著者の<家族小説短篇シリーズ>として、 『家族の言い訳』・『こちらの事情』(双葉文庫) ・ 『ほのかなひかり』(角川文庫) ・ 『小さな理由』(双葉文庫) に続き、5冊目になります。
今回も8話の短篇が収められていますが、それぞれに愛情のこもった物語りで、ほのぼのとした読後感で心が温められます。
第一話の「ひかりのひみつ」を読めば、表紙のイラストの意味がよく分かるのですが、未婚の母の子供として生まれ義父との家庭の中で素直に育った主人公<奈々>の明るさが、逆にホロットさせられるラストでした。
どの短篇も家族をテーマにしていますが、著者自身があとがきで、<家族小説をたくさん描く内に、家族とは肉親だけなのだろうかと疑問に思うようになりました。友人、知人、仕事仲間、それからペットなどなど。縁あって触れ合うことになった間柄すべてを”家族”と呼んでいいのでは・・・>と述べられています。
そんな目線でそれぞれの大切な絆を描いた8つの物語りが、じんわりと心に響く一冊でした。
東京放送ネットワーク(TBN)の夜の11時のニュース番組『ニュース・イレブン』の遊軍記者<布施京一>が、主人公で、 『スクープ』 の続編にあたります。
番組の編成会議などの欠席が多く素行には問題があるものの、記者としての独特の感と、夜に飲み歩く世界で幅広い人脈を築き上げており、他社に先駆けて数々のスクープをモノにしています。
夜な夜な酒を飲み歩いている中、10代の女性が3人ほど失踪しているという「噂」を聞きつけ、若い女性の未解決のバラバラ殺人事件と関連させて独自で調査を進めていきます。
刑事たちがよく呑みに来る居酒屋『かめ吉』で、未解決事件を担当している特命捜査第二係の<黒田祐介>が、密かにバラバラ殺人を調査しているのが分かり、持ちつ持たれつの関係で、真相を付きつめてゆきます。
即時性が問われるテレビのニュース番組ですが、テレビ局内の動き、マスコミの使命、警察内部の公安部と刑事部の軋轢など、読みどころが多く楽しめた一冊でした。
著者は、韓国の作家として数多くの文学賞を受賞されている作家で、2008年7月31日肺がんにて68歳で死去されていますが、死後に大韓民国より「金冠文化勲章」が授与されています。
表題の二編は、共に1985年に発表された作品で、2010年8月に菁柿堂から刊行されました。
『隠れた指』は朝鮮戦争最中を舞台に、三姓里に住む幼馴染の<東準>と<顯千>が青色党員(南側)と黒色党員(北側)とに思想的に分かれ、<顯千>は<東準>に対する妬みを政治的問題に置き換えて、相手側の裏切り者を「指さし」させて処刑するという残忍な行為を行わせます。
<東準>は監禁の身から逃げ出し、なんとか無事に青色部隊と合流、故郷の三姓里に黒色党員の制圧に向かい、今度は<顯千>に対して同じ「指さし」行為をさせるのですが、<顯千>は自ら指を切断していて「指さし」行為をできなくしていました。
戦争という人間の理性が失われる状況下で、告発や裏切り、策略と陰謀が絡まり合い、またそれらに無関心な村人たちが描かれていて、とても重たい内容です。
残念ながら翻訳者の文体は、隊長や部下といった上下関係があやふやな感じを覚え、また戦争下の会話にしては穏やか過ぎ、原作文は読みこなせませんが、訳文は読みやすいとは言えません。
父親が突然失踪した息子の<沢村一成>は、大町署の刑事<袴田>から、雪解けに伴って父親の自動車が発見されたことを知り、現場に向かいます。
宿泊先の娘<深雪>と知り合い、二人して父親の捜索を始めますが、何者かによる妨害行為を受けることになります。
捜索を進めてゆく過程で、霊感師<オババ>の話などから、突如として職漁師としての祖父と共に子供の頃から山奥で暮らしていた父親の意外な過去が分かり、失踪の原因となる経緯が判明してゆきます。
非常に読みやすい文章構成で、奥深い山岳を舞台に時代背景がしっかりと組み込まれ、登場人物の性格設定も良くできており、最後まで飽きることなく一気に読み終えました。
残念ながら著者は、2006年に癌を発病して亡くなられています。
『ファントム・ピークス』(松本清張賞最終候補作)に次いで、死後に友人たちの手で刊行された一冊です。
なんとも異色な小説と出会いました。
主人公の<斉藤カユ>は「村」の掟通り70歳を迎え、口減らしのために極楽浄土を願いながら『お参り場』に捨てられます。
ふと目を覚まし極楽浄土かと思った所は、『お参り場』に捨てられた老婆たちが密かに作り上げた『デンデラ』という共同体でした。
三十年前に捨てられた100歳の<三ツ屋メイ>を長として、50人ばかりの老婆たちが、恨みのある「村」をつぶそうとする襲撃派と、穏やかに死んでいきたい穏健派が対立していますが、<カユ>はどちらにも属しません。
そんな折、餌もなく冬眠できなかった背中に赤い毛がある「赤背」という子連れの雌熊が、餌を求めて『デンデラ』を襲います。
また、昔流行った疫病が再発し、次々に老婆達が亡くなっていきます。
50人の老婆達が「赤背」になぶり殺され、疫病で亡くなり、最後は6人だけが生き残り、<カユ>はある秘策を心に「赤背」との戦いに挑んでいきます。
姥捨て山といえば深沢七郎の『楢山節考』を思い出しますが、雌熊「赤背」との死闘を軸に、「村」に対する恨みだけで生き延びている老婆たちの生の悲しみが、胸に突き刺さる一冊でした。
