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詩篇77篇10節 考 その2

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最も古く権威のあるヘブライ語聖... 最も古く権威のあるヘブライ語聖書写本のマソラ文書

コロナウィルスで私のいるワシントン州は、外出禁止令が発令されて家に閉じこもざるをえなくなりました。
そこで本業の聖書研究に勤しむ時が与えられたという次第です。

数日前も詩篇77篇にある日本語訳にかなり疑問を感じたことを紹介しましたが、さらにその話を進めて行きます。

先ず、その詩篇77篇です。

"私は神に声をあげて叫ぶ。私が神に声をあげると神は聞いてくださる。
苦難の日に私は主を求め夜もすがらたゆまず手を差し伸ばした。けれども私のたましいは慰めを拒んだ。
神を思い起こして私は嘆き悲しむ。思いを潜めて私の霊は衰え果てる。セラ
あなたは私のまぶたを閉じさせません。私の心は乱れてもの言うこともできません。
私は昔の日々遠い昔の年月について考えました。
夜には私の歌を思い起こし自分の心と語り合い私の霊は探り求めます。
「主はいつまでも拒まれるのか。もう決して受け入れてくださらないのか。
主の恵みはとこしえに尽き果てたのか。約束のことばは永久に絶えたのか。
神はいつくしみを忘れられたのか。怒ってあわれみを閉ざされたのか。」セラ
私はこう言った。「私が弱り果てたのはいと高き方の右の手が変わったからだ」と。
私は主のみわざを思い起こします。昔からのあなたの奇しいみわざを思い起こします。
私はあなたのなさったすべてのことを思い巡らしあなたのみわざを静かに考えます。
神よあなたの道は聖です。私たちの神のように大いなる神がいるでしょうか。
あなたは奇しいみわざを行われる神。国々の民の中で御力を現される方。
あなたは御腕をもって贖われました。ご自分の民ヤコブとヨセフの子らを。セラ
神よ水はあなたを見ました。水はあなたを見てわななきました。大いなる水も震え上がりました。
雨雲は水を注ぎ出し雷雲は雷をとどろかしあなたの矢もひらめき飛びました。
あなたの雷の声は戦車のように鳴り稲妻は世界を照らし地は震え揺れ動きました。
あなたの道は海の中。その通り道は大水の中。あなたの足跡を見た者はいませんでした。
あなたはモーセとアロンの手によってご自分の民を羊の群れのように導かれました。"
(詩篇 77篇1~20節)
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

ここで問題となっている箇所が10節で、
「変わったからだ」と訳していることに問題を感じるのです。

①神学的観点から疑問です。
先回紹介しましたように「神の右の手」とは、神の権威と力、またその栄光を象徴しています。そこに変化があると言うのは神学的に受け入れられません。

②本篇の文脈の中における位置づけからして疑問です。
詩聖は自らの苦境の中で神の恵みと約束を疑うようになります(1-9節)。
が、その中でこれまで神が人類全体にそして自分たちの民族にどのようなみわざをなされて来られたのかを静かに考えます(12-20)。
そこで至った結論が神の道が聖であり(13)、またその不思議な道に私どもが導かれてきた(20)、と告白して神の偉大さを仰ぐものとなったのです。
神への不信から晴れ晴れとした信仰に至った転換点が10節〜13節となります。
その信仰とは、逆境の時も順境の時も神は変わらずに「聖」であられたと言うことです。

③信仰体験に照らして疑問です。
私個人も詩聖と同様に苦難の中で神が見えなくなり、その恵みと約束を疑ったことがあります。しかし黙想と祈りの中で神のこれまでの確かな導きがあることを認め、その恵みが今も変わらず注がれていることを知るのです。苦難を経験するのは神の右の手が変わったことによるのではありません。不変のその右の手の中にあって、なお支えられていることを苦難の中で体験するのです。

その問題となっているヘブライ語本文と最も忠実に翻訳している英語訳を紹介します。

And I said, This is my infirmity: but I will remember the years of the right hand of the most High.

