“初夏の風!!”《襍感・/・囈‘18-6》

1926年(大正15年)、国画... 1926年(大正15年)、国画会に木版画作品「初夏の風」を出品、川上澄生版画を代表する作の一つ。
棟方志功に多大なる影響を与えた作品としても知られている。

《時節感慨・・呟記・・》
今年は、6月に梅雨明けしてしまった首都圏、こんな事過去にはなかった!!
梅雨明けしてしまうと、電気とか・飲水の事で不安がよぎる。戻り梅雨はあるか?
ギラギラした青空を見上げていると気分は良いが、身体には、暑さが辛い。
部屋にこもりがちな爺を気遣って、外に引っ張りだしてくれた仲間。
行き先も教えず、車で迎えに来た。東北自動車道を進み、鹿沼で一般道に。

この地には、僕の最も好きな版画家「川上澄生」さんの記念美術館がある。
《明治28年(1895年)4月10日生まれ、昭和47年(1972年)9月1日沒》
まさか・・・・・っと思っていたら黒川沿いの懐かしい並木を通過する。
やっぱり、哲人・詩人でもあった川上さんの作品のもとへか、一寸嬉しかった。
先に参っていた仲間たちは、宇都宮グルメを堪能したらしい。
余り体調の良くない僕を気遣って食行脚は誘われなかったのは良かったが、
久しく頂いていない餃子等々、食せなかったのは残念!?!
川上さんの記念館、大正・昭和初期の横浜異人館を想像させる建物である。
戦後、駐留軍専用の公園だった頃の横浜山下公園、その前の並木沿いにあった洋館。
それを彷彿させる記念館(建物外観)。我が青春時代頃を思い出せる。
後輩・仲間たちは、当時の事を僕に聞きたかったらしい。
横浜への思い入れに沸く作品を前にして、明治の文明開化期の詩的表現を改めて感じ取った。
素朴な彫り・懐古的な詩情は、川上美学そのもので、独特の世界だ。
すべての工程を一人で行う創作版画、版画絵本、詩情あふれる作品群、楽しいひとときを得た。
川上さんは『へっぽこ先生』を名乗って居られたが、その風貌に我が身もなりたいとねがう。






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“玉串奉奠(たまぐしほうてん)!!”《襍感・/・画録‘18-2》

森戸大明神前海岸の「千貫松」 ... 森戸大明神前海岸の「千貫松」
明日が、婚姻の儀。祝い・目出度い。
潮来で行われている、嫁入り風景... 潮来で行われている、嫁入り風景(借り物画像)。
嫁入り道具の入った、桐衣装箱。とってに棒を指し二人で担いだ。
こんな嫁入り、是非に行って欲しく感じる。

《時節感慨・・呟記・・》
ジューンブライド・・・June bride、こんな言葉、最近、耳にしない(僕が聞かないだけかも)。
「6月の花嫁」、日本では梅雨時と重なり、当事者としては、少々頭が痛いのではないか!?!
初めて西欧を見分した時、結構この時期に結婚式を挙げる西欧の人々を見かけた。
西欧の故事に「6月に結婚する花嫁は幸せになれる」とされる言い伝えが在る。
又、古くは、農作業の妨げとなることから3月~5月の結婚が「禁」だったとも聞いたことがある。
西欧を見聞して、日本の梅雨時期にジューンブライド感覚!?!は不似合いとおもう。

生活環境の鎌倉は、神社仏閣が多い所、我が家も仏教寺院の檀家だ。
今の鎌倉は、鎌倉時代の要所跡の殆どが現在基督教関係の施設になっている。
「黒船来航」以来、三浦半島は宗教的にも基督教とは関係が在るのかもしれないが、
でもねぇ~~~~!!日本人の多くは、仏教・神道の徒が多いのではないか。
事、結婚式となると海外で・・・ハワイ等、異国で結婚式を行う人が多くいる。
個々人の信仰と挙式スタイルは、日本人にとっては余り関係しないことのようだ。
結婚式場と言う仕事自体、日本独特の形式に思える。式自体が「宴」で信仰とは別。
この半世紀余りでも、古来からの神前式挙式は、形骸化されつつあるように観える。
和装、親族しか列席しない神殿・神前式挙式。他方、式典と披露宴が一体化する合理的結婚式。
結婚式場・ホテル等で形ばかりの結婚式・・披露宴。伝統様式は、形骸化されつつある。

