大和郡山市の「山本病院」が、患者さんに不用な手術を行い死亡させた事件がありました。どこまでが「医師の裁量」なのかを考えさせられる事件だと思います。
お医者さんとは、今の高度医療社会の中ではどのよう立場であるべきなのか、考えないといけないですね。
作者の<夏川草介>氏は、信州大学医学部を卒業後長野県の地域医療の病院に勤めておられる現役のお医者さんです。
自らの体験を基に、軽い語り口調で現在の医療問題をさりげなく指摘されている小説です。
・・・死にゆく人に可能な限りの医療行為をすべて行う、ということが何を意味するのか、人はもう少し真剣に考えなければならぬ。「全てやってくれ」と泣きながら叫ぶことが美徳などという考え方は、いい加減捨てねばならぬ。
助かる可能性があるならば、家族の意志など関係なく最初から医者は全力で治療する。問題となるのは、助からぬ人、つまりは寝たきりの高齢者や癌末期患者に行う医療である。
意識が無く、点滴だけでも生き延びることが出来る時代です。
でもそれが、その人にとって幸せな人生なのか、作者は問われています。
結論の出ない問題だけに、各自で考えなけれないけない時代である事だけは、確かです。
<森浩美>さんと聞いても、ピンと来ませんでした。
<SMAP>や<Kinki Kids>、<酒井法子>等の作詞を多く手掛けている作詞家さんだそうですが、いい短篇を書かれています。
歌詞では、凝縮された世界を表現しなければいけませんが、小説となると幅が広がるのか、心温まるお話が出来あがっています。
愛する人との分かれ、夫婦の関係、親子、人間が生きてゆく日常生活では様々な情景が生じていることだと思いますが、心の変化をうまくとらえておられます。
NHKのラジオドラマでも放送された内容ですので、わたしも読みながらホロッと涙ぐんでしまうことがたびたびありました。
人間関係に疲れたあなたに、ぜひ読んでいただきたい短篇集です。
12月23日のイブイブから、12月24日のクリスマスイブまでの一日を、青森駅を舞台として、鉄道マンと乗客との人間模様が描かれた一冊でした。
主人公は26歳の<城野修一>で、車掌研修時代のある不祥事で駅員として青森駅に勤務していますが、改札口で9年ぶりに元カノの<横須賀敦子>と偶然顔を合わせるところから物語は始まります。
突然青森駅を襲った爆弾低気圧の大雪で各電車が止まり、選挙の応援演説に来る総理大臣が電車内閉じ込められ、一人で家出してきた5歳の<健太>、白血病の<千里>とその看護師である<北井彩>、推薦受験のために東京に向かう<修一>の後輩<遠藤>など、なんとかして24日中に東京に行かなければならない登場人物たちが、クリスマス寒波に巻き込まれ身動きが取れなくなってしまいます。
青森駅長代理の<山下麻衣子>は、<修一>を駅員として現場に戻した上司ですが、この巻き込まれた乗客たちを救うために<真の鉄道マンとはなにか>を<修一>の行動に教えられ、辞表覚悟である行動を決断します。
それぞれの人生が交錯するエンディングの構成は、猛吹雪の冷たい青森駅のイメージから、ほのぼのとした暖かい気持ちに切り替えさせるてくれました。
美術史の翻訳家<原柊子>は45歳、マンションに一人住まいの母<津田桐子>の横の部屋を仕事場としています。
母娘でプーケットに旅行した時、離婚して母と住んでいる15歳の帰国女子である<美海>と建築家である父親の<根岸英彦>達と知り合い、<柊子>は<英彦>と一夜限りの関係を持ちます。
日本に帰国後、友人と呼べる仲間も少ない<美海>は<桐子>の家に訪問しを繰り返してゆくなか、<柊子>のテレビ局に勤める夫<原武男>と知り合い、デートを重ねるうちに自らホテルへと誘う関係になってしまいます。
妻以外の女性と多くの関係を持つ<武男>を非難することもなく、夫以外の男性と寝ることもある<柊子>ですが、夫の女性遍歴に目をつぶる夫婦関係は理解できない世界でもどかしさが残りましたが、本作品は「第14回島清恋愛文学賞」(2007年)を受賞していますので、わたしの読み方に問題があるのかもしれません。
<井伊大老>が暗殺された江戸幕末を舞台に、15歳で元服を済ませた<水谷秀太郎>を主人公に据え、若き武士の心意気を描いた青春小説でした。
ある日<秀太郎>が通う「心厳流」の道場主<杉田格右衛門>が3人の暴漢に襲われ、瀕死の重傷を負います。
<秀太郎>と道場の先輩達とで事件の解明に臨んだ結果、敵対する「高橋道場」が剣術指南役を狙った企みであることを突き止め、相手の道場に談判に出向いていきます。
また<秀太郎>は道場主の娘<凛>に淡い恋心を抱いていますが、自分は長男で家督を継がなければならず、彼女は婿取りで道場を継がなくてはならない立場を理解しているだけに、年頃の男としての悩みも付きません。
