昨日、メールで東京マラソンの当選結果が届きました。
結果は、タイトル通り、落選です。
これで4~5回?連続になりますね。
「きっと受からないだろうなぁ~」と思いながら、ログインしたので、案の定の結果。
来年こそは、申込み時から結果が届くまでの1~2ヵ月間、
「俺は当選して当然だ!」と思い続けることにします。
思いは招く!!
ついでに予祝も。
「たいぞーさん、東京マラソン出走おめでとう!!!」
「京セラを一代で世界的な企業に成長させ、経営破綻した日本航空の会長として再建に尽力した京セラの稲盛和夫名誉会長が今月24日京都市内の自宅で老衰のため亡くなりました。90歳でした。」
8月30日の夜のこと。スマートフォンのニュース・アプリから、経営の神様、稲盛和夫さんの訃報を知る。窓の外の夜が、いつもより「黒」が強めに思えた……。
稲盛さんといえば、私にとって「音声学習」を定着させてくれた恩人なのである。稲盛さんがいなければ、私が今日まで勉強を継続することはできなかっただろう。さらに「音声」にこだわった学習を継続させることは無かったはずだ。
稲盛さんと音声学習の関係とはいったい何か?
その出会いのきっかけは、2003年秋までさかのぼる。
私の20代は、まったく勉強せずに、実に怠惰な生活を繰り返していた。毎日のように飲み歩き、自己投資と呼べることは皆無。「その場、その日が楽しければオッケー!」という感覚で、お金は飲み代やギャンブルに消えていった。
そんな堕落した生活から立ち直るきっかけとなったのが30歳のとき。そう、2003年11月、職場から2泊3日の合宿研修に強制的に参加させられたのだ。
そこでは、軍隊のような生活が待っていた。
5時に起こされ、本気のラジオ体操から朝が始まる。漢字の書き取り、計算問題などを何度も反復練習した後、参加者同士でディスカッションの時間。夜は決められたテーマについて作文を書くことになり、ほとんど寝る時間も無かったはずだ。
隣の仲間は、堂々と自分の意見を発言していて、自分の不甲斐なさを思い知る。このときである。「俺はいったい今まで何をして来たのだろう!」と思ったのは……。目からは熱いものがこみ上げてくるほど、後悔の念に苛まれた。
研修が終わると、3ヵ月間の課題提出。
その課題の中には、毎月3冊の「読書感想文」が含まれていた。
読書といえば、漫画ばかりだった私にとって、課題図書リストにある本は、初めて目にするタイトルばかり。当然である。
しかし、私は読書に夢中になった。脳内が空洞だったことで、知識が吸収されやすかったのだろう。
松下幸之助氏、本田宗一郎氏のエピソードに胸が熱くなり、司馬遼太郎の歴史小説では、新選組副長の「土方歳三」のサムライ魂に心が踊った。
考え方や歴史の奥深さを知れば知るほど、読書を楽しむようになっていた。
そんな三十路の男が目を輝かせて昼休みに読書を楽しんでいるところに、当時の部長が1冊の本を私の目の前に置いたのである。
その本が中村天風氏の『成功の実現』。
なんと1万円もする本。私に貸してくれるという(恐縮です!)。
そこには生きる上での心構えが直球で書かれていた。
心をいかに積極的にして、人生を明るく前向きに生きていくための教えがそこにはあった。「絶対積極」という言葉が強く脳裏に刻まれた。
天風哲学に触れた私は、次に衝撃の事実を知る。
中村天風の思想や活動に影響を受けた人物に、東郷平八郎、原敬、双葉山、広岡達朗、松下幸之助、稲盛和夫などがいるという記事を目撃したのだ。
そこではじめて稲盛和夫さんの存在を知ったのである。
時を同じくして、Febe(現:オーディオブック)という音声メディアが世間に登場していた。車社会のアメリカでは、すでにその何年も前から車の中で「音声学習」する文化が醸成されていたようで、ようやく日本にも、「音声」に着目したスタートアップ企業が立ち上がったところだった。
当時の私は、徒歩通勤していたこともあり、歩きながら読書をする方法を模索していた。まさにFebeとの出会いも運命の出会いだったといえよう。
そのFebeではじめて購入した「音声ブック」が、忘れもしない、稲盛和夫さんの『生き方(倍速版)』であった。
