冒頭からいきなり主人公である<御子柴>が、ルポライター<加賀谷>の死体を大雨で氾濫する川に投げ捨てる場面から始まり、最終の383ページまで、「んん~」と唸ってしまうほど二転三転する場面展開に、ページをめくるのが楽しくなる構成でした。
<御子柴>は14歳のときに5歳の幼女を殺害した過去があり、関東医療少年院に入院していましたが、時間を持て余す少年院時代に司法試験の勉強を始め、今では被告から多額の報酬を求める悪辣弁護士として名を馳せています。
彼は売名行為を目的として、3億円保険金殺人の被告人<東條美津子>の国選弁護を引き受けるのですが、冒頭の<加賀谷>の死体が発見され、埼玉県警捜査一課の老練な刑事<渡瀬>と部下の<小手川>のコンビに怪しまれ付きまとわれながらも、見事な法廷弁論で<美津子>の無罪を勝ち取ります。
<御子柴>の少年院時代の回想も本書では彼の人間性を知る上で重要な部分を占め、最後には読者を驚愕的な結末に導き、リーガルサスペンスとして読み応えのある一冊でした。
本書は世界第一次世界大戦が勃発する大正3年から4年にかけての東京の下町を舞台として、幻想と怪奇に満ちた面妖な事件が集められています。
美大に落ちながらも画家として生きていこうと家を飛び出した<槇島功次郎>は、大雪の降る日に下宿に出向く際、奇妙な行動を取る自称20歳の青年画家<稲村江雪華>と知り合います。
<雪華>は容姿端麗にして博覧強記、そしてこの世に未練を残した者たちの霊が見れる能力を持っていますが、<功次郎>も自分自身にもその能力があることがわかり始めます。
二人を中心として起こる周囲の摩訶不思議な現象が、<功次郎>の回想録的に語られ、しばし大正ロマンの世界に浸れるゴーストハンター物の短篇集でした。
著者のデビュー作は陸上自衛隊が登場する 『塩の街』 で、その後に続く 『空の中』 は航空自衛隊、 『海の底』 は海上自衛隊・海上保安庁・機動隊が登場、<自衛隊>シリーズ三部作と言われています。
その延長として自衛隊を舞台にしたラブコメディー小説として 『クジラの彼』 があり、本書はそれに次ぐ第2弾となります。
本書にはタイトルになっている『ラブコメ今昔』をはじめ6編が納められており、自衛官としての結婚観や男女間の恋愛模様がユーモラスに描かれていました。
著者は高知県出身ながら阪急沿線に住んでいた影響でしょうか、『軍事とオタクと彼』に登場する<桜木歌穂>の関西弁の会話が実に痛快で、彼より2歳年上の25歳の女として、海外派遣で会えない期間のせつない乙女心が、面白く描かれていました。
主人公の<岩永順庵>は肥前長崎の蘭学者の26歳、下級通司として江戸に出向いた際他の蘭学者と喧嘩を起こし長崎に戻ると脱藩あつかいになり、仕方なしに江戸にもどり辰巳芸者の<豆吉>の家に居候しています。
物語の舞台は安永7(1778)年、<田沼意次>が老中にしたのが安永元年で、将軍は第10代<徳川家治>の時代です。
本書は4編の市中に起こる怪事件が納められており、火盗改の同心<瀬川又右衛門>と武家の出で剣豪でもある<豆吉>とで、<淳庵>の蘭学の知識を駆使して解明していきます。
今では当たり前の製鉄技術や電気(エレキテル)、潜水船など当時としての科学技術を織り交ぜながら、三人の活躍が楽しめました。
町外れに建つアパートを舞台とする小説は、 『妖怪アパートの優雅な日常』(香月日輪) ・ 『れんげ荘』(群ようこ) ・ 『てふてふ荘へようこそ』(乾ルカ) 等が思いつきますが、様々な性格の住民を登場させるには都合の良い設定だと思います。
主人公<花村茜>は43歳で独身、勤めていた会社から退職勧告を受け、70歳手前で突然急死した父<桃蔵>が残した築20年の「花桃館」に自らが移り住み、大家としての生活が始まります。
移り住んでからわかるのですが、住民の一人<雨宮李華>は亡き父の女であり、ウクレレおたくの<玉井>、整形依存症の<高岡日名子>、父子家庭の<妙蓮寺>家等、多彩な登場人物たちで人間模様の綾が繰り広げられていきます。
人生の折り返し点を超えた戸惑いと、同級生でバツ一の<尾木>とのほのかな恋心を散りばめて、<茜>が前向きに歩んでいく姿がユーモアに描かれている一冊でした。
他社の文庫シリーズになりますが、 <警視庁極秘捜査班>(光文社文庫) や <新宿署密命捜査班>(徳間文庫) に見られるように、刑事もののアウトロー的な分野の作品が多く、この『内偵』も<警視庁迷宮捜査班>シリーズの3冊目として刊行されています。
捜査一課強行犯捜査二係に配属されていますが、実質は窓際的な「迷宮捜査班」に配属されている4名の刑事の活躍が、小気味よく楽しめます。
