《 雅羅・/・ 襍囈〝里山緑地〟❖ ’24-51❖ 》

カワズザクラ(河津桜)   バラ科(Rosaceae)
学名:Prunus x kanzakura Makino 'Kawazu-zakura'
 synonym Cerasus × lannesiana Carrière 'Kawazu-zakura'
別名:ミナミザクラ(南桜)


河津桜は、木々によって開花に幅がある。

《  “里山緑地・民家園の樹花”❖2024/02/18❖ 》
カワズザクラ(河津桜);
河津桜は、東伊豆河津川沿いに約800本、町全体で8千本が植栽されている。
原種系オオシマザクラ、 イヌザクラ 、 ウワミズザクラ 等の多くには、実がつく。
が、交配作出された園芸品種は、染色体の関係で実ができないものが多い。
大島桜と寒緋桜の自然交雑種と推定されている河津桜は、確りと実がつく。
だが、河津桜の“さくらんぼ”は、食用にはならないと言われている。
河津桜のさくらんぼ、赤を通り越し黒くなると熟すが柔らかくならない。
更に熟した河津桜のさくらんぼ、酸味が強く甘みもなく食用に適さない。
早咲きの桜で花色も清楚なピンク色、見応えある樹木の一つである。
幹は暗灰色で横長の皮目があり、葉は互生、倒卵状楕円形、葉縁に鋸歯がある。
葉は両面とも無毛で葉柄も無毛。蜜腺は葉柄の上部につく。葉より先に開花。
花期は長く花が残っているうちに葉が出てくる。花は大きく直径約3㎝位。
淡紅色で花弁の先端に切れ込みがある。萼筒は長鐘形で萼片は披針形。
サクラ(桜)の早咲き種の一つで、1月下旬~3月上旬に開花する。
 濃桃色、一重咲き、大輪の五弁花、と見応えある桜の一つである。
*      *      *
原木は河津町の飯田典延邸にあるのだが、樹の名付け方に疑義がある。
1950年頃に河津川上流で発見、移植したと伝わっているが、、?
勝木俊雄『日本の桜』には、「1950年頃に伊豆半島で見つけられた若木」、
そして「河津町の民家に移植された」と記載されている。
1974年カワヅザクラと命名し、1975年に河津町の木に指定された。
花名は、地名をもちい“カワズザクラ”と命名されたようだが、検証したか???
昨今のDNA鑑定等で、原木は下賀茂辺りで発見されたのではないかと云われる。
今、下賀茂辺りで“みなみのさくら”と銘打って桜祭りが開催されている。
こちらが、本家か!!全国的には河津桜で知られるが、私的には???
今では河津桜で通るが、南伊豆町青野川周辺が原木の場所ではないか。
紫陽花探訪の途で聞いたこともある。河津桜ではなく、下賀茂桜。
河津桜の樹木名、名称に違和感を持つ(全くの主観・私感)。
身近の民家園のそれは、河津桜の園芸種。
 
「令和陸年(皇紀2684年)2月20日、記」
 
 
 
 