当時は、倍速再生機能などなく、通常速度で聴ける「通常版」と2倍速で聴ける「倍速版」の2種類が販売されていた。
私は、稲盛さんの『生き方』を何度も何度も、歩きながら聴いた。
倍速版なので、通常版1回分の時間で、2回聴けるというわけだ。
あの合宿研修で、自分の意見を言えない「負け犬」の自分には戻りたくない、早く一人前になりたいという思いしかなかった。
その自分軸となりそうな考え方が、中村天風さんの本、そして稲盛さんの音声の中にある気がしていた。無我夢中に貪り続けたのだ。
昨今、Z世代の若い世代では、倍速で動画や映画を観る機会が増えているらしい。それに対して、賛否両論あるらしいが、私はどんどん倍速で観て、聴いて、たくさんの作品に触れればいいと思っている。
これだけ世の中にはたくさんコンテンツで溢れているのだから、まずは本物にたどり着くためにも倍速機能は欠かせない。
自分の教科書となる音声、オーディオブック、動画こそ、倍速で何度も何度も観て聴いて、自分の中にインストールしてしまうといい。
「守破離」の教えの中で、一番大切なのは、徹底的に「守」を貫くことだと思っている。中途半端なオリジナルなんて不要なのだ。
『生き方』という倍速版の音声から学んだこと。人間として何が正しいかを基軸にして、原理原則を大事にし、徹底的に思い、世のため人のために利他の心で動き続ける。私にとって、稲盛哲学は今の仕事の仕方の基盤になっている。
さらに、はじめての音声学習をした本が『生き方』だったことで、音声学習に対して良い印象を持てた。だからこそ、あれから15年以上も「音声学習」を続けることができている。間違いない。断言する。
人の死には2種類あるらしい。1つは肉体の死。もうひとつは、生き残った人の記憶からいなくなってしまうこと。稲盛さんは100年後も、300年後も生き続けていくに違いない。私の中には、最後まで稲盛さんは生き続ける。
稲盛和夫さん、お会いしたことはございませんが、今までありがとうございます。心より深く感謝を捧げると共に、謹んでご冥福をお祈り申し上げます。
10/1、10/2の土日、2日間、ずっとオンライン三昧でした。
* コーチング相互セッション
* コミュニティのオンラインLive
* コミュニティのイベント開催(たいぞーランド)
* 次回コミュニティイベントのための打ち合わせ
* 新しく参加したコミュニティイベントへの参加
* 体験セッション参加 他
自宅にいながらにして、西日本(岡山、広島、福岡など)の方々達とも交流ができるなんて、3年前の自分には考えられないこと。
しかし、腰や背中に悪いです!
ずっと座りっぱなし。
打ち合わせやイベントが連続で続くと、食事の時間も安定しませんし。
しかしやりきりました!!
すべてが終わった日曜日の午後には、4ヵ月ぶりのマッサージ。
もうすべてがバッキバキ。
特に足をほぐしてもらったときに、過去最大級の激痛でした。
さあ、10月です!
心機一転、まいりましょう!!!
日曜日も峠走25kmを行ったばかりですが、昨日の土曜日も峠走に行ってきました。
なぜかですって?
バイブル『限界突破マラソン練習帳』のメニュー通りに進めているからですよ!
先週と同じ「御霊櫃峠」に行くのは遠慮して、昨日はGoogleマップを開いて、峠っぽい道の走ることに決めました。
何とかたどり着き、峠走。
誰ともすれ違わず、12kmを走り終えましたね。
テキストでは20kmの距離を走ることだったのですが、妻が車を使うとのことで、泣く泣く帰宅。。。
それでもいい状態です。
あとは今日、カラダを休めることも大切なので、ゆっくり休めます。
マッサージも予約してありますしね。
みなさん、最高に1日にしましょう!!!
オンラインの世界にも慣れて、画面越しに気軽に話ができるようになりました。
しかし、私は基本「人見知り」であります。
対面で初対面の方が相手だと、どうしても一問一答になってしまったり、ぎこちない感覚を覚えるのです。
どうすれば、もっと人と上手にコミュニケーションが取れるようになるのでしょうか?
