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あなたの魅力や強みを輝かせるお手伝いをしています
「何かありますか?」
と問われると瞬時に誰かと比べて劣っているものを排除していく。
そうやって自分がなくなっていく。
もったいない。
たくさんいいものあるのに^^!
自分にフォーカスし過ぎると、過去の苦労や身の上話、様々な影響を受けている自分や、これから起きるたくさんの不安に覆われがちになる。
だから意識して「面白そうなこと」「楽しそうなこと」「美味しそうなこと」etcを自分と他の誰かと一緒に充足感を得られるようなイメージを増やしてみる。
ネガティブになるかポジティブでいられるかは、自分が持っているテーマに左右されがちだから、自分事と背負い込み過ぎずに、テーマとしてバックに入れてあるくらいのライトな感覚で、持ったり降ろしたりできたらラクかもね。
めっちゃできてるところがあって、それと同じくらいできないことがあって、それって均すとほぼみんな当てはまるのに、どっかの境界線で『中途半端』と言われる人間が産み落とされる。
よく中途半端と言われてきたボクが言うんだからたぶん間違いはないだろうさ。
そしてその『中途半端』は肯定されていい部分もあるにもかかわらず、とてつもなく否定的な表現として使われているような気がする。
世の中や会社の、平均値というか中央値というかその帯にいないと『中途半端』と認定されるわけだ。
そしてムリにそこに行った途端に逆に『中途半端』になってしまうというゲシュタルト。
『中途半端』で括るのをそろそろやめようじゃないか。
ちょっと他の人とは違うまだ『道半ば』な部分があるだけやないかい😁
どうしても変わらないといけない時って、強い時よりも情けない時で、変化の原動力になるのって、どれだけ知識を蓄えたかやどれだけ思考を重ねたかも重要だけど、今どんな感情なのか素直に受け入れられた時が1番重要なのかな。
だから中途半端に『自分ダメ』って思うよりも『自分究極的に大したことない』くらいに思った時の方が、一気に進めるのかも(笑)
開き直りってやつかもね。
それならいっその事大きいことでも小さいことでも、みんなに笑われるくらいのことをしてみた方が、本当に自分に添ったことができてて求めるゴールに近づけるんではなかろうかー。
いや、ゴールに近づいているか気にし過ぎるよりも、今大事って思えることができてるかにもっとフォーカスしてもいいんではなかろーかー。
一流のシェフになるために、まず目の前のお客様が心から美味しいって言ってくれるものを作ることに専念する。
シェフにはならないけど(笑)
最短の道も、長くて険しい道も、どっちもイメージしながらゆっくりこの時間を大切に使えたらいいよね。
大切かどうかわからないけど、何か必要な気がする。
今使わないかもしれないけど、何か役に立つ時がきっとくる気がする。
何か将来をしっかり見通せたり、早いうちに自分が目標に達した時をイメージできるのがとても重要みたいな世の中のような気がするけど、たくさんの楽しいことを経験するには、そりゃ時間が必要さ。
どの道を通っても本当にやり尽くすことができるのかなんてわからないけど、自分のペースは感情が知らせてくれる。
全力で走ってるようなのに虚無感しかない最近だけど、かかわってくれる人がいるから救われてる。感謝しかない。
みんなありがとう!
ひとまず
こっちの方が面白そう。
こっちの方って何か自分が言ってる。
それはそれで自分を大事にできてるのかもーって思えるから、楽しめるやり方を考えていれば楽しい方向に行くさ!