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《 雅羅・/・襍囈〝天空現象〟❖ ’24-50❖ 》

オーロラのある光景。
フィンランドのイナリ。


フィンランドのロバニエミ「サンタクロース村」
トナカイの反りに乗って散策できる村、楽しい処。


《  仲間からのメールをみながら・・・!!“天空の界”を想う  》
色々な事を教え頂いている仲間から「天使の微笑み、否、お叱り」を、、!
「ダイヤモンドダスト」のブログルを見て、よこしたコメントメール。
雪や寒さの北国生活、たまには感じに来い、と。
*       *       *
フィンランドのイナリという町で、悠々自適に過ごして居る御仁。
雪降る町と言えば何処か幻想的だが、僕の初体験したイナリは過酷な・・。
訪ねた初日の天候だが、1メートル先が見えない程の吹雪であった。
数日後の一転した驚きの光景や過ごした日々。早、30年以上を持つ。
以来、幾度となく滞在させて頂いたが、最近はご無沙汰だ。
北欧の冬、“天国と地獄の間”が垣間見られ、懐かしく思い出す。
“オーロラ”自宅(湖畔の山荘)で見れるなんて驚きだった。
オーロラ現象を「太陽風」と呼ぶらしい。調べてみると・・。
太陽から地球へ向かって、風の様に押し寄せてくる電子や陽子の事が太陽風。
北極や南極上空の酸素や窒素などが原子とぶつかり、衝撃で発光してる姿。
『太陽から発するプラズマが、大気圏にぶつかった時に起こる現象』がオーロラ。
ある時、オーロラを湖畔で見たあと山荘でサウナに入った。
サウナから出た後の行動は、驚愕だった!!裏の雪野原に走り、のたうち回る??
裸の儘で体の火照りをさます。ものすごく楽しい、夢心地だった、と覚えている。

フィンランドと云えばロバニエミ(地名)という「サンタクロースの村」。
中々の面白い体験をした。サンタさんに会えるのだから!?!
 
オーロラと言えば、2023年12月1日の夜、北海道で20年振りに肉眼でオーロラが観測された。
更には、2024年には普段は見られない地域でも多くのオーロラが見られるかもしれない由。
太陽がおよそ11年周期の活動のピーク(太陽極大期)に近づいているためらしい。
そして、今回の極大期にはいつもより大きな期待が寄せられていると専門家の言。
2014年に起こった前回の極大期は、この100年間で最も弱いものだったからだ。
それ故、2024年には過去20年間で最も見事なオーロラが見られる!?!
オーロラは、地球の磁極を囲む「オーロラ帯」と呼ばれる地域で発生する。
その位置や範囲は太陽風の強さによって常に動いている。
太陽から吹き出す電荷を帯びた粒子(プラズマ)の流れを太陽風と呼ぶ由。
オーロラは太陽風と磁気圏(宇宙空間で地球磁場の影響が強く及ぶ領域)の相互作用。
太陽極大期には、オーロラ帯が広がって活発化することが頻繁に起こる。
 「より多くのエネルギーがあると、オーロラ帯は厚みを増し南へ拡大する。」
オーロラ帯は、日本では秋田県男鹿市から岩手県普代村までを横切っている由。
オーロラは、春分と秋分の時期により多く発生しやすいのだそうだ。
フィンの仲間は、心理分析研究者だが他分野の友達からの情報を知らせてくる。
文系の僕に講釈してるのだが、仲間・悪友としての付き合いは40年にも及ぶ。
先週末、写真仲間のメールにお嬢さんが此の6月にフィンランドを旅する、と。
メールを無視していたフィンの悪友メール、読んでみたらオーロラ見物のお誘い。
久し振りに出掛けてみたくなった。それにしても天候が可怪しい。
 
「令和陸年(皇紀2684年)2月19日、記」
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《 雅羅・/・ 襍囈〝未来を想う〟❖ ’24-49❖ 》

ウグイスカグラ(鶯神楽) スイカズラ科(Caprifoliaceae)
学名:Lonicera gracilipes Miq.  
別名:ウグイスノキ、honeysuckle
ウグイスカグラ(鶯神楽)の花 1。
ウグイスカグラ(鶯神楽)の花 2。

