地震対策でいろいろ片付けていたら出てきました、子供たちが愛したぬいぐるみ。
どうしましょ...
昨晩、2回目の夜の計画停電があった。今回は6時半から始まり、8時に終わった。前回もそうだったが、暗いところにずっといると、目がしぶしぶしてくる。昨日は絶えられなくなり、少し仮眠した。相変わらず、窓から見えるマンションは煌々と輝いている。
そして、古いガムラン・ゴング・クビャールを演奏した後片付けて、新しいガムラン・ゴング・クビャールをみんなで演奏しました。とても、いい音です。これからみんなで叩いて、もっといい音にしていきましょう。名前も、「音工場」から「音の森ガムラン・スタジオ」に変わります。
昨日、平和島にある音工場で今まで使っていたガムラン・ゴング・クビャールのお別れ会があった。私は音工場の1期生なので、ほぼ23年間このゴング・クビャールのお世話になった。特に、奥にある5鍵のジェゴガンは、よく叩いた。そして、その手前のグンデル・ランバットを昨年はじめて羽根木の演奏会で演奏した。名残惜しいが、まあ、日本にあるわけだし、またどこかでお目にかかるときもあるでしょう。
小学校6年生のときの夏休みの自由課題で私が作った小物入れです。横幅25cmあります。昨日アップしたアクセサリー入れを参考にして作ったものです。当時の夏休みは、中学受験のための塾の夏期講習へほぼ毎日通っていた為、この夏休みの宿題はとても楽しく、ストレス発散に役立っていました。
良く見ると、ただまねして彫っているだけでなく、勝手に月や雲、そして山などを加えて彫っています。なかなか創造的ですね。箱の四隅もアクセサリー入れを参考に板の端を斜めにカットして、板と板のつぎめをわからないように作っています。板だけでなく、ニスも自分で日曜大工店で購入して、確か3度塗りしております。
妹も私がこれを作っていたことを覚えており、母が妹にアクセサリー入れを捨てて私に怒られたことを電話で話したときに、「当たり前でしょ!」と妹にも怒られたそうです。なかなか理解のある妹です。
この小物入れは、今でも私がいろいろなところで買ってきた「小さな音具入れ」として使っています。
45年前に母親が台湾で購入したアクセサリー入れである。横幅ほぼ45cmある。今回の地震でライティング・ディスクの上から落ちて壊れ、写真上のような状態で家の外に捨てられていた。カイの散歩から帰ってきたときに見つけたのである。急いで我が家に入れて、母親に苦情を言いにいった。
小さい頃、このアクセサリー入れの凝った構造と外側に彫られている中国の模様が好きでよく触っては眺めていた。私にとっては、台湾に2年半住んでいたときの思い出とともに、とても大事なものである。父親は、普段のごみに出せないので、後日、鋸で小さく切り刻む予定だったようである。とんでもない!
そして昨日、修理したのである(写真下)。乾燥しているので木工用ボンドの乾きも速く、半日くらいでできた。今日から、私の腕時計でも入れようかな。本当に雨が降らなくてよかった。
カイの散歩のときに撮影した今朝の富士山です。震災後に、いつもと変わらぬ富士山を見ていると、われわれ人間はちっぽけに感じます。
生きていることに感謝しなければ!元気を出して前向きにいきましょう。
大阪のビッグカメラで買ってきたヘッドライト、とても役に立ちました。壁にあてて間接照明にすると、バリ島で暗い蛍光灯の下にいる感じになります。単4三個で10時間持つし、なかなか良いです。
しかし、なぜ同じ5グループなのに、窓の外から見えるマンションは煌々と明かりがついているのだろうか。納得がいかない...
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