文永8(1271)年10月、寺泊を船出された佐渡配流の日蓮聖人が,、強風のため当地角田浜に漂着されて「七面大明神」を教化、「岸・岩・波」の三題目を書き遺されました。後に孫弟子にあたる日印上人が日蓮聖人ゆかりの聖地として、鎌倉時代末期の正和2(1313)年に創建されたことに始まります。日蓮聖人滅後31年目のことです。
当初は三題目にちなんで、妙法寺、蓮華寺、経王寺の一山三カ寺でしたが、蓮華寺、経王寺は他に移転し、妙法寺が妙光寺と改称しました。創建以来700年の歴史を有し、旧長岡藩主牧野忠成公はじめ多くの檀信徒の信仰を集め、今日まで歴代住職53代の法灯が継承されています。
岩屋は
境内裏手の自然の洞窟。ここに住む七頭一尾の大蛇を教化され、それが後に七面大明神として祀られるようになりました。
現在は七面天女岩屋と表示されています。
天保二年(1831)にこの地を訪れた江戸の画人「長谷川雪旦」は写生を書き残しています。
このような歴史を物語る岩屋。
人気(ひとけ)が無いと薄気味悪く、早々に退散しました。
あれだけ猛暑・酷暑と云われていましたが、九月も十日になると朝晩はスッカリ
秋の様相
昨朝の空は秋の「鰯雲」
季節は確実に巡ってきます
月欠ければ又満ちるの言葉通り、災難や天災の復旧もいづれ成し遂げられるでしょう
しかし、放射能の汚染は人類が制御し得ない世界です
早朝ウオーキングでたまに街中を歩くと、庭が無くとも歩道に花を咲かせています
このお宅は、年中手入れを怠らず、道路も綺麗に掃き清めています
早朝の爽やかな季節が巡ってきました
青空はすがすがしく、川面を渡る風は、冷たさを感じます
早朝の点景を
愛知県は以前から「いちじく」の産地として、時期になるとスーパーに並んでいました
昨年までは5~6個ワンパック¥400以上していましたが、昨日は¥298です
思わず手が出ました
昔から「いちぢく」を買って食べたことが無いので、高いと手が出ません
最近は水田の転作として、「いちじく」を栽培する農家も身近に増えています
その影響でしょうか
日本古来の「日本いちじく」は少なく、殆どが見え栄えのする大型の「西洋いちじく」です
味わいの濃厚さは「日本いちぢく」が勝っていると思いますが
歴史を紐解いて調べると、多くの資料・史料を集めます
これらを繋ぎ合わせ、織物の如く縦糸・横糸を織り上げて、論考を書き上げます
それらの集めた多くの資料をSDカードやUSBメモリィに保存し、ファイルに同梱
して保存します
確かに、HDDにもバックアップをしながら保存はしますが、少容量のメモリィが
役に立つ機会も多いものです
最近は大容量が増えましたので、この際少しまとめ買いをしました
これですと、人に差し上げても負担になりません
今朝は晴れ渡り、ウオーキングには快適な朝でした
川岸を右岸・左岸を橋を渡って一回り
約4Kの道のりを快適に歩きます
健康志向で多くのウオーカーとすれ違います
毎年行くキャンプ場は便所(日本では現在、死語となりつつあり「トイレ」が一般的です)の清掃と手入れは完璧
地元の高齢ご婦人方のボランティアでシーズン中は手入れがされています
キャンプ場を訪れる様々な人々は、持参した道具をゴミとして放置して帰る人も沢山居ます
画像の道具は放置されていたものを、脚を差し込み、焚き火用に復活して火遊びを楽しみました
普通は、石を並べての火床を作って焚き火をします
網を乗せ、料理や貝を焼くのに利用できます
今回はお湯を沸かしたり、サザエを焼いたりしました
一年ぶりに北の小島へキャンピングに行きました
毎年、1~2回訪問して30年近く経ちます
酔狂な遊びと割り切り、海に潜り食料調達
周りのキャンパーと仲良くなり、ご馳走になる事も
多々あります
勿論、海の幸をタップリと提供した見返りですが
今回は、28日の為キャンパーは一組
でも、仲良くなりました
刺身
壷焼き
昨日、午前中に潜って獲った獲物は、夕食の食卓を
賑わせてくれました
好物のサザエを処理するのは手馴れたもの
私獲る人、カミさん作る人
分業が上手く機能しています
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