וָ֭אֹמַר חַלֹּ֣ותִי הִ֑יא נֹ֗ות יְמִ֣ין עֶלְיֹֽון׃

日本語訳では、
「いと高き方の右の手の年々を思い起こそう」
となるでしょう。

ヘブライ語本文を解説したアプリによれば、has changed (変わった)という語句はヘブライ語原文にはなく、人称代名詞と「年々」と訳されるべき語句が充てられているようです。

So I said,
וָ֭אֹמַר (wā·’ō·mar)
Conjunctive waw | Verb - Qal - Consecutive imperfect - first person common singular
Strong's Hebrew 559: 1) to say, speak, utter 1a) (Qal) to say, to answer, to say in one's heart, to think, to command, to promise, to intend 1b) (Niphal) to be told, to be said, to be called 1c) (Hithpael) to boast, to act proudly 1d) (Hiphil) to avow, to avouch

“I am grieved
חַלּ֣וֹתִי (ḥal·lō·w·ṯî)
Verb - Qal - Infinitive construct | first person common singular
Strong's Hebrew 2470: 1) to be or become weak, be or become sick, be or become diseased, be or become grieved, be or become sorry 1a) (Qal) to be weak, be sick 1b) (Piel) 1b1) to be or become weak, feel weak 1b2) to become sick, become ill 1b3) (CLBL) to entreat, pray, beg 1c) (Niphal) 1c1) to make oneself sick 1c2) to be made sick 1c3) to be tired 1d) (Pual) to be made weak, become weak 1e) (Hithpael) to make oneself sick 1f) (Hiphil) 1f1) to make sore 1f2) to make sick 1f3) to show signs of sickness, become sick 1f4) to grieve 1g) (Hophal) 1g1) to be made sick 1g2) to be wounded

that the right hand
יְמִ֣ין (yə·mîn)
Noun - feminine singular construct
Strong's Hebrew 3225: 1) right, right hand, right side 1a) right hand 1b) right (of direction) 1c) south (the direction of the right hand when facing East)

of the Most High
עֶלְיֽוֹן׃ (‘el·yō·wn)
Adjective - masculine singular
Strong's Hebrew 5945: adj 1) high, upper 1a) of Davidic king exalted above monarchs n m 2) Highest, Most High 2a) name of God 2b) of rulers, either monarchs or angel-princes

has changed
הִ֑יא (hî)
Pronoun - third person feminine singular
Strong's Hebrew 1931: pron 3p s 1) he, she, it 1a) himself (with emphasis) 1b) resuming subj with emphasis 1c) (with minimum emphasis following predicate) 1d) (anticipating subj) 1e) (emphasising predicate) 1f) that, it (neuter) demons pron 2) that (with article)

שְׁ֝נ֗וֹת (nō·wṯ)
Verb - Qal - Infinitive construct
Strong's Hebrew 8141: 1) year 1a) as division of time 1b) as measure of time 1c) as indication of age 1d) a lifetime (of years of life)

聖書翻訳作業には翻訳者の思想なり神学が反映されるのはやむを得ないことです。
そしてギリシャ語70人訳聖書においては、ヘブライ語聖書の意図が得心出来るように加筆したり修正している箇所がしばしば見受けられます。つまり翻訳者は神ご自身よりも賢くなってしまっているのです。それ以降の他言語翻訳者はこの紀元前3世紀に翻訳された70人訳聖書を参考として翻訳する場合もあります。
#メッセージ

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カ〜ラ〜ス〜なぜ鳴くの〜

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カ〜ラ〜ス〜なぜ鳴くの〜 カ〜ラ〜ス〜なぜ鳴くの〜 カ〜ラ〜ス〜なぜ鳴くの〜 カ〜ラ〜ス〜なぜ鳴くの〜



