今年の読書(41)『検事の信義』柚木裕子(KADOKAWA)
6月
12日
第1作目の『最後の証人』では、ヤメ検として弁護士として登場している<佐方貞人>ですが、シリーズとしては検事として『検事の本懐』・『検事の死命』に続く4作目が本書で、「裁きを望む」 ・ 「恨みを刻む」 ・ 「正義を質す」 ・ 「信義を守る」の4篇が組まれ、これらのタイトルに主人公の検事<佐方貞人>の人物像が浮かび上がる構成になっています。
「裁きを望む」は、ある住居侵入および窃盗の容疑で逮捕・起訴された若い男の論告求刑公判で、佐方が「無罪」を論告するという異例の場面で始まります。
無罪論告はきわめて珍しく、全国の裁判所で年に1、2例あるかないかです。被告人はある資産家の家に侵入し、高価な腕時計を盗んだとして起訴されていた。しかし、証拠調べが不十分で、また被告人が被害者の非嫡出子であることがわかり、スキャンダルな展開となっていました。
腕時計は事件の前に被害者から被告人に手渡されていました。警察に逮捕されたときに、そう証言すれば起訴されることはなかったと思われた。まるで起訴されることを望んでいたような被告人の思惑とは何か。このあと、遺産相続をめぐる「トリック」や地方検察庁内部での人間関係が絡み、<佐方>は厳しい判断を迫られます。
そのとき、<佐方>が考えたのは「罪はまっとうに裁かれなければならない」という当たり前のことでした。ところが被告人は別のことを考えていました。種明かしになるので、詳しく書けませんが、<佐方>はある奇手に出ます。このあたりは著者がとくに知恵を絞ったに違いありません。
かつて検事を主人公にしたリーガル・ミステリーがなかった訳ではなく、<小杉健治>の 『決断』 に登場する東京地検の<江木秀哉>なども魅力的でした。<柚月>さんはシリーズ前作の『検事の死命』(2013年9月5日)から6年経て、新たな検事像を確立させたようです。