これは小説ではなく、「戯曲」です。
精神科医になっていた高校時代の仲間が殺人事件で亡くなり、当時の映画研究会の同窓生男女5人が、葬式の帰りに集まります。
いまは映画監督として活躍している<タカハシ>の依頼で、エキストラの出演依頼で集まったメンバーでもあります。
久しぶりに集まった仲間ですが、誰かが席をはずすと、その人物のうわさ話に花が咲くというお決まりの流れの中で、高校時代の文化祭で起こった食中毒事件が話題となり、犯人捜しに興味は移るのですが・・・。
登場人物の5人を通して、人間の懐疑心と嫉妬の錯綜する構成ですが、読後感は「んん~」でした。
「戯曲」というのは、台詞とト書きの合間の「間」を想像する力が必要で、落語を文字で読んでも面白くないのと同様、台詞の意味合いを考えながらの読書は、疲れる作業でした。
おそらく著者の作品として初めての作品ですから、三島由紀夫や安部公房・井上ひさしのように、多くの作品を読んでいる延長として「戯曲」を読むと、著者のイメージに近付けたかもしれません。
表題作の『マザコン』を含む、8編からなる短篇集です。
大人になった娘たちや息子たちから見た、母親へのさまざまな感情が交差する心の動きを描き、切ないまでの親子関係をさらけ出してくれています。
同性であるが故の母と娘の人間関係は、身体的な同一化が深く関わってていることを感じ取りました。この「母ー娘」の関係は、女性にしか描ききれないのかもしれません。
著者は各短篇の中で、その主人公たちが持つ母親というイメージを、徹底的にさらけ出してゆきます。
・・・おれと兄貴のランドセルなど、卒業アルバムだの、七五三の衣装だの、八年前に死んだ父親のネクタイの束など、そんなのどうでもいいものばかりがゴロゴロ出てきて、次第に気が滅入ってきた。
・・・潔癖症なうえ排他的で、猜疑心強く、人を信用せず、執念深い母の性質を、母の寝静まった台所で私たちは具体的に言い合った。そういう人が、慣習も常識も環境も違う場所で暮らしてゆけるはずがなかった
・・・私が結婚をしないのは母を見ていたからだった。結婚というものがいかに人を不幸にするか母にくりかえし教えられたからだった。
・・・私の母は週に一度電話をしてきては、定年後の父の立ち居振る舞いについて、放っておけば一時間は愚痴り、さらに放っておけば私に子どもを産む意思がないことを嘆き、自分の育て方が間違ってのかと言い募る。
それぞれの短篇に出てくる文章の一部ですが、どれもありふれた会話だと読み流してしまうのは、男性側からの目線でしかないように感じさせてくれる一冊でした。
<乃南アサ>の作品は、32歳でバツイチ、バイク好きの女刑事「音道貴子シリーズ」は刑事物として読んでいます。その他の作品も数多くありますが、あまり馴染みがありません。
この本の主人公は、女性が二人です。<小森谷芭子(はこ)>29歳と、<江口綾香>41歳です。
二人にはそれぞれの事情で刑務所に入っていた前歴があり、それを隠しながら東京の下町谷中界隈で、新しい人生を歩み出します。
前歴を隠しながら仕事を覚え、ご近所の老夫婦たちの人情に触れ、娑場での生活に馴染んでゆく過程が、悲しいまでのユーモアで描かれています。
前科のある負い目を感じながら、二人は寄り添い励まし、お互いを思いやりながら、前向きに進んでゆく姿は、暗い内容とは正反対に、読み手側に生きることの意義を提示しているように思えます。
構成的には4篇の物語から成り立っていますが、この二人の今後の生き方が、気になるシリーズになりそうです。
2008年4月に刊行された『ブルーベリー』を、改題・加筆されて文庫化されています。
1981年3月、岡山から東京の大学(早稲田)の合格発表を彼女と見に来ていた僕の話から始まる、12篇の短篇で構成されています。
著者自身の青春の足跡であり、せつないノスタルジーがにじみ出た小作品集です。
歳を重ねるとともに、青春時代のあのときに「もしこうしていたら」という思いは、誰もが経験することでもあり、青春時代を共に過ごした仲間のその後の人生も気にかかるところです。
阪神・淡路大震災で二人の子供を亡くされた、神戸在住の同級生の母親などの逸話もあり、それぞれの人生の歩みを考えさせられました。
<十九歳の僕は、四十歳の僕が胸ぐらをつかみたくなるぐらい冷たくて、自分勝手で、無神経で、優しさに欠けていた・・・・だから、十九歳、だったのだろう>
短い一文の中に、著者の優しさを感じながら、読み終えました。
副題に「天命探偵 真田省吾2」と付いていて、文庫本としては 『タイム・ラッシュ』 に次ぐシリーズ2冊目です。
元刑事の<山縣>所長が主催する探偵事務所<ファミリー調査サービス>のスタッフとして、施設育ちの<真田省吾>、予知能力を持った<志乃>、男勝りの<公香>が中心メンバーとして活躍します。
銃器密売組織の男が逮捕護送中にライフルで暗殺され、調べてゆくうちに、5年前に起きた病院立てこもり事件で、犯人狙撃の命令が出なかったために、犯人の自爆で妻子を亡くした元SAT狙撃班の<鳥居>が浮かんできます。
殺人犯であろうとも狙撃の命令を出さない日本の警察に対して、考え方を改めさせる為に、<鳥居>は警視総監を拉致監禁してまで復讐に走るのですが・・・。
結末は、読まれる方の楽しみにしておきます。
テレビドラを見ているような感覚で、スピード感と映像感を感じさせてくれる小説でした。
