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主の祈り

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主の祈り 天にまします我らの父... 主の祈り
天にまします我らの父よ。
願わくは御名(みな)をあがめさせたまえ。
御国(みくに)を来たらせたまえ。
みこころの天になるごとく、
地にもなさせたまえ。
我らの日用(にちよう)の糧(かて)を
今日も与えたまえ。
我らに罪を犯すものを我らが赦(ゆる)すごとく、
我らの罪をも赦したまえ。
我らを試(こころ)みにあわせず、
悪より救いいだしたまえ。
国と力と栄えとは、
限りなく汝(なんじ)のもの
2020年7月26日日曜日バイリンガル礼拝メッセージ


マタイMatthew6:5-13
5 また、祈るときには、偽善者たちのようであってはいけません。彼らは、人に見られたくて会堂や通りの四つ角に立って祈るのが好きだからです。まことに、あなたがたに告げます。彼らはすでに自分の報いを受け取っているのです。6 あなたは、祈るときには自分の奥まった部屋に入りなさい。そして、戸をしめて、隠れた所におられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れた所で見ておられるあなたの父が、あなたに報いてくださいます。7 また、祈るとき、異邦人のように同じことばを、ただくり返してはいけません。彼らはことば数が多ければ聞かれると思っているのです。8 だから、彼らのまねをしてはいけません。あなたがたの父なる神は、あなたがたがお願いする先に、あなたがたに必要なものを知っておられるからです。

9 だから、こう祈りなさい。『天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。10 御国が来ますように。みこころが天で行われるように地でも行われますように。11 私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。12 私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。13 私たちを試みに会わせないで、悪からお救いください。』〔国と力と栄えは、とこしえにあなたのものだからです。アーメン〕

ケニーさんの葬儀式に参加しました。
ケニーさんの育った教会も、お母さんも祈り深い方々でした。ケニーさんは証しをみなさんご存知の通り祈りを通して生まれました。また、天に召されても、お母さんの祈りの通りケニーさんが生きてくれたとお母さんは私たちの話を聞いて、涙されていました。
今日はお祈りの話しをします。

★お祈りとはWhat is prayer?
今日の箇所によると、祈りは、おねだりでも業でもない。私達の必要を神様が知らないので、お知らせするものでもない。また、人に見せるために、自分をよく見せるためにするものでもない。神はすでに私たちの必要を知っておられるのだ。そのうえで祈る必要があるのは、なぜでしょうか。

★祈りのひな型 The Given Prayer Template

ルカLuke11:1
さて、イエスはある所で祈っておられた。その祈りが終わると、弟子のひとりが、イエスに言った。「主よ。ヨハネが弟子たちに教えたように、私たちにも祈りを教えてください。」
One day Jesus was praying in a certain place. When he finished, one of his disciples said to him, “Lord, teach us to pray, just as John taught his disciples.”

マタイでも、祈りについてイエス様が語られ、ルカでもイエス様が祈っているのを弟子たちは見ていて、イエス様はどのように祈っているのだろう。どうも神と特別な関係があるようだ。イエス様は、人気が出ても一人でよく祈られる。しかも隠れて寂しいところで祈っている。一体何を祈ってるんだろう、と弟子たちはそばで見ておもっいてたのでしょう。

祈る時は、このように祈りなさいと言われ弟子たちに教えた祈りが主の祈りです。イエス様は、先の記述のように、同じことをお経のようにただ繰り返すのではないと言っているので、主の祈りを何回も繰り返するのが完璧な祈りではありません。イエス様は、このように祈りなさいと、祈りの型、テンプレートをくれたのです。テンプレートはそのままでは、どこにも提出できないし文書としては使えませんよね。そこから広げて行くのです。空手の型も、さんざん練習しますが、型ができてないと、実際の試合で使い物になりませんね。“In contrast with ostentatious prayer or thoughtless prayer, Jesus gives his disciples a model. But it is only a model: ‘This is how [not what] you should pray.'” (Carson)

イエス様は、この祈りの型を通して、弟子たちに、神との親しい関係、敬虔と従順、信頼と依存を教えられたのです。
Jesus then gave His disciples a model for prayer, prayer marked by close relationship, reverence, submission, and trust and dependence.

★主の祈りから学んでみましょう。What is in The Lord’s Prayer?

1. 天にいます私たちの父よ。御名があがめられますように。Our Father in heaven, hallowed be your name,
天の父よーーとイエス様は始めます。私たちすべての源である、父なる神との関係を表します。礼拝…主をあがめることからイエス様は始められます。
全てを治めている神である、父をあがめる。父の導きを認め、従う姿勢。

2. 御国が来ますように、地上に御心がなされるようにThy Kingdom come, Thy will be done on earth
…父の御心を積極的に受け入れ、招き入れ、そして、その通りにする。この地が天のようになるように、働くことに同意する。
御心がなるためには、
イエス・キリストの十字架の贖いが無ければならなかった。このような、従順と働きがあってこその御国である。
神を知らない人々のご利益信仰とは違い、天的な目的があり、その目的に祈る自分が預かっていることを認めながら祈るのである。

3. 日ごとの糧 Daily bread
イエス様は、神でありながら地上で肉の身体をとって生きられた。朽ち行く体に住むことは如何に糧に頼らなければいけないかという脆弱性を理解していた。
私達の身体は、日々食べ物を与えられなければ生きて行けない存在である。日ごとの糧は、私たちの最も必要不可欠な祈りであります。Fundamental need for our daily life starting even in mother’s womb. The form of daily bread changes as ages advances. お母さんのお乳は、ただ栄養を受け取るだけでなく、信頼や愛や、慰め、安心など、人間関係のもとになるものを含んでいますね。
それを、天の父に求めることは、私たちの霊的な成長spiritual development に必要不可欠です。

また霊においては、天からの生けるバンをいただかなければ生きられない。すなわちイエス様る。イエス様もあなた方の知らない食べ物がある問われました。天的な食べ物、使命を達成する、喜び、人生の目的など見えないが、私たちの心を満たす満たしが日々必要です。
神に食べさせていただくという、ポジション、態度、神という源を認め、自分の存在を神の養いに頼る。
今日、霊の糧を神様にいただきましたか。日々与えてください、いただきます。という姿勢で神によりたのみましょう。

4. 私たちの負いめをお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました。And forgive us our debts, as we also have forgiven our debtors.

私達の負い目を。。。負債という意味。私達も人の負債は無効にする。すなわち返さなくてもいい。すなわち、罪の裁きがない。人を裁かないということです。
私達は、罪が当たり前になることが一番怖い。麻痺してしまい、その重大さが分からなくなってしまう。また、この世に迎合するならば、それくらいみんなやっているとし、何事もなかったかのように感じる。
先日、天国に行った人の話しを聞きました。その人によると、神に対面したときに、自分がした罪について、その傷つけられた相手が感じたように全て自分の身体の中で感じたんだそうです。それは、もう辛くて辛くて大変な感覚だったそうです。
負い目をまともに感じることは、このようなことです。
私達も赦しましたから、赦してください。
赦しについて真剣に取り組むことが、祈りの目的でもある。
イエス様の最期の祈りに、「父よ彼らをお赦しください」とありますが、イエス様は本当に神の使命である和解の務めと罪の解決のためにこの地上に来られました。
罪に対して、赦しに対して軽くは見ておられず、必ず祈りの中に入れられていたのです。
私達は、天国に行ってからは、このようなことはもうできないのです。もう全てが終わるのです。天ではすべての人の涙がぬぐわれ、痛みが消えますが、和解の働きは地上にいるからできるのです。今、それに取り組むべきなのです。

5. 試みに合わせず悪より救い出したまえdeliver us from the evil one And lead us not into temptation, but 悪より救い出したまえdeliver us from the evil one

