「@@くん、今日はどうだった?」
「大したことないよ〜」
「学校はどうだった?」
「つまらな〜い」
「それでも一つくらいは楽しいこともあるでしょ?
何が一番良かったかな?」
「ランチの時」
「その次は?」
「休み時間」
「その次は?」
「終業ベルが鳴った時」
「……( ̄▽ ̄)……」
「で、」
「ダディはどうだったの?」
「とっても良かったよ。
私が来るのを待っていてくれる人が沢山いるんだ。
私の顔を見るなりどこも大歓迎してくれるんだ。」
「……………フ〜ン…」
「毎日異なるけど
前向きな人たちと会えるって素晴らしいね。
こちらまでエネルギーをもらえるからね」
味には納得!
これで7ドルもしないなんていいんですか、まことさん?
これだけ広い店内
ポートランド・ダウンタウンにあるカレー屋さん。
既に開店して2年ほど経つ。
その前は歴史ある日本食レストランがその場所で営業していたが
とにかく店舗面積が広すぎてそれに見合う客数を確保するのは至難の業。
新規に開店したそのBガーデンのオーナーも
苦しい経営を打ち明けてくれた。
今回、カレー店のオーナーであるまこと氏と話す機会を得た。
カレーレシピは高校時代に英語を習っていた教師からのものであるという。
同店の冷凍カレーが既にビバートン宇和島屋で販売されているとのこと。
シアトルの宇和島屋では毎週土曜日、
まこと氏がサンプルを店頭販売さているとのこと。
大企業を辞して起業にチャレンジしたまこと氏の夢。
いつか大成するようにと祈りながらいただきました。
失礼とならない様に
祈っている時にパチリ
ランチ弁当の鮭のサイズの大きさにビックリ
本日のランチに立ち寄った
完全アメリカナイズされた
日本食レストラン。
私は窓際に腰掛けた。
その時すでに黒づくめの服を着た一段が
何やら重要な話をしていた。
メニューブックを眺めていると
その席から賛美歌のBGMが流れ出した。
iPhoneを利用しているらしい。
その音楽に合わせて
彼らは一斉に歌い出した。
ええっ
ここは、公のレストランなのだけれど。。
韓国語のようだ。
続いて、
テーブルの端に座るリーダーらしき人が
聖書を開きながら説教を始めた。
やがて、
私が注文した料理が運ばれて来た。
それでも彼は説教を続けている。
他の人たちは神妙な面持ちのまま
しっかりと聞き入っているようだ。
ついに私は食べ終えた。
あれから25分は経過している。
それでも彼は説教を続けている(^O^)
ウエイトレスが請求書を持ってくる頃
彼は説教を終えて
祈りへと移った。
その祈りが終わったと同時に
複数のウエイトレスによって
大皿に乗せられた握り寿司が運ばれて来た。
「さあ、みなさ〜ん、ご苦労様でした〜
ゆっくりと寛いで
今度は食事を楽しんで下さ〜い」
そのようなエールを心中で抱きながら
隣の様子を伺う。
すると、そのリーダーは
再び祈りを始めた。
食前のための祈りらしい。
もちろん皆は黙祷しながらその祈りに合わせている。
その祈りを終えるのと私が席を立つのは同時だった。
ランチの礼拝に45分をかけられていた。
説教の声は聞こえてきても
韓国語なのでその意味はさっぱり分からない。
その熱心さが正統な聖書信仰に根ざしていることを願った。
韓国沈没船のオーナーのようなカルト宗教に被れてないことを。
イスラエル南部の砂漠地域アラバに現れた
かわいい5匹の正体は……。
生後数週間のオオカミの子供なんだそうです。
ホサナキリスト教会・聖書広場からの抜粋です。
聖書本文とメッセージ・ノートはこちらから:
http://wdx.hosannamin.org/whatsnew/view/49147
「大艱難時への導入プロセス」
マタイ24章9~14節
~マタイ福音書連続講解説教73~
大艱難時代に至るまでの世界の様相が預言されている。
今回は9つの出来事を取り上げるが、
それらは時間順に並べられるものである。
来週は、順番には並べられない3つの出来事を学ぶ。
1) 終末のしるしとしての世界大戦(1914年と1939年)
①「民族は民族に、国は国に敵対して立ち上がり」とは
その地域が完全な戦闘状態に至るとするユダヤ・イディオムである。
②エジプト全域が内戦状態に至る例:イザヤ19:1~4
③中東全域が内戦状態に至る例:Ⅱ歴代誌15:1~7
2) イスラエルの再興(1946年・イスラエルの独立宣言)
①イスラエルに不信仰のままで帰還する:エゼキエル20:33~38
~それは裁きのための帰還であり、
大艱難時代を通らねばならない
②イスラエルに信仰を持って帰還する
~それは救いのためである。
大艱難時代を通過することにより、
新しい契約が神と結ばれて民族的な救いへと導かれる。
③エルサレムに注視:エゼキエル22:17~22
