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聖なる土曜日

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イエス様は、三日間、墓の中に、... イエス様は、三日間、墓の中に、死の中に閉じ込められていました。
今日は、ホーリーサタディ。聖なる土曜日です。

イエス様は、十字架にかかって死んで、そしてすぐに蘇ったのではありません。

三日の後に蘇られました。

死の味を経験されたのでした。

墓には巨大な石でふたがされています。

死の中には、コミュニケーションもなく、父なる神との関係も断絶していました。

人類の罪の呪いを体に一手に引き受けるとはどんな重みでしょう。

私たちも、苦しみ、もがき、どんな苦しみにしろ、
もうだめだ、と思う時があります。

また、もう負けてしまって、もうずいぶん経つことがあるかもしれません。

土曜日は、イエス様のために、弟子たちも女たちも、その十字架を目の当たりにした人たちが傷み悲しみ、喪に服したのでした。

私たちは、復活ばかりに目がいきがちで、喪に服することを忘れます。

クリスチャンであってもなくても、喪に服することは、ある意味耐え難いことであります。

それは、自分の痛みや悲しみ、苦しんだあのつらい思い出に直面し、直視ししなければ、喪に服せないからであります。

しかし、本当の希望は、その悲しみに直面するところから始まるのです。

聖なる土曜日、忘れられがちですが、

もう一度スポットライトをあてたいと思います。

悲しんだっていいんです。悲しめることは健康なことです。

悲しんだだけ希望に意味があり、希望は強くなるはずです。
そして、その希望は決してあなたを二度と悲しませることはないでしょう。

今日は、墓の中のこと。ホーリーサタディのことでした。

#イースター #教会 #日曜日 #礼拝

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Palm Sunday 棕櫚(しゅろ)の日曜日

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小さいちゃんの成長が、一番今は... 小さいちゃんの成長が、一番今は目覚ましく、面白いです。。。。こどもの育つのは、早いなーー お友達のそーーちゃん。電話をサ... お友達のそーーちゃん。電話をサンボさせています。。。。笑
木曜日の風景です
Jesus, how He is イエス様というお方

April 9, 2017 Eric

今週は、エリックがメッセージでした。ぴしっとスーツで決めてました。ネクタイは赤。。。ポイントだけ載せます。

1.Introduction 導入

2. Moses as the Type of Christ キリストの型であったモーセ

Mark 9:2-4 “And after six days Jesus taketh with him Peter, James, and John, and leadeth them up into an high mountain apart by themselves: and he was transfigured before them. And his raiment became shining, exceeding white as snow, so as no fuller on earth can white them. And there appeared unto them Elias with Moses: and they were talking with Jesus.”
Mark 9:7 “And there was a cloud that overshadowed them: and a voice came out of the cloud, saying, This is my beloved Son: hear him.” There is a strong indication from the Father himself about his Son as Messiah.
マルコ9:2-4 それから六日たって、イエスは、ペテロとヤコブとヨハネだけを連れて、高い山に導いて行かれた。そして彼らの目の前で御姿が変わった。3 その御衣は、非常に白く光り、世のさらし屋では、とてもできないほどの白さであった。4 また、エリヤがモーセとともに現れ、彼らはイエスと語り合っていた。

Deuteronomy 18:15 “The Lord thy God will raise up unto thee a Prophet from the midst of thee, of my brethren, like unto me; unto him ye shall hearken”
申命記18:15あなたの神、主は、あなたのうちから、あなたの同胞の中から、私のようなひとりの預言者をあなたのために起こされる。彼に聞き従わなければならない。


3.Triumphal Entry into Jerusalem - the Jews Couldn’t see what Jesus meant to them   イエスのエルササレム入城—ユダヤ人はイエス様が分からなかった

Mark 11:1-10
“And when they came nigh to Jerusalem, unto Bethphage and Bethany, at the Mount of Olives, he sendeth forth two of his disciples, And saith unto them, Go your way into the village over against you: and as soon as ye be entered into it, ye shall find a colt tied, whereon never man sat; loose him, and bring him. And if any man say unto you, Why do ye this? Say ye that the Lord hath need of him; and straightway he will send him hither. And they went their way, and found the colt tied by the door without in a place where two ways met; and they loose him. And certain of them that stood there said unto them, What do ye, loosing the colt? And they said unto him even as Jesus had commanded: and they let them go. And they brought the colt to Jesus, and cast their garments on him; and he sat upon him. And many spread their garments in the way: and others cut down branches off the trees and strewed them in the way. And they went before, and they that followed, cried, saying, Hosanna; Blessed is he that cometh in the name of the Lord: Blessed be the kingdom of our father David, that cometh in the name of the Lord: Hosanna in the highest.”
マルコ11:1-10
さて、彼らがエルサレム近くに来て、オリーブ山のふもとのベテパゲとベタニヤに近づいたとき、イエスはふたりの弟子を使いに出して、2 言われた。「向こうの村へ行きなさい。村に入るとすぐ、まだだれも乗ったことのない、ろばの子が、つないであるのに気がつくでしょう。それをほどいて、引いて来なさい。3 もし、『なぜそんなことをするのか』と言う人があったら、『主がお入用なのです。すぐに、またここに送り返されます』と言いなさい。」4 そこで、出かけて見てみると、表通りにある家の戸口にろばの子が一匹つないであったので、それをほどいた。5 すると、そこに立っていた何人かが言った。「ろばの子をほどいたりして、どうするのですか。」6 弟子たちが、イエスの言われたとおりを話すと、彼らは許してくれた。7 そこで、ろばの子をイエスのところへ引いて行って、自分たちの上着をその上に掛けた。イエスはそれに乗られた。8 すると、多くの人が自分たちの上着を道に敷き、またほかの人々は、木の葉を枝ごと野原から切って来て、道に敷いた。9 そして、前を行く者も、あとに従う者も、叫んでいた。「ホサナ。祝福あれ。主の御名によって来られた方に。10 祝福あれ。いま来た、われらの父ダビデの国に。ホサナ。いと高き所に。」