試み、神を信じるか、信じないか。いろんな状況の中で、神の支配を信じ、神の目的を信じ、神にお任せすることを良しとするか。これが私たちの信仰の戦いであり、試みです。信仰が勝つか、恐れが勝つか。
人はみな試みにあう。聖書もそう言っている。苦しみは、他者への憐れみの心を育てます。苦しんだことのない人は、他者が理解できません。また、苦しんでも、癒されてなければ、他者への思いやりは生まれません。。。
また、イエス様の例を見てみましょう。イエス様は、公生涯の始めに40日荒野で試みにあわれました。聖霊が導かれたのです。
また、イエス様は、ペテロのために誘惑に陥っても立ち直るようにとりなしておられました。
そうです、誘惑はあるのです、しかし、そこから勝利していく、あるいは立ち直っていくことがとても大切なのです。そして、試されてこそ、本物になっていくのです。
ですから、ここでは、誘惑への準備と対処をしっかりと覚えておくようにと言われているかのようです。誘惑を避けて行こう、というわけではありません。


7. 国と力と栄とは限りなく汝のものなればなり。アーメンFor the kingdom, the power, and the glory are yours now and forever. Amen

神の支配、御国の到来と、神の全てを変えられる圧倒的な力と、神に従うものによってもたらされる主の栄光は決して消し去られることはありません。
これを、宣言し、心に刻みながら祈るのです。

★祈りの実践
以上が主の祈り、私たちの祈りの型です。
これから祈りを広げていくときに、私たちは友のために、家族のために、またまだ見ぬ人たちのためにこの祈りを広げて行くのです。
イエス様の祈りは、まず父なる神の愛を知ること、また互いに愛し合うことを体験するように。。。
#礼拝 #主の祈り

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永遠への想いによって生きる

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昨日、ケニーさんのお散歩コース... 昨日、ケニーさんのお散歩コースを歩いてみました。よくこんな急な坂を歩いたんだなーと関心。。。緑がきらきらまぶしい、お天気でした。



今週は、金曜日にしかも同じ日に、カイト君たちのお父さんと、また、私たちのキリストにある兄弟、ケニーさんが天に召されまた。どちらも急で、特にケニーさんは水曜日にも一緒にアートを楽しんでいたばかりなので、ショックで、金曜日は体調が悪くなり早退したほどでした。
そして、人生について、命についていろいろと考えさせられました。本来準備していたことは違うのですが、今日は人生についてお話ししたいと思います。

伝道者の書Ecclesiastes3:1-11
1 天の下では、何事にも定まった時期があり、すべての営みには時がある。2 生まれるのに時があり、死ぬのに時がある。植えるのに時があり、植えた物を引き抜くのに時がある。3 殺すのに時があり、いやすのに時がある。くずすのに時があり、建てるのに時がある。4 泣くのに時があり、ほほえむのに時がある。嘆くのに時があり、踊るのに時がある。5 石を投げ捨てるのに時があり、石を集めるのに時がある。抱擁するのに時があり、抱擁をやめるのに時がある。6 捜すのに時があり、失うのに時がある。保つのに時があり、投げ捨てるのに時がある。7 引き裂くのに時があり、縫い合わせるのに時がある。黙っているのに時があり、話をするのに時がある。8 愛するのに時があり、憎むのに時がある。戦うのに時があり、和睦するのに時がある。9 働く者は労苦して何の益を得よう。10 私は神が人の子らに与えて労苦させる仕事を見た。11 神のなさることは、すべて時にかなって美しい。神はまた、人の心に永遠を与えられた。しかし人は、神が行われるみわざを、初めから終わりまで見きわめることができない。

★神の手にある時 When you are in God’s hand
「天の下には何事にも定まった時がある。」これは、伝道者の書一章にある,空の空、日の下ではの、日の下とは意味が違います。天の下とは、明らかに、神の御支配の下という意味であります。神の御支配にあるのですから、全てに神の詳細なご配慮と意図が込められているというのです。
この箇所を読む時に、私の心はすこし慰められた気がしました。若くして命を亡くした二人には、どんなに体が苦しかったろうと思うのです。カイト君たちのお父さんは入院していたし、ケニーさんも水曜日は休もうかと思ってたけど来たと言っていたから、身体がしんどかったのでしょう。それを思うと辛かったのです。胸が痛くなった時怖かったろうとか。。。思うと。

しかし、神の手にある、神の支配の下には全ての時に意味があるのです。

★人は楽しみと喜びのために生きているLiving for happiness and Joy?
続けて、その後にこのように書かれてあります。
V12-13 私は知った。人は生きている間に喜び楽しむほか何も良いことがないのを。13 また、人がみな、食べたり飲んだりし、すべての労苦の中にしあわせを見いだすこともまた神の賜物であることを。I know that there is nothing better for people than to be happy and to do good while they live. 13 That each of them may eat and drink, and find satisfaction in all their toil—this is the gift of God.

栄華を極め、贅沢なものはいくらでも手に入る、全てをやりつくしたソロモンがこう語ります。人は、喜びと楽しみを見出すことしか良いことがない。そして、苦労の中に幸せを見出すことが神からの贈り物であると。
今、The book of Joy – Dalai Lama and Desmond Tutu の本を読んでいます。二人の霊界の巨匠ですが、彼らは幸せとか喜びは、それ自体が目的でない。それを目的にしている人は多いけど、そうじゃない。It said “Happiness is not a goal; it is a by-product . ” 喜びや楽しみは副産物だと言います。

生きている限り、痛みは避けられないが、苦しみからは解放されえる。とダライ・ラマは言う。

★あなたの人生の目的は?What is your purpose?

ローマRomans 8:28
神を愛する人々、すなわち、神のご計画に従って召された人々のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。And we know that in all things God works for the good of those who love him, who have been called according to his purpose.

私達は自分で選んだ目的もあるでしょうが、神にあってそれを求めている中で、神に与えられた一つのメッセージを見出すものです。
ケニーさんは、人の役にたつことなら、と、よく進んで自分のできること、得意なことを通して人を助けました。ケニーさんには、能力がすごくありましたが、お金に執着がありませんでした。それよりも、神様を探求することに興味があって、ホライズンカレッジが終わっても、まだマスターをやりました。勧められた本は、すぐ買って読みました。
ケニーさんがいつも、日本人教会でシェアしたメッセージは、父なる神の愛、無条件の愛、憐れみと恵みでした。それは、自分の生い立ちでは経験しなかったものですが、それだからこそ、それを探求し、いつもそこに興味を持ち、それを人に伝えました。

そして、今、まさに、追い求めてきた、優しい父の腕の中に帰りました。
なんという喜びを今感じているでしょうか。

★天国では隠されているものがなく神と顔を合わせるThere are no more hidden mystery in Heaven
黙示録Revelations 21:3-4
そのとき私は、御座から出る大きな声がこう言うのを聞いた。「見よ。神の幕屋が人とともにある。神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。また、神ご自身が彼らとともにおられて、4 彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。なぜなら、以前のものが、もはや過ぎ去ったからである。」And I heard a loud voice from the throne saying, “Look! God’s dwelling place is now among the people, and he will dwell with them. They will be his people, and God himself will be with them and be their God. 4 ‘He will wipe every tear from their eyes. There will be no more death’[b] or mourning or crying or pain, for the old order of things has passed away.”