日本の結婚式は、「家」という伝統を重んじる挙式で各地に独特の風習があった。
その伝統を紹介する観光もある(上画像)。良いとは思うが、文化風習として残って欲しいものだ。
ぼくが育った鎌倉周辺では、新郎の自宅に身内が集まり、床の間に祭られた神様の前で儀式が行われた。
現在の様な神殿神式結婚式は、1900(明治33)年に行われた大正天皇のご成婚が最初と聞いている。
一般に広まったのは第二次世界大戦後のことらしい。
神前式では三三九度や玉串奉奠(ほうてん)など独特の所作がある。式の流は、厳かで趣あるものだ。
参進の儀(さんしんのぎ)、修祓(しゅうばつ)、祝詞奏上(のりとそうじょう)、誓盃の儀(せいはいのぎ)、
神楽奉納(かぐらほうのう)、誓詞奏上(せいしそうじょう)、玉串奉奠(たまぐしほうてん)、
親族杯の儀(しんぞくはいのぎ)等々、家と家のつながりが見て取れて「和」を意識できるものである。
着物姿での結婚式は、爺になって参列してみると日本人を実感できる日本の古き良き結婚式と思うのだ。
白無垢・・唐織、刺しゅう柄など色々ある白無垢。伝統的な綿帽子を合わせる白無垢はいいね。
黒引き振り袖、花嫁衣裳としておめでたい松竹梅や鶴柄、文金高島田に角隠しなんて楽しい。
家紋は、洋の東西を問わずある。紋付きとはよくいったものだ。
和服は、立ち直せば、代々受け継げるものだ。
男の和装(紋服)、黒羽二重の羽織に、黒もしくは茶色のしま柄の袴を合わせる正装は身が引き締まる。
礼装の和服文化は、せめても将来に引き継がれてほしいものだ。
神殿で神主・巫女さんで式次を行うのではなく、家と家、そして仲人の証人をえてこじんまり行う。
こんな結婚式は、ご近所さんも協力しての地域社会のよき習わしであったと思う。

生粋の鎌倉っ子のお嬢さんが、結婚すると。。。何とも喜ばしい。それも観光的鎌倉を避けて式をあげると。
皇室の御用邸がある葉山の森戸大明神で式を執り行うのだと。この神社は、源頼朝の創建した神社。
静かな葉山森戸の海沿いの少し海に突き出た部分にあり、静かで抜群の眺望と雰囲気ある所。
風光明媚な景勝地、鎌倉幕府の重要な戦略地でもあった。
鎌倉幕府の公式記録『吾妻鏡』にも、流鏑馬(やぶさめ)、笠懸(かさがけ)、相撲(すもう)が、
杜戸(森戸)において盛んに催されたと記されている。この地は、鎌倉幕府の重要御家人であった、
三浦一族が支配しており、その足跡の一つに森戸一帯は三浦義明の六男、森戸重行が治めていた。
森戸大明神本殿左手にある広場辺りに源頼朝の別邸があったといわれている。
森戸大明神まえの杜戸(森戸)の浜は、三浦一族の騎馬練習場であった由。
森戸大明神本殿右手から裏に回ると千貫松と呼ばれているところがある。
千貫松は、1181年(養和元年)6月、源頼朝が三浦一族の居城であった衣笠城に向かう途中、
杜戸(森戸)で休憩した。その時岩上の松をみて「如何にも珍しい松」とほめたところ、
出迎えた和田義盛が「千貫の価値ありとて、千貫松と呼びて候」と答えたという伝説の松。
海上には森戸神社の鳥居がみえ、鳥居の立っている小さな島を名島という。
往古は、岩場でつながっていたと言われている。

由緒ある森戸の風情の中で悪友のお嬢さんが、森戸大明神で結婚式を挙げる。
相模湾越しに見ゆる富士山、千貫松との景観は、最良のお祝いと思い載せてみた。
源頼朝が鎌倉を見定めたという旗立山(鐙摺城址)下にある日影茶屋での会食。
鎌倉っ子にして最良の式典場所とおもえる。お幸せにと・・・対岸の稲村ヶ崎より頭を垂れたい。

森戸大明神。。。石原裕次郎(こんな故人も忘れ去られた存在??)。
名島の向こうに見えるのが裕次郎灯台。僕等の青春時代、楽しい思い出の場所。
森戸大明神境内にある「マルチーノ公使 ベルツ博士記念碑」。
マルチーノ公使 ベルツ博士が、保養地として最適と皇室に進言した。
1894年(明治27年)に葉山御用邸が造営された。
詩人、歌人であるフランス文学者、堀口大學氏の歌碑。「花はいろ 人はこころ」と刻まれている。
堀口氏は1950年(昭和25年)から1981年(昭和56年)まで終生を葉山に住んでいた。
今や世界的企業に上り詰めた「味の素」は、ここ葉山で産声を上げた。
葉山・・近くの秋谷、学生時代の思い出ある心の故郷的地でもある。





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“華・・・満開!!”《襍感・/・画録‘18-1》

“華・・・満開!!”《襍感・/...