1つ持っている答えが、タイトルにある「コミュニケーションは質より量」ということで、
仲良くなりたい方とは、何度も何度もお会いして、お話し続けることなのかと思っています。
「ザイアンスの法則」でおなじみですね。
「単純接触効果」ととも呼ばれるとのこと。
何も、毎回全力でコミュニケーションを取る必要なんてないのですね!
もちろん、相手の境界線をしっかり理解した上で、何気ない会話を楽しむのがいいのかもしれません。
継続していきます!
昨日の朝の話です。
4時15分に起床し、毎日の習慣を45分きちんとやってから、15kmビルドアップ走を実施しました。
昨日の練習メニューは、5kmごとのタイムが 28分→27分→26分。
結果は、27分19秒→26分33秒→22分36秒。
最後の5kmは、ほぼほぼ全力でした!
終わってからも、余裕があった感覚で、これまでの7週間の練習が身になってきたことを感じています。
特に、今週日曜の峠走25kmを終えて、筋肉痛も治まり、超回復したことが大きいでしょうか。
仕上がったと言ってもいいかもしれません。
残り2週とちょっとです。
最後まで、冷静に淡々とメニューをこなしていきます!
2日連続で、PCの入替作業を行っています。
昼休みが勝負でもあり、その時間も利用してやっているので、
6時間以上ぶっ通しです。
ソフトウェアでキッティングをしてもらっているし、データはクラウドで同期する形が多いので、1台あたりの作業自体は少ないのですが、やはり人のパソコンを取り扱うので、慎重にならざるおえません。
1日の終わりに、かなり疲れているのを感じています。
そういえば、最近、自分へのご褒美タイムを忘れていました。
次回の日曜日、久しぶりにマッサージの予約を取りました。
その日までに、ハードなRUN練習もしっかり終わらせて、コーピング時間を楽しみたいと思っています。
たいぞーの世界を2つの軸で考えたとき、強引にディズニーランドの世界観に結びつけてみました。
ディズニーランドとディズニーシー。
その違いは何か?
お酒が飲める場所と飲めない場所。
そう、勝手に日中のワークショップを「たいぞーランド」と呼ぶことにし、
夜の部の懇親会的なイベントを「たいぞーシー」と名付けてみました。
少人数ながらも、定期的にチャレンジしていたら、それぞれで企画も増えてきましたね!
そこが最高な場所かどうか? まだまだ自信はありませんが、
小さなチャレンジをし、ブラッシュアップしていっている自覚はあります。
1年後、どうなっていたいか?
20~30人くらいの規模感でできるといいだろうし、リアルの場でやりたい理想もございます。
まずは、この理想の「ありたい!」をしっかりと胸に刻んでおきますね!!
「おーい! 待ってくれー! こんな丸太、ちょちょいのちょいだぜ!!」
地元のフィールド・アスレチック場で、8歳の息子たちを無我夢中で追いかけた中年のセリフである。まさかこの5秒後に、あんな悲劇が訪れるなんて、いったい誰が想像しただろうか。
中年の私は、高めに配置された太い丸太に気持ちよく飛び乗り、ジャンプで次の丸太へ飛び移っていた。気分は、赤帽子を被ったヒゲおやじ。架空のスターをゲットし、まさに無敵状態で先を進む息子たちに向かっていく。
しかし、4本目の丸太へ飛び乗ろうとした瞬間である。
イメージでは、カール・ルイスの幅跳びのような跳躍だったのだが、実際は気の抜けた水鉄砲から発射された水のような弧を描いてしまい、丸太に足が数センチ届かずに、見事に落下。
真下にあった小丸太に脇腹を強打してしまったのだ。
「お父さん、どうしたの?」
「演技? わざとやっているの?」
前方から戻ってきた息子たち。衝撃の落下シーンは目撃していないため、予想外な「問い」を投げかけてきた。普段、ふざけてばかりいた私。彼らには、悶え苦しむ父のシリアスな場面は、すぐには現実として受け入れられなかったのだろう。
肋骨4本の骨折。全治1ヵ月半。
私が本気で運動しようと決めた決定的な出来事。
4年前の事件であった。
当時は、体重が80kg。体が重く感じていたのに、超一流のアスリート気取りだったなんて、本当に滑稽な話だ。
運動はその3年前からは「ジョギング」だけは始めていた。
週に約2回、5~7kmをゆっくりと自分のペースで流す程度。走ったその日は、「運動したのだから、お酒もOKさ」と、いつも以上に飲んでしまうという謎の特別ルールが発動される。
さらに、骨折中に受診した「人間ドッグ」が、最悪の結果となった。
「要検査D」が2つ。太っていた状態で運動習慣が無くなってしまったことで、以前より悪化したのだ。
ジョギングを始めた理由は、「痩せて、健康寿命を1日でも長くする」だった。かなり漠然としたものだったため、本気になれていなかったのかもしれない。
骨折中にとことん自分と向き合い、本気で「走ること」にフォーカスすると決意。長期目標はそのままに、短期目標として、本格ランナーの証となる「サブ4」を目指すことにした。
「サブ4」とは、フルマラソンを4時間以内に走り切ること。この目標をクリアしていく過程で、体重も減少するだろうし、カラダの数値も改善されていくだろうと考えた。
さあ、「サブ4」を達成するためには、どう行動すればいいのか?