《  身近な里緑地に見る小花 “鶯神楽”  》
在来種(日本固有種)でウグイスが鳴き始める頃、花が咲く。
そんな名の由来の可愛い小花が咲いている、のを偶然見つけた。
ウグイスカグラ(鶯神楽);
日本各地に自生、主に太平洋側山野に生え、樹高2~3メートルになる。
幹は灰褐色、樹皮が縦に裂けて剥がれる。
葉は対生、倒卵形または広楕円形で長さ3~6㎝、幅2~4㎝で葉裏は緑白色。
葉や花冠などに毛がほとんどないものをウグイスカグラ var. glabra 、
毛が多いものをヤマウグイスカグラ var. gracilipes と区別する見解もある、
が中間も多くあり、区別は困難。ミヤマウグイスカグラは萼に腺毛がある。
普通3月から4月に葉腋から花柄を伸ばしラッパ状淡紅色の花を下垂させる。
枝先の葉腋に付いた花は1~2個。花冠は長さ1~2㎝の漏斗形、先が5裂し平開き。
葉や花冠の毛の量には変化がある。雄蕊5個。雌蕊1個。花柄は長さ1~2㎝。
果実は液果。液果は長さ1~1.5㎝の楕円形、6月頃に赤く熟し鳥の餌になる。
種子は長さ4~5㎜の惰円形、褐色。
*       *       *
一般的に4月頃に花を付ける鶯神楽だが、今の時期(2月下旬)にも咲く。
身近な里山緑地でも春に見られるのだが、2月11日に偶然見つけた。
急いでいたので、再確認のために今日(2/18)、出掛け観察してきた。
今日は、孫娘の1歳の誕生日。前々から思っていたことがあった!?!
誕生日記念花として(お印にあやかり)鶯神楽を孫娘のお印にしよう、と。
花言葉に「未来を見つめる」「明日への希望」とあるが故に。
爺馬鹿で、孫娘への期待も込めお守り的に〝お印〟を(身勝手)。
鎌倉にはかつて、3大緑地と呼ばれた所があった(現存してるが)。
その中の一つに“台峯”(現中央公園周辺)と呼ばれる緑地がある。
その緑地で子供達と散歩中に食べた木の実があった。
「サガリンコ」(グミの様な食感)と呼んでいた鶯神楽の実。
実の大きさのわりに種子が大きく、ほんのりとした甘さと触感がいい。
我が家の初孫娘、一緒に散歩できる日があるだろうか!?! 
“お印”等と恐れ多いことだが、孫娘の“お印”に小さな花を。
 
「令和陸年(皇紀2684年)2月18日、記」

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《 雅羅・/・ 襍囈〝天使の囁き!!〟❖ ’24-48❖ 》

白い球状の物が、ダイヤモンドダスト。
北海道・幌加内町(ほろかないちょう)の母子里の郷。
イベント会場。上二枚。
以上の4枚画像は借り物。
《  今日は、何の日!!“天使の囁き記念日”  》
「天使の囁き(てんしのささやき)」とは、
-20℃以下になると空気中の水蒸気が凍ってできる氷の結晶「ダイヤモンドダスト」の事。
1978年(昭和53年)のこの日、北海道幌加内町母子里(ほろかないちょうもしり)で、
国内最低気温のマイナス41.2℃を記録した(気象庁の公式記録の対象外で非公式)。
これに因み、同町に「天使の囁き実行委員会」が1994年(平成6年)に設立された。
記念日は「天使のささやきの日」の名称で、日本記念日協会により認定・登録された。
雪や寒さをプラスに変えて雪の神秘、北国生活の楽しさや素晴らしさを体験して貰いたいと、
1987年(昭和62年)に、この日をダイヤモンドダストの観察などを目的に、
厳冬の一夜を体験する「天使の囁きを聴く集い」を実施し始めた。
又、「最寒の地記念公園クリスタルパーク」として記念モニュメントも開催されている。
公式の日本最低気温は、1902年(明治35年)1月25日に北海道旭川市で記録された。
マイナス41.0℃、これにちなんで1月25日は「日本最低気温の日」となっている。
*       *       *
今日は、東京首都圏で雪の降る確率が高い日。 
どんよりとした今にも雪が降ってきそうな天候。
一寸、外出したが用事を済ませてそそくさと帰宅した。
底冷えって感じる。昨日は暖かっただけに尚更だ。
 
