文庫本(上・下)で、1200ページを超す大作です。
著者の作品は今回が初めてでしたが、緻密な構成と人物設定の見事さに、圧倒されました。
2009年に「柴田錬三郎賞」をこの作品で受賞していますが、十分に納得できる作品でした。
ゲーム作家に憧れて職を失くした元東京都職員の鈴木正彦は、ゲーム本出版社が倒産した矢口誠と、金儲け目的のために宗教教団「聖泉真法会」を立ち上げます。
最盛期には7000名を超える信者がいた教団も、他の悪徳教団や仏具店の脱税のとばっちりを受けて、衰退の一途をたどります。
人間の心に巣くう孤独感、閉塞感、虚無感、罪悪感が相互に絡んで、一大抒情詩の体を表した物語りとなっています。
関西地区の始点として神戸に支部が開設されたりと、読んでいて楽しい伏線もありました。
批評家大森望が<読み終えたあとしばしぐったり放心してしまうほどだが、この心地よい疲労感こそ、傑作の証>と述べられていましたが、まさにぴったりの称賛の言葉です。
2004(平成16)年、『ボーナス・トラック』で日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞している著者ですが、この一冊を読み終えて「なるほどな」と思いました。
さわやかな大人の恋愛小説でもあり、最終的にはファンタジーの世界で締めくくられます。
詳しく書きますと、今後読まれる方に悪いので、ほのぼのとした気持ちにさせられる一冊だとだけ申しておきます。
読み終えて「なるほど」という伏線が、文章のあちらこちらに散りばめられているのに気が付きました。
タイトルも読まれた方は、「なるほど」とうなづかれたはずです。
解説を書かれている<瀧井朝世>さんが、<恋愛小説はあまり読まない、という人こそ、自信をもってお勧めしたくなる>と書かれていますが、その気持ちがよくわかる一冊でした。
『サクリファイス』というタイトルだけでは、どのような小説なのか理解しにくいのですが、表紙の写真の通りプロのロードレースを舞台とした、青春小説でもあり、ミステリーでもある小説です。
主人公の白石誓は、陸上選手でしたが自転車競技にあこがれ、ロードレースの世界に飛び込みます。
所属したチームでは、プロ選手としての嫉妬やプライドが交差するなか、3年前に起きた自転車事故がクローズアップされ、思わぬ結末に引きずり込まれてしまいます。
ロドーレースは団体競技で、「エース」と呼ばれるトップスターを勝たせるために、チームメンバーは「アシスト」ととして全力を尽くします。
タイトルの<サクリファイス=犠牲>という意味が、読み終えたあと特殊な自転車競技の世界を通して、ゆっくりと心に沁み込んでくる一冊です。
講談社100周年記念の一環として『悪道』が出版され、2011(平成23)年に第45回吉川英治文学賞を受賞しています。
五代将軍・綱吉の急死をうけて、権臣・柳沢吉保は秘密裏に影武者を立てて徳川家存続を図りますが、陰謀に気づいた伊賀忍者の末裔・流英次郎に刺客を向けるという荒筋でした。
『悪道 西国謀反』では、西国の要、中国地方の大藩・42万5千石の浅尾家に渦巻く世継ぎ騒動を中心に、英次郎一統と浅尾藩家老・外村監物引きいる戦国忍者の生き残り・風炎衆との戦いが待ち受けています。
綱吉(影武者)や柳沢吉保・紀伊国屋文左衛門など歴史上の人物と、伊賀忍者の末裔や残忍な暗殺集団・風炎衆とのフィクションが織りなす時代小説で、史実に基づきませんが、楽しく読めました。
『悪道』では、主人公の英次郎の敵であった<主膳>も味方になり、今回も果心居士伝来の妖しの術や忍びの術を使う<貴和>が、英次郎一統側につきそうな終わり方で、これはシリーズ化されそうな予感がしています。
早稲田大学競走部駅伝監督である渡辺康幸さんの著書です。
『自ら育つ力』(日本能率マネージメントセンター)を、2008年に出版されていますが、昨年の第87回箱根駅伝において18年振りに総合優勝をを果たし、新たに1章を追加されての文庫本化です。
度重なるアキレス腱のトラブルで29歳で現役を引退、以後母校早稲田大学の駅伝監督として後輩の指導を通して伝えるべきもの、考えてきたことが、書かれた一冊です。
<ゴールというのは、そこへ到達するまでの道筋がしっかりかくにんできなくては本気で狙えるものでない。到達するために、具体的にどんな施策をどういう手順ですすめていくのか。それがはっきり目に見えているからこそ目標なのだ>
現実的でない「夢」は「夢」でしかありえないと言いれきるのは、実践をこなしてきた経験者ならではの言葉だと思います。
残念ながら今年の第88回箱根駅伝では、東洋大学が総合1位、早稲田大学は総合4位に終わりましたが、来年度の「復活」を期待したいところです。
著者の本は、『女神』 (光文社文)・ 『汝の名』 (中公文庫)・ 『澪つくし』 (文春文庫)と読んできて、4冊目になります。
どの作品にも共通して感じることは、「女」の執念・怨念・すさまじさです。