天国では、地上で煩っていたことがなんでもなくなるそうです。第一、そんな苦しみを全て理解してくれるイエス様自らが涙を拭いてくれるのです。もはや、天国では、敵対心もなく、苦い思いもなく、恨みつらみも、苦しみもなく、痛みもない、病気もないのです。地上の過ぎ去ったことは、本当に過ぎ去ったこととなるのです。また、今までぼんやりして見えたものがはっきりと見え、神のミステリーについて理解ができるのです。ハレルヤ。

★イエス様に見る時を超えて生きる生き方Like Jesus, live beyond “time”

伝道者のテーマは、人生における価値の探求 / 不死の確かな希望がなければ地上の生活はむなしい、であり、伝道者の書を読み解く鍵は、「永遠」です。
◎「喜び」と永遠との関連性 Relation between Joy and Eternity
ヘブルHebrews 12:2
イエスは、ご自分の前に置かれた喜びのゆえに、はずかしめをものともせずに十字架を忍び、神の御座の右に着座されました。looking to Jesus, the founder and perfecter of our faith, who for the joy that was set before him endured the cross, despising the shame, and is seated at the right hand of the throne of God.

この御言葉が何を語っているでしょうか。
①永遠が存在する。…地上の命が全てではない。十字架の死の向こうの世界がある。ということ。
②喜びという報酬がある。… イエス様の報酬は、喜びでした。地位でも、名声でも富でも、幸せでもなかった。人間が一生懸命得ようとするような報酬ではなかった。

★まとめSummary
刹那的な生き方ではなく、永遠なる方を求め続ける生き方、永遠なる方、時を治めている方と繋がって生きる生き方をしましょう。
今の苦しみは、悪いことではない。もがきや葛藤も、神の目的の中を歩む時に、副産物として喜びや幸せがついてくるのです。

神のうちにあゆみましょう。
#礼拝 #永遠

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人生の方向転換--悔い改め Turnaround – repentance

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人生の方向転換--悔い改め T...
2020年7月5日日曜日礼拝メッセージ


昨日は、アメリカ独立記念日でしたね。アメリカではたいへんなお祝いの日です。私達日本人は移民ですから、また違った感覚を持ちます。アメリカに来て変わったこと、人生観、世界観、クリスチャンとしての生き方、自分の人生を振り返っても、アメリカに来て変えられたことがたくさんあります。そんなことを考える中で、人生の軌道修正、方向転換について思いを巡られる一週間でありました。私も、一連の人種差別の問題のニュースを聞きながら、またシェルターでフォースオブジュライにちなんでチャペルで話さなければ行けなかったりと、考えることが多かったです。

ロマRomans 12:1,2
そういうわけですから、兄弟たち。私は、神のあわれみのゆえに、あなたがたにお願いします。あなたがたのからだを、神に受け入れられる、聖い、生きた供え物としてささげなさい。それこそ、あなたがたの霊的な礼拝です。2 この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。I beseech you therefore, brethren, by the mercies of God, that you present your bodies a living sacrifice, holy, acceptable to God, which is your reasonable service. 2 And do not be conformed to this world, but be transformed by the renewing of your mind, that you may prove what is that good and acceptable and perfect will of God.

★ボーンアゲイン Born Again

〇生きた供え物となったあなた You as living sacrifice
キリストを信じて私たちは、新しく生まれます。キリストが私たちの罪の身代わりとなって死んでくださったゆえに、信じる私たちは死から解放され、永遠の命に預かります。永遠の命に授かった私たちは。生きていて、神に受け入れられる、生きた供え物、すなわち、生きていること自体が、神に捧げられる礼拝となりました。

★世にありながら礼拝する Worshipping on the earth

ですから、私たちの生き方自体が変わったのです。そうです。アダムとエバが初めに持っていた神様との関係、いえ、それ以上のものです。だって、今や、イエス様が私のうちに住んでいらっしゃるのですから。
しかし、罪があったら。。。。すなわち、この世と調子を合わせていては、自分の内にある霊と反目してしまいます。

★聖書がいう罪とは “Sin” in Bible

罪と言えば、クライム、違法行為であることから、良心に相いれないことまで、いろんなコンセプトを思い浮かべると思います。
聖書では、ギリシャ語の言葉で、罪は、ハマルティア「的外れ」と表現されています。的を得てない事ですね。なんの的かというと、神様のお心です。神様の心とアラインしてないものは、罪なのです。へブル語では、ハーターといいます。両方とも、悪事を働くこと、というより、神のお心に沿わなかったことです。
それは、アダムとイブが神様との約束を守らなかった。神様のお心の内からそれたことを思ってくださればよく分かると思います。

★何度でも方向転換できる Life can be turnaround multiple times

ローマRomans 12:2
この世と調子を合わせてはいけません。いや、むしろ、神のみこころは何か、すなわち、何が良いことで、神に受け入れられ、完全であるのかをわきまえ知るために、心の一新によって自分を変えなさい。 2 And do not be conformed to this world, but be transformed by the renewing of your mind, that you may prove what is that good and acceptable and perfect will of God.

◎ この世と調子を合わせてはいけません Do not be conformed to this world
この意味は、現代的な文化的なことをしてはいけないということではありません。テレビを持つなとも、車を持つなということでもないです。to conform one's self (i.e. one's mind and character) to another's pattern.
この世の考え方、性質、心の問題ですね、心の中が感化されないようにと注意をしています。

よく、この世のやり方を教会に持ち込もうとすることがありますが、よく吟味する必要があります。この世は、マモン、富を中心化に物事を考えています。マモンが中心になると、分裂もあり、憎みあうことも出てきます。しかし、教会は、愛を中心としてします。愛ゆえに、受けとり、愛ゆえにあげる。そんな世界観です。

私たちが、世の影響を受けるのではなく、世に影響を与えるものとなっています。

◎ 何が良いことで、神の御心かwhat is that good and acceptable and perfect will of God

私たちは、以前神様をよろこばせるために、何をしたらいいか、良かれと思いすることがことごとく裏目にでるようなことがある。自己義というものが邪魔をしているという話をしましたね。
私たちの生まれながらの肉の人には、神様の御心は理解できないのです。
そこで、肉に従えば、世の方が理解しやすので、世に流され、世に心を売ってしまうようになるのです。ですから、パウロは、続いてこういっています。

★ 人は失敗によって成長する People grow the most through failures.

◎ 心の一新によって自分を変えなさい Renewing mind
Renewing your mindと、英語では書かれています。ギリシャ語で、ä-nä-ki'-no-ses アナカイノーシスa renewal, renovation, complete change for the better

私たちは、考えが変わったことがあるでしょうか? 皆さん、いろいろな経験があると思います。一番変わったのは、もちろん、イエス様に出会ったときでしょう。救われた時、ものの見方が変わり、世の中にあるものがすべてキラキラして見えたものでした。
一番私たちの考えを変える瞬間というのは、自分が間違っていたと気が付いた時ではないでしょうか。そして、大反省して、二度と同じ間違いはしない、と心に誓うようなとき。。。
そういうことがあれば、行動も違ってきますよね。
考えが一新したのです。
そうです、今の自分のやり方に失望して、自分に頼るのではなくて、神様に頼って神様に帰る時に、考えが変わるのです。

もし、今、自分は失敗したのかもしれない、理由は分からなくてもなんだか行きずまっていると思うなら、安心してください。まだ道はあります。また行く場所があります。

★ 聖書の悔い改めとは Repentance in Bible

「悔い改め」が、私たちの考えを一新します。
悔い改めとは、激しい反省ではない。自分を責め立てることでもない。聖書の悔い改め、へブル語ではシューブであり、「方向転換」を意味する言葉です。帰る、返る、引き返す、戻す、回復する、立ち帰る、という意味です。放蕩息子がちょうど、父のもとに帰ることに決めた。あれです。この言葉には、反省する、悔いるなどという意味はないのですが、ご存知の通り、放蕩息子が優しい父に面するためには、反省が伴いました。また、後悔の念、悲しみが伴いました。
これは、自然なことです。

心の一新をするならば、神とまた心ひとつとなり、生きた供え物としていれる。
心の一新とは、世ではなく、神に帰ることです。
神に帰る道には、悲しみも伴いますが、それは、成長をもたらす悲しみです。

2コリントCorinthians 7:9-11

9 今は喜んでいます。あなたがたが悲しんだからではなく、あなたがたが悲しんで悔い改めたからです。あなたがたは神のみこころに添って悲しんだので、私たちのために何の害も受けなかったのです。
10 神のみこころに添った悲しみは、悔いのない、救いに至る悔い改めを生じさせますが、世の悲しみは死をもたらします。
11 ご覧なさい。神のみこころに添ったその悲しみが、あなたがたのうちに、どれほどの熱心を起こさせたことでしょう。また、弁明、憤り、恐れ、慕う心、熱意を起こさせ、処罰を断行させたことでしょう。あの問題について、あなたがたは、自分たちがすべての点で潔白であることを証明したのです。

★チャレンジ Challenge of this week

今週、神様と心を一つになることを求めて行きましょう。
そのために、悲しむことがあっても、それを感謝しましょう。
あなたは、成長しているのです。
ますます霊の目が開かれているのです。
#礼拝 #悔い改め

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水の上を歩くWalking on the Water

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水の上を歩くWalking o...

