江戸・本所深川で立て続けに起こった三件の縊り事件は、みな共通の手口に見え、主人公である同心<柊夢之助>は犯人と思える男<勝蔵>に、幼馴染である仲間の同心<尾形兵庫>との協力で辿り着きます。
が、<勝蔵>はみずから自身番に名乗り出てきます。
妙にすがすがしい顔色の<勝蔵>を見て、何か裏がありそうだと感じた<夢之助>は、解決かと思えた事件に対して、みずから再調査に乗り出してゆきます。
副題に<浮世の同心>とあるように、取り調べを行う役所的な鯖きではなく、庶民の目線で物事を判断しようとする心意気が、詠み手側によく伝わってきました。
<勝蔵>の子供の頃の忌まわしい事件を背景に、江戸言葉を随所に使い分け、庶民の生活がきれいに描かれています。
今後シリーズ化になりそうな主人公<夢之助>ですので、次作を楽しみに待ちたいと思います。
今回の『ピンクの雨』(2009年12月刊行)は、阪神・淡路大震災から復興をとげた、12年後の神戸の街を舞台に描かれています。
震災で家を失い母を亡くした6歳の<神崎真子>は、叔母に連れられイギリスに移住しますが、叔母の夫によって性的虐待を受け家を飛び出し施設で育ちます。
震災の時に父親は別の家庭で生活をしており、その心の痛みを抱えたまま、やがて神戸の資産家の養女となり12年ぶりに神戸に戻ってきます。名前も<吉永薫>と男名に改め、外見も「男」として私立森北学院大学に入学し、美術部に籍を置いていました。
美術部の新入生勧誘の誘いに応じてきた二歳年下の<美里>こそが、自分たちの家庭を捨てた父親の異母妹だと知った<薫>は、心に秘めた策略で復讐を果たそうと考えます。
大震災で数々のトラウマを抱えた暗くて切ない一人の少女が、一人の人間として成長してゆく物語です。
少女趣味的な文意を感じるところも多々ありますが、全体の構成は悪くありませんでした。
大学のある阪急岡本駅を中心に三宮・北野町・南京町等、神戸市内の街並みの描写は、神戸っ子としてはお馴染みの場所ですので、安心して読めました。
主人公の<麻之助>は、江戸の神田で8つの支配町をもつ古名主、<高橋宗右衛門>の22歳になる跡取り息子です。
若い頃は親も自慢の才気あふれる若者でしたが、16歳を境に突然お気楽な極楽とんぼの生活が始まりました。
同じ古名主の跡取り息子でもあり幼馴染の<八木清十郎>や、今は同心見習いをしている<相馬吉五郎>たちを中心に遊んでいますが、町名主ともなると支配町の揉め事をまとめるという役目が背負わされています。
心の奥に、二歳年上の幼馴染であり、今は<清十郎>の義母となっている<お有由>の面影がちらついているのですが、このことが横線となりながら物語は続いて行きます。
本書には6編が収められていますが、挙式以前に身ごもった娘さん、万年青の盆栽をめぐる争い、隠し子騒動、<清十郎>の義弟の誘拐事件等、自分の支配町で起こる何事件を、<麻之助>を中心に<清十郎>や<吉五郎>達が大岡裁きにも似た活躍で治めてゆきます。
心温まる江戸市井の人情味と、<麻之助>の<お有由>への淡い恋心が揺れ動くせつなさが、胸に残る一冊でした。
歴史と文化のある古都「京都」ですが、世界的な観光都市でもある反面、利権とお金のからむ裏社会が存在しているのも事実です。
ルポルタージュとして、各章の書かれた年代は1990年代前半からですが、当時は事件を聞いても関係なく見過ごしていました。
京都政財界の黒幕<山段芳春>、暴力団・会津小鉄会<高山登久太郎>、芸能界のタノマチ・佐川急便・<佐川清>など、京の黒幕と呼ばれた人たちはすでに鬼籍に入っています。
第一部として、武富士の京都駅前地上げ事件、闇の帝王<許永中>、山口組若頭<宅見勝>暗殺事件などの暴力団にまつわる内容です。
第二部として、西本願寺の「差別発言でっち上げ」事件、阿含宗<桐山靖雄>、<細木和子>と久保田家石材との関係、「無量寿寺」の正体など、宗教関係のレポートが続きます。
副題にある<ことを支配する隠微な黒幕たち>のごとく、ドロドロとした泥臭い話ばかりですが、時間をおいて再度事件を検証してみるというのも新しい発見があり、面白く読み切れました。
女刑事<八神瑛子>を主人公にした 『アウトバーン』 では、女刑事らしからぬ小気味のよい行動で楽しませてくれた、深町秋生の『ダブル』です。
今回は「クールジュピター(CJ)」というドラッグを不法に売りさばく組織の殺し屋として働いていた<刈田>は、弟が組織の掟を破り(CJ)を愛用しているのを知り、元恋人の所に匿いますが、組織のボス<神宮>の知れるところになり、弟と元恋人を殺されてしまいます。
<刈田>自身も、<神宮>の銃弾で倒れ海に落とされてしまいますが、瀕死の重傷のなか、奇跡的に助かります。
そんな折、一人の女刑事<園部>が近付き、警察のイヌとして<神宮>ヘの復讐のために、身分を偽り顔を変え声も変えて組織に潜り込んでいきますが、さて復讐はどうなるのかという物語です。
あらすじだけでは、良くありそうな三文小説の話ですが、迫力ある描写と、個性的な登場人物たちでもって飽きさせずに最後まで詠ませる構成はさすがでした。
最後の終わり方もうまく、ひょとしたら<刈田>や女刑事<園部>が再登場する続編があるかなと、期待しています。
