今年の読書(81)『ある男』平野啓一郎(文春文庫)
10月
5日
帰化した在日三世の弁護士「城戸章良」は、かつての離婚裁判の依頼者である「里枝」から、「ある男」についての奇妙な相談を受けます。
宮崎に住んでいる「里枝」には、2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去がありました。長男「悠人」を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、実家の文具店を引き継ぎ、店で出会った「谷口大祐」と再婚して、新しく生まれた女の子「花」と4人で幸せな家庭を築いていました。ある日突然、「大祐」は、木の伐採中の事故で命を落とします。「里枝」は、「大祐」の兄「恭一」に連絡を入れますが、写真を見た「恭一」は「大祐」が全くの別人だという衝撃の事実を告げます。
途方に暮れた「里枝」は、かっての弁護士「城戸」に連絡を入れます。「城戸」は仕事の合間に「谷口大祐」と名乗る男が誰だったのかを調べていきます。
自らの人生と妻「香織」と4歳の息子「颯太」との家庭環境を並行して描き、「人生のどこかで、全く別人として生き直す」ことを考え始める「城戸」でしたが、戸籍の取り換えを行っていた「小見浦」という服役中の男にたどり着きます
人はなぜ人を愛するのか。幼少期に殺人犯の息子という深い傷を背負っても、人は愛にたどりつけるのか。
「大祐」の人生を探るうちに、過去を変えて生きる男たちの姿が浮かびあがります。
愛に過去の人生は意味を持つのかという人間存在の根源と、この世界の真実に触れながら、「城戸」は自らの夫婦関係にわずかな希望を見出すことになります。