本書には、5篇の短篇が納められています。
初めて読む著者の作品ですが、米澤流暗黒ミステリーの真髄を感じ取ることができました。
どの短篇も上流社会と言いますか、資産家の家庭や家族を中心に構成された物語で、残酷なまでのサスペンスを楽しむことができます。
特に物語の最後の一行がどれも秀逸で、この一行を書くために、著者はそれぞれの伏線を貼りめぐらしている感があります。
ミステリー愛読家らしく、著名な作家や作品がたくさん出てきますが、予備知識を持たずとも、作品の流れの中で理解できるように仕向ける文章力に、感心しました。
古典的な手法での作品ですが、謎解きのミステリー物とは別物の、ウイットに富んだ短篇集でした。
非常に淡々と描かれた文章に少し戸惑いながらも、最後まで読ませる力量は、著者ならではでしょう。
東京近郊の地方都市「汐灘」という架空の街を舞台に、人間ドラマが厚く展開してゆきます。
汐灘の海岸で、幼女殺害未遂事件が発生、事件直後に20年前に同様の犯行で逮捕され自供し、12年の刑を勤め出所していた<庄司>が逮捕されますが、確定した証拠がないままに保釈されます。
その<庄司>は、再審請求に向けて弁護士の<有田>と共に活動を始めますが、最初の事件を担当した<脇坂>刑事、殺された少女の父親の<桑原>、そして<庄司>と同級生であり、目の前で逮捕された経験を持ち、かっての親友であり今は刑事になっている<伊達>がからみ合い、重奏な人間ドラマが展開されていきます。
犯人逮捕を目的とした「刑事物」ではなく、本当に<庄司>は無実なのかという主題に沿いながら、刑事の職業とはなにかという伏線を絡ませた作品、面白く読み終えました。
<シリーズ疫病神>と副題が付いていますが、『疫病神』(新潮文庫化)・『国境』・『暗礁』に次いで4作品目が、この『螻蛄(けら)』(平成24年2月1日刊行)です。
エンターティナメントという言葉がありますが、まさにこの作品の為にあるようにと思えるほど、娯楽性に富んだ面白い小説です。
自称建設コンサルタントと称する堅気の二宮と、二蝶会の経済ヤクザの桑原の二人が織りなすドタバタ喜劇、会話はすべて関西弁ですので、台詞の言い回しが漫才の雰囲気があり、深刻な話も笑いで済ませてゆく姿は、関西人ならではの行動だと思います。
今回は、信者五百万人を擁する伝法宗慧教寺に伝わる絵巻物をシノギのネタとして、大阪・京都・名古屋・東京と縦横無尽に金の為に動き回りますが、最後は読んでのお楽しみです。
読み終えて、映画『悪名』を思い出しました。桑原に八尾の浅吉役の勝新太郎、二宮にモートルの貞役の田宮二郎を当てはめますと、ぴったりの配役だと思います。
1000円で750ページの小説、読んで損はない一冊だとお勧めします。
1996(平成8)年、『蛇を踏む』で第115回芥川賞を受賞され、それ以後も各種の作品賞を受賞されています。
芥川賞作品を読んで以来の、川上弘美さんの作品です。
堅い「刑事物」が続きましたので、恋愛小説で気分転換してみました。
恋愛小説ですが、恋焦がれるという若い男女が織りなすたぐいではありません。
結婚7年目を迎えている33歳の<のゆり>は、匿名の電話で主人の卓哉が3年越しの浮気をしていることを知らされます。
普通なら怒り狂い離婚問題となるのでしょうが、怒ることもせず淡々とした生活を続けていく中で、叔父や専門学校で出会う男子大学生、女子大時代のゼミの先輩等の関係を通じて、ゆるやかに心が変化してゆくさまが描かれています。
最後には「別れよう、わたしたち」の台詞を卓哉に向けて言いますが、結論じみた場面で終わることなく、お腹が減ったということで二人でラーメン屋に向かう場面で終わります。
切ないまでも移ろいやすい女心の変化、叔父との東北旅行で旅館から見上げた<風花>が、揺れる女心を見事に表現したタイトルに凝縮されています。
今年の読書(41) 『警官魂:激震篇』 に続く後半です。
誘拐された本部長宅に戻った三島は、本部長の捜査方針を暴露することにより、犯人側との接触を保ちますが、本部長の命令に逆らえない県警の同僚たちに邪魔されて、思い通りに誘拐された娘を救出することがでません。
一度誘拐犯たちと立ち向かいますが、同僚の邪魔が入り犯人達にまたもや逃げられてしまいますが、その際同僚が犯人の顔を撮影していました。
この犯人の一人が、もと本部長の部下であることが判明するのですが、当時出世のために恋人を殺された恨みを抱え、裏金作りを進める本部長のスキャンダルを暴露させるために、娘を誘拐したことが明るみに出てきます。
三島は娘を無事保護し事件は解決しますが、裏金作りの解決は出来ず、やはり閑職のまま刑事生活を続けていくエンディングとなります。
著者は福島県生まれで、福島大学を卒業されています。
誘拐犯の指示に従い、街中を車で移動しますが、市内の街並みの描写や建物名が随時出てきます。
解説で、<本書は福島県出身の著者が、震災前に描いた最後の長編ということになる>という一文がありました。
郷土出身の作家として地元を愛する目で、東日本大震災に関連する著作が、今後出版されることを期待しています。
* ブログル仲間の<birdy>さんから、この本を原作としたテレビドラマが、3月31日(土)21:00から、テレビ朝日系で放送があると教えていただきました。
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