「令和陸年(皇紀2684年)2月17日、記」
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《 雅羅・/・襍囈〝今時の花〟❖ ’24-47 ❖ 》

シャコバサボテン(蝦蛄葉仙人掌) サボテン科(Cactaceae)
学名: Schlumbergera truncata (Haw.) Moran,
別名:クリスマスカクタス
スタンドライトだけの姿。
一寸、妖艶に映る。
《鉢植えの植物 “今の時期に咲くサボテン”  》
 シャコバサボテン(蝦蛄葉仙人掌);
多年生の多肉植物で、原産地はブラジルをはじめとする南アメリカ大陸。
「森林性サボテン」と呼ばれ、標高高所の樹木や岩場に着生し育つ。
自生地での茎高は30cm前後。冬に花を付ける事でクリスマスカクタスとも呼ばれる。
シャコバサボテンの特徴は、葉の形が平たく、茎の節ごとに一部が尖る。
シャコのハサミを連ねたような形。仲間にカニバサボテンがある。
シャコバサボテンの開花期は11~3月で、枝の先端に花をつける。
日が短くなるのを感じ取り花を咲かせるので短日植物(たんじつしょくぶつ)。
陽の光が、短くなると花芽をつけ、而して寒くなると華麗な花をつける。
サボテンのイメージは、「乾燥に強い」「日光によく当てる」等だが、
シャコバサボテンは湿度が高い森林に生えている植物。
平たく、やや厚みがあり縁がギザギザした葉が連なった姿。
透明感のある反り返った花の花色は、赤・白・ピンク・オレンジ・黄色・複色。
葉が連なったようにみえるのは扁平な茎で、葉状の茎節は5-6節連なる。
最高で30cmほどになった後、弓状に垂れる。個々の茎節は、艶のある暗緑色。
先端に2個、両側に2-3個の鋸歯状突起がある。刺は殆どないが、刷毛状の目立たない棘がある。
花は、左右相称で筒状に合着する(近縁種のカニバサボテンはほぼ放射相称)。
花は、茎節の都合部または茎先端に付き、苞葉があり、色は桃紅色が基本である。
シャコバサボテンは、茎節の姿が海に生息する蝦蛄に似ている事で名付けられた。
*       *       *
結婚当初に母が玄関にと鉢植えを分けてくれた。その蝦蛄葉仙人掌が生きている!?!
はっきりしないが、仏間の脇に一鉢あることは、現実。楚々たる姿がいい。
 
「令和陸年(皇紀2684年)2月16日、記」 
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《 雅羅・/・襍囈〝今時の草花〟❖ ’24-46 ❖ 》

ヒマラヤユキノシタ(ヒマラヤ雪ノ下) ユキノシタ科(Saxifragaceae)
学名: Bergenia stracheyi (Hook.f. et Thomson) Engl. 
別名:オオイワウチワ、ベルゲニア
2021年1月頃、日付不明。蕾~開花。
2021年1月下旬。屋外。
《 温室の植物 備忘録“今の時期に咲いた草花”  》
ヒマラヤユキノシタ;
分類:多年草(常緑)
原産地:南アジア(ヒマラヤ地方)
大きさ:背丈15~50cm、横幅35~60cm
大きな葉で寒い花の少ない季節に咲くピンクの花をさかせる。
太い赤紫の茎や肉厚の葉は、独特な雰囲気を醸し出す。
耐寒性の花で寒さが厳しくなると葉が赤っぽくなるようだ。
丈夫な花の様であるが、高温多湿に弱いようだ。
早春に、やさしいピンクの花を咲かせる。
革質で厚みのある楕円形の大きな葉を地面に張りつき広げる。
なんとなく風格がある。太い根茎が横に伸び樹木のようだ。
園芸種も多く花色も赤から白までと色々。春・秋と二季咲き品種もある。
 