2020年6月28日日曜日バイリンガル礼拝メッセージ


マタイMatt. 14:22-33
それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗り込ませて、自分より先に向こう岸へ行かせ、その間に群集を帰してしまわれた。23 群集を帰したあとで、祈るために、ひとりで山に登られた。夕方になったが、まだそこに、ひとりでおられた。24 しかし、舟は、陸からもう何キロメートルも離れていたが、風が向かい風なので、波に悩まされていた。25 すると、夜中の三時ごろ、イエスは湖の上を歩いて、彼らのところに行かれた。26 弟子たちは、イエスが湖の上を歩いておられるのを見て、「あれは幽霊だ」と言って、おびえてしまい、恐ろしさのあまり、叫び声を上げた。27 しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ、恐れることはない」と言われた。28 すると、ペテロが答えて言った。「主よ。もし、あなたでしたら、私に、水の上を歩いてここまで来い、とお命じになってください。」29 イエスは「来なさい」と言われた。そこで、ペテロは舟から出て、水の上を歩いてイエスのほうに行った。30 ところが、風を見て、こわくなり、沈みかけたので叫び出し、「主よ、助けてください」と言った。31 そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」32 そして、ふたりが舟に乗り移ると、風がやんだ。33 そこで、舟の中にいた者たちは、イエスを拝んで「確かにあなたは神の子です」と言った。

★神のやり方、人のやり方 God’s Way & Man’s Way

イエス様は、大きな奇跡をなされた後、人々が自分を自分たちのために利用して担ぎあげて、人間的なメシアに仕立て上げようとするのを見て、ひとり寂しいところに祈りに行かれました。イエス様には、政治的なことを変える力ももちろんありますし、様々な能力もあり、人々を奇跡を通して自分の方向に扇動し続けることだってお出来になりましたが、その人気を捨てて、一人祈り、十字架の業、みじめな方向、神様のやり方に集中されることを選ばれました。

(神の国に集中するならば、一人のリーダーを持ち上げるべきではない。もし、持ち上げるならば間違ってしまう。。。。)
“人”すなわち、神に用いられている人、器、に焦点が当てられてた結果、イエス様は神のもとに身を避けた。

★舟の中 In the Boat

一方弟子たちは、しいて舟に乗らされ、自分たちだけで向こう岸に行くことになりました。
弟子たちは、どんな気持ちだったのでしょうか。見たこともない群衆が自分たちの先生に会いに、五千人以上も集まって、そして、あんなにすごい奇跡を見て興奮冷めやらなかったに違いありません。また、このすごい先生の側近であることに誇り高く、鼻高々であったことでしょう。ダビデもそうでしたが、勝利を経験した後は、気持ちが高揚するし、自己過信をするものです。もっとも、弟子たちの場合は、自分がしたことではなく、自分の先生がしたことでしたが。。。

★嵐 Storm

そんな中、逆風のため、普段は楽々進んで行けるところを、こぎあぐねていました。ペテロのように元漁師たちも弟子の中にはいました。しかし、どうもできなかったのです。

これは、本当に皮肉でもありますが、神の憐れみによるお計らいのように感じます。
私達も、このようなことを経験することがあります。
人生の中で、神を信じているし、神にも用いられて、祝福の道を歩んでいるように感じるが、一方で、こぎあぐねているような時。私たちは、いち早く、それを悪魔のせいにしたりしやすいものですし、周りの人のせいにしやすいものです。

神に完全に服従して、神の御働きをしたイエス様の業を見て、その側近であることで紅葉し、高慢になり、自分たちに焦点が当たっていた弟子たちは、慣れた水の上でこぎあぐねていたのです。

★私だ I am. エゴー・エイミEgo eimi

In the fourth watch of the night: This was somewhere between 3 a.m. and 6 a.m.
そんな中、人影が見えました。弟子たちは、幽霊だと思って恐れました。
これが、先ほど言ったように、彼らがいかに、自分の力に頼り、自己過信し、高慢であったかを示しているのではないでしょうか。
恐れは信仰の反対。ですが、信仰と同じ力を持つています。
自分の力によりたのんでいると、恐れが伴います。というのは。自分の力には限界があるからです。

すると、声が聞こえました。
V27 しかし、イエスはすぐに彼らに話しかけ、「しっかりしなさい。わたしだ、恐れることはない」と言われた。But Jesus immediately said to them: “Take courage! It is I. Don’t be afraid.”

モーセが、召された時に、私は何者でしょう。。。人々が神について聞いてきたら、なんと答えましょう?というと、神様はご自分のことを、「I am」と答えられました。
説明する必要のない、有って在る方、それが神。全ての力、権威を持ち、全てを成し、治めることのできる方。ご自分自身で。です。

弟子たちは、自分たち、また器、人としてのイエス様に頼っている時、行き詰まりました。が、イエス様が嵐の中で現れ、エゴー・エイミと言われました。

★お言葉をください Give me your Word!

ペテロは、プロフェットギフトでもあり、すぐにデザインを見抜き、行動が早い者で、イエス様に即お願いします。もしあなたでしたら、私に命じてください。と。
ペテロが理解していたのは、
イエス様が自分の力の源であること。
イエス様に頼るなら、どんなことでもできること。
しかし、それには、主である、イエス様の御心が無ければならないこと。
それで、み言葉をお願いしたのです。
イエス様は、ゴーサインを与えました。来なさい。と言われます。

するとどうでしょうか。ペテロは水の上をイエス様のように歩いたのです。

★恐れ Fear

そして、ペテロは波を見て、恐れた瞬間に沈み始めました。
V30,31「主よ、助けてください」と言った。31 そこで、イエスはすぐに手を伸ばして、彼をつかんで言われた。「信仰の薄い人だな。なぜ疑うのか。」, “Lord, save me!”31 Immediately Jesus reached out his hand and caught him. “You of little faith,” he said, “why did you doubt?”

ペテロがイエス様だけを見ていた時は、沈みませんでした。しかし、波を見た途端沈み始めました。イエス様は、それを見て信仰が薄いと言われました。
すなわち、私たちの信仰というのは、イエス様に焦点を合わせることに終始するということです。
イエス様意外に焦点をすえるならば、私たちは、恐れの中に落ちます。なぜなら、私たちは瞬時に自分の力に頼ろうとしてしまうからです。

★今日のメッセージ Message for you

イエス様がご自身で模範を示されていますように、
人々が、奇跡のできる人間イエス・キリストに注目を集める時に、イエス様は、父なる神様と父なる神の目的、十字架のみじめな死を遂げることに集中しました。
ペテロは、エゴー・エイミなる、有って在られる、全ての力の源である神、イエス様に焦点を合わせる時に、水の上さえ歩くことが出来たのです。
しかし、波を見、自分の力に集中すると沈みました。

あなたの目は、どこに向いていますか。すなわち、あなたの信仰はどこに向いていますか。自分の能力、または能力の足りなさですか?
それとも、神の下さった計画でしょうか。神の下さった目的でしょうか。
それとも、あなたを賞賛する人でしょうか。あなたを攻撃する人でしょうか。
あなたを水の上を歩かせてくださることのできる神でしょうか。それとも、嵐でしょうか。

今日、あなたの存在の目的がはっきりと示されますように。
また、あなたの目が神のみに向けられますように。。。

#礼拝 #水の上を歩く

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イエス様のアプローチ

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聖書の中の有名な場面。イエス様... 聖書の中の有名な場面。イエス様が井戸のそばで、サマリヤの女に、水を求められる場面です。さて、どんな内容なんでしょうかー?

