Give me a break.
3月
3日
堀江のブティックに、気の利いたカスタム・チョッパーがディスプレイしてあった。
仮にこのマシンが、ROAD HOPPERの横に並んだら・・・。
デザインもオリジナリティも負け。完全に負け。
やはり、妥協はいかん。
頑張るということは、欲しいものを手にすることであって、欲しいものに近いものを手にすることではない。
右のタイトルからも見ることができる「不良の系譜」に登場する1969Vetteの物語は、単に車の苦労話ではない。
10年以上の歳月、諦めない精神力、そして多額の投資の上に成り立っている。
その裏側は、もみくしゃにされ、涙を流しながら、このマシンの完成を夢見て耐え忍んだビジネスの歴史でもある。
僕はこのマシンを誇りに思い、社員の誰にでも自慢する。
それは、自分の成功を自慢しているのではなく、ここに集う誰もが、僕と同じことができると言うことを伝えたいがためだ。
もちろん、夢の形はいろいろある。
物が全てではないことは、百も二百も承知している。
さて、神戸のモトブルーズに12月には入荷するはずだったハイテク・チョッパー「SLED」に関する情報がまだ伝わってこない。
天気もいい。
僕は久しぶりに、GMのCreat EngineであるZZ572(9400cc)を搭載する1969Vetteを目覚めさせた。
もちろん、神戸へ向かうためだ。
阪神高速の制限速度は60km/hだが、右車線を走行する一般車両のスピードは100km/h付近だ。
僕も同じように、退屈なこの流れにマシンを委ねていた。
しかし、明らかに異端のスタイルをもつ、第3世代初期型のC3のボディと、アメ車というイメージにそぐわないレーシーなサウンドを奏でる僕のマシンに、ちょっかいを出すやからも多いのだ。
今日も現代のアメ車野郎が、後ろにぴったりと張り付いてきた。
路上での自己顕示欲の主張は、いかなる場合も卑劣なものだ。
現代の車を操るものは、その選択の優位性を試したくなるものなのだ。
僕はいまいましく思いながらも、一般車両の流れに従っていた。
チャンスは突然訪れる。
一般車両、緊急車両、自動取締りがクリアになる瞬間だ。
ギアは1つだけ落とす。
アクセルを踏む。
儀式はそれだけだ。
たった一秒前まで、古めかしい1969Vetteのテールを舐めていた者は、本物のレーシング・エンジンの加速を知る。
高速道路上で走るもの全ては、突如として線形となり、驚くほどの差速度で後ろに流れ去る。
このシチュエーションでは、現行のBMW M6も、現行CorvetteのスーパースポーツモデルであるZ06も追走できる加速ではないのだ。
ミラーの中のドライバーは、自分の理解を超えた存在を前にして目を見開き、自分の車がバックしているかのような錯覚を味わっている。
そう、僕は誰よりも卑劣な男なのだ。
しかし、今日はこれだけでは済まなかった。
シフトアップの為、クラッチとシフトレバーを電光石火の速さで操作した時のことだ。
エンジンの回転が、異常なまでに跳ね上がった。
エンジン回転数は、レブリミットの7000rpmを遥かに超え、10000rpmに達しているかもしれない。
もちろん、アクセルペダルは踏んでいない。
アクセルリンケージのどこかが、引っかかったのだ。
瞬時にアクセルペダルの裏側につま先を突っ込み、ペダルを引き戻すが、エンジン回転数は落ちる気配がない。
その間、3秒。
そこまで、そのアクションを試みた上で、キルスイッチを倒した。
エンジンは即座に停止したが、マシンはその直前の加速で200km/hを超えている。
惰性でマシンをコントロールしながら、左車線に移る。
追い越し車線上での停止は、命を失いかねないからだ。
もっと言えば、出来れば狭い2車線が続く阪神高速神戸線上での停止は避けたい。
1km先に湊川出口がある。
この速度ならば、何とか到達できそうだ。
しかし、エンジンを停止しているマシンは、パワーステアリングも、ブレーキ・ブースターも効かない。
どれほどの力でブレーキを踏めば止まれるか、どれほどの力でステアリングを操作すれば曲がれるかは未知数だ。
だが、一発勝負であってもそれを決めるしかない。
キルスイッチを再び起こし、ウインカーとブレーキランプだけを動作するようにしながら、出口の下り勾配を利用して一般路へ向かう。
意外にも、ブレーキ・ブースターを失った6potブレーキは、何とか使えそうなレベルだ。
そして、一般路手前の一時停止標識を微妙に無視しながら、安全な場所に停止することができた。
ボンネットを開けると、進化型のキャブレターであるSPEED DEMONのアクセル・リンケージが、ほぼ全開の位置で完全に引っかかっている。(写真上)
指の力ではなかなか戻らない。
時折り、気化したガソリンが陽炎を作っている。
爆発を警戒しながらも、何とか渾身の力を込めて戻す事ができた。
上野山君と連絡を取りながら、エンジンの熱が収まったところで、再始動を試みる。
バルブ・サージングはさせてしまっているだろうが、エンジン音に全く異常はないようだ。
これならば、フル・スロットルさえ踏まなければ安全に帰宅する事ができそうだ。
しかし、超高回転が影響してファンベルトを引きちぎってしまっていることを、このとき僕は気付いていなかった。
悔やんでも悔やみきれない。
この写真には、オルタネーターにベルトが掛かっていない様子が、わずかに写り込んでいる。
ベルトがなければ、ウォーター・ポンプも回らない。
500メートル先で、彼女は息絶えた。
緑色の汚物を撒き散らしながら。
上野山君にローダーで来てもらい、積み込み作業。
傾きかけた陽の光を浴びながら、機嫌を損ねた1969年生まれの彼女もまた淋しそうに見えた。
「不良の系譜」は、まだ終わらない。
----この物語は、フィクションです----
それにしても、平穏に終わる日が一日くらい有ってもいいんじゃないのか?
勘弁してくれよ。
【Vette】