキーは1929年に誕生します。米英に比べれば新参国ですが、いまや世界で最高賞を取るまでになり、海外の愛好家を虜にし、破格の値段で取引されているようです。
初の国産ウイスキーを完成させた「信治郎」は、「小西儀助」が夢見ていた「ビール」の世界へと夢を広げるのでした。
上巻で気になっていたうどん屋「芳や」の女将「しの」は流行り病で亡くなっており、下巻にて、月命日には、料理屋で一人忍んで宴を開いている逸話が出てきて、ホッとしました。
<北原白秋>が、1913年の歌集で「ウイスキーの強く悲しき口当たりそれにもまして春の暮れゆく」と詠んだ、琥珀色の味と香りは、かくも人を魅了してきたということで、<伊集院静>の文庫本上下2巻の長篇小説『琥珀の夢 小説鳥井信治郎』を手にしました。「サントリー」の創業者としての「鳥井信治郎」に関しては、すでに<邦光史郎>の『やってみなはれ』(集英社文庫)を読んでいますので、大まかな流れを理解しながら、改めて日本産ウイスキーの幕開けを楽しみながら読みました。
明治12年1月30日夜明け。大阪船場、薬問屋が並ぶ道修町に近い釣鐘町で一人の男児が産声を上げました。両替商、「鳥井忠兵衛」と「こま」の4人目の子どもである次男「信治郎」が誕生しています、後に日本初の国産ウイスキーを作り、今や日本を代表する企業「サントリー」の創業者の誕生でした。
次男坊の宿命で「信治郎」は13歳で薬種問屋「小西儀助商店」に丁稚奉公に入ります。小西商店では薬以外にウイスキーも輸入して扱っていましたが、「儀助」は国産の葡萄酒造りを考えていました。しかし当時の葡萄酒はアルコールに香料など様々なものを混ぜ合わせた合成酒でした。「信治郎」は夜毎、「儀助」と葡萄酒造りに励みながら、商人としてのイロハを叩き込まれると共に、合成酒づくりの基本を身に着けていきます。
丁稚奉公も終わり、いよいよ「信治郎」は自分の店を持つまでになりますが、兄「喜蔵」からもらった開店資金を使い突然神戸港から小樽までの客船の一等客になり、外国人たちの交流を楽しみ大阪に戻ってきます。開店資金を散財しますが、のちにこの経験が生きてくるのでした。
気になったのは「信治郎」の性格として、先輩の奉公人に引き合わされた子持ちのうどん屋「芳や」の女将「しの」と関係を持ち、その後もたびたび登場してくるのですが、単なる女遊びで終わるのか、あやふやのまま上巻が終ったことです。
多くの作家が個性ある「刑事」を主人公としていますが、本書に登場する「夏目信人」も好きなキャラクターの一人です。
本書『刑事の約束』は、『刑事のまなざし』 ・ 『その鏡は嘘をつく』に続く「夏目信人」シリーズの三作目になり、表題作を含む5篇の中短篇が収められています。
主人公「夏目」は、罪を犯した少年たちの心に寄り添い、その更生の手助けになる仕事がしたいと法務技官になり、一人娘が通り魔事件の被害に遭い、植物状態になったことをきっかけに30歳の時に警察官に転職した過去を持っています。6年後、東池袋署の刑事課に配属され新人刑事となった<夏目>の刑事としてのまなざしは被害者の痛みを知る優しさと罪を憎む厳しさを湛えていました。
多くの刑事物の主人公は、血気盛んな破天荒な行動力があるようですが、「夏目」は、はた目にはぼーっとしていて、定時の5時15分には帰宅する、およそ刑事らしからぬ人物として描かれ、事件中心のミステリーとして描かれる背後に、一人娘の不幸を背負った家庭人としての苦悩を抱えながら生きる刑事としての姿を描いているところに魅力が感じられます。
本作で、植物状態に陥っていた14歳の娘「絵美」が目覚めます。前作登場の検事「志藤」も再登場、「前田裕馬」のその後の展開も気になるところで、2020年3月に文庫本として発行されています次作『刑事の怒り』を読まなければいけないようです。
今回は、一般的な小説ではなく、いわゆる「ハウツー物」です。正式タイトルは『コロナ危機を生き残る 飲食店の秘密』とながめですので、標題では省略させていただきました。
著者の<大西良典>氏は、兵庫県神戸市生まれ、兵庫県立尼崎工業高校建築科卒業後、神戸の三大ゼネコンに入社、ゼネコン倒産後、設計事務所に転職、「モスバーガー」の店舗設計から始まり、「なか卯」の店舗設計にたずさわり、2010年に独立して、兵庫県芦屋市に「OLD DESIGN株式会社」を設立現在に至っているという経歴です。
神戸にて長く建築設計に携わってきましたが、「神戸の三大ゼネコン」と言う言葉に出会うのは本書が初めてで、倒産ということであれば「H工務店」や「H建設」、「M組」などを思い出しながら読んでおりました。
建築設計を生業と言う職業的な意味で本書に興味を持ったわけではなく、「B級グルメファン」としての立場で読んでみましたが、内容的に特段驚くべきノウハウは読み取れませんでした。
ここの所、厚めの文庫本が続きましたので、息抜きとして<西村京太郎>の1984年7月「カッパ・ノベルス」(光文社)にて刊行されました13冊目となるトラブルミステリー『北能登殺人事件』を読みました。文中新幹線の「食堂車」の描写があり、作品の古さが感じられました。
休暇で能登に旅に出た「十津川」警部の部下である「日下」刑事は、電車内で一人旅の女性が気になり、恋路海岸まであとをつけるのですが、海岸で彼女(村田由紀子)が銃撃される場面に出くわします。「由紀子」は、交通事故死した恋人のルポライター「雨宮」を喪い、死に場所を求めていました。「由紀子」に心惹かれた「日下」は「由紀子」と同じホテルに泊まりますが、翌日、女が泊まった部屋に男の死体があり、彼女の手には凶器のナイフが握られていました。
「日下」は彼女の無実を信じ捜査に加わるのですが、「雨宮」の交通事故死も殺人事件の様相になり、東京の「十津川」や「亀井」の協力を得て、事件の鍵は「雨宮」が追っていた芸能界の黒幕「堀場達夫」に辿り着くのですが、「堀場」も殺され、捜査線に浮ぶ容疑者が次々と殺されていきます。「十津川」は最後の1人の完璧な時刻表にまつわるアリバイを崩し、「由紀子」の協力を得て、容疑者を誘い出す作戦に出ます。
「由紀子」に淡い恋心を抱きながら捜査を進める「日下」ですが、彼女が犯人ではないかとおののく「日下」が必死で捜査を進める過程が異色で、文末の2行、{結婚までいかなくても、日下にとっては、素晴らしい思い出になるだろうし、由紀子には生きる力になるだろう。}と結ばれているのが、爽やかな印象を残す一冊でした。
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