2020年6月21日日曜日バイリンガル礼拝メッセージ


ヨハネJohn 4: 3-10

主はユダヤを去って、またガリラヤへ行かれた。4 しかし、サマリヤを通って行かなければならなかった。5 それで主は、ヤコブがその子ヨセフに与えた地所に近いスカルというサマリヤの町に来られた。6 そこにはヤコブの井戸があった。イエスは旅の疲れで、井戸のかたわらに腰をおろしておられた。時は第六時ごろであった。7 ひとりのサマリヤの女が水をくみに来た。イエスは「わたしに水を飲ませてください」と言われた。8 弟子たちは食物を買いに、町へ出かけていた。9 そこで、そのサマリヤの女は言った。「あなたはユダヤ人なのに、どうしてサマリヤの女の私に、飲み水をお求めになるのですか。」―ユダヤ人はサマリヤ人とつきあいをしなかったからである。―10 イエスは答えて言われた。「もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれという者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人を求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう。」

★バウンダリーを越える Go outside your boundary

V4 サマリヤを通って行かなければならなかった。He had to go through Samaria

ユダヤからがりややに行くには、普段は、サマリヤを通らずに、ヨルダン川の東の道を通るのが当たり前でした。しかし、今回は、サマリヤを通っていかなければならなかったとあります。サマリヤに行くことは、ユダヤ人にとっては特別な事なのです。また、決して安全なことではありませんでした。なぜなら、ユダヤ人とサマリヤ人は犬猿の中でしたから。襲われたり、嫌な言葉をかけられる可能性があります。
そうです、イエス様は、そんなリスクを冒してまでこのサマリヤの女に会うためにサマリヤに行かれたのです。
私達は、誰かに出会うためには、待っているのではなく、こちらから出かけて行くのです。マタイの28章にあるように、出て行って全世界に福音を宣べ伝えよという大宣教命令というみ言葉がありますが、伝える人が出て行くのです。伝える人は待っていないのです。
伝える人は、何がしらの障壁を越えなければならないのです。
イエス様は、ユダヤ人は通らない、サマリヤにわざわざ出かけていく、ということをされました。
私達は、不思議に思うのです、イエス様は、神でありますし、王の王です。私たちの方から出向くのなら分かりますが、イエス様は、ご自分からこの世に下ってきてくださいました。
また私を見つけに、探してくれました。
あなたも、誰かに見つけられたのではないでしょうか?
たまにはいらっしゃいますが、ほとんどの人は、生まれてからイエス様、イエス様とイエス様を探してきたというよりも、イエス様を知っている誰かに見つけられたのではないでしょうか。ある人は、断食の祈りを通して、ある人は、何年もかけて世話をしてくれたり、ある人は遠い外国から私を捜しに来てくれました。さまざまな犠牲を払って私は見つけられました。

★弱さを通して ---- 水を一杯くれませんか。V7 Through humanly weakness—give me water

そんなイエス様は、お昼頃、井戸のそばに座っていました。きっとお疲れだったことでしょう。
すると、サマリヤの女が水を汲みに来ました。すると、またまた、イエス様、普通だったらしないことをされました。

1. ユダヤ人がサマリヤ人に話しかける A Jew speaks to a Samaritan
2. 男が女に話しかける A Male talks to a female in person
3. 第六時に水を汲みに来るようないわくつきの女に話しかける Have a conversation with an immoral woman.

◎弱さ/個人的な必要を通して Vulnerability
 4. 水をくれませんか

  「安全な人」、聖書の教えと心理学の視点から書かれた本に、安全な人とは、私達をいつも世話をされるべき人であると、自分の下に置き、私たちに何も貢献させない人ではなく、私達にも、持ち場を与えてくれる人であるとあります。
イエス様は、この箇所に書いてあるように、お疲れでした。時間は、真昼。暑かったに違いありません。奇跡もできるお方ですが、汲むものが無くても、水だって汲める能力のある方です、がそうされません。いつもイエス様の奇跡は、父なる神の栄光を表すためでありました。自分の私利私欲のためにはその能力は用いられませんでした。
イエス様は、むしろ、奇跡を起こす能力ではなく、弱さを伝道に用いられました。
自分の肉体の弱さ、渇き、必要を女性にうったえたのです。
イエス様は、私たち人間の弱さにまで自分の目線を下げて、合わせて話して下さった。

◎人と人との繋がりができた Connection made ヨハネJohn 4: 10-19

◇ 女性は渇いていました。身も心もからから。A woman was thirsty in her soul and spirit.

◇ 10 イエスは答えて言われた。「もしあなたが神の賜物を知り、また、あなたに水を飲ませてくれという者がだれであるかを知っていたなら、あなたのほうでその人を求めたことでしょう。そしてその人はあなたに生ける水を与えたことでしょう。」Jesus answered and said to her, “If you knew the gift of God, and who it is who says to you, ‘Give Me a drink,’ you would have asked Him, and He would have given you living water.” 

◇ イエス様は、実は、女性の渇きに共感していらっしゃったのではないでしょうか。
水の話しをするうちに、この女性の心に希望が生まれてきました。希望は、まさに、先のことを望むことです。その水が欲しい、という希望が出てきました。

-- まるで、このようにも読み取れます。私ものど、肉体が今が渇いています。あなたも魂が渇いていますね、あなたがくめる水をください。私は、私しかくめない命の水をあげられます。

◎その水を私にください。Give me this water!
この女性は、その後救われ、サマリヤの町にリバイバルを起こす伝道者となりました。ユダヤ人が通ることのない町、ユダヤ人が関わることのない民族が住む町にリバイバルが起きたのです。なんという奇跡でしょうか。

★まとめ
あなたは、自分の弱さを知っていますか?
あなたは、自分の必要が何であるか分かっていますか? 自分の必要を知っているということは、大きな成長を産みます。
あなたの、弱さは、もしかしたら、神様が用いられるとき、強さよりも力があるのかもしれません。。。。
私達も周りに、お世話をするべき人や、イエス様のことを伝えたい人がいると思います。イエス様の言葉は、上から目線で、こうするのですと教えるよりも、むしろ、下から、自分の弱さからアプローチした方が伝わるのかもしれません。

◎互いに影響を受ける Influence each other
私達は互いに影響を受け合って、あげたり受けたりして、人間関係ができます。そして、その中でイエス様が伝わっていくのです。

◎宣教師を思い出す Missionaries
宣教師たちの働きは、本当に弱さを通してです。なぜ、言葉もたどたどしい人たちが神に大きく用いられるのでしょうか。宣教師たちは、現地の人たちの助けなしでは生きて行けません。彼らが文化を教えてくれたり、食べ物のレシピ、病気の対処の仕方、様々なことを宣教師たちに教えてくれて、宣教師たちはイエス様の愛をその人となりと、生活ぶりを通して伝えます。
言葉や文化が違うから伝わりにくいことも多いですが、不思議に伝わり神の働きが進んでいくのです。そのようにして、日本にもイエス様のメッセージが届いたのです。
今週、弱さを恐れずに、むしろそれをさらけ出して、人と接していきましょう。あなたを通して、神の愛が伝わるはずです。
#礼拝 #サマリヤの女