《時節感慨・・呟記・・》
アジサイ(紫陽花)の原種(日本固有種)である萼紫陽花は、自生場所を減らしている。
そんな中で楚々と道路脇に多様に魅せている場所が、伊豆半島に点在している。
関心を以って観察してきたが、今年は訪れていない。相棒が超多忙なのだ。
伊豆半島は、食の宝庫でもあり観光・温泉も多様にあるのだが。。。
東側の相模湾・西側の駿河湾は、共に海洋生物の宝庫で在ることは余り知られていない。
そして、植物の世界でも伊豆半島は貴重な場所で、その一植物が、紫陽花である。
萼紫陽花と山紫陽花が自然交配して生まれたと思しき茎があちこちで見られる。
3日を要せれば、その全容を見ることができるが、開花状況等、観察日時が特定出来ない。
1週間、半島を揺れ動けば好条件な花々にであえるのだが、、、中々時間が取れない。
扨、さて、、、萼紫陽花は、面白く楽しい花だ。一輪で花は沢山見せる。
画像の白い花弁のように見えるのは、萼片が変化した装飾花だ。
真ん中の中央にある小さな花が両性花と呼ばれる本物の花、5~6mmの大きさでしかない。
正しくは「中性花」とよぶらしい。花びらは4枚が多いが、まれに5枚のものもある。

萼片に囲まれた中に沢山の花梗(花の柄)が見られ小さな花が多数見られる。
これを真花と呼んでいる(萼片の中の花も真花)。複雑な構成だが、満開だと小宇宙のようだ。
数年前の今頃出会った紫陽花。「里紫陽花」と呼ばれている種類かも知れない??

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“艶・・色合い”《襍感・/・点描‘18-35》

ムラサキクンシラン(紫君子蘭)... ムラサキクンシラン(紫君子蘭) ヒガンバナ科(Amaryllidaceae)
学名:Agapanthus africanus (L.) Hoffmanns.
別名:アガパンサス

《時節感慨・・呟記・・》
ムラサキクンシラン(紫君子蘭);
高貴な風合を漂わせる花だが、和名は余り出てこない。アガパンサスが、一般的か。
ムラサキクンシランは、ギリシア語のアガベ(愛)とアンサス(花)「愛の花」という意味。
明治時代に観賞用として渡来したと言われ、多くの園芸品種がある。
畑の横や、道端にも生えられているものが見られ、大きいため初夏に目立つ。
根茎はサトイモのように肥大する。葉は長さ10~35㎝、幅1~2㎝。
花茎の先の散形花序に20~30個の花をつける。花冠は直径2.5~5㎝の漏斗形、先が6深裂する。
花色は青、紫、白。果実は3室のある蒴果、秋に熟し、種子には翼がある。
多くの資料では、以上のように解説されている。
画像のように蕾みの方がより妖艶に映るって感じるは、個人の感性か。
今の時代では、生活地のあちこちで普通に見られるようになった。
あまりにも普通過ぎて道端で1~2茎あっても止まって迄みないだろう。
だが近寄って覗くと・・・ゾクゾクって感じる程に艶っぽい。

*    *    *    *    *

大阪北部地震、地震エリアにお住まいのブログルの皆さん、お見舞い申し上げます。

扨、さて、、、
先般、米朝首脳会談が実現した。報道機関は、こぞってトランプ大統領言動に批判的だ。
そこで思うのだが、我々日本人は、ことさら冷静に・・冷淡に眺め対応しないといけない。
小泉訪朝の轍を踏んではいけないって、一歩さがってより慎重に受け止めるべきだろう。
国会を眺めると、未だに「モリカケ問題」に終始しているではないか。
安倍晋三首相と全閣僚が出席して開かれた18日の参院決算委員会、
国民民主党を始めとする一部野党は相変わらず「モリカケ問題」に質問時間を費やした。
一体野党の面々は、国際情勢を如何にかんがえておられるのだろう??
そんな中で、立憲民主党の風間直樹氏が、日本人拉致問題や日朝首脳会談、北朝鮮問題を質問した。
新潟選挙区選出議員が、ここに至って「モリカケ問題」だとしたら顰蹙ものである。
日朝首脳会談が在るかもしれない!!今こそ国民総意で拉致被害者全員帰国を。。。。
否、拉致の全容を日本人によって検証できる体制を構築できるようにすべき時だ。
メディアは、何故におとなしくしているのか??世論を喚起すべきではないか!?!
NHK取材陣が、米朝首脳会談プレスセンターに多数派遣され、経費も贅沢に使ったようだ。
それなのに報道されたものは、おざなりのものでしかなかった。
NHKの存在も民営化したらどうか、国営的に対処するなら国民に多くを真摯に報告すべきだ。
時間は止まってくれない。野党・マスメディアが、拉致問題に大声を挙げないのは何故??
とどの詰まり、憲法問題に及ぶのがいやなだけなのか。
法治国家、人権尊重等々を語っておられる国会議員諸氏が、拉致を許すのか、と問いたい。


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“植物園の花2018/05/26”《襍感・/・点描‘18-33》