Zechariah 9:9
“Rejoice greatly, O daughter of Zion; shout, O daughter of Jerusalem: behold, thy King cometh unto thee: he is just, and having salvation; lowly and riding upon a donkey and upon a colt the foal of a donkey.”
ゼカリヤ9:9シオンの娘よ。大いに喜べ。エルサレムの娘よ。喜び叫べ。見よ。あなたの王があなたのところに来られる。この方は正しい方で、救いを賜り、柔和で、ろばに乗られる。それも、雌ろばの子の子ろばに。

Luke 19:39-40
“And some of the Pharisees from among the multitude said unto him, Master, rebuke thy disciples. And he answered and said unto them, I tell you that, if these should hold their peace, the stones would immediately cry out.”
ルカ19:39-40
するとパリサイ人のうちのある者たちが、群集の中から、イエスに向かって、「先生。お弟子たちをしかってください」と言った。40 イエスは答えて言われた。「わたしは、あなたがたに言います。もしこの人たちが黙れば、石が叫びます。」

4.The Moneychangers cleared from the Temple to Make way for Jesus’ redemption of Mankind イエス様の宮清め—贖いが全人類に及ぶことを示す

Mark 11:15-18
“And they come to Jerusalem: and Jesus went into the temple, and began to cast out them that sold and bought in the temple, and overthrew the tables of the moneychangers, and the seats of them that sold doves; and would not suffer that any man should carry any vessel through the temple. And he taught, saying unto them, Is it not written, My house shall be called of all nations the house of prayer? But ye have made it a den of thieves. And the scribes and chief priests heard it, and sought how they might destroy him: for they feared him, because all the people was astonished at his doctrine.”
マルコ11:15-18
それから、彼らはエルサレムに着いた。イエスは宮に入り、宮の中で売り買いしている人々を追い出し始め、両替人の台や、鳩を売る者たちの腰掛けを倒し、16 また、宮を通り抜けて器具を運ぶことをだれにもお許しにならなかった。17 そして、彼らに教えて言われた。「『わたしの家は、すべての民の祈りの家と呼ばれる』と書いてあるではありませんか。それなのに、あなたがたはそれを強盗の巣にしたのです。」18 祭司長、律法学者たちは聞いて、どのようにしてイエスを殺そうかと相談した。イエスを恐れたからである。なぜなら、群集がみなイエスの教えに驚嘆していたからである。


5.Conclusion まとめ


#イースター #教会 #日曜日 #礼拝

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十字架の前にしての祈りPrayer before the Cross

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この日曜日は、アートの日。H先... この日曜日は、アートの日。H先生が教えてくれました。
みんな、すごく素敵な作品ができました。
子供たちの創造力素晴らしい!
このまま、のびのび育ってほしいですー
この飲み物は、最近のお気に入り... この飲み物は、最近のお気に入り。
炭酸水で、砂糖が入ってないものです。
これは、パッションフルーツのフレーバーがついています。
私は、砂糖を取らないようにしています。ソーダを飲むと砂糖の取りすぎで眠れないので。。。これ、おすすめですよ。カロリーもたぶん、ゼロに近かったと思います。
2017年4月2日礼拝メッセージ音声は、


ルカ22:39-46

39 それからイエスは出て、いつものようにオリーブ山に行かれ、弟子たちも従った。40 いつもの場所に着いたとき、イエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい」と言われた。41 そしてご自分は、弟子たちから石を投げて届くほどの所に離れて、ひざまずいて、こう祈られた。42 「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」43 すると、御使いが天からイエスに現れて、イエスを力づけた。44 イエスは、苦しみもだえて、いよいよ切に祈られた。汗が血のしずくのように地に落ちた。45 イエスは祈り終わって立ち上がり、弟子たちのところに来て見ると、彼らは悲しみの果てに、眠り込んでしまっていた。46 それで、彼らに言われた。「なぜ、眠っているのか。起きて、誘惑に陥らないように祈っていなさい。」

もうすぐイースターですね。今日は、イエス様がいよいよ十字架に向かう直前、捕まる直前の様子から学んでみたいと思います。十字架は、イエス様の人生の目的であり、召命を完成するには避けて通ることができない場所でありました。そこには、苦しみと大きな恥がありました。聖書に、「各々自分の十字架をとり、それからわたしについて来なさい。」という聖句があるように、私たちもイエス様についていくならば、十字架の道を通らなければなりません。その道がどこにあるのか? と私たちは思うでしょう。先週、私は、あることで苦しみまる二晩一睡もできずに祈っていました。2日目の夜中に神様が、あなたが苦しんでいるのは恥だよ、と教えてくれました。それですべての謎が解けました。翌日、メンタリングのグループに行きました。先輩セラピストかこのように言いました。「私がどうして特別にこの分野の問題を専門にしているか分かるかい?それは、毎日自分の恥に向き合って感じなければならない、でも、それがあるからともに感じることができ、患者さんが癒されるんだ。」と。私たちは、その恥を乗り越えるなら、素晴らしい命の与えて手になれるんだと勇気をもらいました。みなさんの恥はどこにあるでしょうか? 恥は隠れて出てきませんが、そこに泉がわくことを覚えておきましょう。

★いつもの場所に-- 個人の祈りの生活

39 それからイエスは出て、いつものようにオリーブ山に行かれ、弟子たちも従った。39 Coming out, He went to the Mount of Olives, as He was accustomed, and His disciples also followed Him.

イエス様は、ご自身がもうすぐむごい死に方をする時が近づいたことを知り、いつものようにオリーブ山に祈りに行きました。さらっと書いてありますが、これは素晴らしい勧めです。私たちは、何か重大なことが起きたとき、自己が揺るがされ、自分を平常に保つことができなくなる、いわばパニック状態に陥りそうな、自分がばらばらになりそうな時があります。そんな時、イエス様のように、いつも戻れる霊の避けどころがあることは幸いです。強みです。あそこに行けば、大丈夫、あそこに行けば、励まされる。あそこに行けば、神様に会える。それが、イエス様にとっては、オリーブ山での静かな祈りの時でした。危機的な時、自分だけの確かな避けどころ。それは、日々の習慣から来ます。神様と過ごす時間、確信をいただく時間、奇跡を体験させてくださる場所。それが祈りです。神様に出会うことを求めて日々祈ることをお勧めします。

★誘惑

40 いつもの場所に着いたとき、イエスは彼らに、「誘惑に陥らないように祈っていなさい」と言われた。40 When He came to the place, He said to them, “Pray that you may not enter into temptation.”

