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朝。

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朝、目が覚めてベッドで身を起こしたまま、しばらくしていると
一粒の涙が、ほほを伝った。
悲しい夢をみていたとか、そんなんじゃない。


昨晩、私が約3年務めたバイトで、私のお別れ会兼ご飯会が開かれた。
私はココが最初の勤め先だったから知らなかったけど、
本当はこうした会が開かれるなんて結構希有なんだろうな、と思う。
ただの、一介のバイトなのだから。


でも、店長と副店長とは苦楽を共にしたと言っても過言ではない。
それくらい大変な時期が、ココにはあった。


めちゃめちゃに笑って、じゃあまたね、と手を振って別れた昨夜。
今朝、一区切りついたんだな、と思うと3年分のありとあらゆるコトがフラッシュバックした。


私は卒業したて。一番最初の職場。
何がわからないのかわからなすぎて、失敗の連続だった。

夢との闘いも初めたばかり。
自分の気持ちをコントロールするのは今ほど上手くなくて、
家族との付き合い方も、なんだかわからなくなったりした。

プライベートも仕事も難しくなって、
ノイローゼになるんじゃないかってくらい、寝れない日々が続いた。

やめたいという衝動に本当はずっと駆られていた。
苦難が去ってからも、その気持ちだけはずっとあって、
毎回帰宅途中には空を見上げずにはいられなかった。

夢と、現実。
その両立の難しさ、世間体の悪さを、ずっと空に投げていたんだ。


ああ、そうだったなぁ……って、
唯一変わらない部屋を眺めて思う。

最後の方なんて、人生の岐路といえるビッグイベントのために、
身なりも気にせず、余裕がなく、常にギリギリした状態だったから、
解放されたあとの私の変わりように、店長も含めて皆が驚いていた。

余裕のなさを隠せなかったことをちょっと恥じる。
でも、それにさえ、「終わってよかったね」なんて言葉をくれたりしたんだ。

希有なこの関係。新しくなった職場でこの関係になるのはいつだろう?
あまり期待はしない方が良いかもしれない。
私が思うよりずっと、ココでの絆は濃くて、尊いものだったのだろう。

恥ずかしくてそんなことは、伝えられないけど。


正直ここまで胸にくる最後を迎えられたのは、
その苦しみがあったからこそだからだと思う。

心に傷が深くたくさん入ったからこそ、それらが隅々まで癒された時に、
感じ入って、どうしようもなくなる。

やめなくて、良かった。
でもこれは、かなり異例なケースだと思って間違いない。


たまたま私はその苦しさをメンバーと共有できたし、
乗り越えることができたから、続いた。
結果として、環境は劇的なまでに改善されたんだ。

でもそれが、全ての職場に当てはまるとは思っていない。

私は、働くのが苦しいと言う人がいたとき、無理に頑張れとは言わない。
本当にやめたいなら、その選択もアリだと思う。

ただ、続けた先に何が起こるのか、何が待つのか、
それは、続けた人にしかわからない。

ここでの結末のおかげで、そう説くことは、できるようになったかもしれない。

3年間ありがとうございました。
改めて今までの、私生活も含めた全てを振り返って、頭を垂れる。
踵を返したら、もうこれまでと同じ私にはならないように、

前を向いて、
迷いを捨てて、
感情をコントロールして、
厳しく律して、

夢に向かって進んでゆこう。


きっと過去は私の前途を祝福してくれる。
泣きはらした目でいる過去の私も、今の私に「行けー!」と叫ぶことだろう。

どんだけ進んでも、この3年間は、ずっと私に手を降り続ける。

いつかまた、遥か遠くで、笑顔で手を振り替えそう。

一生、忘れずにいよう。

ワオ!と言っているユーザー

寂しいという気持ちと。

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映画を見終えたあと、
感動したシーンや台詞が人それぞれであるのは当然だけど
どうしたって人はそこで多少なり、“価値観の相違”を感じてしまったりする。

価値観。

同じ環境で育った兄弟でさえ異なるそれ。
なのにソレが合わないと、人はなんだか勝手に寂しくなってしまったりする。

腹が立ったり、
なかったことにしてみたり、
悲しくなったり、
いろいろ。

相性が合えば、それは本当に幸せなことだ。
私は、永らくの間、ソレが引き連れる寂しさに、悩んできた。



高校生の頃から、私は遊ぶ余裕がなかった。
真面目に勉強する、という風でもなかったけど、とにかく
学校が終わってからは直帰で、放課後誰かとどこかに行くことは、
片手で数えるほどしかしていない。
余裕がなかった。

