今年の読書(63)『羊の目』伊集院静(文春文庫)
7月
27日
本書は、昭和8年、牡丹の「刺青」をもつ夜鷹の女は、後に日本の闇社会を震撼させるひとりの男児を産み落とします。自分が見初めた男気のある浅草の侠客「浜嶋辰三」の女の家に捨て子として託します。児の名は「神崎武美」。女は病気のために亡くなりますが、その後「浜嶋辰三」に育てられた「武美」は、「親分」で育ての親である「浜嶋辰三」を守るため幼くして殺しに手を染め、稀代の暗殺者へと成長していきます。
実の「親」よりも、ヤクザ世界で出会い結ばれた「親」に絶対的価値観を見出し、これをかたくなに生を全うする男の一生が描かれていきます。
やがて縄張り争いで対立する組織に追われ、ロスの日本人街に潜伏した「武美」は、潜伏先の母娘に導かれてキリスト教に接するのでした。高潔で、寡黙で、神に祈りを捧げる、目の澄み切った殺人者でした。アメリカのマフィアのボスの庇護を受け、刑務所内で安全に25年大人しく過ごしていた「武美」は、25年ぶりに出所日本に戻った「武美」でした。
冒頭の、牡丹の「刺青」が全編を通しての大きな意味を持つ伏線となっており、夜鷹となる前の女が、破戒僧に生娘から僧の女にとなり、突然の僧との別れが、後半につながる壮大な構想に圧倒される、稀代の殺人者の生涯を描いた深い余韻を残す(443ページ)の大河長篇でした。