誘惑 ビラスモス 試して本物であると確認すること
πειρασμός peirasmós, pi-ras-mos'; from G3985; a putting to proof (by experiment (of good), experience (of evil), solicitation, discipline or provocation); by implication, adversity:—temptation

誘惑に陥らないように、試されることで、負けてしまわないように。私たちは、祈るべきです。誘惑というものは、簡単なものでも、簡単に勝てるものでもないのです。難しいからこそ、試される。しかし、難しいからこそ、祈りが必要であるとイエス様は教えています。

★弟子たちも近くに -- 共同体の祈り Near His disciples – Prayer with your community

41 そしてご自分は、弟子たちから石を投げて届くほどの所に離れて、ひざまずいて、こう祈られた。41 And He was withdrawn from them about a stone’s throw, and He knelt down and prayed,

そして、その戦いは、決して一人ではないことを聖書は教えています。イエス様は、弟子たちを近くに置かれて祈られました。みなさん、一人でもがかなくてもいいのです。ロマ書15章にあったように、私たちは互いの重荷を祈りで軽くしあうのです。私たちは、集まって祈ることをやめては行けません。ぜひ、教会にきたら誰かと祈ってください。教会の外でもそうしてください。

★個人的な葛藤 A very personal struggle

イエス様は祈られました。42a「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。」“Father, if it is Your will, take this cup away from Me

イエス様は、自分の正直な葛藤を御父に現しました。救い主、神の御子”職” の葛藤ではなく、非常に個人的な葛藤です。これは、難しい。大きすぎる。無理だ。嫌だ。やりたくない。と人間の私たちの肉の言葉の代弁のようです。私たちは、神様の前に完璧な姿を保ちながら神様に祈り、近づくのではありません。ありのままでいいのです。そして、自分の本当の感情が神の前に出ないのであれば、本当の強さは来ないのです。
イエス様は、自分の心でなく、神の心がなりますように。nevertheless not My will, but Yours, be done.とすべてをゆだねるに至りました。

★御使いの励まし Angel’s encouragement

43 すると、御使いが天からイエスに現れて、イエスを力づけた。43 Then an angel appeared to Him from heaven, strengthening Him.

イエス様の祈りの中で、素晴らしいのは、天使たちが来て、イエス様を力づけたということです。これは、天的な戦いであり、霊的なことであること、祈りは神様と繋がっていることと、確証しませんか?
私たちの個人的な葛藤、感情さえ、天的なことなのです。そして、このように天使が来て、私たちを励まし、強めてくれるのです。祈りは、神様の領域、霊的な領域のものです。ぜひ、自分の祈りを小さいと思わないでください。そして、祈るなら、必ず強められることを日々確信してください。

★悲しみから眠り-- 世的悲しみは私たちの霊を眠らせる Sleeping from sorrow – the worldly sorrow makes your spirit sleep

45 イエスは祈り終わって立ち上がり、弟子たちのところに来て見ると、彼らは悲しみの果てに、眠り込んでしまっていた。46 それで、彼らに言われた。「なぜ、眠っているのか。起きて、誘惑に陥らないように祈っていなさい。」45 When He rose up from prayer, and had come to His disciples, He found them sleeping from sorrow. 46 Then He said to them, “Why do you sleep? Rise and pray, lest you enter into temptation.”

弟子たちは、これから起こることを受け入られらなかった。あまりにも恥だから。。。恥は、隠れる。そして、世的な悲しみで心を閉ざし、そして、とうとう眠りこけてしまった。

悲しみにも二通り。。。神のみこころに沿った悲しみ。世の悲しみ。

2コリント 7:10 ... 神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。10 For godly sorrow produces repentance leading to salvation, not to be regretted; but the sorrow of the world produces death.

死というのは、救いに対照的に、霊的な死を意味してます。私たちが世的な悲しみに浸ってしまえば、誘惑に負けてしまいます。私たちにとって一番危険なのは、霊が眠ってしまうことです。どんな苦しみがあっても、どんな難しい試みがあっても、霊が目覚めていれば打ち勝つことができます。

#十字架 #子供 #教会 #日曜日 #礼拝 #礼拝メッセージ

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ロマ書16章 最後の勧め Paul’s last exhortation

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日曜日、礼拝後ギターの練習をは... 日曜日、礼拝後ギターの練習をはじめました。ギターが大きすぎて手が届かなかったです。。。。子供用のギターを早く探しに行かなくっちゃ!! 木曜日、みんなで仲良くビデオを... 木曜日、みんなで仲良くビデオを見ている様子。。。。
最近のお気に入りは、アンパンマンだそうです。
この日はベジテールを見ていました。
後姿も可愛らしい。。。 後姿も可愛らしい。。。
2017年3月26日日曜日礼拝メッセージ音声は、こちら


いよいよ、ロマ書最終章となりました。パウロはローマの人たちに会いに行くつもり、そして、もしもエルサレムで何かあって自分が死ぬようなことがあってはいけないので、イエス様の福音について、よくよく分かって欲しいと、後々誰でもローマにいる人たちが読めるようにと手紙を書きました。そして、その最後、しめの挨拶である16章ですが、はじめにリーダーたちへの励ましの言葉とあいさつがあります。この時のローマには、ユダヤ人と異邦人クリスチャンの律法理解やしきたりの違いからくる議論がありました。みなさんも、今までの学びで覚えていると思います。この違った文化背景と宗教理解の人たちをまとめていくという重荷を持っている人たちに一人ひとり名前を挙げてパウロはよろしくと言っています。

★ ローマのクリスチャンリーダーたちへのあいさつと称賛 v1-15

女性リーダーたちが多いことが分かる。また、何々の家の。。。家の教会がいくつもあったとみられ、そのリーダーたちの宛てている。V2 労苦した…コピアオー(ギリシャ語)パウロが福音の働きをさしてよく使った言葉。

・フィベ…手紙を託された人。解放奴隷の自由人。貧しい人たちをよく助けたし、パウロの宣教を経済的にも支えた人。女性。
・ブリスキラとアクラPriscilla and Aquila…アクラはユダヤ人、ブリスキラはロマの貴族階級
・エパネトEpaenetus、マリヤMary、ツルパナ,ツルポサ、Tryphena and Tryphosaベルシス(ペルシャ人の女) Persis、ユリヤJulia 女たち
・アムプリアトAsyncritus、フレゴンPhlegon、ヘルメスHermes、フィロロゴPhilologus…平凡な奴隷の名前
・アペレApelles…皇室に属する名前だが、おそらく平民
・アリストプロAristobulus…アグリッパ一世の兄弟 
・ナルキソ…Narcissus裕福な自由人
・アンドロニコとユニアス Andronicus and Junia夫婦
my countrymen and my fellow prisoners
Rufus
Philologus and Julia, Nereus and his sister, and Olympas

と、名前を調べるだけでも、様々な階級やバックグラウンドの人たちがともに教会を建て上げ、神に仕えていることがよく分かります。素晴らしいことではありませんか。今や、身分やランク、何人であるかも、キリストによっては関係なく、平等であり、そして、一つにされたのです! ハレルヤ!

