本書は7話の短篇から構成されている、江戸時代を舞台にした時代小説です。
タイトルの『あんちゃん』は、最終編として組まれていました。
「明治は遠くなりにけり」といわれますが、それ以前の庶民の暮らしぶりは、人情と義理が基本にありますので、読んでいて安心感があります。
機会化された現代生活も文明の面から見ると凄い発展ですが、人間の営みとして幸せなのかと見直すには、江戸時代の市井の生活がいい教科書に思えてなりません。
『楓日記 窪田城異聞』という作品だけは、現代の主人公が古文書をもとに、当時の歴史を紐解く内容で、緻密な時代構成に感心させられました。
サスペンスや裏社会の作品の合間に読むには、心落ち着く時代劇モノがいいようです。
NHKの土曜ドラマとして著者の『ハゲタカ』が放映され、国内外で多くの賞を受賞しています。
2009年には東宝系で、「ハゲタカシリーズ」として3冊目の『レッド』が、『ハゲタカ』として映画化されたのを、購入した『レッド』(2009年4月刊行)の帯の宣伝で知りました。
『ハゲタカ』シリーズは、海千山千の企業買収の世界を描いた経済小説ですが、今回の『プライド』は、それぞれの分野の<プロ>としての心意気を表した6篇の短篇小説と一話の掌編小説で構成されています。
<プロ>として絶対に譲れないモノはなにかという大きなテーマを、政治・医療・農業・食品業界等を舞台にして語りかけています。
<医学に情熱をもった人間が、医学の中心にいないからです。(略)挙句に、患者の脈も取ったこともない厚労省の医系技官が、医療革新というお題目を唱えているからです。>
さしずめ私の業界に合わせると、<一級建築士の資格もなく、建築の設計に携わったこともない建築系技官が、建築士法などを机上で考えているからです。>となり、フンフンと一人納得をしておりました。
<何のために人は働くのか。そして、どうすれば矜持を守ることができるのか。それを守るために、どれくらいの犠牲に耐えられるのか。>
著者の提示する命題は、<プロ>としていつも身に付いて回ることですが、<プロ>として恥ずかしくない仕事だけはし続けなければいけない立場、改めて考えさせられた一冊でした。
同じ著者の 『仮想儀礼』 は、今年の読書としてベストワンかなと感じています。
続けて『沈黙の画布』が新潮文庫から出ていますので、迷わずに手にしました。
人気エッセイストが新潟県長岡市を訪れた際、地元の無名の画家の絵と出会い、これがきっかけで画集が発行され、無名の画家が一躍脚光を浴びることになります。
画家の妻は健在で、自分の見知らぬ絵は「偽物」だと言いきり、その背景には夫の愛人問題もからみ、画商と称する怪しげな人物も出てきて、話しは思わぬ方向に進んでいきます。
ノンフィクションかなとおもわせる緻密な構成で、読みながら本当にこのような画家のモデルがいるのではないかと感じさせながら、人間の欲望やずる賢さ、愛情や憎しみ、美術出版業界や画商の世界、どれもが複雑に絡み合い、最後までミステリータッチの展開に引き込まれて楽しる作品です。
サブタイトルに<酔いどれ小籐次留書>とありますように、江戸時代を背景にした、連作の時代劇シリーズとして、18作目にあたります。
主人公<赤目小籐次>は、「来島水軍流正剣十手脇剣七手」の剣豪でもあり、酒が好きな人物として描かれています。
長屋に住み、包丁研ぎを生業として市井に生きていますが、日々町中で起こる事件などを、人情味あふれる裁きで解決してゆきます。
今回も、長引く江戸の秋雨が続く中、長屋の一同に炊き出しを振るまうのですが、かまどに隠された金無垢の「根付け」を住人が見つけ出したことから、ひと騒動が起こります。
題名の『政宗遺訓』は、<伊達政宗>を指していますが、後半になりこの「根付け」の持ち主だと言い張る伊達家と三河蔦屋をどう裁くかが、小籐次の腕の見せどこりとなります。
史実に基づいた歴史書ではないだけに、著者の描き出す江戸の町の風情や人情味のある人間関係が描かれ、楽しめるシリーズです。
10月5日は、イギリスにてジェームズ・ボンドが主人公の映画『007ドクター・ノオ(邦題名:007は殺しの番号)』が封切られて50周年でした。
ジェフリー・ディーヴァーが、『007白紙の委任状』という小説で、日本冒険小説協会大賞を受賞していますので、興味を持ち読んでみようと出向きました。
最終的に、手にしたのは国際スリラー作家協会最優秀長編賞を受賞した本書です。
事件を知らせる電話で現場に駆け付けた保安官補の<ブリン>は、森の中の別荘で射殺された夫婦の死体を発見、偶然にも犯人の男二人と撃ち合うことになり、来客として訪れ難を逃れていた<ミッシェル>と出会います。
密林を舞台に、逃げる<ブリン>たちと追いかける男二人との追撃が、迫力ある描写で繰り広げられていきます。
どんでん返しが次々と展開し、どのようになるのかとハラハラしながら読み進み、563ページの内420ページで森での追撃は終わりますが、用心深い犯人はこれまたどんでん返しで逃げ去ります。
犯人究明に執念を燃やす<ブリン>は、息子や夫との家庭問題を抱えた状況の中、捜査を進めてゆきます。
読み応えのあるページ数ですが、場面の展開が早く、飽きることなく読み切れた一冊でした。
『クライマーズ・ハイ』の著者横山秀夫が、群馬の上毛新聞の記者であったことは、ファンであれば承知の事実です。
新聞社の組織構造、真の報道とは何かを考えさせられた一冊でしたが、この『虚報』も、同じ新聞記者出身である<堂場瞬一>の力作です。