不純物の「かなかす」が裁きの中で清められ、
国家的な悔い改めに至る
その後、全世界からの信仰を持ったユダヤ人の帰還が始まる
④ユダヤ人のイスラエル帰還は2回ある:イザヤ11:11~12
「再び」とあるのは、
1回目(不信仰での帰還)の後に再度帰還があるのを示している
現在のイスラエル国家は、その1回目の帰還預言の成就である
⑤いつ、最初の不信仰状態のイスラエル帰還が起こるのか:ゼパニア2:1~2
大艱難時代前に起こることがこの聖句で初めて明らかとなる。ゼパ1:7~18
3) エルサレムのユダヤ人統治(1967年・六日戦争の勝利による)
①大艱難時代中間期には第3神殿が完成していなくてはならない。
マタイ24:15、ダニエル9:27、Ⅱテサロニケ2:3~4、黙示録11:1~2
の4箇所にその根拠がある。
②それにはエルサレム旧市街と神殿域が
イスラエルによって統治されていなくてはならない。
③これらは1967年、六日戦争によってヨルダンからイスラエル施政下に入った。
④ここまでが、今日まで我々が実際に通過してきた歴史的な「陣痛」である
⑤次の世であるメシア王国を産み出すには、
更なる将来の苦痛・試練を経なくてはならない。
4) 北の同盟軍のイスラエル侵攻(エゼキエル38:1~39:16)
①WHO:38:1~6
ゴグとは、
マゴグのリーダーを表すタイトル
古代のマゴグ、メシェク、トバル部族は
現在のロシア領域で活動していた
「北の果て」とはロシアのこと
ロシアが侵攻同盟軍のリーダー
ペルシア:イラン
クシュ:エチオピア(一つの例外がメソポタミア;創世記2:13)
プテ:ソマリヤ
ゴメル:ドイツ
トガルマ:アルメニア
ロシアの歴史的なアンティセミニズム主義
その不正がイスラエル侵攻で裁きの目盛りが満たされた
②WHERE:38:7~9
「イスラエルの山々」である
その侵攻以前に多くのイスラエル人が不信仰のまま、帰還している
その侵攻という試練を通じて悔い改めへと導かれる
その侵攻時の国の様子
剣から立ち直っている
多くの国民の中から集められている
山々は廃墟のままに置かれていた
民族の中から引き出された国民
これらは古代イスラエルではなく、現在の状態を描写したものである
19世紀終わりから帰還運動が始まり、荒廃した土地に移植が始まり、
1948年のイスラエル共和国成立に至る
③WHY:神の目的;38:10~13
戦利品、銀・金・家畜・財産(古代の代表的な分捕り物)
を得るという欲望のため
ロシアを中心とする私利私欲が同盟軍の侵攻となった
侵攻に反対を唱える国々があった
シェバ:アラビア北部
タルシシュ:スペイン
「その全ての若い獅子たち」とは
ユダヤイディオムでスペインから排出する国々のこと
ブラジル以外の中・南米
米国東部海岸線はスペインによって発見、調査された
タルシシュを英国とする説もある
それによれば、北米、オーストラリアなどの英国連邦諸国となる
④その他の神の目的;38:14~16
ロシアに対する神の裁きに留まらず、
諸国の民に神の聖なることを示すため
⑤壊滅される侵攻同盟軍;38:17~23
神の瞳に触れた同盟軍に、
神の怒りが注がれる
地震や同士討ちによる壊滅
⑥荒廃される地域;39:1~6
再記述の原則~38章の情報をより詳細に記している
イスラエルの山岳地帯が主な戦場となる
1967年6日戦争によってその地区はイスラエルに移管された
この預言成就の舞台が整えられたことになる
⑦神の聖なることが示される;39:7~8
異邦人ばかりではなく、
イスラエル自身が神の救いを経験する
それが霊的に覚醒する契機となる
⑧7年間の武装解除;39:9~10
~侵攻軍の武器は燃やされて、燃料に用いられる。
⑨7ヶ月の侵攻軍の死体埋葬;39:11~16
~四海北方のヨルダン渓谷に墓場のための新しい町が建設される。
⑩同盟軍侵攻の時期について;38:8、11~12、14
イスラエルは国家の形態をしている
荒廃していた土地に再び入植している
壁のない村々の存在:キブツ
「安心して住んでいる」のユダヤ的な意味 ‘batach’
それは平和状態ではなく、確信のある様子を指す
同盟軍は大艱難時代前に安心しているイスラエルに侵攻する
同盟軍は大艱難時代前に壊滅させられる
5) 世界統一政府の樹立;ダニエル7:23~24
①異邦人のときの第4の帝国
②ローマ帝国がその最初の形態
③東西に分裂する
④東の勢力はイスラエル侵攻時の壊滅によって力が衰える
⑤西側陣営から世界統一へ向かう政権が誕生する~「全土を食い尽くし、」
6) 世界10帝国の成立;ダニエル7:23~24
①EU~ローマ帝国の復興であるとする学者も多い
②終末論を新聞解釈のよって理解しようとする試みで勧められない