この名前を見るだけでも、いろいろなバッググラウンドを越えて、一つになり、互いの働きを認めあい、オナーしあい、励まし合うことの重要さを私たちに教えているのではないでしょうか。

★ 愛の勧め 

16 あなたがたは聖なる口づけをもって互いにあいさつをかわしなさい。キリストの教会はみな、あなたがたによろしくと言っています。Greet one another with a holy kiss. The churches of Christ greet you.

口づけは、友情や統治者への忠誠のしるしであった。また、礼拝に来た人が、互いの愛のしるしとして、また、神にあって同等であることのしるしとして口づけをもって挨拶をしたらしい。こう見てみると、これは、パウロが特筆するだけに、重要であったはずです。こんなにも、元奴隷の人、外人、ユダヤ人、貴族と様々な人がいるのですから。。。私たちも、互いに愛のしるしをもって挨拶しましょう。アメリカ式にハグかな? とにかく、わだかまりがあったり、愛がなければ、キスでもハグでもできません。

★ 教会への警告

17 兄弟たち。私はあなたがたに願います。あなたがたの学んだ教えにそむいて、分裂とつまづきを引き起こす人たちを警戒してください。彼らから遠ざかりなさい。18 そういう人たちは、私たちの主キリストに仕えないで、自分の欲に仕えているのです。彼らは、なめらかなことば、へつらいのことばをもって純朴な人たちの心をだましているのです。19 あなたがたの従順はすべての人に知られているので、私はあなたがたのことを喜んでいます。しかし、私は、あなたがたが善にはさとく、悪にはうとくあってほしい、と望んでいます。20 平和の神は、すみやかに、あなたがたの足でサタンを踏み砕いてくださいます。どうか、私たちの主イエスの恵みが、あなたがたとともにありますように。

① 分裂とつまづきdivisions and offenses
分裂を起こすものから遠ざかること

パウロは、分裂と分裂のもととなる躓きについて、手紙の中にも書いていたにも関わらず、さらに特に注意しています。こう読んでくるとその気持ちも分かります。キリストがここまでしてくだって、やっと一つ身体になれたのに、パウロはじめロマの指導者たちがさまざまなバッググラウンドを越えて、一生懸命つかえているのに、分裂はきついですよね。また、神様の目的は、いつも私たちが一つになることです。神様が複数で一つであるように、私たちも複数で一つとなることに召されています。

② 善にはさとく、悪にはうとくwise in what is good, and simple concerning evil

偉大な伝道者、滝元彬先生、ハイディ・ベイカー、ヘンリー・グルーバー。。。。お会いして、共通していることは、たくさんの喜び、感謝、子供のような素直な心を持っていることでした。この言葉を読むときに思い出しまた。彼らは、霊的な戦いを日々行い、祈りの人たちでも知られています。実際に会うと。。。

ハイディの例) 握手してくださいとせがむ人に、忙しい集会後ホテルに向かう前に、人が祈ってくださいと追っかけてくるような人です。彼女はくるりと即座に振り返り、「何を言うの、私はあなたをハグしたい」とハグしていた。。
滝元先生、友達牧師の開拓している教会に来てくれて、本当はいいホテルに泊まって欲しかったけど、予算がないので信徒の方の決してきれいではない家に泊まってもらった。翌朝、滝元先生は、心から感謝して、○○旅館は素晴らしかったとほめられたということ。
善にはさとく、といえばプレッシャーに感じるでしょうが、神にあって子供のように感謝し喜んでいることが善にさとくある秘訣ではないでしょうか。また、悪にはうとくも同じく、神に繋がっているならば、悪には近づけないのです。

③ あなたがたの足でサタンを踏み砕くthe God of peace will crush Satan under your feet shortly

善にさとく、悪にうとい私たちであれば、私たちの足の下にサタンは踏んずけられています。なぜなら、私たちはイエス様と一体だからです。


#キリスト教 #クリスチャン #信仰 #教会 #礼拝 #聖書

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日曜日の風景

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ゴージャスな誕生日ケーキです。... ゴージャスな誕生日ケーキです。
手作りですーーーーーー
毎月第四週は、このようにお祝いしています。
小さいちやん、かわいいちゃんの... 小さいちやん、かわいいちゃんのママの誕生祝いでした。
ママも、赤ちゃんだったんだよーー
ママ、いつもご苦労様。
中身はこーーーーんな感じです!... 中身はこーーーーんな感じです!!!

食べたい方は、ぜひ、ホライズン日本人教会にお越しください。(笑)
今日は、

私、大学院の論文が山積み。。。メッセージのアップは、後日、水曜日に。。。
あーー寝れるかな、それまで。。。

今日は、毎月恒例の、誕生日祝いがありました。

ポットラックもあるので、いつもばたばたしてしまいます。

というのも、持ち寄りランチは楽しいので、ついついお代わりしてしまって時間がなくなってしまう。。。

今月もRさん作の素晴らしいケーキ!!!

美味しかったですーーーー

今月は、かわいいちゃんたちのママの誕生日でした。

礼拝の後は、子供たちとギターの練習をしましたが、
はやり、早すぎたようで。。。
手が届きませんでした。
また、小さいサイズのギターを買ってこようと思います。

子供たちは、とても歌が上手なので、また歌声もアップできたら。。。と思っています。

乞うご期待!!!

