長く続いた寒波が去り、全国的に暖かな穏かな日となりました日本画と彫刻の展覧会を見に30分程車を飛ばしました展覧会の前に腹ごしらえ
時折、寄る料理屋に立ち寄りました
この料理屋を設計した建築家とはお付き合いがあり
開店当初から、たまに食事に立ち寄ります
建物の設計と共に、造園も全て手がけています10年が経過し、樹木も根付き景観が良くなりました席から庭を眺めながらの食事
一服の「画」を見ているようです
以前から外食産業の「ファミレス」ではドリンクバーが
一般的になっていたところが、最近「中華」や「イタメシ」でもこのシステムを
採用する店が増えてきた今回、行った「イタメシ」のお店は、パスタ6種か
ピッツア6種のどれか1品を注文し、サラダバーを合わせると
一枚のお札に消費税で済むサラダやデザート、飲み物が多くあり満足感を味わえる
ただ、このような店へ行くとつい食べ過ぎるので
ダイエットを実施している人は近寄らない方が賢明である
和菓子屋さんから「花びら餅」を買って来たこの御菓子、花びら餅は 宮中の正月行事に用いられる
菱葩(ひしはなびら)にちなんだ正月用のお菓子とある
正式な名称は
「菱葩餅(ひしはなびらもち)」 このお菓子茶道裏千家の初釜の主菓子牛蒡と白味噌餡とピンク色の餅を、餅もしくは求肥で包んだ和菓子宮中の正月の行事食。600年も前の文献にも載っている歴史
の長い食べ物。しかし、その頃のものは、現在の餅よりも大きく
生地に甘みがなかったらしい。明治以降、お菓子になったそうです。白餅を丸く伸ばした中に、小豆汁で赤く染めて菱形にのばして餅を重ね
味噌餡を敷き甘く炊いた牛蒡をはさんだもの白い餅の皮を
通して中の赤い餅が見え、新春の風情が漂います。
「花びら餅(葩餅)」はなびら餅とは、京都でお正月にだけいただく伝統の御菓子の一つで、
柔らかいお餅に京都のお雑煮に見立てた白味噌のあんを牛蒡と
共に求肥で包んであるお菓子です。牛蒡を包むのは、一説に、この花びら餅が裏千家初釜の
「菱葩(ひしはなびら)」を菓子化したものであるからだと言われています。
「菱葩」は丸く平らにした白餅に、赤い小豆汁で染めた菱形の餅を薄く
作って上に重ね、柔らかくした袱紗牛蒡を二本置いて、
押し鮎に見立てたものです(鮎は年魚と書き、年始に用いられ、
押年魚は鮨鮎の尾頭を切っ取ったもので、古くは元旦に供えると
『土佐日記』にあります)。初めはつき餅でしたが、最近は求肥となっています。以上インターネットからの引用です
平安の時代から連綿と受け継がれ、その間工夫が加えられ
現在の和菓子となり、庶民も味わうことが出来る土佐日記が出てくるとは思いませんでした
雪だるまマークの続く日本海側で、太陽が顔を見せると
それだけで気持ちが明るくなる山間地の雪の多い地域では、周りの積雪で明かりが取れずに
日中も電燈を点けっ放しの家庭が多い昨日は久しぶりに青空となり、居間に太陽の光が注ぎ込んだ
ロールカーテン越しに温室の柱が大きく陰を投げかける太陽の恵みを満喫した
太平洋岸の人には分からない感覚である
お正月に初日の出を一寸だけ拝んだが、その後は
毎日の曇天
山間地の豪雪は聞きしに勝るものである
いよいよ自衛隊の出動要請が出て、災害として国も
支援に乗り出し始めた久しぶりに日の出前の朝焼けを見た
この後、午後からは再び雪模様である撮影 2006/01/10 Am06:32
新春の展覧会に「小倉遊亀」展が行なわれていた作者の作風は以前から好んで見ていた
「奥村土牛」と共に長命な日本画家である狭い百貨店の会場には祭日のせいか相当の込みようであった「小倉遊亀」は平成12年に105歳の生涯を閉じた
教職に奉じた後、30歳を過ぎて安田靫彦に師事し大輪を咲かせた
生涯、現役の画家であった
少し前までは、喫茶店はビニールシートの椅子に腰を掛け
ゆっくりと飲む形態が殆んどであったその後、日本の「Dコーヒー」が低価格を引っさげて多くの
出店を成功させたその後、シアトル系の「Sコヒー」が広まり、同じシアトル系の
「Tコーヒー」などが全国に広まったコーヒーのメニューも名前が多く、サイズも選択する
初めてのお客は戸惑うことが多いでもすっかり日本に定着しつつある
年末から新年にかけて、様々な料理を堪能する
すき焼きやしゃぶしゃぶ、おせち料理と栄養過多となり
お餅をいくつか食べると、胃にもたれる事も多い
好きな人は、朝からお酒を召し上がり一日中アルコールの
切れない方も居られるであろう我が家は今夕、日本蕎麦の夕食
喉ごしも良く、美味しい食事であった[献立]日本蕎麦(きざみ海苔は後で)天麩羅 大葉・エリンギ
海老、人参、だし巻き卵、イチゴ黒豆
切干大根(数の子、するめ、昆布)
赤カブのっぺい(煮物椀)【濃餅】が語源すり胡麻
練り山葵烏龍茶
一年の計は「元旦」にありと昔から申します
今朝は、一寸寝坊をしましたが朝のウオーキングに
神社をお参りをしました近くの小さな神社は、近隣の方々が二年参りに訪れます朝が早いせいか、数人の参拝者で静かです
昨年の注連縄やお札を燃やし、新しいものを飾る
日本の風習は禊により新たな気持ちになります日の出は無理とおもっておりましたが、雲の合間に
少し現れてくれました
2005年も残すところ、3時間30分となりました当地では31日の夕食は「年夜」(トシヤ)と称して
ご馳走を食べますしかし、最近は年中ご馳走を食べていますのであまり感激は
ありませんでも、ご馳走を準備し並べます「カミさん」は精を込め準備をしますこの1年間、食事を用意してくれた「カミさん」に感謝しますブロガーの皆さんにも楽しいコメントを感謝します良い年をお迎えください
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