今年の読書(30)『白光』朝井まかて(文春文庫)
6月
14日
著者<朝井まかて>は、シーボルトを描いた『先生のお庭番』や植木屋稼業の『ちゃんちゃら』など植物好きとして《植物系小説》として読み始めましたが、小気味よい文体で読みやすく、江戸時代の介護問題を扱った『銀の猫』、江戸随一の遊郭・吉原を舞台とした『落花狼藉』 など、史実に沿った歴史的な主題作品を読み継いできましたが、本書『白光』は、2021年7月に単行本として刊行され、2024年3月10日に文庫本が発売されています。
主人公は日本初のイコン画家<山下りん<で、彼女のその情熱と波瀾の生涯を描いた文庫本552ページに及ぶ読み応えのある大作です。
明治維新の10年前に茨城・笠間に生まれた「山下りん」は、「絵師になりたい」という一途な願望で、15歳で故郷を飛び出し江戸を目指しますが、すぐに戻されてしまいます。その情熱に負け、母や兄も根負けし、東京に出ることを許され、工部美術学校に入学を果たし、西洋画の道を究めようと決意します。
やがて、ロシア正教会の信徒となり、の宣教師「ニコライ」に導かれ、明治13年、聖像画(イコン)制作を学ぶため帝都ロシアに渡り、ノヴォデーヴィチ女子修道院にて聖像画の画師として修業に励むのですが、自分の求める芸術としての修行ができず、女子修道院でも周囲と衝突を繰り返し、芸術と信仰のはざまで葛藤しながらもがき苦しみます。
日本に予定より早く帰国した「りん」は、また「ニコライ」のいる大聖堂に戻り、聖像画の作成を続けるうちに、聖像画は、単に宗教的主題を描いた絵画ではないことに気づきます。
明治初頭からの日本の社会状況を背景に、ロシアとロシア正教、画師としての女性のいきざまを、膨大な資料を下敷きとして、<山下りん>の生涯を見事に描いています。