骨折中に本を読み漁り、やることを明確にした。
ジョギング練習は、「3連休はない」という「鉄の掟」を作った。
走らない日を3日連続で作らないルールである。意外と天気が3日連続で悪くならないことを知った。決意して以降、風邪をひかなくなった理由は、もしかしてこの絶対ルールのお陰だったのかもしれない。
毎週1回は、マラソンについてのブログ(note)を書くこともルール化した。
誰も読んでくれなくてもいい。ただ「サブ4」という目標を忘れないために、最低週1回は、文章を通して、とことん目標に向き合うために書き続けることにした。
心から達成したい目標ができると、人は変われる。
半年で体重は60kg台になり、翌年の人間ドッグの結果は、すべてAとBになった(よっしゃぁー!)。
さて、肝心の「サブ4」は達成できたのか?
2022年9月現在、まだ達成できていない。
物語は続いているのだ。
2019年秋の「ぐんまマラソン」では、4時間33分。
自己ベストを1時間近く短縮できたが、サブ4までは、33分以上の短縮が必要だ。
ぐんまの敗戦でよりスイッチが入り、自分のカラダを痛めつけて、2020年2月の「いわきサンシャインマラソン」で「サブ4」を決めようとしたが、そこで世界的パンデミックが発生してしまう……。
あの年は、外に出て走る行為も「違法行為」のように思われるようになる。
参加できるレースもほぼゼロ。仕方なく、2020年秋には、オンラインでのマラソン大会にエントリー(1人で走り、タイムを申告するもの)。
そこで何と、3時間59分で走り切ることができたのだが。
スマートウォッチで測定した結果。これは公式の記録ではなく、どうも達成感が無い。正式なコースを走り、競技場のゴール板を通過して達成したい。
2021年以降、緊急事態宣言、まん延防止重点措置の中でも、人とすれ違うことの無い山の方面を走るなどの工夫をし、何とか「3連休のないRUN」を継続してきた。
そして今年2022年。10月16日である。
山形県の「長井マラソン」にエントリーしている。
開催されると、実に2019年11月の「ぐんまマラソン」以来3年ぶりのフルマラソンの公式レースとなる。
あの日の骨折事故があったからこそ、背中のスイッチが「ON」になり、本気で走り続けることができた。
2018年6月に骨折して以来、本当に長い期間、1つの目標に打ち込んでこられたのは、「本気でやれば、何とかなる!」というプロセスを証明したい、ただただそれだけなのだ。
骨折から4年4ヵ月。短期目標としては、だいぶ長期間になってしまったけれど、必ずこの「未完了」の目標をクリアしよう。笑顔全開でゴールを駆け抜けよう。そして、息子たちを抱きしめよう。
中年の「中」は、「熱中」の「中」である。
さあ、お楽しみは、これからだ!
昨日は、天気も良く、5ヵ月ぶりの「峠走25km」を実施しました!
前回よりも、タイムも上がっていて、走力がアップしているのを感じています!!
フルマラソンまで残り3週間。
今のところ、脚も順調に来ているので、
引き続き、淡々と教科書に従って、練習メニューをこなしていこうと思っております!
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