③聖書文脈上、これら10帝国は統一世界政府が樹立した後に、
分裂した形態である
④10帝国は大艱難時代前に樹立して、その中間期まで存続する
7) 反キリストの勃興;ダニエル7:23~24
①大艱難時代前に反きりストが起こることは、Ⅱテサロニケ2:1~3
②やがて10帝国のうち、3つの帝国を滅ぼして勢力を拡大していく
③ヘブル名にしてその数は666となるのが、反キリストの名前である
8) 偽の安全保障
①Ⅰテサロニケ5:1~3
②「主の日」とは、ここでも大艱難時代
③反キリストと他の帝国が平和に世界統治しているときに
突如として大艱難時代に襲われる
④これも「生みの苦しみ」として表現
9) イスラエルとの7年間の契約締結(7年間の大艱難時代開始のしるし)
①ダニエル9:27
②携挙ではなく、この契約が大艱難時代に入る契機となる
結論として大艱難時代に至る私たちは、
どのように生きればよいのだろうか。
1. 預言を世界情勢の評論からでなく、聖書文脈から理解する
EC10カ国が成立したとき、
チェルノブイリ事故のとき、
中国が2億人の軍隊を作戦投入できると声明したとき、
ある聖句を拾い上げて
「黙示録預言だ」
「世の終わりだ」
とかまびすしい聖書評論家がどこにも出現した。
それらは時事問題と聖書を短絡的に結びつける
「新聞解釈法」に過ぎない。
聖書はステップを踏んで世の終わりが進展し
大艱難時代に突入すること、
それ以前には教会が携挙することを明白に教えている。
聖書文脈に照らして聖句を理解・解釈することが必要である。
2. 神の裁きが必ず来ることを知って委任する
ロシアによるイスラエル侵攻は
ロシア自身を神が裁く目的でもあった。
ユダヤ人抹殺を図ったナチスはすでに裁かれた。
ポグロムをはじめ歴史的にユダヤ人排斥の罪を蓄積してきたロシアが
裁きのための罪の不足分の目盛りを満たすことになる。
それは「神の瞳」に触れることに他ならない。
個人的、
社会的なレベルでの
不正や横暴に怒りを覚えることがあるが、
神は最終的に悪を見逃さず、
清算をされる方であることを覚え、
そのお方に裁きをお任せしよう。
3. 今が「救いのとき、恵みのとき」
大艱難時代がいったん始まったら、
誰も時計の針を元に戻せないのである。
飢饉、戦争、犯罪、裏切り、、、
多くの人々は無残に殺されていく、、、
聖書は
「主の日」
「主の恐るべき日」
として数千年前から預言している。
私たち人間にとって
大艱難時代から逃れるにはイエスへの信仰以外にない。
それが始まる前に
主が私たち信者を天に迎え入れてくださるからである。
「あなたがたは心を騒がしてはなりません。
神を信じ、またわたしを信じなさい。
わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。
もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。
あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。
わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、
また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。
わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。」
(ヨハネ14:1-3)
ローマ教皇のイスラエル訪問が終了しました。
これらの数字は、今回の訪問に関するものです。
★2日=滞在日数。
★約1,000枚=お迎えのためにエルサレムに翻った旗の数。
★約8,500人=警護に当たった人の数。
★3箇所=教皇が訪れた聖地の数。
★1枚=教皇が西の壁に入れたメモの枚数。
⑴「眠る」という表現について
・肉体について使われている言葉であり、霊魂については使われていない。
・信者に対してのみ使われている表現である。
・肉体の復活が約束されている視点からすれば、死は一時的な肉体の休止状態に過ぎない。
「あちらに行きなさい。その子は死んだのではない。眠っているのです。」
すると、彼らはイエスをあざ笑った。」
(マタイ 9:24)
⑵死後には意識のある状態に置かれる
ルカ16章のアブラハム、ラザロ、金持ちにはそれぞれ意識があった。
⑶死の意味について
・信者は、死の瞬間に神の臨在のもとに入る。
・それは地上生涯よりも勝るものである。
「6 そういうわけで、私たちはいつも心強いのです。
ただし、私たちが肉体にいる間は、主から離れているということも知っています。