ついにワシントン州もカリフォルニア州も新コロナさんに制圧された感です。

ワシントン州では今月末まで、カリフォルニア州・ベイエリアでは4月6日まで食料品医薬品等の生活必需品確保のため以外の目的での外出が禁止されることとなりました。

ジムやカジノ、レストランやバー、理容美容店等のビジネスはこの期間閉鎖です。

そんな中、ウィルス拡散にかかわらず、季節の移ろいや天体の運行にはなんら変化がない事を昨日教えてもらいました。

見晴らしの良い屋上で家族とともに日没を鑑賞。

太陽の上辺が地平線に吸い込まれる直前、近くの木の小枝で休んでいたカラスが一斉に飛び立ち、その数百羽が日没めがけて飛んでいきました。

「カラスが鳴くから帰ろう〜」との童謡を思い出しながら 、私たちも家路に着きました。

人間社会がどれだけパニック陥ったとしても、自然界や動物界の営みは変わらずに粛々と進んでいます。

そして天界においても変わりはありません。

神の人類救済計画は今も現在進行中です。
人が神に至る道は今も備えられています。
神が私たちに保護と平安を与えてくださっていることに変わりはありません。

"わざわいはあなたに降りかからず疫病もあなたの天幕に近づかない。
主があなたのために御使いたちに命じてあなたのすべての道であなたを守られるからだ。
彼らはその両手にあなたをのせあなたの足が石に打ち当たらないようにする。"
詩篇 91篇10~12節
#メッセージ #家庭

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「自立した宗教人の育成」

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「自立した宗教人の育成」
ホサナキリスト教会・日曜礼拝のメッセージアウトラインです。




「自立した宗教人の育成」


サムエル記 第一 3章1~18節


"さて、少年サムエルはエリのもとで主に仕えていた。そのころ、主のことばはまれにしかなく、幻も示されなかった。
その日、エリは自分のところで寝ていた。彼の目はかすんできて、見えなくなっていた。
神のともしびが消される前であり、サムエルは、神の箱が置かれている主の神殿で寝ていた。
主はサムエルを呼ばれた。彼は、「はい、ここにおります」と言って、
エリのところに走って行き、「はい、ここにおります。お呼びになりましたので」と言った。エリは「呼んでいない。帰って、寝なさい」と言った。それでサムエルは戻って寝た。
主はもう一度、サムエルを呼ばれた。サムエルは起きて、エリのところに行き、「はい、ここにおります。お呼びになりましたので」と言った。エリは「呼んでいない。わが子よ。帰って、寝なさい」と言った。
サムエルは、まだ主を知らなかった。まだ主のことばは彼に示されていなかった。
主は三度目にサムエルを呼ばれた。彼は起きて、エリのところに行き、「はい、ここにおります。お呼びになりましたので」と言った。エリは、主が少年を呼んでおられるということを悟った。
それで、エリはサムエルに言った。「行って、寝なさい。主がおまえを呼ばれたら、『主よ、お話しください。しもべは聞いております』と言いなさい。」サムエルは行って、自分のところで寝た。
主が来て、そばに立ち、これまでと同じように、「サムエル、サムエル」と呼ばれた。サムエルは「お話しください。しもべは聞いております」と言った。
主はサムエルに言われた。「見よ、わたしはイスラエルに一つのことをしようとしている。だれでもそれを聞く者は、両耳が鳴る。
その日わたしは、エリの家についてわたしが語ったことすべてを、初めから終わりまでエリに実行する。
わたしは、彼の家を永遠にさばくと彼に告げる。それは息子たちが自らにのろいを招くようなことをしているのを知りながら、思いとどまらせなかった咎のためだ。
だから、わたしはエリの家について誓う。エリの家の咎は、いけにえによっても、穀物のささげ物によっても、永遠に赦されることはない。」
サムエルは朝まで寝て、それから主の家の扉を開けた。サムエルは、この黙示のことをエリに知らせるのを恐れた。
エリはサムエルを呼んで言った。「わが子サムエルよ。」サムエルは「はい、ここにおります」と言った。
エリは言った。「主がおまえに語られたことばは、何だったのか。私に隠さないでくれ。もし、主がおまえに語られたことばの一つでも私に隠すなら、神がおまえを幾重にも罰せられるように。」
サムエルは、すべてのことをエリに知らせて、何も隠さなかった。エリは言った。「その方は主だ。主が御目にかなうことをなさるように。」"




⑴ その揺籃期


①幼少期から親元を離れての献身生活

②その摂理の道に忠実であった
1The boy Samuel ministered before the Lord under Eli.


