テルアビブ空港を飛び立ったとき、朝明けを迎えてました。
エルサレムのホテルからシアトルの自宅まで、ちょうど24時間でたどりつくことができました。
晴天続きの春のようなエルサレム、初夏のような死海から、冬のシアトルに帰ってきました。
空がどんよりと灰色で冷たい雨が毎日のように降り続いています。
天候ばかりでなく、政治的な落差の違いはどうでしょう。
アラブ人とイスラエル人が混在し、イスラム教・ユダヤ教・キリスト教のるつぼである緊張のエルサレムから、平穏そのもののシアトル。
シアトルだって、地球上の各民族が混ざり合っている国際的都市です。
日本に帰られた方々の方が、この大きな落差に驚いておられるのではないでしょうか。
我が家では変わらない優しい妻の笑顔と1周大きく成長した子供達が熱く私を迎えてくれました。
地球の裏側からのこの大移動が、わずか1日で完結してしまう…すごいことです。
今回の旅行で聖地のスケッチ画を描いたデヴィット・ロバーツの本を購入しました。彼は18世紀後半、ヨーロッパから聖地まで数ヶ月を要する旅行でした。しかもペトラまでは、護衛団を雇いラクダに揺られてのキャラバン旅行。まさに命がけの巡礼でした。
凄い時代に今、私たちが生かされていることを思います。
空港内のタクシー(身障者向けの電動式カート)に乗車中。
テルアビブからシアトルまで、アムステルダムを経由します。
アムステルダムでは、乗り継ぎ時間が50分しかありませんでした。
着陸して時計を見ると、シアトル行きの搭乗時間がすでに過ぎています。
少々パニック気分。いやはや、少々どころでなくアムステルダムで1泊しなくちゃいけないかなぁなんて本気で焦りました。
ターミナルについて走り出したかったのですが、87歳の久さんを連れていては、早歩きがせいぜいです。
手を上げて、タクシーに乗ることにしました。
事情説明すると気軽に載せてくれました。
「任せてくれ。そのゲイトから来たたばかりなんだ。行くよー」と気軽なお兄さんがわずか3分間ほどでターミナル端の搭乗ゲートまで私たちを連れて行ってくれました。
歩いたらその5倍以上の時間がかかったことでしょう。
空港ターミナルにこのタクシーがあることにもっと早く気づくべきでした。
行きの中継地だったパリの空港では、久さんと15分以上歩いたように記憶しています。
帰国の当日、午前1時30分にホテルを出ました。
テルアビブ空港まで、久さんと共にタクシーで行きます。
テルアビブ空港は、世界一セキュリティー検査の厳しい空港です。
バッグをチェックインするまでのプロセスが大変です。
バッグをスキャンにかけられると金属類はもちろんですが、干しイチヂクまでも反応してしまいます。すると順番を15分ほど待ってから係員にバックを開けられて中身について質問を受けます。それでOKが出てから、やっと搭乗券を受け取るカウンターに進みますが、それまでには30分ほど並んだでしょうか。
厳重な手荷物検査の後、ようやくのことで搭乗口に着いてみると、早朝5時30分のフライトまで2時間以上ありました。 いくら厳重審査で時間を取られるといっても、この早い時間帯でしたら利用客も少なく、だいぶ余裕がありました。
そこで旅行中出来なかったブログをここで一気に書き上げることにしました。
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