7 確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます。
8 私たちはいつも心強いのです。
そして、むしろ肉体を離れて、主のみもとにいるほうがよいと思っています」
(2コリント 5:6-8 )
⑷死の瞬間に永遠の運命は不動のものとなる。
・最後の裁きは肉体において行った業に基づいて執行される。
・中間状態の状態が裁きのベースにはならない。
「ですから、わたしを人の前で認める者はみな、
わたしも、天におられるわたしの父の前でその人を認めます。
33 しかし、人の前でわたしを知らないと言うような者なら、
わたしも天におられるわたしの父の前で、そんな者は知らないと言います。
(マタイ 10:32-33)
3人の母親にまとめて、「おめでとう」
男たちは早くも闘いモードへ
先週の日曜朝、
我が家では子供たちが早くから起き出して
母の日プロジェクトを始動。
部屋の掃除やデコレーション。
花の用意やテーブルセッティング。
朝食作り。
それに、サバイバルゲームを裏庭にセッティング。
(人気TV番組を真似たもの)
その後、家内の母親宅でのお祝いへと出掛けました。
この日の
シアトル・オーナー会講師は、
倉地幸徳(くらちこうとく)先生。
簡単な略歴紹介
・1941年 福岡県(現)朝倉市生まれ、高校まで地元に育つ
・1970年 九州大学大学院修了(農学部農芸化学生化学、博士号修得)
半年間助手就任
・1970年―1986年 ワシントン大学時代
1970年 ワシントン大学医学校生物化学科にpostdoctoral
Fellow (Senior Fellow)として研究留学
1971年 生物構造学科に移籍
1974年 生物化学科に戻る
1978年 Research Assistant Professor就任
1983年 Research Associate Professor就任
・1983年―1986年 ハーバード大学
ハーバード大学医学校講師(ワシントン大学併任)
・1986年―2002年 ミシガン大学時代
1986年 ミシガン大学医学校人類遺伝学科Associate
Professor(tenured)就任
1990年Professor就任
2002年退職、名誉教授(Professor Emeritus)就任
・2001年―2010年 独立行政法人産業技術総合研究所時代
2001年 日本政府の招聘で、(独)産業技術総合研究所に
移籍 ジーンディスカバリー研究センター新設、所長就任
2002年 年齢軸生命工学研究センターを新設、所長就任
2010年 産総研退職 名誉研究者就任
・2010年―2012年 九州大学時代
理事・副学長(担当:国際、大学病院、男女共同参画)
・2012年 九州大学を退職、シアトル移住
・2012年―現在
ワシントン大学客員学者(visiting scholar)
Kurachi LLC特別顧問
・2013年 Japanese Art Connection Laboratory (JACLab) advisory
Board
研究領域: 生命科学/基礎医学分野(ヒト遺伝学、生化学、遺伝子治療、バイオテクノロジー、年齢軸恒常性)
教育分野(基礎医学):
ヒト遺伝学(遺伝病の分子機構、遺伝子調節機序)、年齢軸恒常性(調節機序)、及び、研究倫理
現在の身分:ミシガン大学名誉教授/(独)産総研名誉研究者/ワシントン大学visiting scholar
オーナー会のTさんが、
以下のような総評・コメントを書き上げてくださいましたので
紹介します。
「日ごろ忘れがちなどう生きたらいいのかということを
医学的な観点から自分自身見直す
いい機会になりたいへん有意義でした。
おっしゃっていたように我々は必ず死にます。
ユニクロのオーナー柳井正さんも
”この世の中のものはすべて賞味期限がある”
とおっしゃっています。
さて、そうとすれば如何に生きるのかということですが
私の場合は天井が少し見え隠れする年代になりましたので
老化という意味では真剣にならざるを得ません。
習いましたお話を復習していますが
私の記録しましたキーワードは:
遺伝子治療、
年齢軸恒常性、
活力、
動脈硬化、
コレストロール、
フィブリン、
けっしょうばん、
血液凝固、
染色体、
血友病、
遺伝子組み換え、
研究倫理(とても大切)、
プロティンのたいせつさ、
老化、
病気のメカニズム、
成長ホルモン、
研究では先入観はだめ、
年齢軸工学、
高血中濃度、
血流の凝固(30%高くなると老化)、
ホルモンのバランス、
毛生え薬は商売として儲かるなど
たいへんいい言葉を学ばせていただきました。
さて、どう生きればいいのか、
”いっぺんころり”といくには?
