渡辺先生ご夫妻に金沢駅まで送ってもらい、真新しい北陸新幹線で東京へ。
川崎に立ち寄り、橋本文子先生と待ち合わせ。
入院中の主人の橋本幸夫先生の病院まで同行していただいた。
その後は美智子シェルホン先生のところへご案内いただく。
美智子先生は私を覚えていてくださり、笑いと和やかな会話が進む。
エレガントでありながら茶目っ気たっぷりの美智子先生。
渡米まで2年間共に生活が許され、まさに親子のようにして過ごした日々がつい昨日のことのようである。
人は年を重ねるのは当然ながら避けられない。
問題はどのように年をとるかであろう。
肉体の制限を日々増し加えられながら、高揚された精神、すなわち愛と希望とを失わずに平安の内に日々を過ごせるのは主イエス様に繋がっている信仰、そこから流れ出る恵みに支えられてのこと。
嵐山での散策を楽しんでから伏見にある京都伏見教会へ向かう。
小集会室に当教会出身で牧師となられた先生方の写真が飾られてある。
その10数名の内、多くを存じ上げているが新しい発見もある。
「へえ〜、あの先生もこの教会出身だったのかぁ」
そんな中で最も大きな驚きは、神学校同級でしかも一年時に隣の机に座られた松井先生がここ京都伏見出身出会ったこと。
翌日、祈祷会の始まる1時間も前に玄関先におられた年配の男性がいらっしゃった。
お顔からして松井先生のお父様にお見受けする。
「松井と言います」とおっしゃられて、やはり!
集会までの30分ほどお話させていただく機会を得たが、
その話ぶりからして父子であるのが良く分かる。
松井先生が小学生4年時よりこうして大津から遠路はるばる日曜礼拝にも水曜祈祷会にも通っておられるという。
松井先生の確かな信仰の源泉に接した想いであった。
姫路城を午後2時頃に立ち、姫路へ向かう。
京都駅で二日前と同じく、観光案内所にまずは立ち寄る。
闇雲に京都の街を歩いたって目ぼしいものにお目にかかれることはない。
プロからのアドバイスの方が確かに決まっている。
そこで可処分時間、
大まかにどんなテーマに興味があるのか、
歩行距離の許容範囲などを告げて
良さそうなところを選んでもらう。
二日前は東山を選択。
今回は嵐山となった。
姫路城を散策して来た。
高校の修学旅行時以来のことなので初めてここを訪れてから30年以上も経っている。
その当時は「タダの古い建物」であったものが今日、輝きをもって私に迫ってきた。
日本で初めて世界遺産に認定された歴史建造物であるとか、
60年ぶりに漆喰の壁を白く塗り替えたばかりであるとか、
そんなことは私にとってはどうでも良いことである。
ここが私に多少なりともの感慨を与えるのは、
まず第一に黒田官兵衛の青春時代の居城として、その勢力基盤を築いた場所であるのが大きい。
やがて中国征伐の秀吉にその城を譲渡し、秀吉の毛利決戦のための拠点となったこと。
さらに大坂の陣後、豊臣秀頼の正妻である千姫が大坂城を脱出して後、晩年の余生を過ごした。
伝道会議3日目。
今日もまた中身の濃い1日でした。
午前の講演に続いて午後はプロジェクトセミナー
「聖書信仰の成熟を求めて」に参加。
難しい理論に脳の汗を絞り出した後、
メイン中のメインイベントの瞬間がやって来た。
フットサル&温泉の宵❣️
リーダーは私の神学校同窓の蔦田S.先生。
蓋を開けてみるとなんだこれは〜
36名の参加者の殆どは20〜30代。
40代は数人。
50代の翁の来る場所ではなかったか!?
しかし同年代のS先生はフットワークも軽く
その敏捷さや運動量まで若い者には負けてにではないか!
その筋肉で普通の倍ほど膨れ上がっている太もも。
スポーツミニストリーを主宰している親分の貫禄は充分。
彼には遠く及ばずヘマばかり出会ったが、
私も1ゲーム6分を全6セット全うしました。
ゲームを終えたら温泉に行く気力はなく
S先生の車で帰路に。
それにしても
若い力溢れる主の精鋭ら数十人に囲まれた、圧倒された時でした。
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