異質な刑事が活躍する小説として、天才数学者<御子柴>が数学的な統計学でもって捜査を進める 『確率捜査官御子柴岳人』 、仮説・実験・証明をもとに論理的思考で計画された完全犯罪を覆す 『実験刑事トトリ』 と読み進め、今回は、「行動心理捜査官」の肩書きを持つ<楯岡絵麻>が主人公です。
全5話から構成されていますが、舞台は三畳程度の取調室で、記録係の後輩刑事<西野>と二人だけで、事件の真相に迫っていきます。
通称28歳の美人捜査官<楯岡絵麻>は、通称「エンマ様」と呼ばれ、行動心理学を用いて被疑者を自白へと導きます。
「ノンバール理論」・「なだめ行動」・「ミラーリング」・「コールドリーディング」等、人間の心理や行動を分析しながら被疑者の嘘を見抜く手順は、面白く読めました。
<楯岡絵麻>は、15年前に高校の恩師が殺害された過去があり、その責任感から刑事になった経緯があります。
最終章で時効が成立する寸前、ひとりで専任捜査を行っている刑事<山下>から新たな情報が届き、次作に続きそうな感じで終わりました。
人間の行動心理の勉強にもなり、恩師の事件も気になり、続巻が出ることを期待したい一冊です。
昨年11月3日(土)からNHK総合で全5回「土曜ドラマスペシャル」として放送された西田征史脚本の番組を吉田恵里香さんがノベライズされ、ドラマを観られた方もおられるかもしれません。
主人公は動物学者から、警視庁に中途採用された43歳の新米刑事<都鳥博士(ととりひろし)>で、教育係としての年下の<安永哲平>と組んで殺人事件を解決して行きます。
前回に読みました神永学の 『確率捜査官御子柴岳人』 では天才数学者の<御子柴>が数学的な統計学を用いて事件の深層に迫りましたが、こちらは現場の状況を再現するために仮説を立て<都鳥>自身が実験を行い、論理的思考で事件の真相を突き止めて行きます。
一見ひょうひょうとした<都鳥>の行動ですが、熱血漢あふれどこか憎めない<安永>との会話も楽しく、なるほどこれはテレビドラマだったら面白いだろうなと感じながら読み終えました。
世田町署に、「捜査一課特殊取調対策班」とい部所が新設され、経験や勘だけの捜査ではなく、理論的な数式を持って犯罪捜査にあたることになります。
大学の数学の准教授<御子柴岳人>を中心として、父親が警察官であり更生させようとした相手に殺害されてしまう過去を持つ<新妻友紀>、班長の<権野道徳>、そして<友紀>の部下だった<津山重臣>が主だった登場人物です。
全6章からなり、痴漢容疑で逮捕された<島田>を巡る一連の事件が、各章として結末を付けながら全体の物語りとして構成されています。
「ベイズ推理」・「事例ベース意思決定理論」・「利得行列」など、確立や統計学の応用を用いながら、事件の真相にたどり着きます。
著者には悪いのですが、読みながらアメリカのテレビドラマ『NUMBERS天才数学者の事件ファイル』の二番煎じに感じました。
FBI特別捜査官<ドン・エプス>は、数学の天才で犯罪者の行動を予測する公式を導き出す弟の<チャールズ・エプス>と協力して、犯人を捕らえていきます。
日本的な警察のイメージの中での物語ですので、『NUMBERS』に比べて数式や理論的な要素は弱く、まだまだ人情話的な構成になるのは仕方ないのかもしれません。
第二次世界大戦を舞台に、ドイツ海軍の中尉<マクシミリアン・ブレーケンドリフ>(マックス)を主人公に据え、装甲艦グラフ・シュペー号の副官として南太平洋の哨戒に出るところから物語は始まります。
<ランドルフ艦長>のもと、敵国イギリスの軍艦を打ち破る戦果を重ねますが、やがて大きな痛手を受け、中立国での修理も拒否され、グラフ・シュペー号は敵国に渡るのを阻止するために艦長もろとも自爆して海に沈んでしまいます。
その後商船に偽装したメテオール号に乗り組み、イギリス艦とインド洋で対戦中に艦は撃沈、救命ボートで漂流の末生き延び、父親や恋人のいる故国に戻りますが、愛国心に燃える<マックス>は大尉となり潜水艦U-114の艦長として、再びアメリカ本国へと向かっていきます。
大戦中のドイツの状況、艦隊同士の対戦状況や潜水艦内部の描写、(マックス)と恋人との関係を組み込みながら、祖国を思い入れる心の動き等、史実に裏付けされた出来事や登場人物を織り込み、読み応えのある上下二冊になっています。
桜の季節になり、なにげなくタイトルの『さくら草』に魅かれ手に取りましたら、女性刑事役として少年課の<白石理恵>が登場する警察小説ということで読んでみました。
14歳の少女がラブホテルの駐車場で殺害され、ローティーンの人気高級ブランド「プリムローズ」を身に着けていたのを気に掛けた<白石>が、ベテラン刑事の<俵坂>とペアを組み、殺人事件の捜査に当たることになります。
捜査を進める過程で、またもや「プリムローズ」ファンの12歳の少女の連続殺人事件が発生してしまいます。
クリーニング店主の身内で起こった悲しい事件と、アパレルとしての「プリムローズ」のやり手女性プロヂューサー<日比野晶子>の動きが複雑に絡み合い、最後まで読者を飽きさせません。
<白石>刑事を主人公とする続きを読みたいと感じさせる内容でしたが、残念ながら著者は2010年9月に亡くなられていますので、シリーズ化はかなわぬ夢となりました。
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