#ブログ #教会 #日曜日 #礼拝

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最近の風景

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日曜日は、フェデラルウェイから... 日曜日は、フェデラルウェイからホームステイ中のホストファミリーに連れられて日本人学生さんが来てくれました。
若い人大好物のボーイズがいなかったから残念ねーー
近所にどうもアジア系マーケット... 近所にどうもアジア系マーケットが来るらしい!!! 嬉しい!
でも、去年から看板が出てるけど。。。。。まだみたい。
早く来てほしいなーー。
お正月とか助かるなーーー。いつも渋滞に耐えながら買い物しなくてもすむなーー。。。
宿題に頭を抱えております。量が... 宿題に頭を抱えております。量が多くて、時間が足りません。。。
頑張るしかない。とクラスメイトたちも言っております。
みなさん

お元気ですか。

今週は、インターンのケニーさんのメッセージでした。

礼拝メッセージというものは、自分が神様に取り扱われていないと語れないので、

本当に苦労することです。

気持ち、わかります。

もがき、苦しみながら、

子供を産むような経験をします。。。

苦しまずしてできないのが、礼拝メッセージです。

ケニーさんも準備でよく苦しみました。

かわいい子には旅をさせろではないですが、

見守るのも、つらい。その重荷を取り除きたいと思いまずか、

のぞいてしまっては、永遠に成長しないので、がまんがまんです。

最近、教会でギタークラスを始めました。

こちらも、指がはじめ痛いので、なかなか練習が長続きしません。

こちらも、忍耐。励まして励まして、続けてたら痛くなくなるから。。。と。。。

新しくお祈り会も始めました。

お祈りも忍耐が必要です。

こちらも、ある意味で、自分との格闘。とも言えるでしょうね。

自分の力が抜けたとき、神様の声が聞こえるような気がします。。。。

教会は、今日も生きています。

みーーーーんな、成長しています。

わくわくします。

#ブログ #教会 #日曜日 #礼拝

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ロマ書15章 One mind 思いを一つに

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沖縄からホームステイで来ている... 沖縄からホームステイで来ているお兄ちゃんと。お兄ちゃん大好物のねずみちゃんでした。。。。あーーーーしあわせ! 朝の英語の礼拝中。子供たちは、... 朝の英語の礼拝中。子供たちは、三人で音楽に合わせてくるくるまわって踊っています。こどもたちのようにならなければ、天の御国に入ることができません、と聖書にあります。。。。
子供たちを見てると幸せな気持ちになりました。。。

2017年3月12日日曜日礼拝メッセージ音声



今週で、ローマ書は15章です。みなさん、一章からの流れ、覚えていますか? まず、一章でロマ書のテーマである、1:16 「私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。」For I am not ashamed of the gospel of Christ, for it is the power of God to salvation for everyone who believes, for the Jew first and also for the Greek. からはじまりました。そして、罪について、救いについて、ユダヤ人の誇りとしてした律法や習慣について、また信仰によって義とされることについて、信仰によって誰でも義とされること、真の礼拝について、キリスト身体について、クリスチャン生活についてと続きました。そして、16章は終わりの挨拶ですから、実質15章がパウロのローマ人への最終メッセージになります。さて、パウロは、何を言うのでしょうか。一章のテーマ聖句を頭において読んでいきましょう。
★ 力のない人の弱さを担う
ロマ15:1-6  私たち力のある者は、力のない人たちの弱さをになうべきです。自分を喜ばせるべきではありません。2 私たちはひとりひとり、隣人を喜ばせ、その徳を高め、その人の益となるようにすべきです。3 キリストでさえ、ご自身を喜ばせることはなさらかったのです。むしろ、「あなたをそしる人々のそしりは、あなたの上にふりかかった」と書いてあるとおりです。4 昔書かれたものは、すべて私たちを教えるために書かれたのです。それは、聖書の与える忍耐と励ましによって、希望を持たせるためなのです。5 どうか、忍耐と励ましの神が、あなたがたを、キリスト・イエスにふさわしく、互いに同じ思いを持つようにしてくださいますように。6 それは、あなたがたが、心を一つにし、声を合わせて、私たちの主イエス・キリストの父なる神をほめたたえるためです。

 パウロは、いかに私たちが弱い位置にある者たちの助けになることが大切かと言っています。この場合の「弱さ」は、信仰によって自由に行動ができない人々をさしています。それは、最終的に、すべての人が主、イエス・キリストにあって、父なる神をほめたたえ、礼拝するためであります。そのためには、自分を喜ばせることばかりを考えるのではなく、どうすれば他者の益となることができるかと心を配る必要があります。一章を思い出しましょう。それは、キリストによって、ユダヤ人同志のことだけでも、異邦人同志のことだけでもなくなりました。すべての人が心を一つに礼拝することができるように、というパウロの願い。神様からのメッセージが込められています。

★ 宣教について

ロマ15:16-20 

それも私が、異邦人のためにキリスト・イエスの仕え人となるために、神から恵みをいただいているからです。私は神の福音をもって、祭司の務めを果たしています。それは異邦人を、聖霊によって聖なるものとされた、神に受け入れられる供え物とするためです。17 それで、神に仕えることに関して、私はキリスト・イエスにあって誇りを持っているのです。18 私は、キリストが異邦人を従順にならせるため、この私を用いて成し遂げてくださったこと以外に、何かを話そうなどとはしません。キリストは、ことばと行いにより、19 また、しるしと不思議をなす力により、さらにまた、御霊の力によって、それを成し遂げてくださいました。その結果、私はエルサレムから始めて、ずっと回ってイルリコに至るまで、キリストの福音をくまなく伝えました。20 このように、私は、他人の土台の上に建てないように、キリストの御名がまだ語られていない所に福音を宣べ伝えることを切に求めたのです。

パウロは、神様から直接に召され、異邦人に遣わされる器となりました。イエス様の救いの福音を伝えることで神と人とをつなぐ祭司の役割をしています。異邦人たちを救いに導くために、神様はパウロをいろいろなところを通して、実現させてくださいました。詳しいことは、使徒の働きを読んでみてください。たくさん細かいエピソードが書かれています。イエス様にしたがって神の働きをするパウロは、そのことばに、行いにキリストを宿しました。キリストとともに働きました。インカーネイション。また、しるしと奇跡をおこないました。使徒1:8にあるとおりに、聖霊に満たされてエルサレムからイルリコ(ギリシャの北、現・アルバニア)まで福音を伝えました。クリスチャンのいないところ、いないところへパウロは宣教していきました。