ハナショウブ(花菖蒲) アヤメ... ハナショウブ(花菖蒲) アヤメ科(Iridaceae)
学名:Iris ensata Thunb. var. ensata
Iris ensata Thunb. var. hortensis Makino et Nemoto
「種名; 心の色」

《時節感慨・・呟記・・》
花菖蒲は、ノハナショウブを原種とする栽培種。
江戸時代から生け花や園芸は、庶民まで浸透した日本独特の文化。
日本各地や海外から珍しい花が江戸に集まり、江戸は、園芸都市でもあった。
日本最初の園芸書である『花壇綱目』(水野元勝著)が1681年に発刊されている。
花菖蒲は、江戸を中心に多くの園芸品種が作られてきた。
園芸品種は、地域別に系統分類され、江戸系(東京都)、伊勢系(三重県)、
肥後系(熊本県)、長井古種・長井系(山形県長井市)、外国系に大別される。
他にカキツバタ、キショウブ等の近縁種との雑種(雑種系)と呼ばれるのもある。
観賞用として品種改良が加えられ花種類も豊富で2000種以上あると言われている。
花弁は6枚に見えるが、外側の3枚は萼片、内側に立っている3枚が花弁。八重種もある。
外国系とは、明治期からの米国への輸出で江戸系、肥後系を元に米国で品種改良されたもの。
雑種系は、近縁種との交配種。 愛知の輝(キショウブとハナショウブ)が知られている。
花菖蒲の中に「大船系」と呼ばれているものがある。

*ノハナショウブ《Iris ensata Thunb. var. spontanea (Makino) Nakai》は、湿地に生える。
根茎は古い葉の繊維に覆われ、太く、よく分枝する。
葉は剣状で花は直径約10cm位、赤紫色。外花弁は惰円形、中央部に黄色の斑紋がある。
内花弁は長楕円形で直立する。花柱の上部は3分岐して花弁状、分岐の先は2裂し全縁。
*カキツバタは外花弁片の斑紋が白く、葉の主脈が不明瞭。
*アヤメは外花弁片の斑紋が黄色の網目状。花柱の分岐の先の裂片が鋸歯縁。


*   *   *   *   *

大船フラワーセンターは、この4月にリニューアルされ、日比谷花壇大船フラワーセンターとなった。
管理者が日比谷花壇となったということなのか??神奈川県立フラワーセンター大船植物園名は消えた。
この地は、古く大正11(1922)年、神奈川県の『農事試験場』として開場した由緒ある場所。
大正時代、花菖蒲は海外へ多く輸出されており、新しい品種作出は必然的だったかもしれない。
その任に当たったのが、農業試験場の場長であった宮沢文吾博士であった。
大正4年から9年頃に作出された品種を昭和11年『農事試験場成績 花菖蒲の品種改良成績』と纏めている。
宮澤博士は、主に江戸系を基に改良し新品種を約300種、芍薬も約700種を新出し共に大船系と称される。
そんな由緒ある神奈川県農事試験場跡地を引き継ぎ、昭和37年に植物園として発足し現在に至った。
特に、農事試験場時代に育成された花菖蒲、芍薬、つつじ等を保存育成している。
花菖蒲は、江戸時代から育成されたわが国の伝統的園芸植物で、花の文化財といえるだろう。
花菖蒲を「歴史を感じながら鑑賞する花」と玉川大学農学部教授 田淵俊人農学博士は語っておられる。
「歴史的・文化的・学術的に価値があり、後世に末永く残すべきわが国の文化財的な価値のある品種」
江戸の町民文化を表すのに相応しい品種群-江戸系品種群がそれに当てはまると思う。
大船系品種群は、江戸系を育成交配して出来た貴重な遺伝資源、文化財としての価値があると言われている。
花の姿は、おだやかで、やさしい品種が多く独特の花容から、「大船系」と称し分類している(田淵博士談)。
日本花菖蒲協会の分析によれば現在のセンター菖蒲田で栽培されている品種と、昭和11年の記録と照合して、
同一種として今日まで保存されていると断定している。綿密な研究記録、当に文化財であろう。
5月の終わりに改装された日比谷花壇大船フラワーセンターを訪ねた。目的は、自生あじさい展だったが、、!
展示植物を拝していて思ったは、本当に自生種か??表現的には育成種の方が相応しい気がした。
そして、盆栽的に飾って展示されていた。野種好みからすると、ちょっと違和感があった。
外庭の菖蒲田は、すっきり瀟洒に魅せてくれていた。育成種、それを長いこと保存してきた努力には敬服する。
アジサイの季節、此処の近くの北鎌倉明月院の手鞠ホンアジサイも文化財だと思う。

「日比谷花壇大船フラワーセンター」




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“里山の今、2018/06/2”《襍感・/・点描‘18-32》