温室で育っているせいか、開花が早い。身近な温室にて。
以前のは、屋外花壇。
 
「令和陸年(皇紀2684年)2月15日、記」 
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《 雅羅・/・襍囈〝今時の木花Ⅱ〟❖ ’24-45 ❖ 》

モクレイシ(木茘枝) ニシキギ科(Celastraceae)
学名:Microtropis japonica (Franch. et Sav.) Hallier f. 
モクレイシ(木茘枝)花芽
モクレイシ(木茘枝)花・・咲き始め。
モクレイシ(木茘枝)雄花。
モクレイシ(木茘枝)雌花。
モクレイシ(木茘枝)樹皮。
以上の画像、総て借り物。
《  備忘録“今の時期に咲く小低木の花”  》
海岸近くの林に生える常緑性小低木。本州での自生地分布は、限定的。
神奈川県西部(大磯丘陵、渋沢丘陵)、伊豆半島、伊豆諸島。
神奈川県内では高麗山(平塚市)の自生地はよく知られている。
樹皮は、なめらかで灰褐色、多く分枝して高さ数十cmに達する。
枝は木化し、著しくかたい。茎も葉も灰白色の短毛が密生する。
葉は、厚く皮質だがやわらかく対生し全縁で楕円形または卵形。
先は、鈍頭でときに微凹端。基部は、鋭尖形で葉柄に連続する。
シャモジかスプーンの様な形。又、葉の付き方は見事な十字対生。
晩秋-早春にかけ、葉腋から総状または円錐状の花序をだす。
頭花は明らかな柄をもち、筒状花からは異臭を放つ。雌雄異株。
雄木には雄花が、雌木に雌花を付け、共に3~4月に開花する。
葉脈に緑白色の小さな花をつける。花弁五枚。
雄花には雄蕊が5つで目立つ、が退化した雌蕊もある。雌花より大きい。
雌花は、雌蕊が一つ観えるだけで雄蕊は見えない。
実は蒴果。中に赤い仮種皮があり、種子が中に。ニシキギ科の特徴か。 
 
「令和陸年(皇紀2684年)2月14日、記」
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《 雅羅・/・襍囈〝今時の木花Ⅰ〟❖ ’24-44 ❖ 》

ハンノキ(榛の木) カバノキ科(Betulaceae)
学名:Alnus japonica (Thunb.) Steud.
別名:ハリノキ、ソロバンのキ
部分画像は、借り物画像。