★ 宣教のために捧げること

ロマ15:26, 27 

それは、マケドニヤとアカヤでは、喜んでエルサレムの聖徒たちの中の貧しい人たちのために醵金(きょきん)することにしたからです。27 彼らは確かに喜んでそれをしたのですが、同時にまた、その人々に対してはその義務があるのです。異邦人は霊的なことでは、その人々からもらいものをしたのですが、物質的な物をもって彼らに奉仕すべきです。

エルサレムには、物資のたりない貧しい状態のクリスチャンたちがいました。また、パウロは元キリスト者迫害者であり、今は、使徒となり、今度は異邦人にイエス様を熱心に伝えているというので、あるユダヤ人指導者たちからはすこし変な目で見られているということもありました。そんな中、ギリシャ地方の異邦人クリスチャンたちは、困っているエルサレムの人たちにお金を募りパウロに託けることにしたのです。いつもなら、こういうことを献金と呼びますが、この聖書の箇所では「醵金」と書いてあります。ギリシャ語では、コイノニアという言葉がつかわれています。この言葉は、一般的には、「交わり」を指して使われる言葉です。が、交わりの証しとして捧げられる捧げものにも使われています。キリスト者の交わりというものは、ただ、ともに時間を共有するのではなく、「何かを互いに分け与え合うということ」にほかなりません。一節から六節のところで話した通り、本当の交わりがあるなら、心が一つであるなら、互いに支え合い、与えあい、そして、神をともにほめたたえることができるのです。

★ 宣教のために祈ること

ロマ15:30 

兄弟たち。私たちの主イエス・キリストによって、また、御霊の愛によって切にお願いします。私のために、私とともに力を尽くして神に祈ってください。Now I beg you, brethren, through the Lord Jesus Christ, and through the love of the Spirit, that you strive together with me in prayers to God for me,

パウロは、福音を恥としない。と一章から初めて、そして、最後に福音宣教に焦点を当てています。パウロがどんなに宣教のために未開地へ未開地へと進んでいったのか。そして、またキリスト者のネットワーク、人種を越えて結んでいく。そして、今からエルサレムに行くので、ぜひ、お祈りしてほしいとやがて会いに行きたいと願ってやまないローマ人たちにお願いしているのです。
冒頭の「弱い」もののために重荷を担う、ということは、物質的なことだけでなく、霊的なことにも及びます。パウロは、宣教のために、弱さを支えて欲しいとお願いしてます。

★ 思いを一つに

私たちの教会は、アメリカにある、日本とアメリカの文化両方、両方の言語がいるユニークな教会です。私たちは、日本とアメリカをいろろいな意味でつなぐ、ハブのような教会に思います。すでに、もう数十人の方が日本に帰国されています。つづけて彼らのために祈っていきたいと思います。ますます、互いに与えあい、支え合い、そして、祈りのあふれる教会にならせていただきたいものです。


#ロマ書 #子供 #教会 #日曜日 #礼拝 #礼拝メッセージ

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ロマ書14章 キリスト者の姿勢

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ボーイズ、僕と貴子先生のギター... ボーイズ、僕と貴子先生のギターどっちが背が高いか比べてみたい。とのこと。。。
あーーー。弟君は、ちょうど、びったし同じみたいだね。笑。。。
もうすぐ、ギタークラスできるかなーーって思っています。成長したもんだ。
木曜日の風景。女子は、今ピンク... 木曜日の風景。女子は、今ピンク色が大好きなお年頃のようです。ピンクの話しと、エルサとアナの話しをよくしております。。。。
2017年3月5日日曜日礼拝音声は、こちらからどぞ



ロマ14章 Romnas 14

★姿勢[1] 裁かない Attitude 1) Non-judgemental

1 あなたがたは信仰の弱い人を受け入れなさい。その意見をさばいてはいけません。Receive one who is weak in the faith, but not to disputes over doubtful things.

仲間か? 敵か? Us or not us?

聖書は、その人の信仰を受け入れなさいと言っているのではなく、信仰の弱い、その人を受け入れなさい、と言っています。

私たちは、自分と違うものを排斥しようとする思いにかられるあまりに、その考え方に迎合しないようにと思うばかりに、他者を交わりから締め出す傾向にある。
つばは、体の中にあっては良いもの、自分の身体の一部であって汚いとは、普段思わないが、いったん体の外にでると、汚いものとなってしまう。
調度そのように、自分の内か外か、自分の側か、味方か敵かのようになってしまう。

先の大統領選もそうだった。互いの支持者をデーモナイズしてしまう傾向にあった。トランプ支持者を見つけると、じゃ、あなたもセクシストか、レイシストかと言われてしまうので、支持者は隠れていたのだ。

キリスト教界でさえも、少しの違いだけで、相手をデーモナイズしてしまうことがある。私も聖霊派というだけで、貴子さんの教会にはいかないように、とふれられたことがあった。

これらの分裂は、すべて私たちの心の中の「裁き」から来ているのです。気を付けてください。レッテル貼りも裁きの一種です。あの人は、こういう人だから、などというものも同じです。自分の心を吟味したいものです。

そして、拒絶し、分裂をもたらすものではなく、受け入れるものでありたいものです。

パウロは、具体的な例をもってどんなことで互いを受け入れられなかったか、ということを上げています。2-3節

〇 肉食 Eating meat…当時は、肉といえば、偶像に捧げられていた。買うものとしては、どの肉が捧げられたものかがわからないので、もういっそ肉を食べないことにしていた人もいた。

日本でも、偶像、仏壇にお供えしてから、食べ物を食べる仏教的な風習があります。一度、お寺さんに夕食に招かれた時、冷や汗がでました。大きな仏像の前に備えた大量のお肉をお坊さんが持ってきたのです。けれども、「口から入るもので人を汚すものはない」と聖書に書いてあるので、食べ物を祝福し、家庭を祝福する祈りをさせていただいて、彼らも、仏式のお祈りをされて、ともに、おいしくすき焼きをいただきました。そのおかげて、今でも親しくさせてもらっています。
あの時、裁きの心から、そんなものは食べれません、と言っていたらどうなっていたでしょうか。

〇 日 A Day… また、ユダヤ人たちは、もともとの安息日の風習に従って集まっていました。が、新しいクリスチャンたちは、毎日集まってパンをさき、交わっていました。人々のあいだでは、ある日が、ほかの日よりも勝っているというような論議があったようです。

今の時代に聖書を読めば、こんなくだらないことで。。。と思うかもしれませんが、今の私たちの中にも、形を変えてそういったことがあるはずです。

★ あなたも私も、みな贖われたしもべ、主のもの You and me are redeemed servant of the Lord.