お化けは男も女もおりますが、幽霊は女性だけということを、いつも認識させられます。
今回登場する主人公の<南欧子>は、34歳。学生時代はクラスの人気者でしたが、今は三流会社の出版社に勤め、妻子持ちの男性と付き合うみじめな生活をしています。
そんなとき、破格の好条件でヘッドハンティングされ、雇い主が分からないままに雇用「契約」を結びます。
この雇い主、昔学生だった頃に<南欧子>にいじめられた恨みを、20年後に復讐するという同級生なのです。
いじめられた恨みを20年間持ち続け、<南欧子>をいたぶる姿は、異様に感じますし、結末が肩すかしで終わったように感じました。
<南欧子>にも、雇い主の女の行動にも、共感は持てず、心理サスペンスとして、もうひとひねりほしいところです。
著者は、2002年に<第1回小学館文庫小説賞>を 『感染』にて受賞し、その後2005年に文庫本化されています。
2作目からの『転生』、『繁殖』、『再発』、そしてこの5作目の『潜伏』とも、すべて小学館文庫のための書き下ろし作品です。
大阪大学大学院医学系研究科を卒業、日本経済新聞社に就職し、医療技術・介護・科学技術等の取材をしながら、『感染』受賞を契機に作家に転身の経歴です。
小学館文庫の5冊以外にも著作はありますが、どれも医学ベースの作品で、経歴に裏打ちされた記述は、面白く読める作品ばかりです。
この『潜伏』は、アルツハイマー病の患者が連続して殺される事件を発端に、叔母の死に疑問を抱いた35歳の独身女性が真相を突き詰めてゆきます。
自分の暗い過去の経験から正義感に燃える女性と、叔母の担当医だった医師との関連を含めて、質の高い医療ミステリーに仕上がっています。
主人公の芹沢晃は、若い頃はバックパッカーで世界中を旅していましたが、今は遊園地でカエルの着ぐるみを着てバイト5年目の30歳です。
日々、小さな子供相手に明け暮れているなか、突然彼を父親だという少年が飛び込んできます。
芹沢がアメリカ滞在中に、関係を持った女性が母親として話しは進んでいきます。少年は母から聞かされた「かっこいいお父さん」を求めてやって来た、と言います。
子供好きなのに、笑顔の出来ない女性の上司を通して、遊園地を舞台に繰り広げられる、人と人、兄妹、親子のぎこちない愛情物語です。
無鉄砲ながら真っすぐに取り組む子供たちの姿を通して、夢を持ちながら現実に情熱を失くした大人への忠告でもあり、応援歌かもしれません。
最後まで母親が誰だとは分かりませんが、深刻に読むのではなく、息抜きに適した大人のメルヘンです。
在宅医療を推し進めている 平野国美さんの『看取りの医者』 を紹介しましたが、今回は東京・山谷のドヤ街の一角で行き場のない人々が寄り添う「きぼうのいえ」が舞台の、ノンフィクションです。
元蒸気機関車の運転手、元731部隊員、元板前、元ヤクザ等、それぞれの人生を歩んできた人たちの人生の聞き取りを通して、最後を「看取る」スタッフ達との心温まる交流が描き出されています。
以前に中村智志さんの『段ボールハウスで見る夢』という新宿のホームレスを取材した本を読み、緻密なな取材と暖かい目線に感動しましたので、躊躇なくこの文庫本を手に取りました。
「きぼうのいえ」は民間人が経営している<ホスピス>ですが、病院などに併設された<ホスピス>は、緩和ケアーを中心とした終末期患者の施設です。現在、大臣認定もしくは都道府県知事から許可を受けた施設では、ガン患者とエイズ患者しか入院できません。
人生の終末期を迎えた人々は、多種多彩に渡り、心のケアーを含めてこのような「きぼうのいえ」的な<ホスピス>が数多くできればいいのですが、現状では遠い道のりのようです。
終末期医療の訪問医として、2002年につくば市で開業された著者の感動の実話が、9編収められています。
1950(昭和25)年当時は、8割の方が自宅での在宅死でしたが、1976(昭和51)年を境に病院での院内死が逆転、今では家族に看取られての在宅死は1割になっています。
<在宅医療を成功に運ぶためには、医師が患者さんの経過を正確に把握し、病状の回復や悪化の程度を適切に判断し、それに応じた投薬や検査などを行う必要がある>と述べられ、重ねて<看護婦やヘルパーに適切な指示を与え、相互に連絡を密にして、連携プレーで在宅医療の効果を高める必要がある>と、決して医者任せだけでは解決しない問題の難しさを感じました。
医者の立場として、患者に治療を行うのは当然の行為でしょうが、無駄な延命処置で死に際に家族が立ち会えない状況は、死にゆく人への冒涜だと著者は考えられています。
<けれども、延命治療後の患者さんの死に顔には、例外なく苦痛がにじみ出ている。死臭も強い。自宅で自然に息を引き取った患者さんが安らかな死に顔で、ほとんど死臭を感じないのとは対照的である>という記述は、開業9年間で630以上の在宅死を看取られた著者ならではの言葉だと思います。
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