ウマノスズクサ(馬の鈴草) ウ... ウマノスズクサ(馬の鈴草) ウマノスズクサ科(Aristolochiaceae)
学名:Aristolochia debilis Siebold et Zucc

《時節感慨・・呟記・・》
ウマノスズクサ(馬の鈴草);
変わった名前は、実が馬にかける鈴に似ることから名付けられたと資料にあるが、面白い名前だ。
ウマノスズクサ科は、ランヨウアオイ、タマノカンアオイ等、面白い花がある。
この花は、ジャコウアゲハの食草として知られている在来種である。
土手や畑、林のふちなどで普通にみられ、茎は細くて上部でよく分枝しほかの木や草にからみつく。
葉は、有柄で互生し三角状卵形。基部は心形で両側が耳状に張りだしている。
葉腋にサキソフォンに似た形の花が1個ずつつく。萼筒はゆるく湾曲し、先端は斜めにややそり返る。
昨年は、6月下旬に見れた。今年は、早くも咲いていた。

*   *   *   *   *

先日、「働き方改革法案」が衆院厚生労働委で可決された。
与党と一部野党の議論で修正が加えられての可決だ。
「結論ありきで無理やり法案を通した。」「強行採決」と大々的に一面に掲載した大手新聞社。
国会審議を調べてみると、法案は、維新の会と希望の党が加わって修正がなされていた。
適用は本人同意が必要との従来の内容に加え、新たに離脱規定も設けられていた。
一部(野党の半数以上か)野党が、「過労死促進法案」と叫んでいることに疑問をもった。
テレビもマスコミももっと正確に報道して欲しい。印象操作は、後にバレるのに。。。!


「泉の森2018・06・02」




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“温故知新・憲法問題”《凡声・/・囈‘18-05》

赤みっぽい画像お許しをm(._... 赤みっぽい画像お許しをm(._.)m。
わかりにくいが、刺し身の盛り合わせ。
実に美味だった。お気に入りのホテルで。
暖かく美味しいパン。 西欧のパ... 暖かく美味しいパン。
西欧のパン屋さん早朝から開いてる。
古い話だが、国境を超えて早朝にパンを求めて隣国と往復したことがあった。
あの当時を思い出す、焼きたてのパン絶品だ。
       《時節感慨・・呟記・・》
関東でも梅雨入り間近か、等と思うと気が重い。日本も北朝鮮問題で正念場を迎えそうだ。
そんな中でも政争に明け暮れている国会議員、外交を政府に任せっきりで良いか???
与野党関係なく、今の日本にとって重要外交課題は、拉致被害者救出問題だろう。
日本人、国民として、拉致被害者全員帰国を一日も早く、と一丸となって望むべき時だ。
解決に向けて国民総意で表明すべき時なのに国会で繰り広げられてる事々は何だ!?!
1年以上も審議しながら「権力者」の不法行為は、見つからなかった「もりかけ問題」。
多大な経費・労力を費やしても重大な瑕疵は、出てこない。屁理屈ばかりの悍ましさ。
皐月晴れの空を見上げ、地の野草を見てると斯様な静かで心和む状態に早く成る事を、って願う。
愈々、米朝のトップ会談が、流動的で不安でいっぱいであるが、開催されそうだ。
国民の代理・代表として与野党関係なく、一丸となって外国と対峙してほしいょ、まったく?

日露のトップ会談、北方領土問題進展は??? 戦後70年も経過してしまった。
今回の日露会談で少しの動きは望めたか。注目したは、欧米制裁が厳しい中での国際経済フォーラム。
ロシア政府の主催に日本の総理とフランスの大統領が顔を合わせた事は意義深いことだった!!
だがこの国際経済フォーラムについて、日本のメディアは余り取り上げていないのは何故???
プーチン大統領・安倍総理大臣・マクロン大統領、どんなフォーラム内容だったのか気にかかる。