4 あなたはいったいだれなので、他人のしもべをさばくのですか。しもべが立つのも倒れるのも、その主人の心次第です。このしもべは立つのです。なぜなら、主には、彼を立たせることができるからです。Who are you to judge another’s servant? To his own master he stands or falls. Indeed, he will be made to stand, for God is able to make him stand.

7 私たちの中でだれひとりとして、自分のために生きている者はなく、また自分のために死ぬ者もありません。8 もし生きるなら、主のために生き、もし死ぬなら、主のために死ぬのです。ですから、生きるにしても、死ぬにしても、私たちは主のものです。7 For none of us lives to himself, and no one dies to himself. 8 For if we live, we live to the Lord; and if we die, we die to the Lord. Therefore, whether we live or die, we are the Lord’s.

私たちは、生きても死んでも主のものとなりました。何をするにも主のためとなったのです。ただ、裁くことだけは、間違っています。

パウロは続けて、私たちは皆、キリストに贖われた者たちだ。罪の奴隷だったところから、買い取られたものだ。だから、キリストに属するものになったと言います。大昔、日本でも、おしんの話が分かりやすいですね。借金のためにおしんが働きに行かされる、おしんは売られてはないと思いますが、うられたとしまょう。そこに、イエス様が現れて、その借金を全部おしんのつかえている主人に支払いました。そうすると、おしんはイエス様のものになります。おしんは、前の主人に属するものでなく、イエス様ものになりました。

パウロは、私たちはみんな、そのようなものだと言います。ですから、誰かを裁くことは、誰かのしもべを裁くことで、あなたの仕事ではないというのです。その人が裁かれるときは、その主人がちゃんと裁くからです。

★姿勢[2] つまづきを与えない Attitude 2) don’t stumble others

Be considerate to others. 他人への配慮

13 ですから、私たちは、もはや互いにさばき合うことのないようにしましょう。いや、それ以上に、兄弟にとって妨げになるもの、つまずきになるものを置かないように決心しなさい。13 Therefore let us not judge one another anymore, but rather resolve this, not to put a stumbling block or a cause to fall in our brother’s way.
14 主イエスにあって、私が知り、また確信していることは、それ自体で汚れているものは何一つないということです。ただ、これは汚れていると認める人にとっては、それは汚れたものなのです。15 もし、食べ物のことで、あなたの兄弟が心を痛めているなら、あなたはもはや愛によって行動しているのではありません。キリストが代わりに死んでくださったほどの人を、あなたの食べ物のことで、滅ぼさないでください。I know and am convinced by the Lord Jesus that there is nothing unclean of itself; but to him who considers anything to be unclean, to him it is unclean. 15 Yet if your brother is grieved because of your food, you are no longer walking in love. Do not destroy with your food the one for whom Christ died.

例example;

 聖書の中に、はっきりと書かれていない事柄があります。例えば、お酒やたばこなどといったことが、時々、クリスチャンになる前の方から質問を受けることがあります。パウロは、まず、他者に配慮をしてやりなさいと言っています。

例えば、お酒の中毒で苦しんで、教会に癒しを求めてきた人があって、兄弟がお酒の話ばかりし、お酒を飲みに行こうと誘うならば、その人の人生にとって躓きとなります。また、愛にねざしていないら、益とはなりません。ある人が、信仰に従ってしないことは、尊重するべきです。愛によって行動しましょう。せっかく、神様に導かれている人を、飲み食いのことでキリストから遠ざけるようなことがないように、配慮しましょう。

★ 神の国は、義と平和と聖霊の喜び The Kingdom is righteousness and peace and joy.

17 なぜなら、神の国は飲み食いのことではなく、義と平和と聖霊による喜びだからです。for the kingdom of God is not eating and drinking, but righteousness and peace and joy in the Holy Spirit.

それよりも、私たちは、義と平和と、聖霊の喜びを重視するべきです。
義は、イエス様との関係。日々、赦さているか、イエス様と関係を保っているか。平和、隣人を赦しているか。和解しているか。和解に努めているか。喜び。毎日喜びがあるか。困難を乗り越えるとき、神様に一歩一歩従うときに喜びが増し加えれます。喜びは天の報酬だからです。毎日、助け主聖霊様に頼って、喜びが増し加わっているでしょうか。このようなことにこそ、心を傾けるべきです。

★ 罪かどうかは、あなたの心の問題 Your heart will decide if that is a sin.

23 しかし、疑いを感じる人が食べるなら、罪に定められます。なぜなら、それが信仰から出ていないからです。信仰から出ていないことは、みな罪です。But he who doubts is condemned if he eats, because he does not eat from faith; for whatever is not from faith is sin.

結局のところ、聖書ではっきりと示していない事柄対しては、自分の心がそれを罪に定めているのです。もしも、これは、してはいけないけど、今日はやってしまおう。。。ということでこそこそやるなら、もうその時点でそれは、罪です。本当は、聖書によると罪ではなくても、罪です。それは、あなたの心が罪を犯す心になっているからです。ですから、信仰から出ていないものは、みな罪だとパウロが言っている通りです。