⑵その黎明期


①「神のともしびが消される前であり」
神のイスラエルの対して、人間に対しての期待が消されていないことの象徴表現

②神のメッセージと御心をキャッチするには訓練が必要
4回目にようやく正しい応答ができた少年サムエル




⑶その確立期


「恐れた」(15)が、「隠し立てをしなかった」(18)
先生に対する人間的な恩義 vs. 神の前に1人立つ自立
自立の援助をしているメンターとしてのエリ

②主の預言者としての不動の地位(20)
「主のことば」によって主のご自身の表れに接するのは今日の新約宗教と同様である


(結論)
自立のための意思があるか。

①それは「私の考え・方法」に固執することではない
②与えられている摂理と環境・教育を通じて主のメッセージをとらえる訓練である
③預言者として立てられていると言う自覚に生きるかどうか
#メッセージ

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「ヨセフのところへ行け」

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「ヨセフのところへ行け」


「ヨセフのところへ行け」


創世記 41章53~57節


"エジプトの地での豊作の七年が終わると、
ヨセフが言ったとおり、七年の飢饉が始まった。その飢饉はすべての国々に臨んだが、エジプト全土には食物があった。
やがて、エジプト全土が飢えると、その民はファラオに食物を求めて叫んだ。ファラオは全エジプトに言った。「ヨセフのもとに行き、ヨセフの言うとおりにせよ。」
飢饉は地の全面に及んだ。ヨセフはすべての穀物倉を開けて、エジプト人に売った。その飢饉はエジプトの地でもひどくなった。
全地は、穀物を買うためにエジプトのヨセフのところに来た。その飢饉が全地で厳しかったからである。"



⑴ エジプト全土が飢えた時


①飢饉対策をして十分な食料があった(54)
ヨセフの先見によって豊作の7年間に備蓄
②そのエジプトにもやがて飢える時が来た(55)
「疲れた人、重荷を負っている人」(マタイ11:28)とは、律法主義(充分な防衛体制)に行き詰まり、活路を見出せないでいる姿。


⑵ヨセフのもとに行け


①パロからの全面的な信念と権限の委譲(40-41)
夢の解き明かしとその対策よる知恵の提示
それは神の霊が宿っているゆえ(38)

②イエスのところへ行け
神の言葉の解き明かしとその力ある業はメシアであるとの証明と理解を人々にもたらした


⑶彼のいう通りにせよ


① 「ヨセフはすべての穀物蔵を開けてエジプトに売った」(56)〜王立穀物貯蔵所には無尽蔵の蓄えがあった蓄えがあった

②「わたしから学びなさい。そうすれば魂に安らぎが来ます」(29)
「来る」動作は1時のことであっても、学びはそれ以後の人生全てにおけるもの


(結論)
イエスにある宗教とは、知識や体験、またはあるシステムやノウハウの伝授ではない。
「心優しく、へりくだっている」(マタイ11:29)お方の生き方とそのスピリットを継承することにある。

#メッセージ

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「信仰の挑戦」

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「信仰の挑戦」



「信仰の挑戦」


民数記 14章13~24節


"モーセは主に言った。「エジプトは、あなたが御力によって、自分たちのうちからこの民を導き出されたことを聞いて、
この地の住民に告げるでしょう。事実、住民たちは聞いています。あなた、主がこの民のうちにおられ、あなた、主が目の当たりにご自身を現されること、またあなたの雲が彼らの上に立ち、あなたが昼は雲の柱、夜は火の柱の内にあって、彼らの前を歩んでおられることを。
もし、あなたがこの民を一人残らず殺すなら、あなたのうわさを聞いた異邦の民は、このように言うに違いありません。
『主はこの民を、彼らに誓った地に導き入れることができなかったので、荒野で殺したのだ』と。
どうか今、あなたが語られたように、わが主の大きな力を現してください。あなたは言われました。
『主は怒るのに遅く、恵み豊かであり、咎と背きを赦す。しかし、罰すべき者を必ず罰し、父の咎を子に報い、三代、四代に及ぼす』と。
この民をエジプトから今に至るまで耐え忍んでくださったように、どうかこの民の咎をあなたの大きな恵みによって赦してください。」
主は言われた。「あなたのことばどおりに、わたしは赦す。
しかし、わたしが生きていて、主の栄光が全地に満ちている以上、
わたしの栄光と、わたしがエジプトとこの荒野で行ったしるしとを見ながら、十度もこのようにわたしを試み、わたしの声に聞き従わなかった者たちは、だれ一人、
わたしが彼らの父祖たちに誓った地を見ることはない。わたしを侮った者たちは、だれ一人、それを見ることはない。
ただし、わたしのしもべカレブは、ほかの者とは違った霊を持ち、わたしに従い通したので、わたしは、彼が行って来た地に彼を導き入れる。彼の子孫はその地を所有するようになる。"




