久しぶりに何もしたくない状態だ。
そういう時は早く寝て早起きして
メリハリつけるしかない。
幸い、明日は朝から雪かきが待っている。
いい歳こいて泣きたくなる日だったけれど、
感情のコントロールは無難にこなせるようになっているから
早めの対策で平静は保てる。
でも、女性というのは男性と比べると精神的に強いと感じる。
妻はもう両親他界してしまっているけれど、
その素振りは見せないだけかもしれないけれど平静そのものだ。
両親見送ってしまえば自分もそうなれるのかわからないけれど、
それまでは数多くの痛みに耐えるのみだろうな。
今日は母親の通院に付き添い。
今後の治療方針について医師と話し合った。
結果としては母の望む緩和ケアでは難しいという判断で、
化学療法で治療を進めて行く。
延命の可能性が高いのならという選択をした。
もしかしたら、母親はそう長くないのかもしれないなと思い、
正月も近いし、東京の親戚はコロナで帰省できないし、
ビデオメッセージで新年の挨拶として姿を見せておけば
いいのかと思って急遽挨拶動画を作った。
年賀状にQRコードを張り付けて送れば観れるかな。
1年位前まではSF系のネットの話題は百花繚乱だったのに
最近はとても静かに感じる。やはりコロナの影響もあるのだと思うけど、
なんとなく粛々とした感じを受ける。
自由な事も発言規制がかかっているのかわからないけど、少し寂しくもある。
仕事の作業実績を記録し今年分ももう少しで終了。
普通の会社?だと、実績に応じて上司とのすり合わせを行い、
自分と上司の業績のズレを確認して来年度の給与額が算出される運びに
なるとおもうのだけど、どうやらそうにはならない様子。
面談も無いから上司の匙加減で決まるのだと思う。
みんなはそのような給与の取り決め方法で納得しているのか分からなけど、
何となく古臭い給与の決め方としか自分は思えないけど、
会社がそういう体質ならば仕方がない。
2年前、働く事ができるようになるだろうか?
1日2日で動けずダウンしてしまうのではないか?と、
まったく体力に自信が無い状態で今の会社に入社はできたけれど、
ここ1年位で少しは体力も回復してきた。
ま、それだけでも有意義な事には間違いない。
短期集中で読書をして効率よく記憶するには速読が適していると思っているので、
10年位前に実践していた速読法で読んでみるのですが、
ブランクの影響で速読できない状態になっているので、
その時よりもいい方法があれば実践してみるのもいいかと思い
ネット検索してみると幾つかあるようなので、その1つを試してみようと思います。
前に実践していたのは、1ページをイメージ化して記憶し、
覚えて行くという手法のものでした。
読書を楽しむという事はできなかったと思いますが、
速く読んでも後から覚えているというもので、
1文字1文字読んで行く方法よりも2~3倍程度早かったような気がします。
それよりも速く読めるようになればいいのですが、やり方を学びたいと思います。
今年の秋口にYouTubeで「おかちゃんKoichi Okada」という方の動画を知り、
オムネク・オネクさんの紹介動画での語り口とその動画撮影場所に癒されました。
オムネク・オネクさんの行われた事は現実主義的には素直に受け入れられない
かもしれないけれど、SF的な受取なら受け入れられるものだと思います。
約10分の動画で50本以上の動画で語られています。
ヒーリング音楽でも聴いているような感じになれるものもあるので、
興味半分で観てみるのも良いかと思います。
今年、2020年も残り3週間余り。
年明け早々にイラク侵攻でWW3が起きるか?などの世界情勢が、
2月には新型コロナウイルス感染症懸念が起き現在も継続。
音楽、スポーツ、旅行、外食、など
娯楽に繋がる行為がことごとく制限される年ではあったけど、
自分にとっては8月中旬に体調不良の解消となったので、
5年程続いた不快な気持ちから脱却できた年となった。
5年前までの心的病状を知らない状態には戻れないけれど、
知った事による対処方法が分かった分だけ、これからの生活で
窮地に追いやられた時の対処にも対応して行けそうな気がする。
未だに気持ちを上げる意味で故意的に気分を上げようとする分、
躁鬱のような感じで見られるかもしれないなと自己分析するのだけど、
その躁鬱の起伏を時間をかけて均してゆければと思うところ。
個人的に今年はひどい落ち込みから普通の域まで気持ちを
上げる事ができたので良い年だったと思えます。
2020年12月9日現在で今年のランニング距離数が219km。
大会に普通に出場していた頃の1/10程度だ。
今年はコロナで大会がすべて中止になり、
また個人的に8月頃までは体調不良で距離を踏めなかったり、
農作業が忙しかったり、少し試験勉強したり、
試験がコロナで中止および延期になったり、母を通院させたり、
いろいろと、走れない理由は作れるけれど、
結局は問答無用で走るという事をしなかった年だった。
試験が終わったら問答無用で走る事にしよう。
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