#子供 #教会 #日曜日 #礼拝 #礼拝メッセージ

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日曜日の風景

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教会員のRさんが月に一度の持ち... 教会員のRさんが月に一度の持ち寄りランチに持ってきてくれ手作りバースディケーキです。甘さ控えめで、すごくおいしいです。今回は、チョコレートイチゴショートケーキです。天国ーーー! 今月の誕生日は三名。我らがイン... 今月の誕生日は三名。我らがインターン、ケニーさん、麗しい賛美リーダー和美さん、そして、小さいちゃんです! 小さいちゃんは二歳になり、もうおしめも取れかけて、もはや小さくないです。。。 子供たちは、Hママによる、アー... 子供たちは、Hママによる、アートクラス! 上手に春の木々を描きました。私からしたら天才的なアートです。。。子供はクリエイティブだなぁーー チェリーちゃんは、顔にも斬新な... チェリーちゃんは、顔にも斬新なアート? おっしゃれー 最近、ガールズは、お母さんごっ... 最近、ガールズは、お母さんごっこがブームです。木曜日は、私が赤ちゃん役でしたが、赤ちゃんの人数が足りなかったのか、今日は、人形が一人に一体。。うんちをしたらおしめもちゃんとかえてはりました。すごいね!
今週は、たくさんいろいろなことがありました。

感謝なこともいっぱい。

教会は、生きています。

神様の愛がいっぱい溢れています。

#キリスト教 #クリスチャン #信仰 #子供たち #教会 #礼拝 #聖書

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A Called Life 主の召命のある人生

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木曜日はいつも日本人教会を助け... 木曜日はいつも日本人教会を助けてくれているケニーさんのお誕生日でした。ホライズンカレッジのクラスの中でお祝い。 木曜日のロバの子クラス。なんだ... 木曜日のロバの子クラス。なんだろう、走りまくって急に疲れる遊びだそうです。今、疲れている図。笑 日曜日の朝は、英語礼拝に出ます... 日曜日の朝は、英語礼拝に出ます。日本人は午後から。祈りの時。 日本人教会ランチタイム。小さい... 日本人教会ランチタイム。小さいちゃんは、オレオプリンを食べて、美味しいお顔を作っています。口には、白いクリームのおひげーー。食べながら、まだ、まだ。と言います。もっと食べるってことかな?
今日の日曜日は、エリックがメッセージでした。下記のものは、聖書箇所だけです。簡単なノートです。

Prov. 箴言14:12
“There is a way which seemeth right unto a man, but the end thereof are the ways of death.”人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。

I. Jonah’s Calling ヨナの召命

Jonah ヨナ書1: 1-2
“Now the word of the Lord came unto Jonah the son of Amittai, saying, Arise, go to Nineveh, that great city, and cry against it; for their wickedness is come up before me.” アミタイの子ヨナに次のような主のことばがあった。2 「立って、あの大きな町ニネベに行き、これに向かって叫べ。彼らの悪がわたしの前に上って来たからだ。」

II. Jonah’s Disobedience ヨナの不従順

Jonah ヨナ書1:8
“...tell us, we pray thee, for whose cause this evil is upon us; What is thine occupation? What is thy country? And of what people art thou?” そこで彼らはヨナに言った。「だれのせいで、このわざわいが私たちに降りかかったのか、告げてくれ。あなたの仕事はなにか。あなたはどこから来たのか。あなたの国はどこか。いったいどこの民か。」 

Jonah ヨナ書1:10
.“...what shall we do unto thee, that the sea may be calm unto us?” それで人々は非常に恐れて、彼に言った。「何でそんなことをしたのか。」人々は、彼が主の御顔を避けてのがれようとしていることを知っていた。ヨナが先に、これを彼らに告げていたからである。

Jonahヨナ書 1:12
“...take me up, and cast me forth into the sea; so shall the sea be calm unto you: for I know that for my sake this great tempest is upon you.” ヨナは彼らに言った。「私を捕らえて、海に投げ込みなさい。そうすれば、海はあなたがたのために静かになるでしょう。わかっています。この激しい暴風は、私のためにあなたがたを襲ったのです。」

Jonahヨナ書 1:14
“Wherefore they cried unto the Lord, and said, We beseech thee, O Lord, we beseech thee, let us not perish for this man’s life, and lay not upon us innocent blood:...” そこで彼らは主に願って言った。「ああ、主よ。どうか、この男のいのちのために、私たちを滅ぼさないでください。主よ。あなたはみこころにかなったことをなさるからです。」




III. Jonah’s Near Death Experience – Tribulation ヨナの臨死体験- 罪の刈り取りの患難


Jonahヨナ2:9 “...I will sacrifice unto thee with the voice of thanksgiving; I will pay that I have vowed. Salvation is of the Lord.”  しかし、私は、感謝の声をあげて、あなたにいけにえをささげ、私の誓いを果たしましょう。救いは主のものです。


IV. Jonah Obeys - Nineveh and Jonah are redeemed ヨナの従順—ニネべとヨナの命の贖い
Jonahヨナ書 3:4-5
“...Yet forty days, and Nineveh shall be overthrown. So the people of Nineveh believed God, and proclaimed a fast, and put on sackcloth, from the greatest of them even to the least of them.” ヨナはその町に入って、まず一日目の道のりを歩き回って叫び、「もう四十日もうると、ニネベは滅ぼされる」と言った。5 そこで、ニネベの人々は神を信じ、断食を呼びかけ、身分の高い者から低い者まで荒布を着た。

Jonahヨナ書 3:8-9
“...let them turn every one from his evil way, and from the violence that is in their hands. Who can tell if God will turn and repent, and turn away from his fierce anger, that we perish not?” 人も、家畜も、荒布を身にまとい、ひたすら神にお願いし、おのおの悪の道と、暴虐な行いから立ち返れ。9 もしかすると、神が思い直してあわれみ、その燃える怒りをおさめ、私たちは滅びないで済むかもしれない。」

V. My Jonah Story 私のヨナ体験

Prov. 箴言14:12
“There is a way which seemeth right unto a man, but the end thereof are the ways of death.” So my way which seemed right led to death. 人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である


“We desire to be in a perfect relationship with God and others, to be free of hurt and pain, but none of this will happen in this life on a level that will completely satisfy us. So we have to groan and wait, looking with hope toward that day when all tears will be wiped away. In that hope, we will not be disappointed.” 私たちは神と人との痛みや傷のない完璧な関係を求めます。しかし、完全に私たちが満足するレベルには生きている間では到達しないでしょう。ですから、私たちはうめき、いつか流したすべての涙がぬぐわれる日を希望をもって待ち望むのです。その希望だけは、私たちを失望させることはないのです。
False Intimacy偽の親密さ, Dr. Harry W. Schaumburg 本からの抜粋

#キリスト教 #クリスチャン #信仰 #教会 #礼拝 #聖書

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