過去の歴史的経緯を踏まえての国際関係、日本経済の存在感、北朝鮮問題に直結しているではないか。
現在の国際情勢下で外交・安全保障問題で支障をきたしているのが、日本国憲法の内容である。
今年に入って俄に騒がしくなってきた「憲法改正議論」だが、議論自体を封じようとする勢力もいたり?
現実的に憲法9条改正が第一義と囁かれるが、根原的背景、而して憲法前文との関連を熟知すべきだ。
万が一にも、憲法改正が行われる方向に進むたとしたら・・・難しい表現・文言の是非も考えてほしい。
これ等を踏まえて国民は、納得の深度に関係なく、最後は、国民審判、是非投票が行われる。
そんな国民投票をする前に憲法の概要、中でも最も重要な「前文」を頭に入れておかなければ、って思う。
そもそも憲法改正を考える時、国民として根底に意識すべきことは、国外、異国との協調ではなかろうか。
伝統・歴史(日本独自の文化)これ等を尊び世界と対峙できる基本法的憲法を将来に改正、否、編纂すべき。
第二次大戦後、と言われ70年あまりの中でソ連との北方4島問題、韓国の慰安婦問題、沖縄問題、
更には、中国の天安門事件問題等々、日本国民は全体的歴史事象に無関心、と外国から見られているやに思う。
事実、マスコミも含め、国会人、言論人も外交問題・憲法問題、とりわけ安全保障問題を討論して来なかった。
その結果としての歪は、沖縄の基地問題に端的に現れている。今現在、日本にとって、米軍基地は不要か??
国際連合の監視下に置かれた敗戦国日本、そこから民主主義国家として漸くここまで来られた日本。
おかげか、否か?この70年余り異国との大きな揉め事や侵略は全くなかった。例外が、拉致問題だろう。
今の平和状態は「憲法第9条」のおかげである等と、まじめに主張される方々がいる。
果たしてそうだろうか?? 大いに疑問を持つ。「拉致問題」を思うとため息しか出ない。
拉致に関与した人々、更には、拉致した国を援助してる組織等々、不可思議にも黙視して今日がある。
野党国会人も報道機関も拉致問題を「もりかけ問題」の如く追求、報道発表し続けた事があっったか??
更には!!覇権的政策をとっている中国と対峙できているのは、日米の協力があってこそだろう。
結果論かも知れないが、日本国内にある米軍基地の存在意義は実に大きい、といえまいか。
国会中継を観ていて唖然とする。些細な事だが「もりかけ問題」を追求している野党の面々に聞きたい。
ご自分達の発言は、なんでも許されるのか、と??過日も酷い質問場面を観た。。。!!
総理にメモを手渡した秘書官を頭ごなしに怒鳴りつけた野党議員、高圧的な恫喝、と映った。
野党議員(代表質問者だ)は、大声で怒鳴るが与党議員がかような事をしたらどうなるのだろう!?!
国会中継は、全世界で観れる。今の国会の姿を異国人は、なんと感じているだろう??
重大局面の国際情勢下にあって、のんきな事を言ってる場合か、って一国民でも不可思議に思う。
国際社会にあって日本の立ち位置、国策・方向性等々、はっきり・真摯に表明する。
KYとか言う表現があったようだが、今の野党人、ホント「空気が読めない人たちだ」。

敗戦国として70年余り過ぎた。戦争・戦闘はあってほしくない。当然のことだ。
過去の教訓、戦争はしてはならない、軍国主義反対も納得行くことである。
だがしかし、核保有し、しっかり軍備してる国々が、日本の軍備反対とは、これ如何に。
日本国内に居ると、世界の紛争地現場の人間模様など全く伝わって来ない。
地上波と云われるメディアが正確に伝えない、ある種、偏向報道がまかり通っている。
幸いネットの普及で様々な報道を見聞きできる。又、ネットの恩恵に預かってもいる日本。
「安全」と日本は映るのか!! 日本各地は、異国よりの訪問者が増え続けていると言う。
日本人が、関心を示さなかった過疎地にも外国人訪問者が増えている。
何ともおかしな現象だ。ある意味嬉しい事だが、我々自身、自国の歴史・文化を見直すべきだ。
鎖国時代の江戸期に出来上がった「武士道」精神や「和」の文化を羨望の眼で見ている外国人。
衣食住、いまある日本の姿が全世界の人々から注目されてることを我々日本人自身が心するべきだ。
平たく日常の食生活の変化を考えみるとなんとなく分る気がする。朝晩の食事スタイル等で。
個人的な体験でしかないが、旅先で頂く食事に接する時々、和洋折衷感が観える!?!
夕食に日本的料理を出すところでも、翌朝のスタイルは、西洋的なものが多い。
総てに徹底して和風・洋風を供するところもあるが、日常生活も含めて和洋折衷感あるのも事実。
日本独自の風習・文化を根底に置くも異国文化との協調を以って、日本の立ち位置を模索したいものだ。

はなしを戻して、現行「日本国憲法前文」って、読んだことある!?!
現、日本国憲法 前文;
日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、
われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、
わが国全土にわたつて自由のもたらす恵沢を確保し、
政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、
ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。
そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものてあつて、その権威は国民に由来し、
その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。
これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。
われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、
平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。
われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、
名誉ある地位を占めたいと思ふ。
われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであつて、
政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、
他国と対等関係に立たうとする各国の責務であると信ずる。
日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。

   *      *      *

国民主権と代表民主制、平和的生存権、 国際協調主義、日本国憲法の崇高な理想を謳っているが、
歴史、日本固有の伝統文化をも、「前文」に表記すべき、と思って止まない。
敗戦によって出来た憲法である。そんな経緯をふまえて、独自性あるものに進化させる。
而して現代日本を取り巻く環境、現代人の生活文化等々、制定時とはかなり変化している。
「平和憲法」とは何か、を今こそ真摯に考える時期と思える。
古代から鎖国時代(江戸期)に至るまでに出来上がった日本的な「和の文化」。
全世界唯一の天皇制は、誇れるものである。ここから今こそ真摯に国民も考えるべき時と思う。
来年には、現天皇の譲位が行われる。考えるに良い時ではないだろうか。