<秀太郎>の謹慎中、母<初枝>の「自分が正しいと思ったことは損得など考えずに貫かなくてはならないということです。それができないのならば、素直に両刀を外して武士などやめてしまうべきよね」の言葉は、本書のタイトルに見事に反映されています。
鮮やかな手並みでビルに忍び込み、金庫から大金をせしめる窃盗犯の<山猫>を主人に据えたピカレスク小説です。
強盗事件で、出版社の社長<今井>が殺されますが、雑誌記者の<勝村>は、先輩でもある<今井>から生前に不審な電話を貰っていました。
殺人現場に取材に出向いた<勝村>は、そこで捜査に当たっている大学の先輩であり刑事の<霧島さくら>と5年ぶりに遭遇します。
現場には<山猫>の仕事の決まりでもあるメッセージが残されていましたが、本庁から捜査にきた<関本>警部補は<霧島>と組むことになるのですが、なぜか彼は<霧島>を冷たく無視、単独行動で捜査に当たります。
変な容疑を掛けられた<山猫>は、<勝村>を利用しながら<今井>が殺された真相に取り組み、麻薬組織と警察の癒着を暴き、さっそうと事件解決後に姿を消してしまいます。
切れ者の<山猫>を主人公として、本庁に抜擢された<霧島さくら>と<勝村>の二人の今後の関係を含め、シリーズ化されそうなエンディングでこれからの続編が楽しみです。
本職は「劇団、谷本有希子」の主宰者ですが、劇団員はいません。自らの作品に合わせて、俳優たちをプロヂュースしています。
2006年、戯曲『遷難、』で鶴屋南北戯曲賞を最年少(27歳)で受賞した経歴の持ち主です。
本書はタイトルになっている『生きているだけで、愛。』と『あの明け方の』の2編の小説が納められています。
つたない私の文章では、<男と女>の複雑な関係や心理を表すのが難しいのですが、さすが戯曲的に場面展開が早く、すさまじい女の執念を感じる一冊でした。
2004年12月、単行本 『夏の椿』 (文庫本は2008年1月刊行)でデビューした著者ですが、2009年8月26日に胃がんのために61歳で亡くなっています。
本書は、日本海に面した大船川の河口にある「水潟」を舞台として、北前船や弁財船が立ち寄る湊町の市井に生きる商人や武士を主人公とした、6篇の短篇が納められています。
天保年間の江戸時代を背景に、12歳で「水潟」に売られてきた遊女<志津>ですが、身請けされても一人の水夫を待ち続ける一途な女心が切ない『海上神火』、飢饉で奥州から逃れてきた<辰吉>と30年ぶりに分かれた兄と再会して母を偲ぶ『海羽山』、兄の敵討ちのために30年間相手を探し、絵師として路銀を稼ぎながら故郷「水潟」に戻ってきた『歳月の舟』、船による米の中継地として米相場の修羅場に生きる男たちを描いた『合百の藤次』など、どれも心打つ感動作品ばかりです。
今後著者の感性にひたれる作品が読めないとは、残念でなりません。
マドリードの「ブラド美術館」から始まりましたスペイン編は、<ゴヤ>・<ベラスケス>・<エル・グレコ>・<サルバドール・ダリ>などを巡り、最後に<ジョアン・ミロ>の本書で最終編です。
「創作は大地から生まれるものだ」と明言する<ミロ>は、故郷のタラナゴと晩年を過ごしたマヨルカ島を通して何を感じたのか、創作の根幹に触れるべく足を向けていきます。
さらに<ピカソ>や<ヘミングウェイ>との交流、スペイン内乱や大戦の惨状を経て、彼の作品が象徴化・抽象化していく過程を追い求めます。
カラー写真の風景や作品のページとともに、居ながらにしてスペインを旅する気分を味わえ、楽しめる一冊でした。
シングルマザーの<遊佐ひろ子>は、保育園児の息子<友也>と帰宅中に、ちょんまげに日本刀を腰に差した侍姿の男と遭遇します。
奇妙な言動の男は<木島安兵衛>といい、文政9(1826)年の時代から180年後の2006年の現在にタイムスリップしてきたことがわかり、警察に相談しても埒が明かないかと考え。自分のマンションに住まわせることになってしまいます。
居候の<安兵衛>は食事等の恩義を感じ、本来は女がすべき「うち向き」の掃除や料理を手伝っているうちに、ケーキ作りに芽生えプリンは<友也>の大好物となり、テレビ番組のケーキコンテストで優勝、一躍時の人となり彼は<ひろ子>のマンションンを引き払いテレビタレントとして忙しい日々を過ごすことになりますが、<友也>は父親代わり的な<安兵衛)がいなくなり落ち込んでしまいます。
結末的にどうなるかという読者の心配をよそに、突然に<安兵衛>は姿を消してしまいます。<ひろ子>・<友也>とも江戸時代に戻ったんだと納得せざるを得ないある日、偶然にはいった和菓子屋で「江戸阜凛(プリン)」なる製品を見つけ、創業者が<木島安兵衛>だと知り、江戸時代に戻って和菓子屋を創業したことがわかるという、ほのぼのとした読後感で物語は終わります。
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