《  “今の時期に咲く落葉高木の花”  》
水湿のある低地に、普通に生える高さ15-20mの落葉高木。
幹(樹皮)は紫褐色~暗灰褐色、不規則に細かく裂けて剥がれる。
葉は互生し、葉柄が長いのが特徴で卵形状長楕円形、鋸歯がある。
やや革質、表面は無毛で、裏面は始め毛があるが後に無毛となる。
葉脈がはっきり見え、主脈は裏面に隆起する。側脈は9~11対。
雌雄同株で、葉の出る前に、前年枝の先に2-5花の雄花がつき下垂し、
雄花の花序より基部の葉腋から1個ずつ雌花がつく、長さ3~4㎜と小さい。
開花すると黄色の葯が見え、黄色っぽくなる。
果穂は長さ1.5~2㎝の卵状惰円形。果実は長さ3~3.5㎜の堅果で翼がある。
研究者ノート(筑波実験植物園;奥山雄大)
チョウをはじめとする昆虫の幼虫の多くは、
限られた植物だけを食べて成長することができます。
アゲハチョウとミカン、モンシロチョウとキャベツの関係でおなじみですね。
水生植物区の池の周りに生育しているハンノキの若葉だけをえさにしているのは、
金緑色に輝くとびきり美しいチョウ、ミドリシジミの幼虫です。
ミドリシジミの成虫が現れるのは年に一度、初夏だけ。
7月には卵を残していなくなってしまいます。
美しい緑色のはねはオスだけが持っており、これを見せつけることでメスを呼ぶようです。
ミドリシジミはおもに朝夕に活動します。
閉園間際の時間、池の木道を注意して歩いてみて下さい。
ちょっぴり幸運なら、ちらちらと緑色を見え隠れさせて飛ぶ小さなチョウに出会えるでしょう。
*       *       * 
根に根粒菌 を持ち、肥料木とされる。
雌雄同株(しゆうどうしゅ)の雌雄異花。有名なシラカバ(白樺)に近い種。
湘南・鎌倉・三浦半島では公園の池のほとりなどに植栽されている。
名前の由来;
①水に埋もれても育つため、水田の脇に並木状に植えて稲掛け(はざ架け)梁
として使ったことから「ハリノキ(梁の木)」と呼ばれ、転化してハンノキ。
②開墾を意味する古語「墾(はり)」に由来するとする説がある。
漢字は「榛」を使うが本来これはオオハシバミのこと。
西欧のこぼれ話 「妖精の国への道」;
ヨーロッパの先住民族ケルトの神話に、ハンノキ(種は不明)がよく登場する。
4月の守護樹で、勇気・慈愛・寛容を表すとされ、
ウェールズの守護神ブランの木とされている。
ケルト民族も農耕民族であり、低地を好み、荒地を肥沃な土地に変える、
肥料木であるハンノキを大切にしたようだ。
妖精(フェアリー)を生んだケルト文化であるが、
ハンノキは妖精の国へ続く道を守る木ともされている。
このハンノキを食樹としているミドリシジミの別名がゼフィルスである。
ゼフィルスは、ギリシャ神話のゼフィロス(西風の神)を語源としていて、
そよ風、微風のニュアンスもあり、一種の妖精のイメージなのだろう。
妖精の国へ続く道に植えられたハンノキに、
妖精ゼフィルスが舞っているイメージで、
ミドリシジミの一群にその名がついたのかもしれない。
 
「令和陸年(皇紀2684年)2月13日、記」
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《 雅羅・/・襍囈〝いなり!?!〟❖ ’24-43 ❖ 》