と自分を信じて、今日もゆっくり休もうっと。
もう冬ねー⛄️
早いわねー❄
•*¨*•.¸¸♬•*¨*•.¸¸♪•*¨*•.¸¸♬•*¨*•.¸¸♪
今何が起きているのか、見ないフリして直視しないでいると、気づいた時には2周は遅れた気分になる。
世の中、思ってる以上に超速で変わり続けてるから、せめて自分のペースででもアップデートし続けることが大事だけど、なんとなくまくいっている持論を重宝し過ぎるとそれが唯一の正解に神化されて、そこにすがりつくことで置いてかれていることに気づかない。
いや、すでに自分もそうかもしれない(笑)
やっぱり常に自分を疑い続けることは必要で、他人に何か教えたい衝動に駆られるようになったら、教わることを見つける努力をしないと本当にやりたいことを見失ってしまいそうな、そんな気がしてる師走間近。
そういえば、年始の目標、だいぶ置いてけぼりにしてきてるなー(笑)
ボクが対話の時間に一番アンテナを張るのが、「感情の熱感」。
会話そのもののエネルギーもそうだけど、その話をしている個人の、パーソナルなエネルギーが気になって仕方がない。
そんな心の機微が気になり過ぎて、生きるのが苦しかったけど、今になるとそれを言葉にしてみることでだいぶ楽になった。
そして言葉にできない部分を、なんとなく段階に応じた表現で埋めてみる。
それもまた自分を知る手がかりになっていたりする😊
後悔をより少ない人生にするためには、まずは自分のことをよく知っておくことが大切だと感じたのと、そんな自分をしっかり認めてあげること。
そのためにしっくりくる言葉に出会えたらいいし、そんなお手伝いができたらと思って日々を過ごしている。
自分がわかれば、いろんな道が拓ける!
赤の他人に粘着したりイライラして誹謗中傷をする人がいる。
精神分析によると「置き換え」と呼ばれる防衛メカニズムが働いているらしい。
そんな人は自分で自分をどんどん追い詰めているだろうね。
だから心に余裕を持てる仕組みを自分の中に持っていたい。
結局は口撃することで「自分をわかってほしい」と言っているだろう。
だからもしも気持ちに余裕があるのなら、粘着や誹謗中傷の裏にある相手の悲しい気持ちを受け止めてあげられたらいいが、なかなか難しい。
相手の訴えを受け入れて同意して、理解しようとしている事を伝えるといい、と精神科医の先生がお話していたとの事だが、その辺の理解が一番難しいなと思ったり思わなかったり。
思い残しの9割は自分以外の誰かがそこに存在しているような気がしていて、ということは思い残す過去は自分と誰かの間に存在しているということのかな。
とはいえひとりぼっちの過去に意味がないわけではなく、ひとりぼっちだった時に誰がそこに存在していたのか。
つまり自分以外に存在していた誰かがまだ生きていれば、行動次第である意味過去は取り戻せるし、書き換えられる!
憎しみは愛されたいの裏返しみたいに。
なんだかんだで
「過去にとらわれない!」
って言ってる人の方が、よっぽど過去にとらわれてるような気がする。というかそんな風に見えてる。
というかそんな風にしか見えなかったりする(笑)
どっちでもいいけど、全てがつながってるから、今の自分を癒してあげたら、きっと過去の自分も未来の自分も
「よくやってるね!」
って言ってくれているような、そんな気になる。
ゴールはだいたい一緒だけど、目標の立て方でその人が作られていくような感じがするな。
目指しているところは似たようでも、進む道によって一緒に歩んだり、後を追ってくる人がいる。
さらにそこにどんな『遊び』があるかで個性が際立ち、同じようでも使う言葉で解像度が変わってくる。
さらに「諦めていること」と「どうしても活かしたいこと」が明確になったときに、本気で取り組みたいことが自分でも理解できてくる。
そう考えると、本当にやりたいことがわかるって激烈にレアな出来事なのかもしれないし、やりたいって心の底から思えることに出会えるってめちゃくちゃ幸せなことなんだろうな。
コーチングを学んでいると
「そんな無責任にただ応援して」
みたいなことを言う人とたまに出会う。
もちろん課題はクライアントのものだし、その責任はコーチが負うものではない。
課題を取り上げてもいけない。
ただひとつ自信を持って言えるのは、気持ちにはないことに対して人は全力を注げるほど器用にはできていないし、それに大して全力を出すことがどれくらいかも想像できないのではないだろうか。
それなら本人がやってみたい、そう思っていることを感じられたなら、何を選んだとしても背中を押してあげた方が全力を出せる望みは格段にふくらむはず。
本当にやってみたいことは、後で後悔する可能性だってきっと低いはずなんだ。
それを信じているから、私は周りに無責任と言われようが全力でその方の背中を押し続けたいと思っているし、私はそんな皆さんからいつも力をもらい続けているんだよ。
そんな時間をいつも一緒に過ごさせていただき、こちらこそありがとうございます。
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