大東亜戦争に敗れ、敗戦国として新たな出発をして70年余りをもった。
日本人的な敗戦前後の人間模様、そんな激動期を実際に知るものが少なくなってきた。
今、と云う時期に明治・大正・昭和・平成と流れた時代をつぶさに記録し将来を思考すべきだ。

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“小庭の今2018/05/24”《襍感・/・点描‘18-31》

ムラサキカタバミ(紫片喰・紫酢... ムラサキカタバミ(紫片喰・紫酢漿草) カタバミ科(Oxalidaceae)
学名:Oxalis corymbosa DC.
Oxalis debilis Kunth var. corymbosa (DC.)Lourteig
Oxalis martiana Zucc.

《時節感慨・・呟記・・》
庭の片隅に綺麗な薄紫色の花が顔をのぞかしている。脇に白い花も!!
昨年は、見かけなかった。否、この季節留守していた。
ムラサキカタバミ(紫片喰・紫酢漿草);
道端、畑、林床等、ごく普通に群生し、普通に見られる草花。
元元は、観賞用に輸入され、野生化したらしい。帰化植物である。
葉は、ハート形で3小葉。葉の裏に淡黄赤色の小斑点があり、両面有毛。
花は、淡紅色、英名でピンクとかライラックと称されるように花色は薄い色あい。
花弁は5個、幅は狭く、基部に濃色の条線が見える。
雄しべは10個、5個が長く、5個が短い。葯の色は白色。雌しべの柱頭は5個、緑色。
日本では結実しないのが普通で、萼片の先端に橙黄色の2個の小点がある(資料より)。
よく似た仲間に、イモカタバミ、フヨウカタバミ、ハナカタバミ、オオキバナカタバミがある。
白花のムラサキカタバミもあるらしいが、希少種。個人的には見たことがない。
観賞用に渡来したといわれるが、今や害草あつかいである。
トキワツユクサとの共演^^)、僕には、癒やしの草花で楽しませてもらっている。

*   *   *   *   *

5月23日、恒例の「サラリーマン川柳コンクール」の結果が発表された。
1位は「スポーツジム 車で行って チャリをこぐ」。
2位は「『ちがうだろ!』妻が言うなら そうだろう」。
3位は「ノーメイク 会社入れぬ 顔認証」。
4位は「効率化 進めて気づく 俺が無駄」。
5位は「電子化に ついて行けずに 紙対応」。
毎年感ずる所あって楽しみにしてきた。
今年も言い得て妙^^)。やはり大人感覚か!?!
一方、流行語大賞というのもあるが、こちらは???
甚だ、独断的だが、、、日本は、ある面で安全な国って感じる。

「自宅2018・5・24」




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“里山の今”《襍感・/・点描‘18-30》

ミズタマソウ(水玉草) アカバ... ミズタマソウ(水玉草) アカバナ科(Onagraceae)
学名:Circaea mollis Sieb. et Zucc.

《時節感慨・・呟記・・》
ミズタマソウ(水玉草);
花を見ただけでは、「水玉」と何故に名がついたのかわからない。
花が咲き終えた後、小さな丸い果実に白色の毛が纏い雨露が付いた姿は「水玉」そのもの。
花弁は、先端が2つに分かれるので4枚に見えるが、2枚花弁である。
地下に匐枝を伸ばし広がる。茎は直立し、短い屈毛があり、節が赤色を帯びることが多い。
葉の基部は、浅い心形。 葉は対生し縁に浅い鋸歯があり、長い葉柄がつく。
茎の先や上部の葉腋から花序をだし、白色または淡紅色の小さな花をつける。
萼片は緑色、無毛、2個つき、花弁より大きい。雄しべ2個。柱頭は2裂。
よく似たウシタキソウは全体に毛が多く、葉幅がやや広く、基部が心形。
萼に毛が密生し、蕾の毛が目立つ。果実の縦溝が不明瞭。
タニタデは茎が無毛で赤味を帯び、葉も無毛。水玉も赤味を帯びる。
花弁の切れ込みが浅い。果実が細長く果柄が長い。
花期は、8~9月と一般的に参考資料等では言われているが、早6月前に咲く姿を確認した。
散歩の後、自宅で画像整理していてこの花を見つけた(無意識で撮った花の脇に写っていた)。

