未来的なデザインなどで20世紀後半のファッションに革新をもたらし、世界的なブランドを築いたフランスの服飾デザイナー<ピエール・カルダン>さんが29日、パリ近郊の病院で逝去されています。98歳でした。
今年10月2日には、業績を辿ったドキュメンタリー映画 『ライフ・イズ・カラフル! 未来をデザインする男 ピエール・カルダン』 (監督:P・デヴィッド・エバーソール、 トッド・ヒューズ)が公開されたばかりでした。
1922年7月2日にイタリアイタリア・ヴェネト州サン・ビアージョ・ディ・カッラルタで生まれ、幼い頃に両親とフランスに移住しました。1945年からパリで本格的に服作りの仕事を開始。<ジャン・コクトー>監督の映画『美女と野獣』(1946年)の衣装を手掛けたほか、<クリスチャン・ディオール>の店で働いた後、1950年に独立しています。
富裕層相手のオートクチュール(高級仕立て服)から脱却しようと1959年、プレタポルテ(既製服)コレクションを発表。1960年にはメンズのファッションショーを開き、スーツ一辺倒の紳士服業界に旋風を巻き起こした。「ピエール・カルダン」のロゴを広めるなど、デザイナーの経営基盤を支えるためのライセンスビジネスにも力を入れました。
また、白人主流だった女性モデルに黒人や東洋人を起用。日本人モデルの故<松本弘子>(1935年8月11日~2003年6月21日)さんを見出したことでも知られています。スカートを風船のように膨らませた「バブル・ドレス」、宇宙をイメージした幾何学的デザインの「コスモコール・ルック」で注目を浴びました。
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