3年4ヵ月前にエリート検察官<久住詩織>は、通り魔的な犯行で<長谷川宏司>に刺されて死亡していますが、犯人の<長谷川>は逃走中に崖から落ち、脳挫傷のため昏睡状態が続き事件が解決できていません。
当時<久住>は大きな事件の内偵を進めていたのですが、それらの関係を<尾津航平>と<白戸恭太>のコンビが再捜査を始めますと、関係者が次々と口封じにあっていきます。
二人の破天荒な捜査で核心に近づいていきますが、娯楽小説らしく二転三転する構成で、現代社会の裏ビジネスも盛り込まれ、楽しめた一冊でした。
生と死の境目の「街」にある不思議な料理店を舞台に繰り広げられるファンタジーな物語も、 『食堂つばめ』 ・ 『食堂つばめ 2』 に続き3冊目になりました。
今回は37歳の会社員<津久井英吾>が、臨死体験の主人公です。
彼は何者かによって殺害された人物として登場、料理人の<ノエ>をはじめ、「街」に自由に出入りできる<柳井秀晴>らが、なんとか彼を生き返らせようとします。
生の証しでもある食欲は旺盛なのですが、なかなか『食堂つばめ』から離れようとしません。
生き返った後がどうなるかがわからないからと<ノエ>に釘をさされるのですが、<秀晴>は、現実の世界に赴き<津久井>の家の現状と犯人探しに奔走していきます。
今回は駄菓子屋をキーワードとして「もんじゃ焼き」や「紋次郎いか」などが登場、「星新一ショートショートコンテスト優秀賞」を受賞した著者の原点を垣間見るように、あとがきとして「ショートショート」が組み込まれており、駄菓子屋のキーワドらしく<おまけ>が楽しめました。
第一作目の 『署長刑事(デカ)』 以降、キャリア署長の<古金堂航平>を主人公とする第3冊目が本書です。
うつぼ高校の生徒会室で、全日制の生徒会長を務める2年生の<須磨瑠璃>が、絞殺死体で発見され、彼女にストーカー行為を注意された同校定時制の<小野寺悠斗>が当日目撃されており、指名手配されてしまいます。
みずから「殺したのは僕です」との電話を掛けて逃走している不自然さに、<古金堂>は不信感を覚え、署員の<塚旗由紀>と実家の弁当屋でアルバイトをしていた<悠斗>をよく知っている<丸本貞夫>と捜査を開始します。
大阪の「ミナミ」の街を舞台に、 「自由軒」 や「かに道楽」・「北極星」などのグルメの話題もちりばめられ、<須磨瑠璃>と<小野寺悠斗>のそれぞれの親子関係を主軸に、また「ギャルズバー」や「脱法ハーブ」などの社会問題を絡ませ、エンターティナメントとして楽しめた一冊でした。
前作 『サイレント・ヴォイス』 に次ぐ、<行動心理捜査官・楯岡絵麻>シリーズの2冊目になります。
取調室に置いて行動心理学を用いて相手の「しぐさ」から嘘を見破る捜査一課の美人刑事、署内では<絵麻>の名前をもじって<エンマ様>と呼ばれている<楯岡絵麻>が解決する事件が4編納められています。
今回は前作に前触れとして書かれていた15年前に起こった<絵麻>の恩師<栗原裕子>の殺害事件を伏線として、4編の事件がつながり、最終章で恩師殺害事件の真相が判明します。
「ミラーリング」・「ノンバーバル(非言語)理論」・「単純接触効果」など、心理学の知識も面白く、後輩刑事<西野>との絡みも健在で楽しめました。
本書は『癌だましい』と、『癌ふるい』の2編が納められています。
『癌だましい』の主人公は45歳の<錦田麻美>、老人ホームに努める介護士ですが、同僚からは古参でありながら仕事ができないことにより「職場のガン」と毛嫌いされています。
ある日体調に異変を感じ診察を受けると「食道癌」のステージⅣだと診断されますが、死を恐れることなく一切の治療を拒否、ただひたすら好物の惣菜やデザートを狭窄部で食べ物が通らないのを知りながら、吐き戻しても戻しても食べ続け、食べることのみしか関心がない生活が壮絶感を持って描かれています。
『癌ふるい』は、<米山千波>が食道癌と診断されたことを知人たちにメールで連絡、それぞれの返信の文面に対して、「プラス40点」・「マイナス20点」と変身された文面に対して採点を付けています。
返信者の年齢、立場、環境により、それぞれの癌患者に対する考え方が読み取れて、面白い構成でした。
『癌だましい』は、2011年の第122回文學界新人賞受賞作品で、受賞決定の知らせからわずか一か月後に著者は亡くなっています。
作中の主人公たちと同じ食道癌のステージⅣで、病床で書かれた『癌ふるい』は著者の没後に『文學界:七月号』に発表されていますが、単なる癌患者の闘病記とは一線を引いた重みがありました。
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