北鎌倉・光泉のおいなりさん。
《  今日は、何の日!!“初午”  》
「初午」とは、「2月の最初の午の日」のことを言う。
この日に行われる全国各地の稲荷神社のお祭りをも指す。
お祭りでは豊作、商売繁盛、開運、家内安全を祈願する。
各地の稲荷神社で色々な祭が行われ賑をもつ。
赤い幟りが立ったり、赤飯や油揚げ、団子等が売られ、賑やか。
2月の初午の日って!! 稲荷神社の総本社の伏見稲荷大社によれば、
その昔、和銅4年(711年)の2月の最初の午の日に、
穀物の神様が稲荷山(伊奈利山)に降臨されたそうだ。
この故事から、稲荷神を祭る祭事が行われるようになったとされる。
旧暦2月の初午の日は今の3月にあたる。丁度、田畑の準備を始める時期。
豊作を願って稲荷神社に参拝する習慣ができ今日に至っている。
ちなみに、稲荷の名は稲作の「稲生り」から来たとも言われている。
午(うま)は十二支のひとつで、干支に当てはめると2月。
初めて「午」となった日が「初午」。この日は、年によって変化する。
本来、旧暦二月の最初の「初午」を指すが、今は新暦2月の初午を指す。
「初午」といえば「いなり寿司(初午いなり)」をいただく!?!
 これは、稲荷神の使いであるキツネの好物が油揚げだったことに由来。
初午の際に油揚げや、油揚げに稲荷神の恩恵ある米(酢飯)を詰めたもの。
これを奉納したことが、「いなり寿司」の始まりと言われている。
稲荷神社、いなり寿司を親しみを込め「おいなりさん」と呼ぶ様になった。
だが、いなり寿司の形が東日本では、米俵に見立てた俵型をしている。
対して西日本では、キツネの耳に見立てた三角形が主流のようだ。
東日本では「いなり寿司」、西日本では「お稲荷さん」と呼ぶとも聞く。
更には、いなり寿司以外にも、「初午」に食べる行事食があるそうだ。
「初午団子」とは、繭のような形をした白いお団子を言うとのこと。
初午には、蚕の神様を祭る行事も行われていたそうだ。
繭が沢山できることを願い繭の形に似せて作ったお団子をお供えする。
食べる際には、醤油をつけない決まりがあったと伝わってきた。
理由は、醤油をつけると繭にシミがつき不良繭になる、と忌み嫌われた由。
「しもつかれ」は、鮭の頭、鬼おろしで擦りおろした大根や人参、油揚げ、
節分の大豆などを酒粕と一緒に煮込んだもの(栃木県の郷土料理)。
初午の日に、藁を束ね作った「わらづと」にしもつかれを入れ、
赤飯と一緒に稲荷神社にそなえる風習がある。
「旗飴」、旗を巻付けた棒の先に飴をつけたもの(奈良県にある飴菓子)。
商売をしている家が稲荷神社に供え、そのおさがりをもらうために、
商売をしている家に「旗飴ちょうだい」と子ども達がまわる風習もある。
日本の伝統に、五穀豊穣を祈る風習が根底にあったと言えようか。
更には、「初午祭」では五穀豊穣だけではなく様々なご利益を祈願する姿。
群馬県太田市にある6世紀より約1500年もの間、祭祀祭礼を以ってきた神社。
「冠稲荷神社」は、源氏にゆかりが深い神社としても知られている。
冠神社の初午大祭は、山の神が神馬にのって里におりたつ訪春を祝うお祭り。
旧暦の初午に近い3月、木瓜の花の咲く頃に毎年開催されている。
ランドセルなどのお祓いをしてもらえる「初午開運安全幸福祈祷」、
「義経公・義貞公 厄除稚児行列」「細谷冠稲荷獅子舞」などが行われる由。
面白い祭礼、此の眼にも焼き付けてみたい祭礼である。
*       *       *
きつねとおいなりさん、いなり寿司の形についても云われがあって面白い。
関東の「俵形」は、五穀豊穣の神を祀(まつ)る田の神信仰に由来する。
「稲生り(いねなり)の神」とされてた事から米を入れた俵に見立てた。
関西の「三角形」は、稲荷神社総本宮・伏見稲荷大社の稲荷山の形に見立てた。
又、狐の耳の形に見立てた等々言われは諸説あるが、稲荷信仰の反映である。
 
好みのいなり寿司、北鎌倉・光泉のそれは一般の俵型を横に大きく2つ分が一つ。
もう半世紀もの間、折々に頂いている。北鎌倉には名物和菓子もある。
観光的鎌倉にあって、誇れる食文化が脈々と続いている。嬉しい限りだ。
 
「令和陸年(皇紀2684年)2月12日、記」
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《 雅羅・/・襍囈〝2月11日〟❖ ’24-42 ❖ 》

