今年の読書(96)『芙蓉の干城』松井今朝子(集英社文庫)
12月
17日
舞台は、関東大震災後10年経った日中戦争間近の昭和8年の東京・築地の歌舞伎劇場「木挽座」です。
主人公は、江戸歌舞伎の大作者、三代目「桜木治助」の孫でありながら現在は早稲田大学の教員で、その知識と確かな審美眼で歌舞伎役者や裏方から厚い信頼を集めています「桜木治郎」です。
築地小劇場で女優となった親戚の娘「室井澪子」の婚期を案じる実家からの懇願により、木挽座で陸軍軍人「磯田」との見合いの席が設けられます。舞台では歌舞伎界の大御所である「荻野沢之丞」を観劇中、「澪子」は真向いの席の男女が、酔った感じの姿に違和感を抱きます。
翌日、木挽座そばで男女の惨殺死体が発見されますが、遺体の男は右翼結社「征西会」大幹部「小宮山正憲」であり女は大阪の芸妓「照世美」でした。二人が最後に目撃された木挽座を捜索するため、「治郎」は(前作『壺中の回廊』でも関係した)警察から協力を要請されますが、続けて裏方の二人が連続して殺されてしまい、事件に巻き込まれていきます。
「澪子」もまた、自身が目撃した二人の奇妙な様子を「治郎」と「磯田」に打ち明け、それぞれの立場から事件の真相に迫っていくことになります。
戦争へと歴史の歯車が大きく動いた昭和8年の世相を背景に、歌舞伎業界の豊富な知識に裏付けされた芸の世界を縦軸に、歌舞伎役者の父と息子の葛藤を絡めた、歌舞伎ミステリーでした。