大学教授<上山>の自殺サイトがきっかけで、集団自殺事件が起こり、真相を求めて古参の記者<市川>と新人の<長妻>二人を中心に据え、新聞業界の内部組織、雑誌との取材合戦、記者の資質等、現場の経験者でないと感じ取れないリアリティー感を足場に、緻密に構成された人間ドラマが展開していきます。
<上山>自身、「自殺ではない自死だ」という重みのある言葉とともに、年間3万人を超す自殺者の現状を改めて考えさせられる内容でした。自殺した彼らの報道は、新聞に載ることさえありません。
事件性のある時にだけ、自殺問題を取り上げるマスコミの報道姿勢そのものも、考え直さなければいけないと感じさせてくれる一冊です。
「今年の読書」も114冊目ですが、ベスト5に入る候補作品として、挙げておきたいとおもいます。
一成会若頭補佐で花房組二代目組長 <白岩光義> を主人公に据え、今は薄れた<任侠道>を十分に楽しませてくれる、痛快エンタティメント小説です。
本来は大阪に本部を置く花房組ですが、東京に出てきた際に若い女が拉致されようとする現場に蜂合わせをし、彼女がマレーシア人の留学生で、語学学校と共謀して留学生を食い物にするNPO法人や暴力団が絡んでいる被害者であることを知り、ひと肌脱ぐ行動を取ります。
その裏側で、自分たちの一成会の内部のゴタゴタを取り仕切る話しが平行して進み、<白岩>の男儀のある活躍が楽しめます。
縁遠い<任侠道>の世界ですが、歯切れのいい文章と、小気味のよい脇役たちの登場で、十分に楽しめました。
以前によ見ました黒川博行の 疫病神シリーズ『螻蛄(けら)』 も、関西ヤクザを舞台にしたエンタティメントでしたが、どちらも甲乙つけがたい面白さだとおもいます。
前作 『感染遊戯』 では、主人公である<姫川玲子>は直接登場することなく、同僚刑事たちが中心の小説でした。
今回の『インビジブルレイン』では、元気な<姫川>主任が活躍を見せてくれますが、暗いトラウマを持つ彼女がちょっぴり恋心をいだく場面もあり、意外性ある性格を垣間見ることができます。
暴力団のチンピラが惨殺され捜査本部が立ち上がりますが、捜査中に犯人のタレコミが入ります。
名指しされた犯人は、9年前に姉を殺され、犯人とみなされたた父親も警官の拳銃を奪い署内で自殺を遂げ、被疑者死亡のまま事件は終わっていました。
惨殺されたチンピラが、どうやら9年前の真犯人だと見られ、キャリアの官僚は過去の事件の捜査ミスで責任を取らされることを嫌い、名指しされた犯人の捜査をするなとの指示を出しますが、さて<姫川>はどうするのか?という筋書きです。
最後の10ページほど前で意外などんでん返しがあり、殺人事件の真犯人の関係に「なるほど」とうなり、キャリア官僚の保身に対しての小気味よい結末もあり、面白く読み切りました。
テレビドラマに次いで、同じ<竹内結子>主演で映画化が進んでいるようで、文庫本のあとがきとしてよくある「解説」はなく、著者と<竹内>との対談で終わっています。
前作 『グッドナイト マイ・ダーリン』(悪女ジュスティーヌⅠ) に続く続編です。
ミステリー小説ですので、前作の時にはあらすじが書けませんでした。
恋人が企画するジャングルツアーに同行した<ジュスティーヌ>ですが、若い女性カメラマンとの関係に嫉妬を覚え、恋人を毒矢で、カメラマンをナイフで殺害してしまいます。
高齢で認知症の継母も、子供の頃に受けた虐待に対して死にいたらしめ、いじめをされた同級生をも、自宅に訪れた際に殺害し、家の前の湖に沈めてしまいます。
ホテルマンの新しい恋人が出来、湖に沈めてから6年半が経過したところから続編が始まります。
ミステリー小説ですから、最後は「殺人事件」が解決して物語が終わるのが一般的ですが、この続編は全く違い、読者の余韻を誘う手法で締めくくられています。
人間の心の奥に潜む自我の怖さを垣間見せてくれる心理サスペンスで、前作に続きスウェーデンのミステリー大賞を受賞したのも納得です。
スウェーデンのミステリー大賞を1998年に受賞した作品ですが、一般の謎解き小説とはまったく趣きが違う作品の構成で、集英社文庫から昨年の7月に刊行されています。
俗に言うフラッシュバックの手法で話しが進みますが、過去と現在という分かりやすい構成ではなく、数多い出来事が時系列関係なく展開されてゆきますので、読み手はどこに話が落ち着くのかと不安になりながら、それでも小気味のよい描写が続きますので、ついつい読み進めてしまう内容でした。
ストックホルム郊外に、少女時代に継母や同級生にいじめられた<ジュスティーヌ>は、過去を閉じ込めたかのようにひっそりとペットの鳥と一人住まいをしており、ホテルマンとの恋が進行しています。
ミステリーですので、細かい内容が書けないのが残念ですが、虐待を受けてきた少女から大人への過程で、悪意と復讐が哀しいほど怖いサスペンスです。
副題には(悪女ジュスティーヌⅠ)とあり、また作品名の『グッドナイト マイ・ダーリン』も文中に出てくるのですが、スウェーデン作家のインゲル・フリマンソンがあえて英語表記をしているのは、これまた哀しい意味合いが含まれています。
<ジュスティーヌ>が主役の二作目、『シャドー・イン・ザ・ウォーター』(悪女ジュスティーヌⅡ)も、スウェーデン推理作家アカデミーの最優秀長編賞を2005年に受賞しており、女性作家で二度の受賞は今のところ彼女だけだそうです。
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