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あなたの靴私の靴

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あなたの靴私の靴

2020年6月14日日曜日バイリンガル礼拝メッセージ

今週も続けて、シアトルが世界のニュースの話題に上っていました。職場のミーティング中にも友達の携帯にシアトルどうなってるの?大丈夫ですか?などとテキストが他州から入るほどでした。今日も、アメリカで考えさせられる人種問題などを心にとめてお話ししたいと思います。私の職場の友達のお友達が次のような詩を書いて感動した、とシェアしてくれました。その詩がとても心に響いたのでまず、紹介したいと思います。目を閉じてお聞きください。

Your Shoes My Shoes

Today I strolled a trail in my own shoes. As I walked, I stopped and saw your shoes laying on the pebbles. I thought about your shoes and where they have traveled. I tried to wiggle them on and saunter in your shoes. They were not a sauntering type of shoes and my feet began to ache. The ache shot straight up to my heart. As much as I tried to be snug in your shoes they just were not conforming to my foot. Up ahead I saw you sitting by the brook barefooted. Your feet dangled in the bubbling water. Hey, I found your shoes I shouted, and I tried to wear them. You quietly smiled. Thanks, you affirmed, I just needed to go without my shoes for a while and must have dropped them. Hey, I said, would you like to try my shoes on for a while? We tried so hard to walk in each other’s shoes. We laughed as we stumbled, we cried with the blisters and we struggled with the pain. I think, you concluded, it won’t work, but we can walk the same path together and talk about where our shoes have been. We quietly positioned our own shoes back on while each appreciating the other’s shoes. And we walked the pathway together and many times the trail proved difficult but we kept on.
By Kim McKinney 2020

あなたの靴わたしの靴

今日私は自分の靴でトレイルを散歩しました。私が歩いていると、ふと、あなたの靴が小石の上に横たわっているのを見て、立ち止まりました。私はあなたの靴について、また靴が今までどんなところを旅していたかについて考えました。私はそれらを小刻みに動かしてなんとか履いて、あなたの靴で歩き回ろうとしました。のんびり歩き回れるタイプの靴ではなく、足が痛くなってきました。その痛みはまっすぐに私の心を打ちました。私があなたの靴を自分に合わせようと試そうとすればするほど、あなたの靴は私の足には合いませんでした。そして、あなたが先に、小川のそばに裸足で座っているのを見ました。泡立つ水に足をぶら下げて。「ねえ」、私が叫んだ。「あなたの靴を見つけたので、履いてみたよ。」あなたは静かに微笑んだ。ありがとう、あなたは私を褒めてくれました。「私はしばらく靴を脱いで行く必要があったの。どこかで靴を落としてしまったのね。」「ねえ」、私は言った、「しばらく私の靴を履いてみない?」私たちはお互いの靴をはいて一生懸命歩きました。私たちはつまずいたときに笑い、水ぶくれで泣き、痛みに苦しみました。結論としてはうまくいかないと思いました。でも、同じ道を一緒に歩き、靴が今までどんなところを歩いてきたかを互いに話すことができます。私たちは、お互いの靴に感謝しながら、静かに自分たちの靴を元に戻しました。そして、私たちは一緒に小道を歩きました。何回も、この道はやっぱり難しいことがわかりましたが、私たちは一緒に歩き続けました。
By キム・マッケニー

What a friendship… How comforting.. when your friend wants to try my shoes…. To feel what it is like to be me. ……

★癒しの鍵は共感であるThe Key to healing is empathy

コロナが始まる前に、共感について話したことがありました。共感とは以前も話した通りに、心がつながることであり、人はつながったと思う時に慰められます。繋がるには、相手の経験した痛みを自分の身体の中で感じなければなりなせん。ですから、自分の体験と相手の体験が共鳴しないければならないのです。
私達は、相手の気持ちをよくしよう、痛みや悲しみを和らげてあげようといろいろな言葉を発しますが、そんなたくさんの言葉や説明や教えよりも、繋がることが一番の慰めです。

★受肉の力強さThe power of incarnation

繋がり、共感といえば、私たちのイエスキリストです。

Hebrews へブル4:15
For we do not have a high priest who is unable to empathize with our weaknesses, but we have one who has been tempted in every way, just as we are—yet he did not sin. 私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯されませんでしたが、すべての点で、私たちと同じように、試みに会われたのです。

キリストは肉体をもってこの世に来られ、私たち肉なる者、罪人たちの中で生活を体験してくれたかたです。イエス様は、私たちの靴を試されたのです。きっと、窮屈だったに違いありません。今まで経験したことのない、気持ちもたくさん経験されたと思います。

ピリピPhilippians2:5-8
5 あなたがたの間では、そのような心構えでいなさい。それはキリスト・イエスのうちにも見られるものです。6 キリストは、神の御姿であられる方なのに、神のあり方を捨てられないとは考えず、7 ご自分を無にして、仕える者の姿をとり、人間と同じようになられました。人としての性質をもって現われ、8ご自分を卑しくし、死にまで従い、実に十字架の死にまでも従われました。In your relationships with one another, have the same mindset as Christ Jesus: 6 Who, being in very nature God, did not consider equality with God something to be used to his own advantage; 7 rather, he made himself nothing by taking the very nature of a servant, being made in human likeness. 8 And being found in appearance as a man, he humbled himself by becoming obedient to death— even death on a cross!

★(Personal)イエスの共感は、賜物が伴いました。その賜物は、本質的な変革を私たちの命にもたらすというものでした。誰でも、その共感を受け入れる者には約束されます。

★イエスの死を含む受肉による贖いがもたらした私たちへの賜物 God given gift to us is atonement in Jesus’ incarnation and cross
パウロは逆説的にものごとを並べていかに救いが素晴らしいか説明しました。

ロマ6章 Romans 6:16-23

Sin and death 罪と死 Obedience and righteousness 従順と義
Slaves to sin 罪の奴隷 Slaves to righteousness 義の奴隷
Formerly bondage 以前は束縛 Now freedom 今は自由
Formerly slaves 奴隷 Now servants of God 神の僕
Formerly vice 悪い者 Now holiness 聖い
Formerly shame 恥 Now peace of mind 考えに平安
Formerly death 死 Now life, even life everlasting新しい命、永遠の命
Wages of sin is death 罪の代価は死 Eternal life is God's free gift 神の賜物は永遠の命

★(Systemically)イエスの共感を体験したものには、隔ての壁がなくなる。という組織的な変革ももたらされました。

★キリストにあるなら隔ての壁は打ち壊されるIn Christ, the barrier is destroyed

エペソEphesians2:13-16
13 しかし、以前は遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの血によって近い者とされたのです。14 キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、15 ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。敵意とは、さまざまの規定から成り立っている戒めの律法なのです。このことは、二つのものをご自身において新しいひとりの人に造り上げて、平和を実現するためであり、16 また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。But now in Christ Jesus you who once were far away have been brought near by the blood of Christ. 14 For he himself is our peace, who has made the two groups one and has destroyed the barrier, the dividing wall of hostility, 15 by setting aside in his flesh the law with its commands and regulations. His purpose was to create in himself one new humanity out of the two, thus making peace, 16 and in one body to reconcile both of them to God through the cross, by which he put to death their hostility.

もはや、キリストにあって、私達には、愛することのみ、愛することに集中することが出来るようにされている。キリストによって、全ての人は、一つとされ、みな神のもとに平等であるのみならず、一つの身体とされている。私たちの弱さは、キリストの十字架に持っていくことで赦される。私達も、赦し、和解の働きに集中することができる。

★興味を持つこと Having Curiosity

愛することは、知ろうとすることから始まる。Curiosity
知ることは愛すること。興味は愛することの始まり。

ピリピPhilippians2:1-4
こういうわけですから、もしキリストにあって励ましがあり、愛の慰めがあり、御霊の交わりがあり、愛情とあわれみがあるなら、2 私の喜びが満たされるように、あなたがたは一致を保ち、同じ愛の心を持ち、心を合わせ、志を一つにしてください。3 何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。4 自分のことだけではなく、他の人のことも顧みなさい。Therefore if you have any encouragement from being united with Christ, if any comfort from his love, if any common sharing in the Spirit, if any tenderness and compassion, 2 then make my joy complete by being like-minded, having the same love, being one in spirit and of one mind. 3 Do nothing out of selfish ambition or vain conceit. Rather, in humility value others above yourselves, 4 not looking to your own interests but each of you to the interests of the others.