日本の国会運営も、解散がらみの足の引っ張り合いばかりで呆れてしまいますが、またこの議員たちを選んだのも国民の責任でもあります。
今回取り上げました高嶋哲夫の『衆愚の果て』は、国家全体のことよりも、「落選すればただのひと」のパロディー本として、痛快に楽しく読み終えれました。
主人公の<大場大志>は、高校時代は暴走族で暴れ無名の大学を卒後、職を転々と変えながら無職の生活でした。
ひょんなことから民有党の比例区に名前を並べることになり、98位の順位ながらも27歳で当選してしまいます。
衆議院議員として二千万を超える年収、必要経費を含めると四千万を超える金額を手にするわけですが、多すぎる議員や国家のことを考えることもなく、選挙対策に地元の顔色ばかりを見ている現状に、嫌悪感を抱き始めます。
一年生議員として、どこまで党に背いて孤軍奮闘が出来るのか、最後まで一気に読ませてくれるテンポの良さで、気持ちよく読め終えました。
国会運営や議員の日常、党運営や官僚との関係を知るには、いい一冊でした。
本書は7話の短篇から構成されている、江戸時代を舞台にした時代小説です。
タイトルの『あんちゃん』は、最終編として組まれていました。
「明治は遠くなりにけり」といわれますが、それ以前の庶民の暮らしぶりは、人情と義理が基本にありますので、読んでいて安心感があります。
機会化された現代生活も文明の面から見ると凄い発展ですが、人間の営みとして幸せなのかと見直すには、江戸時代の市井の生活がいい教科書に思えてなりません。
『楓日記 窪田城異聞』という作品だけは、現代の主人公が古文書をもとに、当時の歴史を紐解く内容で、緻密な時代構成に感心させられました。
サスペンスや裏社会の作品の合間に読むには、心落ち着く時代劇モノがいいようです。
NHKの土曜ドラマとして著者の『ハゲタカ』が放映され、国内外で多くの賞を受賞しています。
2009年には東宝系で、「ハゲタカシリーズ」として3冊目の『レッド』が、『ハゲタカ』として映画化されたのを、購入した『レッド』(2009年4月刊行)の帯の宣伝で知りました。
『ハゲタカ』シリーズは、海千山千の企業買収の世界を描いた経済小説ですが、今回の『プライド』は、それぞれの分野の<プロ>としての心意気を表した6篇の短篇小説と一話の掌編小説で構成されています。
<プロ>として絶対に譲れないモノはなにかという大きなテーマを、政治・医療・農業・食品業界等を舞台にして語りかけています。
<医学に情熱をもった人間が、医学の中心にいないからです。(略)挙句に、患者の脈も取ったこともない厚労省の医系技官が、医療革新というお題目を唱えているからです。>
さしずめ私の業界に合わせると、<一級建築士の資格もなく、建築の設計に携わったこともない建築系技官が、建築士法などを机上で考えているからです。>となり、フンフンと一人納得をしておりました。
<何のために人は働くのか。そして、どうすれば矜持を守ることができるのか。それを守るために、どれくらいの犠牲に耐えられるのか。>
著者の提示する命題は、<プロ>としていつも身に付いて回ることですが、<プロ>として恥ずかしくない仕事だけはし続けなければいけない立場、改めて考えさせられた一冊でした。
同じ著者の 『仮想儀礼』 は、今年の読書としてベストワンかなと感じています。
続けて『沈黙の画布』が新潮文庫から出ていますので、迷わずに手にしました。
人気エッセイストが新潟県長岡市を訪れた際、地元の無名の画家の絵と出会い、これがきっかけで画集が発行され、無名の画家が一躍脚光を浴びることになります。
画家の妻は健在で、自分の見知らぬ絵は「偽物」だと言いきり、その背景には夫の愛人問題もからみ、画商と称する怪しげな人物も出てきて、話しは思わぬ方向に進んでいきます。
ノンフィクションかなとおもわせる緻密な構成で、読みながら本当にこのような画家のモデルがいるのではないかと感じさせながら、人間の欲望やずる賢さ、愛情や憎しみ、美術出版業界や画商の世界、どれもが複雑に絡み合い、最後までミステリータッチの展開に引き込まれて楽しる作品です。
サブタイトルに<酔いどれ小籐次留書>とありますように、江戸時代を背景にした、連作の時代劇シリーズとして、18作目にあたります。
主人公<赤目小籐次>は、「来島水軍流正剣十手脇剣七手」の剣豪でもあり、酒が好きな人物として描かれています。
長屋に住み、包丁研ぎを生業として市井に生きていますが、日々町中で起こる事件などを、人情味あふれる裁きで解決してゆきます。
今回も、長引く江戸の秋雨が続く中、長屋の一同に炊き出しを振るまうのですが、かまどに隠された金無垢の「根付け」を住人が見つけ出したことから、ひと騒動が起こります。
題名の『政宗遺訓』は、<伊達政宗>を指していますが、後半になりこの「根付け」の持ち主だと言い張る伊達家と三河蔦屋をどう裁くかが、小籐次の腕の見せどこりとなります。
史実に基づいた歴史書ではないだけに、著者の描き出す江戸の町の風情や人情味のある人間関係が描かれ、楽しめるシリーズです。
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