シアトルでもファンキー色の強い町、フリーモントへ行ってきました。
巨大なおっさんが歩き出している像がこの町を代表しているモニュメント。
その足元で、保育園児たちが休んでいるのが朗らかでした。
ホサナキリスト教会・聖書広場からの引用です。
http://wdx.hosannamin.org/whatsnew
「5千人の給食」
マタイ14章13~ 21節
~マタイ福音書連続講解説教37~
主はヨハネの殉教を知られ、ご自身の最期が近いこと認識されました。
そこであと残されている1年間の地上生涯を弟子訓練に集中されるようになります。
人々との応対に追われたいた都会のカペナウムを離れて、「寂しいところ」(13)へ行かれたのには、そのような文脈がありました。
ガリラヤ湖対岸へイエスと12弟子が舟で渡られるのですが、その上陸場所が伝承から特定されていて、現在では教会堂が建てられています。
その床にパンと魚のあるモザイク画があることで有名で、聖地旅行では逃せられない訪問地の一つとなっています。
カペナウムから徒歩で30ー40分程の距離ですから、聖書記述通りに、沖に出た舟を肉眼で確認しながら湖岸を歩いてそこまで先行することも可能でした。
舟から上がられた主がご覧になられた群衆とは、「羊飼いのいない羊」(マルコ6:34)の姿でした。
真の指導者に恵まれなかった当世の人々は、聖書の預言を正しく教えられずにメシアを拒絶して、やがてローマ戦争により世界離散への運命を辿るのです。
主は、内臓が突き動かされるような深いあわれみ(スプランクニゾマイ)をお感じになられ、人々を教えられ、また病を癒されます。
時に夕闇が迫り、群衆を解散させねばなりません。
ここから本格的な弟子訓練の始まりです。
「あなた方であの人たちに何か食べるものを上げなさい」と弟子たちに言われます。
自分たちに差し出す何があるか弟子たちの間で相談が始まり、
さらに人々からも提供を求めました。
すると、一人の男の子が自身の弁当を差し出したのです。
それは貧しい庶民の典型的携帯食で、大麦の乾パン5つと、2匹の干し魚でした。
「それをここに持ってきなさい」と言われた主は、
そのパンを取り上げて感謝を捧げると、それを割いて弟子たちに渡しました。
弟子たちはあらかじめ組ごとに別れている群衆に配ると、
男だけで5千人もいた大群落が満腹したというのです。
ここで、どうしてその男の子の弁当が差し出されたのか考えて見ましょう。
先述の距離を歩けることからして、男の子は10歳前後以上の年齢であったと思われます。
弁当持参していたのは他にもたくさんいたはず。彼らが差し出せなかった理由に、
弟子たちと同様の理性が働いていたと考えられます。
つまり、「これが一体、何の役に立てるのか」というもの。
一万人以上の空腹という需要の前に、
一人分の弁当は大洋の一雫、焼け石に水でしかない。
その理性や計算はこの男の子にも出来たはずです。
それにも勝る何かをこの子は持っていた。
それがこの子をして自らの弁当を差し出すこととなったです。
では、その「何か」とはなんでしょうか。
主イエスのあわれみ深い働きぶり、そのお話や癒しの奇跡を目撃して、
この子には感じるところがあったと考えられます。
主が食物を探しておられる。
この子にとって、それだけの理由で充分であったのです。
無駄となるかどうかは自分の知ったことではない。
主イエスの求めに応じたかった。
自分の弁当が役に立つと主がお考えなら、
それを主のもとに持って行き、捧げたかったのです。
主はそれを喜んで受け入れられ、祝福して、何倍にもして用いられました。
私たちの手にしている資源も限りあるものです。
自分の経済力、賜物、時間、、、どれも大きな世界の需要の前にあまりに無力に見えるものです。
主のお声を聞く時に、私たちはその小さなものを主のもとに持って行きたいのです。
ポートランドで感心してしまう高速道路設計は、地面に引っ付いてなく、空中高くにせり出していることです。
これにより街は寸断されることないし、またローカル道路とのアクセスもスムーズ。
ダウンタウンが卵形に二つの高速道路で包まれてます。
その高架橋からの眺めも良いものです。
市街地のどこからでも数分とかからずに、その卵の外輪である高速道路にアクセスすればシアトルまでは3時間を一直線に走るだけ。
このときは睡魔に襲われることもなく、パトカーに追いかけられることもなく、
無事に我が家に到着できて感謝。
ポートランド中心地から10分ほど北に進んだところにある、
Mississippi通りで珍しいものを発見しました。
移動式屋台。
いや、リヤカーではなく、トラックのようでそうでないような、へんてこな車がバーとなってたんです。
その車が現れたと思いきや、私の目の前で客が乗り込んで、酒盛りが始まってました。
それも道のど真ん中で。
キャー、こんなのありですか?