キリストに習い、あの人の靴はどんなだろう。。。という興味を持ちたいものだ。キリストが私たちを心底愛して、私たちの靴を履いてみて下さったように。。。。


#礼拝 #キリストの受肉 #共感

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人を変える出会いTransformational Encounter

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イエス様を一目見ようと木に登っ... イエス様を一目見ようと木に登った背の低いザアカイ。

6/7/2020 ホライズン日本人教会バイリンガル礼拝


ルカLuke19:1-10 
1 それからイエスは、エリコに入って、町をお通りになった。2 ここには、ザアカイという人がいたが、彼は取税人のかしらで、金持ちであった。3 彼は、イエスがどんな方か見ようとしたが、背が低かったので、群集のために見ることができなかった。4 それで、イエスを見るために、前方に走り出て、いちじく桑の木に登った。ちょうどイエスがそこを通り過ぎようとしておられたからである。5 イエスは、ちょうどそこに来られて、上を見上げて彼に言われた。「ザアカイ。急いで降りてきなさい。きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。」
6 ザアカイは、急いで降りて来て、そして大喜びでイエスを迎えた。
7 これを見て、みなは、「あの方は罪人のところに行って客となられた」と言ってつぶやいた。8 ところがザアカイは立って、主に言った。「主よ。ご覧ください。私の財産の半分を貧しい人たちに施します。また、だれからでも、私がだまし取った物は、四倍にして返します。」9 イエスは、彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。10 人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」

★イエス様の目的 Purpose of Jesus

v10 人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。」For the Son of Man came to seek and to save the lost.”

★心の傷とディフェンスメカニズムWounding and defense mechanisms

背の低いザアカイ、取税人となることにした。もともと背が低くコンプレックスがあり、物事が難しかった人が、わざわざ人に嫌われる仕事に着きました。ここに、人に好かれることなどもうどうでもよくなった、ザアカイの心の中が見えます。取税人は人には嫌われるが、お金持ちになれます。ザアカイは、この金持ちの道を上り詰め、収税人の頭となり人を自分の下に雇うほどになっていました。
しかし、お金がいくらあっても、ザアカイは簡単にイエス様に出会うことはできませんでした。
私達も、心の傷から始まり、いろんな自己防衛システム、技能、行動パターン、人間関係の築き方、人との接し方などなど、いろいろと傷を守るために作り上げた自分というものがあります。
ザアカイのようにキャリヤやお金、また地位かもしれません。ザアカイのように、わざわざ人を遠さげることかもしれません。不思議です。人に嫌われたくない、傷つきたくないと強く思う人ほど、人に嫌われるように自分で仕向け人を自分から遠ざけます。少なくとも、自分が、その状況をコントロールしできるからです。

★人に愛されたいという気持ちDesire for love

ザアカイは、これからイエス様に会いに行くことになりますが、ザアカイはきっとイエス様のうわさをかねがね聞いていたのでしょう。今まで汚れているされて宗教者たちに触られなかった人たちに触れ、癒されたこと、同じ取税人が弟子になっていること、病人や罪人の友と呼ばれていること。何か、今までのラビとは違うようだ。実は、ザアカイのような取税人は、ユダヤ社会からのけ者にされていたようです。彼らの献金も、人からだまし取った金で汚れているとし、受け入れられませんでした。神を信じて、下が負うにもその道がとざれているかのように感じたことでしょう。
人は、愛されたいという思いから決して逃れて生きれるものではありません。みな、愛を必要としていますし、愛のために生きているのです。神はそのように人を作られました。ザアカイも一人の人です。もしかしたら、こんなみんなに嫌われ、友達もずっといないという自分でも、イエス様は愛を示してくれるのかもしれない。。。と思ったに違いありません。自分が聞いてることが本当なら会いたい。と。

★背の低さが用いられた Disadvantage became advantage

イエス様が街にやってきたというので、ザアカイは、自分の築いたものではないものでイエス様に向かう必要がありました。ザアカイは、人込みをかき分けてイエス様に会おうとしましたが、普段から嫌われているザアカイが前に行かせてもらえるわけがありません。ザアカイは、いよいよ木にのぼることにしたのです。
木にのぼったとき、イエス様の声がしました。ザアカイ、ザアカイ。。。
自分の防御システムを捨てる時、ありのままでイエス様に近づくとき、それが出会いの時となりました。

★出会いEncounter

★イエス様の想いJesus has been longing for meeting him – knew his name, had a plan to stay at his home.


★ザアカイの変化 Zacchaeus’ transformation


★まとめ Summary

イエス様は、このような、イエス様の愛と友情、心からの心配、優しさで触れた人たちの人生を内側から変えてこられました。
今も、その働きは続いています。
あなたの傷は、何でしょうか。あなたの頼りにしているものは何でしょうか。
それらを置いてイエス様に出会いませんか。
今日もイエス様はあなたを捜しておられます。
クリスチャンになって長いあなたも、もう一度、いや毎日、このイエス様に会いましょう。新しく、対面してく時、必ず、あなたの生き方は毎日刷新されるのです。



#礼拝 #出会い #ザアカイ

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聖霊の注ぎによる一致

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日曜日は、ペンテコステ礼拝でし... 日曜日は、ペンテコステ礼拝でした。
聖霊が下り、教会が生まれました。
2020年5月31日日曜日礼拝メッセージ


聖霊の注ぎによる一致 Being Unified with Holy Spirit

★イエス様が約束された聖霊様です。Jesus assured another helper
ヨハネJohn14:16-17
16 わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。17 その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。And I will ask the Father, and he will give you another advocate to help you and be with you forever— 17 the Spirit of truth. The world cannot accept him, because it neither sees him nor knows him. But you know him, for he lives with you and will be in you.

●あなたは、聖霊様を知っていますか?Do you know Holy Spirit?
★ペンテコステの日とはWhat’s Pentecost?

使徒Acts 2:1-4
1 五旬節の日になって、みなが一つの所に集まっていた。2 すると突然、天から、激しい風が吹いて来るような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。3 また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。4 すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした。When the Day of Pentecost had fully come, they were all with one accord in one place. 2 And suddenly there came a sound from heaven, as of a rushing mighty wind, and it filled the whole house where they were sitting. 3 Then there appeared to them divided tongues, as of fire, and one sat upon each of them. 4 And they were all filled with the Holy Spirit and began to speak with other tongues, as the Spirit gave them utterance.

★ 旧約ではIn Old Testament

★ ペンテコステに起こったこと・始まったこと What started at the day of Pentecost?
なんと言ってもペンテコステの大きなテーマは、一つになることです。
Theme of Pentecost is becoming one

①  一つの言葉、一つのマインド、一つの霊
One language, One mind, and One spirit
●そのためには高慢さがくじかれなければならなかった。First, getting rid of arrogance

ヨハネJohn17:21-23
21 それは、父よ。あなたがわたしにおられ、わたしがあなたにいるように、彼らがみな一つとなるためです。また、彼らもわたしたちにおるようになるためです。そのことによって、あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるためなのです。22 またわたしは、あなたがわたしに下さった栄光を、彼らに与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つであるためです。23 わたしは彼らにおり、あなたはわたしにおられます。それは、彼らが全うされて一つとなるためです。それは、あなたがわたしを遣わされたことと、あなたがわたしを愛されたように彼らをも愛されたこととを、この世が知るためです。21 that they all may be one, as You, Father, are in Me, and I in You; that they also may be one in Us, that the world may believe that You sent Me. 22 And the glory which You gave Me I have given them, that they may be one just as We are one: 23 I in them, and You in Me; that they may be made perfect in one, and that the world may know that You have sent Me, and have loved them as You have loved Me.