血管や血液のたいせつさ、食事や運動など意識して生きていこうと思いました。」
イスラエルの海の玄関口ヤッフォ。
ヤッフォの歴史は古く、聖書にも登場する。
この場所から今のテルアビブへと人口が広がっていった。
「人は死んだ後にも救われるチャンスが残されている」
と考えるのをセカンドチャンス理論と言う。
不信者のまま死んだ者たちにも救いの二度目のチャンスがある
と考える方が生存者にとって慰めとなるし、
愛の神理論と合致するとする考えであるとして
キリスト教会でも最近流行っている教えである。
ところが
聖書はそのようなことを教えていない。
先ず、
二つのセカンドチャンス理論があるのを紹介する。
①限定的セカンドチャンス
幼児期に死んだ人や
福音を聞くチャンスがなかった人には
死後にもチャンスが与えられるとする。
②無限定的セカンドチャンス
⑴普遍的救い(Universalism)〜全ての人はやがて救われるとする
⑵回復主義(Restorationism)〜全ての人はやがてキリストの元に悔い改めに導かれるとする
⑶普遍的和解(Universal Reconciliation)〜火の池で苦しんだ後に悔い改めに導かれて神と和解する
これらのセカンドチャンス理論を裏付けるものとして
彼らは以下の聖句を上げる。
それぞれについての反論を記す。
① 「 このイエスは、神が昔から、
聖なる預言者たちの口を通してたびたび語られた、
あの万物の改まる時まで、天にとどまっていなければなりません。」
(使徒 3:21 )
「万物の改まる時」を万人の死者が救いを受けるときであるとする。
→それは預言者たちの語った内容であって、
そこにUniversalismは含まれていない。
② 「彼は万物をその足の下に従わせた」からです。
ところで、万物が従わせられた、と言うとき、
万物を従わせたその方がそれに含められていないことは明らかです。
しかし、万物が御子に従うとき、御子自身も、
ご自分に万物を従わせた方に従われます。
これは、神が、すべてにおいてすべてとなられるためです。」
(コリント 15:27-28)
「万物が御子に従うとき」とは、
未信者が信仰に至ったことであるとする。
→不信者のままで御子の権威に従うということで、
その救いを言及したものではない。
③ 「その十字架の血によって平和をつくり、
御子によって万物を、御子のために和解させてくださったからです。
地にあるものも天にあるものも、
ただ御子によって和解させてくださったのです。」
(コロサイ 1:20)
御子のための和解が、救いのことであるという。
→十字架によって全ての人に救いの道が開かれたこと、
すなわちその可能性のことを言っている聖句である。
④ 「それゆえ神は、この方を高く上げて、
すべての名にまさる名をお与えになりました。
それは、イエスの御名によって、天にあるもの、
地にあるもの、地の下にあるもののすべてが、ひざをかがめ、
すべての口が、「イエス・キリストは主である」と告白して、
父なる神がほめたたえられるためです。」
(ピリピ 2:9-12)
全てのものが救われてキリストは主であると告白するという。
→不信者を含めた全ての者がやがてキリストの権威に服することを教えていて、
救いを保障していない。
⑤ 「その霊において、キリストは捕らわれの霊たちのところに行って、
みことばを語られたのです。
昔、ノアの時代に、箱舟が造られていた間、
神が忍耐して待っておられたときに、
従わなかった霊たちのことです。
わずか八人の人々が、この箱舟の中で、
水を通って救われたのです。」
(1ペテロ 3:19-20)
シェオールに下ったキリストが御言葉を宣教したという。
→ここでの「語られた」は「ケイルッソ」であり本来、「宣言する」という意味である。
それは救いではなく、裁きを宣言されたことを意味する。
すなわち、悪霊たちの人類破壊の陰謀が
十字架によって葬り去られたことを宣言された。
⑥ 「 というのは、死んだ人々にも福音が宣べ伝えられていたのですが、
それはその人々が肉体においては人間としてさばきを受けるが、
霊においては神によって生きるためでした。」
(1ペテロ 4:6)
死んだ世界においても福音が伝えられているという。
→現在は死んでいるが、
生前生きていたときに彼らにも福音が伝えられていた、という意味である。
このように、
聖書からセカンドチャンスを教えているところは見出せないのである。
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