門や玄関等に日の丸国旗を掲揚したものだ。我が家も最近は・・・。

《  “「梅花節(ばいかせつ)」今日は何の日!?!”  》
*建国記念の日*
1967年(昭和42年)から実施されている国民の祝日。
この日は、以前紀元節と奉祝されたが、終戦後廃止された。
建国の日ではなく、あくまでも建国を記念する日である。
それは、紀元節のイメージを抑えるために由。
紀元節;
1873(明治6)年から1948(昭和23)年まで祝日であった。
四大節(新年・紀元節・天長節・明治節)の一つであった。
日本書紀による神武天皇即位の日・紀元前660年1月1日を指し、
新暦(グレゴリオ暦)に換算し2月11日を祝日と定めた。
当初は1月29日だったが、翌年から2月11日に変更された。
戦後、日本国憲法の精神にそぐわないとして廃止されたが、
昭和41年に「建国記念の日」として復活したのである。
1873(明治6)年11月15日、紀元前660年を元年として「皇紀○年」、
という年の数えかたが作られたが、現在ではほとんど使われない。
「建国記念の日」の意味は、〝建国をしのび、国を愛する心を養う事〟
建国記念の日(2月11日)は、明治憲法下の時代には紀元節と呼ばれた祝日。
この時期に咲く花の名をとって「梅花節(ばいかせつ)」とも呼ばれていた。
名前は変わったが、日付を見れば戦前からの祝日である事は云うまでもない。
国民の祝日に関する法律の中の「建国記念の日」 
国民の祝日に関する法律に、祝日の日付と意味が示されている。
「建国記念の日 政令で定める日(2月11日)建国をしのび、国を愛する心を養う」
この建国記念の日に関しては、「政令で定める日」となっている。
建国記念の日は、戦前は紀元節と称していた。
日本書紀によればこの日は天皇家の祖とされる神武天皇が即位した日。
その日付を新暦(グレゴリオ暦)の日付に変換したものであった。
 戦後、日本国憲法下で再び祝日が作られることになったとき、
どのような日を祝日に取り上げるべきか国民の意識調査をしている。
結果は、元日、天皇誕生日に次いで、 80%以上の支持を得た祝日。
それが建国記念日で、その日付は紀元節と同じ2月11日であった。
しかしこの祝日を当時、事実上日本を統治していたGHQが許さなかった。
GHQ は、天皇家を中心とした国家神道による大日本帝国の復活を恐れ、
神武天皇即位の日を祝った紀元節の復活的祝日を許さなかったのであった。
*       *       *
昨今、はたび【旗日】という呼び方を聞かなくなった。死語って感じだ。
 〈 国旗を掲げて祝う 〉国民の祝日の意味しているのだが、
 「祝日(しゅくじつ)/祭日(さいじつ)/祝祭日(しゅくさいじつ)/旗日(はたび)」、
みな「祝うべき日。国が定めた祝いの日」を意味する。
「旗日」とは、祝祭日の伝統的表現で家ごとに国旗を掲げて祝う日を言った。
最近、国旗を持っている家も少ないか??各家庭で国旗を掲揚する場所もない。
「旗日」という表現は、言葉としても死語になってしまった。
今や祭日はなくなり、祝日のみになっているが、祝日と祭日の違いを知っておくべきだ。
祝日とは、建国や独立など、その国の大きな出来事や記念日を国が制定した日。
1948年に施行された「国民の祝日に関する法律」で定められ今では年間16日もある。
祝日には、3種類がある。
【国民の祝日】国が定めた、仕事や学校をお休みにする日。
【振替休日】日曜や他の祝日に被った時に、代わりの休みになる日。
【国民の休日】祝日ではない休みの日、前後が祝日である平日の休み。
そして、祭日とは皇室の祭典や神社のお祭りなど、宗教儀礼を行う日。
古くは皇室祭祀令という皇室の祭祀(宮中祭祀)に関する法令があった。
ここで祭日は定められていたが、1947年に廃止。
それによって、現在では祭日はなくなってしまった。
だが名称を変え継承している祝日がある。
* 紀元節(きげんせつ)→建国記念の日。
* 春季皇霊祭(しゅんきこうれいさい)→春分の日。
* 天皇誕生日→昭和の日。
* 秋季皇霊祭(しゅうきこうれいさい)→秋分の日。
* 明治節(めいじせつ)→文化の日。
* 新嘗祭(にいなめさい)→勤労感謝の日。
【継承されず廃止になった祭日】
* 元始祭(げんしさい):1月3日。
* 新年宴会:1月5日。
* 神武天皇祭:4月3日。
* 神嘗祭(かんなめさい):10月17日。
* 大正天皇祭:12月25日。
 
以上、知識として覚えておくのも良いやに思う。

「令和陸年(皇紀2684年)2月11日、記」
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