⑴ 40日間の試練


①信仰と不信仰の顕現化
12人の偵察隊の内の10人と2人の異なる報告
全会衆の判断(1-3)

②40日が40年の代償
「主の栄光が全地に満ちている」(21)のだから


⑵カレブの霊(24・新改訳2017)


①10人の者らと同じものを見たのに異なる報告(7-9)
何がこの相違を分けたのか


②たましいの性質、「霊」が霊感されているかないかによる


⑶神の経綸の進展


① 40年の遠回りをしても約束の地の嗣業には変化がなかった。モーセのとりなしと契約のゆえに(17-19)

②私たちは神の経綸のどの構成要素となるのか
不信仰の反面教師(Ⅰコリント10章)?
信仰の勇姿(ヘブル11章)?


(結論)
疫病がパンデミックしようとしているこんな現在あっても主の栄光は全地に満ちている。その中で神の経綸は、メシア的王国の完成に向かって進展している。私たちはどのようにこれに関与し参与するのか。
#メッセージ

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「わたしが道である」

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「わたしが道である」


「わたしが道である」


ヨハネの福音書 14章2~11節


"わたしの父の家には住む所がたくさんあります。そうでなかったら、あなたがたのために場所を用意しに行く、と言ったでしょうか。
わたしが行って、あなたがたに場所を用意したら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしがいるところに、あなたがたもいるようにするためです。
わたしがどこに行くのか、その道をあなたがたは知っています。」
トマスはイエスに言った。「主よ、どこへ行かれるのか、私たちには分かりません。どうしたら、その道を知ることができるでしょうか。」
イエスは彼に言われた。「わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれも父のみもとに行くことはできません。
あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになります。今から父を知るのです。いや、すでにあなたがたは父を見たのです。」
ピリポはイエスに言った。「主よ、私たちに父を見せてください。そうすれば満足します。」
イエスは彼に言われた。「ピリポ、こんなに長い間、あなたがたと一緒にいるのに、わたしを知らないのですか。わたしを見た人は、父を見たのです。どうしてあなたは、『私たちに父を見せてください』と言うのですか。
わたしが父のうちにいて、父がわたしのうちにおられることを、信じていないのですか。わたしがあなたがたに言うことばは、自分から話しているのではありません。わたしのうちにおられる父が、ご自分のわざを行っておられるのです。
わたしが父のうちにいて、父がわたしのうちにおられると、わたしが言うのを信じなさい。信じられないのなら、わざのゆえに信じなさい。"



⑴ Thomasの筆問ー「どこへいらっしゃるのか私たちにはわかりません」(5)


①弟子たちを代表しての当然のレスポンス
ここで主は十字架による死、ヨミに降ること、復活、昇天、パラダイス創設、再臨までを語っておられるが弟子たちにはちんぷんかんぷん。

②「わたしが道である」
これら神の国設立までの全プログラムを知らなかったとしても救いに漏れる事は無い。イエスご自身を受け入れていたのなら主が全てを成就してくださるから。


⑵ピリポの質問ー「私たちに父を見せてください。そうすれば満足します」


①「わたしを見たものは、父を見たのです」
栄光の神ご自身が30代の通常のユダヤ人男性であると受け入れることが困難だった。
神の栄光の姿を限定的にしか体験し得ることができないのは現代の私たちも当時の弟子たちも同様である。

②「さもなければ、わざによって信じなさい」
メシア的奇跡と呼ばれるわざによって主自身がメシアであられることをユダヤ共同体に分かる形で提示された。
今日の私たちの文化脈に従って主はご自身を啓示しておられる。