*   *   *   *   *

日常生活の中で日々思うことは、現在・たった今の日本は平和で安全な国だって思うこと!?!
しかし庶民の生活自体は、程々安心・安全で居られているやに見えるが「ノーテンキ」なだけではないか。
国会を傍観してると、何やってるの!!とおもえてしょうがない。
「北朝鮮問題」は、日本国にとって最も重要な問題・課題の一つ。国会を観ると野党議員に怒りを持つ。
“55年体制”と良く云われるが、置かれた環境を思うと“55年体制”より悪いと野党に感じる。
拉致問題、国防・安全保障問題等、庶民レベルでも真摯に考えて然るべきことである。
拉致問題・慰安婦問題、これは隣国との外交問題だ。国内の些細な問題どころでは無い。
国として如何なる施策を持つか、真剣に議論しなくてはいけない。それが国会の場だ。
「加計問題」が、国存亡のことか!?! 政争・権力闘争をしてる時か??って苛立つ。
昨日も国会中継とやらを観ていて、こんな議員を我々は選出したんだ・・・と落胆する。
東京都都知事・都政にして然り。独りよがり駄々っ子以下だ。愛媛県知事も同様だ。
地元に則対応できる機関、大学は、学生もさることながら研究機関である。地元として歓迎すべきこと。
愛媛県知事は、何故に現政府を批判するか?? 何のメリットがあるのだろう?
それはさておき、直面する外交・近隣国との問題、国民・庶民はもっと声を出すべきだ。

「泉の森2018/05/21」

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“復活??した花!!”《襍感・/・点描‘18-29》

クマガイソウ(熊谷草) ラン科... クマガイソウ(熊谷草) ラン科(Orchidaceae)
学名:Cypripedium japonicum Thunb. ex Murray
英名:Japanese lady's slipper
別名:ホロカケソウ(母衣掛け草)

《時節感慨・・呟記・・》
クマガイソウ(熊谷草)、別名:ホロカケソウ(母衣掛け草);
山地の林下やたけやぶなどに生える独特の存在感を示す多年草。
扇のような形で細かいひだ折のある2枚の葉の間から1本の花茎を出す。
その先端につく花は、大きな袋状の弁を持つ。
花弁は3枚で2枚は左右に平開。中央の1個の袋状の弁は唇弁と呼ばれる。
その表面は淡白色地で紅紫色の網状の脈が浮き出し、
中央部はまるで昆虫を招くかのように開口している。
園芸業者等の乱獲により今や絶滅危惧?類 (VU)に指定されるに至ってしまった。
英名:Japanese lady's slipperとは、楽しい花名だ。
この花には、思い入れがある。以下「」内は、ブログル2014-05-10に記したもの。
「ずいぶんと昔、宮ヶ瀬湖が建設開始された頃、
幸運にも自生の熊谷草を移植出来る機会を持った。
建設する人造湖の湖底になってしまう群落地。
関係官庁に許可をもらい、土壌と共に持ち帰った。
当時、僕は、異国と往復してたことから・・・親に託した。
数年後、狭い庭に沢山増えていき、友達に株分けしたと聞いていた。あれから数十年も立つ。
母が他界した時、親しい古い同好の士にさし上げて、今やわが家には残っていない。」

その折、株分けしたものが、両親の花仲間邸に健気に咲いている事を知った。
偶然にも我が知古の植物愛好家の仲間宅・屋敷の裏山に増え続けていた!!
その熊谷草、ルーツは丹沢山地・煤ヶ谷(すすがや)である。宮ヶ瀬湖の水没地。

源平合戦の勇者、熊谷次郎直実が背負った母衣(ほろ)が袋状の唇弁に似ているのが名の由来。
同属仲間のアツモリソウは、平家方の平敦盛にちなむ。大群落、整然とする姿は、圧巻である。
花は、何故か同じ方向を向いている、不思議だ??「らん」の中では最も大きな花を咲かせる。

*   *   *   *   *

我が家系は、鎌倉時代に遡ると!?!源氏系だ。
自生の熊谷草を役所の許可を得て採取に出かけられたのも縁だと思っていた。
相性が良かったのか、両親(現住所)家の庭にしっかりと根付き増えていった。
母他界で弔問にたずね来て下さった方が、関心を持たれ持ち帰られた。
数十株も咲いていただろうか、お仲間に順次、差し上げたら茎は無くなってしまった。
気楽に根は残っていると、思っていたが翌年以来、茎を見せなくなってしまった。
不思議な事にその脇の角地から数年前にサガミジョウロホトトギスが3年間茎を見せた。
が、其れも今や姿を見せない。そんな全く手入れをしていない場所に突然、熊谷草が!?!
茎を出した、気づいたのは5月5日。
数年前、我が家から10数キロ離れた里山やお寺の境内で見たことがあったが、
我が家に再び茎を見せてくれるとは、思いもしなかったことである。
元元は、水没する場所から引っ越して来訪した野草。生なく滅なしって思っていたのだが、
再度、顔を見せてくれた。今年は、何か良いことが起こりそうって、期待してる。




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