専門に入ってからは、
それこそ技を知るために学校以外の付き合いを一切断った。
学校と家の往復。クソ真面目にそんな日々を過ごした。

そしたら、さ、世間との感覚ともズレるというものだ。

その弊害をもって、私に「もっと遊べ」という忠告をする人はたくさんいた。

頑固者に見えても仕方ない。
「寂しい」といえば「だから言ったろう」といわれ、
私も「ああ、間違っただろうか」などと過去を振り返ったりした。


「寂しいと悩むことは、悪いことじゃない」


とその言葉をくれたのは、敬愛するその人。


「人とは孤独というものだ。合う人なんて1人いたらいい。
遊んだからといって、欲しいものが得られるわけじゃない」


私は聞いた。
でも多くの人と合わない私は間違っているのではないでしょうか。
人の気持ちが理解できないのは、私が作るものにも影響するのではないでしょうか。

すると、


「あなたは別に、人の話を聞いていない人ではないよ」


敬愛する方はそれから、つらつらと教えてくれた。


「技を極めるには、それに多くの時間を費やさないといけない。
結果、孤独にもなる。
でも孤独になって、自分を知り、自分を知ることで、他人を理解できるようになる。
孤独な人が生んだものは、
多くの人に感動を与える。」

悩むこと、思考することを、やめてはいけない。
人の意見を“合わない”と言って、はねのけてもいけない。

孤独がガンコを生むときは、殻にこもって思考を止めたときだよ。

だから、

「あなたのソレは、必要なこと。」

続けてゆきなさい。


と、そう言われたときには、なんて大変な道を選んでしまったんだと思った。

辛くて集中することもままならなくなりそうな、この心理状態が必要だって?
続けろだって?
歯向かう気はないから、従うけど。
なんて大変で、憂鬱で、苦しい道のりなんだ、と思った。

周りはもっと楽しそうに生きているのに、なんてこった。
人生楽しんだもの勝ちなんじゃないのか。


ああ、でも
「そんなこと気にしてないで、作業しなさい」とか、
そんなことを言われたんじゃなくて良かった。

少なくとも腑に落ちて、
「しょうがない。今のまま、
寂しい時には寂しいと、しっかり思って生きていくか」なんて
軽やかに思えている自分がいる。

相変わらずこの先も、私は世間の感覚を理解できないだろう。
そんな私が生んだものが、世間に何を伝えられるのか。
どんな反響があるのか。

それを楽しみにしてみても、良いのかもしれないと思えた。

ワオ!と言っているユーザー

優しい世界

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人生には、二つの道しかない。
一つは、奇跡などまったく存在しないかのように生きること。
もう一つは、すべてが奇跡であるかのように生きることだ。


と、その昔、アインシュタインは言った。

私は後者の人間でいたいと常に思っている。

外出のタイミングで雨がやめばラッキーだし、
大事なものを失くしたら、それは何か自分の考えが間違っている、
というメッセージかもしれない。

物事がうまく運ぶとき、そうでないとき、
その時々で私は、自分の心の在り方を確認するようにしている。

そんななか。

愛犬のラッキーがこの世を去った。

2歳から4歳までをともに過ごし、家庭内の事情でやむなく養子に出した。
それから5年。年齢は9歳で、その種の犬としては寿命と考えて良いらしい。

ラッキーが去るちょうど一ヶ月前、
彼の住む街にほんの10日間いくことができて、
私と彼は再会を果たすことができた。

相変わらず落ち着きがなかった。
何も変わっちゃいない。

ふわふわの毛並みを5年ぶりに撫でて、次がまたあるだろうか、などと思いながら帰った。

それから一ヶ月。たまたま養子に出した人と縁のある身内が、私の部屋に来ていてリアルタイムで、危篤状態から召されるまでの経過を電話を通じて、知ることができたのだった。

もしこれが、
身内が部屋に来ているタイミングじゃなかったら、
あとから、亡くなったという報告だけだったら、
養子に出した以降再会していなかったら、
実感のわかないまま、彼はいつまでも記憶のまま残り続けたかもしれない。

でも会えたから、リアルタイムでその瞬間を聞けたから、
私は心から彼を悼み、涙することができたのだった。



ペットが亡くなったとき、きちんと泣かないと、いつまでもソノ子が心に残って、似たような柄を見つけては、ソノ子を投影してしまうという現象に陥るらしい。
後釜、とかいうやつだ。どちらにとっても失礼な話である。