(結論)
やがて顔と顔と合わせて主とお会いすることができる

"今、私たちは鏡にぼんやり映るものを見ていますが、そのときには顔と顔を合わせて見ることになります。今、私は一部分しか知りませんが、そのときには、私が完全に知られているのと同じように、私も完全に知ることになります。"
コリント人への手紙 第一 13章12節
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「全能者の陰に宿るもの」

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「全能者の陰に宿るもの」



"それはわが避け所、主をいと高き方をあなたが自分の住まいとしたからである。"
詩篇 91篇9節

「住まい」とする。
世界の創造者にして全能者であられる方に「住まう」ということが人に許されるのだろうか。

それが可能であり、しかも1時だけでなく常にこの生ける神に住まい続けると言う世界があるにをこの詩篇は教えている。

より確かな道が新約時代の私たちには具現化された。
主イエスにとどまると言うことである。

人となってこられたメシアであるこのお方と1つとなる、一体化できるというのが新約の宗教の極致であろう。
"わたしにとどまりなさい。わたしもあなたがたの中にとどまります。枝がぶどうの木にとどまっていなければ、自分では実を結ぶことができないのと同じように、あなたがたもわたしにとどまっていなければ、実を結ぶことはできません。"
ヨハネの福音書 15章4節
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「心を騒がすことなかれ」

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ガリラヤ湖の夜明け ガリラヤ湖の夜明け




「心騒がすことなかれ」


ヨハネの福音書 13章36節〜14章2節


"シモン・ペテロがイエスに言った。「主よ、どこにおいでになるのですか。」イエスは答えられた。「わたしが行くところに、あなたは今ついて来ることができません。しかし後にはついて来ます。」
ペテロはイエスに言った。「主よ、なぜ今ついて行けないのですか。あなたのためなら、いのちも捨てます。」
イエスは答えられた。「わたしのためにいのちも捨てるのですか。まことに、まことに、あなたに言います。鶏が鳴くまでに、あなたは三度わたしを知らないと言います。」"

"「あなたがたは心を騒がせてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。
わたしの父の家には住む所がたくさんあります。そうでなかったら、あなたがたのために場所を用意しに行く、と言ったでしょうか。"



⑴ペテロの主イエス否認預言


①「あなたのためには命を捨てます」(37)
ハッタリではないペテロの本心からの殉教精神。

②「彼は外に出て激しく泣いた」(ルカ22章62節)
もう主の弟子であるとは到底言えない。
愛想つかされて当然だと考えた事でしょう。


⑵心騒がすことなかれ


①「神を信じ、わたしを信じなさい」
ギリシャ語の現在形は現在進行形を意味し、信じる動作が継続していることを意味する。信仰を失いかけた時こそ信じ続けよとの主のお言葉であった。

②「わたしはあなたの信仰がなくならないように、あなたのために祈りました」(ルカ22章32節)


⑶「わたしの心にかない、あなたを名指しで選び出した」(出エジプト33章17節)


選びと召命の事実
「あなたはヨハネの子シモンです。あなたをペテロと呼ぶことにします」(ヨハネ1章42節)

②あなたの救いと信仰は永遠に保障されている
「お弟子達とペテロに、、、告げなさい」(マルコ16章7節)
「ケパに現れ、それから12弟子に現れたこと」(第1コリント15章5節)


(結論)
あなたが道を踏み外し信仰の逸脱があったとしても、主はあなたを見捨てる事は無い。その時、主は胸が引き裂かれる痛みを負いながらあなたのために祈っておられる。
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それぞれの23歳

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それぞれの23歳
今日入ったレストランでカウンター越しの厨房で働いている青年。
日本食レストランで日本人に見えるからといって日本語が話せる人は稀。いつもそうしてるように英語で話しかけてみた。
すると「すみません、英語がわからないんです」と日本語でのたもう。

海外に出て英語学校にも通いほぼ1年間仕事についているけど英語に伸び悩んでいると言う。日本に帰国してさらに英語を勉強するかどうするか迷ってると話して来た。
沖縄出身の23歳の好青年。
その歳になってもやりたいことが決まらず、海外に来ても英語で苦労してる様子が伝わってくる。

