今年の読書(57)『想いであずかり処 にじや質店』片島麦子(ポプラ文庫)
10月
1日
『想いであずかり処 にじや質店』には、5話が収録されています。月満月の夜にだけ開店する質店を舞台とし、条件を満たせば、お金を貸してくれる代わりに願いを一つ叶えてくれるますは、そんな不思議な質店に訪れる人々の願いにスポットライトを当て、そこに込められた想いに迫っていく物語です。
物語の舞台となる「にじや質店」は、二階建てのビルほどの大きさの古めかしい白漆喰の建物。そこだけタイムスリップしたような重厚な雰囲気が漂っています。大学生の「間宮いろは」は、たった一度会話を交わしただけの「ある人」との約束で、「にじや質店」へやって来ました。
しかし、そこにいたのは「いろは」が会いにきた人物ではなく、店主の「野々原縫介でしたた。すると「縫介」は「いい満月ですね。では、願いをどうぞ。ここで叶えられるのは、心から求めている願いだけですよ」と、「いろは」に声をかけます。
「いろは」がやってきたのは、願いを叶える質店でした。
「縫介」は、説明します。「代償、と云ってもいいかもしれませんね。願いをひとつ叶える代わりに、あなたにとって今現在大切なものをひとつ失う。何の犠牲も払わずに願いを叶えようなんて虫がいい話ですからね」
自分にとって今現在大切なものは何か? それを失ってまで叶えたい願いはあるか? 依頼者は、願いにかける本気度を試されることになります。
本書はタイトルも表紙もいかにも心あたたまる物語、といった印象を感じさせてくれます。筆致はイメージどおり穏やかですが、意外と物語のエピソードは現実の厳しい側面を切り取った感じです。
「いろは」が「にじや質店」にくるきっかけとなった人物とは一体誰なのか。「いろは」と「縫介」がそれぞれに感じている家族へのわだかまりは解けるのか。本書はやさしさ、あたたかさだけでなく、そこに緊張の横糸が一本織り込まれています