涙して悼んだときには、一旦そこで全ての整理をつけることができる。
だから泣くというのは、人間にとって必要なことなんだと思う。

泣くことを恥ずかしい、男らしくない、とする風潮があるけれど、
泣かないでいる人間の方が、他人の理解に乏しくてガンコ頭になりやすい。

そう言う人は、すべてのことを奇跡とは、なかなか考え辛かったりするのだ。

奇跡を感じるためには、5感をフルに使う必要がある。
匂いも、触覚も、聴覚もなにもかも、
自然体でリミッターなどかけずに、普通にしていること。

そうすると泣けるし、泣けたことすら、奇跡だと思える。

偶然だよ、と言って片付ける人とは、私は付き合うことはできない。
でもそう言う人たちがいるおかげで、
凄いね、と語り合える人にであったとき、再び奇跡だと思えるのだ。

人生は努力こそすれ、あとは流れに身を任せていれば良い。

奇跡だと思わない人の人生がどんなものだが、私は知りようもないけど、
少なくとも、私の人生は豊かである。

ありがとう、ラッキー。
腕に抱かれたまま逝ける、幸せな最期で良かった。
ラッキーにとっても幸せだったなら、世界は少し、優しくなるよ。

ワオ!と言っているユーザー

ココカラ

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まどろみの中で、これまでを振り返る。

この前、私は人生の大きな岐路に立った。
自分が望んだ未来だった。でも、直前まで覚悟が足りなくて、
ありとあらゆる葛藤と苦悩の末、当日を迎えた。

結果、思いがけず大輪の華とかよばれるものを咲かせるに至った。
今はまた、静寂の上に落ちつく日々に戻っている。

そこは、空を見上げても星は少なくて、
その分、街の明かりが美しい場所だった。

まるでなんでもないことのように、街を眺め
目的に歩みを進めた時間を、少しもったいなく思う。

それも、余韻ということだろうか。
今だから、思えるんだろう。
そのときは、そんな余裕なんて、ぜんぜん無かったから。


でも、設営の終わった夜、ほんのりと明かりを灯して
見渡した部屋の景色だけは、忘れることができない。

本当にキツかった。
本当に、いままでしたことがないような我慢をし、自分を叱責し、
己を奮い立たせて、現状に怯え、未来を恐れて、
心が壊れそうなほど、
上手くいきますようにと
神様に祈った。

こればかりはどう話したって伝わりはしないだろう。
ひどく、感覚的なことだ。

次の日、色んな方から驚くほど、嬉しい言葉をもらった。

そうしてようやく、私はそれまでの苦労を昇華させることができたんだ。

もう、その場で人生が終わっても悔いはないと思えた。
いろんな方のおかげで、私は自分を許すことができ、
筆を投げたくなるような夜を、抱きしめてやることができたんだ。

努力が、はじめて報われた瞬間だった。
涙がでない わけがなかった。


この世の中はとても厳しい。
どんな経験もムダではない、という言葉があるが
もったいない はある、と私は思っている。

デッサンだって、結果どんな書き方であれ、絵ができさえすれば良い。
でも、床は水平に描いた方がより早く“床”になるし、
ビンは縦に線を入れた方がより早く“ビン”になる。
それによって大学に受かるかどうかの分かれ道にもなる。
受かれば良いという問題でもないが、目標は限りなく達成しやすくなる。

鉛筆のタッチの入れ方、一つ。

常識だと聞くと はねのけたくなるが、
それはきっと、理と言いあらわすべきだろう。

理。世の中の真理。

先人がつらつらと本にしたり、
歌にしたり絵にしたりして、後世にのこしてくれているそれらを、
あとは自分自身が、どううまく取捨選択できるか。

それで人生は決まると思うんだ。

とは言っても別段、こうあれ、とか言うつもりはさらさらない。
そうアレコレ考えずとも世の中は責めない。極めて放任。
それから劣等感なんて、抱く必要などない。

前を歩いても、私はついていかない。
後ろを歩かれても、私は導くことはできない。
横を歩いて、それぞれの道で、変わらない笑顔でいれますように。
たまにある合流地点で会えたらいいね、とそれくらいでいいのだ。

だから、申し訳ないことだが、私は選択を精査するだろう。
誰それに会うにしたって、“今”必要なことか否か、
時々に応じて考えるだろう。

何故なら、優先順位の一番は、“未来を好転させること”。
“自分の使命を自覚すること”。

一つのことをし続けるのは、決して簡単ではない。
好きという感情だけでは、私の夢とは付き合えない。

わかっているからこそ、わかったからこそ、
私はふたたび今を犠牲にしよう。

決意を新たに明日を迎えよう。


いつかくる、その日のために。

ワオ!と言っているユーザー

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