23歳と言う年齢はどんなことに挑戦するにもまだまだ若いものであること、英語で苦労するのはお互い様で、20年以上滞在している私自身はその苦労を苦労と認識しない悟りを得たんだというようなことを話した。
そのカウンター席でおでんが彼によってサーブされるのを待っている束の間の時間、FaceTimeタイムラインでは他の23歳の青年の記事が流れて 来た。彼は数ヶ月間河川敷で野宿生活をしながらもウーバーイーツの仕事で資金を貯め、所属教会主催のイスラエルツアーに出かけて今日、1日目の観光巡礼を終えた。エキゾチックな写真と一緒に夢の聖地に降り立った高揚感が伝わってくる。

それぞれの23歳の貴重な青春時代を謳歌している様子が眩しく見えた。

私自身が23歳の時はどうしていたか。
その年、神学院を卒業して赴任した教会は三重県の小さな漁師町にあった。
峠から99曲ある山道を降りて入ってくる世間の情報は取り寄せている一つの新聞紙からのみだった。当時インターネットはもちろん、その生活していた教会堂にはテレビラジオもなかった。
車もない私にはそこから自由に出かけることもままならず、その3000人ほどの町が世界の全てだった。

ある時その教会のある方々がイスラエル旅行に出かけると聞いて羨望の思いで駅まで見送ったこともあった。

今になってつくづくと思うこと。
私たちの神は芸術家である。

当時の私には自由なアルバイト生活や海外旅行ではなく、その小さな町でひたすら伝道や教会の働きに明け暮れることが必要な時期であったように思う。
もし自分で自由に選べる選択肢があっらそのようには選ばなかったかもしれない。私自身よりも私のことをよく知り抜いておられる方は、その時々でベストな環境や状況を配剤してくださっていたのだ。
人の考えも及ばない知恵を持って私たちそれぞれの人生に必要な人との出会い、時々の仕事、生活の場所を用意される芸術家。

そして今回のそれぞれの23歳の青年らにとってもベストな環境であるのだろう。
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「福音のエッセンス」

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「福音のエッセンス」


「福音のエッセンス」


使徒の働き 9章3~9節


"ところが、サウロが道を進んでダマスコの近くまで来たとき、突然、天からの光が彼の周りを照らした。
彼は地に倒れて、自分に語りかける声を聞いた。「サウロ、サウロ、なぜわたしを迫害するのか。」
彼が「主よ、あなたはどなたですか」と言うと、答えがあった。「わたしは、あなたが迫害しているイエスである。
立ち上がって、町に入りなさい。そうすれば、あなたがしなければならないことが告げられる。」
同行していた人たちは、声は聞こえてもだれも見えないので、ものも言えずに立っていた。
サウロは地面から立ち上がった。しかし、目を開けていたものの、何も見えなかった。それで人々は彼の手を引いて、ダマスコに連れて行った。
彼は三日間、目が見えず、食べることも飲むこともしなかった。"


⑴栄光の神との出会い


①天からの光〜シャカイナグローリー
地に倒れた彼に声が聞こえる(4)
それが彼を改心へと導く革命的な力を持った声

②同行した人々に同様の声が聞こえてもその実態が把握できていない
現象的経験に留まる(ヨハネ12:29、ダニエル10:7)


⑵福音のエッセンス(実態・中核)を把握した


①「主よ、あなたはどなたですか」
➡️「あなたが迫害しているイエスである」

②「しなくてはならないことが告げられる」
➡️「わたしの名を異邦人、王たち、イスラエルの子孫の前に運ぶわたしの選びの器です」(15)


⑶生涯とは、ダマスコ経験の拡大


パウロ書簡に見るキリスト理解の深化
「教会はキリストの体である」(エペソ1:23)
「御子は教会のかしらです」(コロサイ1:18)

②私という人間の源泉、意義と使命感の確立
使徒されたのは神による選定(ガラテヤ1:1)
生まれた時からの選定であった(ガラテヤ1:15)


(結論)
私どものクリシャン生涯は、キリストと出会ったその転機的経験の意味の深化と拡大にある。
絶えず個人的に神との接触、交渉、お取り扱いをいただこう。
#メッセージ

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