② 教会の誕生Birth of Church
●キリストを分け合い、キリストによって全てを分かち合う共同体Share Jesus, Share

③ 世界宣教へWorld mission
●キリスト身体以外の人たちを内に招く働きInviting all to body of Christ

★ 私たちの準備として How did people prepared for this?

① 信仰によりFaith…
② 集まってGathering…
③ 祈っていたPray…

★ ともに祈りましょう Let’s pray!



#礼拝 #ペンテコステ

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愛の律法イエス Jesus, New law of Love

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姦淫の場でとらえられ、引き連れ... 姦淫の場でとらえられ、引き連れられてきた女性。責め立てる宗教者に囲まれ、イエス様は、しゃがみこみ、無言。さて、このあと、どうなるのでしょうか??


2020年5月24日日曜日礼拝


ヨハネJohn 8:1-11
1イエスはオリーブ山に行かれた。 2 そして、朝早く、イエスはもう一度宮にはいられた。民衆はみな、みもとに寄って来た。イエスはすわって、彼らに教え始められた。 3すると、律法学者とパリサイ人が、姦淫の場で捕えられたひとりの女を連れて来て、真中に置いてから、 4 イエスに言った。「先生。この女は姦淫の現場でつかまえられたのです。 5 モーセは律法の中で、こういう女を石打ちにするように命じています。ところで、あなたは何と言われますか。」 6 彼らはイエスをためしてこう言ったのである。それは、イエスを告発する理由を得るためであった。しかし、イエスは身をかがめて、指で地面に書いておられた。 7 けれども、彼らが問い続けてやめなかったので、イエスは身を起こして言われた。「あなたがたのうちで罪のない者が、最初に彼女に石を投げなさい。」 8 そしてイエスは、もう一度身をかがめて、地面に書かれた。 9 彼らはそれを聞くと、年長者たちから始めて、ひとりひとり出て行き、イエスがひとり残された。女はそのままそこにいた。 10 イエスは身を起こして、その女に言われた。「婦人よ。あの人たちは今どこにいますか。あなたを罪に定める者はなかったのですか。」 11 彼女は言った。「だれもいません。」そこで、イエスは言われた。「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」

★当時の姦淫の罪の位置づけ Adultery


★律法学者とパリサイ人たちの陰謀 The scribes and Pharisees’s planned trap
 

ヨハネJohn10:10-11
盗人(悪魔)が来るのは、ただ盗んだり、殺したり、滅ぼしたりするだけのためです。わたしが来たのは、羊がいのちを得、またそれを豊かに持つためです。わたし(イエス様)は、良い牧者です。良い牧者は羊のためにいのちを捨てます」The thief comes only to steal and kill and destroy; I have come that they may have life, and have it to the full. 11 “I am the good shepherd. The good shepherd lays down his life for the sheep.

★本当の律法と律法理解The true law and understanding of the law


ローマRomans13:9-10
9 「姦淫するな、殺すな、盗むな、むさぼるな」という戒め、またほかにどんな戒めがあっても、それらは、「あなたの隣人をあなた自身のように愛せよ」ということばの中に要約されているからです。10 愛は隣人に対して害を与えません。それゆえ、愛は律法を全うします。The commandments, “You shall not commit adultery,” “You shall not murder,” “You shall not steal,” “You shall not covet,” and whatever other command there may be, are summed up in this one command: “Love your neighbor as yourself.” 10 Love does no harm to a neighbor. Therefore love is the fulfillment of the law.


★イエス様の愛 Love of Jesus = The new law
①まず謙遜さを示した Love shows humility


②自分自身と向き合う時間を与えた Love gave a time for reflection
〇イエス様は地面に字をかかれた Jesus stooped down and wrote on the ground


③人々に、律法に従うことを改めて教えた。Love teaches to keep the law
〇罪のないものが。。。 He who is without sin…


④直面する Love encounters a person
〇イエス様と向き合うことになった女 Face to face to Jesus


➄石を投げない愛 Love won’t judge
ヨハネJohn 3:17
神が御子を世に遣わされたのは、世をさばくためではなく、御子によって世が救われるためである。

★愛が人を変える Love changes people
⑥もう一度チャンスとを与える愛。Love gave one more chance
〇行きなさい、決して罪を犯すな Go, and sin no more.

2コリントCorinthians 5:17
だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。Therefore, if anyone is in Christ, he is a new creation; old things have passed away; behold, all things have become new.
#礼拝 #律法

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神の戦略God’s Strategy in Jericho

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神の戦略God’s Strat... 神の戦略God’s Strat...
2020 年5月 17日日曜日バイリンガル礼拝




ヨシュアJoshua6:1-5
エリコは、イスラエル人の前に、城門を堅く閉ざして、だれひとり出入りする者がなかった。2 主はヨシュアに仰せられた。「見よ。わたしはエリコとその王、および勇士たちを、あなたの手に渡した。3 あなたがた戦士はすべて、町のまわりを回れ。町の周囲を一度回り、六日、そのようにせよ。4 七人の祭司たちが、七つの雄羊の角笛を持って、箱の前を行き、七日目には、七度町を回り、祭司たちは角笛を吹き鳴らさなければならない。5 祭司たちが雄羊の角笛を長く吹き鳴らし、あなたがたがその角笛の音を聞いたなら、民はみな、大声でときの声をあげなければならない。町の城壁がくずれ落ちたなら、民はおのおのまっすぐ上って行かなければならない。」Now the gates of Jericho were securely barred because of the Israelites. No one went out and no one came in. 2 Then the Lord said to Joshua, “See, I have delivered Jericho into your hands, along with its king and its fighting men. 3 March around the city once with all the armed men. Do this for six days. 4 Have seven priests carry trumpets of rams’ horns in front of the ark. On the seventh day, march around the city seven times, with the priests blowing the trumpets. 5 When you hear them sound a long blast on the trumpets, have the whole army give a loud shout; then the wall of the city will collapse and the army will go up, everyone straight in.”

ヨシュアJoshua6:20
そこで、民はときの声をあげ、祭司たちは角笛を吹き鳴らした。民が角笛の音を聞いて、大声でときの声をあげるや、城壁がくずれ落ちた。そこで民はひとり残らず、まっすぐ町へ上って行き、その町を攻め取った。When the trumpets sounded, the army shouted, and at the sound of the trumpet, when the men gave a loud shout, the wall collapsed; so everyone charged straight in, and they took the city.

★背景Background



★神の約束ありき God’s promise was given first

V2「見よ。わたしはエリコとその王、および勇士たちを、あなたの手に渡した。See, I have delivered Jericho into your hands, along with its king and its fighting men.



★目に見えていたもの What visible to Israelites





★不思議な戦略が教えること Mysterious Strategy



 1コリントCorinthians1:18
十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。For the message of the cross is foolishness to those who are perishing, but to us who are being saved it is the power of God.




-神の教えに従うObedience …

-声をあげないBe Silent-

 ①集団Multitude

②一人一人Individual

③自分の信仰の戦いBattle in the mind

④信仰の共有Sharing faith

-祈りPrayer
 
-安息の中で勝利 Victory in Sabbath
 

★従順と信仰 Obedience & Faith



★信仰によって名が知れるLet us be known by faith

ヨシュアJoshua6:27
主がヨシュアとともにおられたので、そのうわさは地にあまねく広まった。So the Lord was with Joshua, and his fame spread throughout the land.


#礼拝 #戦い

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