ポートランドはエコの町です。
環境にやさしく、自動車運転も市民が控えるようにあの手この手を使います。
その代表がこのストリートカー。
ダウンタウンでは車と同じ車線を走り、郊外では専用線路を走ります。
ダウンタウン内では無料で、自転車も持ち込めるのですから、ここへの通勤には理想的です。
ウエイトレスの皆さんもサーヴィス満点。
ポートランドで是非ともお勧めな日本レストランは、
しげぞう。
これは文句なし一番。
とにかく寿司もラーメンもうまい。
米国で作ったものでないみたい。
この日の夕食もここで楽しみました。
時々大きな太鼓の鳴る音が店内に響きます。
入り口においてある大太鼓を客が勝手に鳴らすのです。
運勢を稼げる太鼓だそうで、
その度に従業員たちの 「いらっしゃいませ」という
威勢のいい返答があります。
なぜ「いらっしゃいませ」なのだろう?
ダウンタウンにある郵便局
暮れなずむべリングハムの町並み
今週のシアトル地元のフリーペーパー「ソイソース」は
べリングハム特集です。
べリングハムはシアトルを北上すること、約1時間半ほどにある小さな町。
「小さな」といっても、一応国際空港もあり、夏になれば日本人留学生数百人で賑わうところでもあります。
先日行ってきましたが、
どこがよいランチの店か、
海岸を散歩できる所はどこかなど不案内なところが多くて
かなり困ってたんです。
これから特集を読んで、よい情報を集めようと思います。
家内はそこにある州立大学へ行きました。
彼女にとっては懐かしい学生時代の町でもあります。
ホサナキリスト教会・聖書広場からの引用です。
http://wdx.hosannamin.org/whatsnew/view/4112-36
「バプテスマのヨハネの斬首」
マタイ14章1~ 12節
~マタイ福音書連続講解説教36~
バプテスマのヨハネとヘロデ・アンティパスとは、
対極にいる人物として本章に書かれています。
それはマタイ福音書2章で、
東方からイエスを拝みにやってきた博士たちとヘロデ大王が対極にありますが、
そのパターンに似ています。
• 権力者と市井の一般人
• 不信者と信仰者
• 己の欲に振舞わされた人と神の使命の道に忠実であった人
• 人を恐た人と神を畏れた人
• 殺人者と礼拝者
などなど。
メシアの道備えをしたヨハネは獄中で数年間を過ごしますが、
最期は斬首されるという悲惨な結末を迎えます。
彼は、
1. ヘロデ・アンティパスの虚栄心・メンツの犠牲となりました。
ヘロデ自身はヨハネの語る真理に納得するところもあり、ヨ
ハネを保護したほどでしたが、「誕生日祝いに集まった重臣、千人隊長、ガリラヤの名士たち」の前で自分の約束を守らねばならない状況に陥った。
彼自身のメンツがより大事なものでした。
2. ヘロデヤの憎しみの犠牲。
夫ピリポと離縁し、アンティパスのもとに駆け落ちしたヘロデヤ。
この罪をヨハネから糾弾されて以来、心穏やかではいられなくなりました。
密かにヨハネ殺害の機会を狙うようになったのです(マルコ6:19)。
3. 娘サロメの冷淡さと無関心の犠牲。
彼女は感心される踊りを披露した見返りに、
母親の言いつけ通りに殺人を所望しました。
預言者ヨハネの働きの価値を何ら理解しないまま、
冷酷で気まぐれな判断をして、
母親に気に入られようとしたのです。
ヨハネの死には一体どんな意味があったと言うのでしょうか。
信仰を曲げなかったがゆえに、損と見えるクジを引き当ててしまった?
そのような例は聖書で他にも多く出現しています。
バテシェバの夫などがその代表です。
神が奇跡を起こして彼を救出されずに殉教を許されたのには、
人智を越えた深い神のお考えがありました。
それは、その当時においてはとうてい理解できることではありませんでした。
長い時を経てから分かることが多いです。
ヨハネは先駆者としての使命を全うしました。
その殉教は、イエスに最期の時に対する認識を新たにしました。
彼の殉教は彼の栄誉となり、その名声は広くエペソまで伝わって行きました。
そして、将来は主イエスから「いのちの冠」(黙示2:10)を受け取ることでしょう。
「すべてが相働いて益となる」(ロマ8:28)とは、
神に従うもの、神を愛するものに対する変わらない約束です。
そしてこの頻繁に語られてきた聖句は、
永遠という時間の流れの中で、
私たちの救いが完成する将来における「栄化」を教えている文脈(ローマ8:18-39)
に位置してます。
殉教や迫害、試練が「益」となるなんて、
現段階ではとうてい考えられない重たく、辛い現実でもあります。
そこで忘れてならないのは、
現段階だけが私たち信仰者の土俵ではないということ。
神の言葉が真実その通りであるのを実感・体験できるのは、
将来の主イエスによる裁きの時まで待たねばならないことを教えているのです。
昨夜からこの日の母の日を迎えるための
子供たちのプロジェクトが始まりました。
家中の掃除。
掃除機、床磨き、ふき取り、洗濯、皿洗い、、、、
彼らの出来そうにないところは
もちろん私が手伝いました。
他にも、
花を飾り、特別な朝食メニューを準備したり、部屋をデコレーションしたり、、、
良くぞここまで、と感心するほどです。
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