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親の介護が厳しくなりました・・・。

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父、89歳。永年の糖尿、がん、脳卒中、心筋梗塞、両膝の炎症等で自力歩行が殆ど出来ない状態が続いてます。ただし思考力や記憶力は正確です。
今年に入って何度も立てなくなり救急搬送をして、その都度何とか自宅に戻りましたが、8月初めに救急搬送された病院で「これ以上ご自宅での介護は難しいのでは?」と医師から尋ねられ、現在も入院を続けてます。ただ病院での入院は最長でも3ヶ月なので現在滞在型の施設を考えています。

母、87歳。3年程前に両膝の手術を受けましたが特に生活に支障は無く、それ以外も身体的な病気はありませんが、5年程前から物忘れが増えてきて、一昨年もの忘れ外来を受診しました。当時は物忘れが段々とひどくなってきた位で、特に生活や対人関係で問題は無かったのです。
しかし、今月8月初めに父が入院した直後から、おかしな言動が目立ち始めました。

最初は、入院した翌日の夜に電話があり「お父さんが帰って来ないけど、どこへ行ったのか知ってるか?」と聞くので「昨日入院したじゃないか。」と答えると「あぁ・・、そうやったかいな・・・。」と半信半疑な納得をして電話を切りました。
(ちなみに父は何年も前から平日はデイケアに通っていたので朝9時にお迎えが来て、夕方4時過ぎに帰宅するのが日課でした。)

それから数日間、毎晩の様に同じ電話がかかってきました。ちなみに私は平日の昼間は実家にある事務所に居るので、昼間は母と会話も交わしており、空いた時間を見つけて毎日二人で父の病院へ見舞にも行っていたのです。にも関わらず夜になると「どこへ行った?」という電話があったのです。

4,5日過ぎる頃、さすがに電話はかかって来なくなりましたが、今度は私が朝、事務所に行くと、母がえらく真剣な顔をして「お父さんの事で話がある。」と言います。「なんだろう?」と思って話を聞くと、「お父さんに彼女が出来て、その人の所へ行ってしまったから、もう私の家には帰らない。」と言います。初めは笑いながら「何を言ってるんだ?手足もロクに動かず、トイレだって一人では難しい親父が、どうやって愛人なんか作れる!?世界一の大金持ちなら、ヒョットして財産目当ての女も居るかもしれないが、たかが年金生活してる89の爺さんを、誰が相手にするもんですか!?」と答えました。正直この時は、母が悪い冗談を言ってるとばかり思ってました。

しかし母は、頑なに「いいや、愛人が出来たに違いない!だから家に帰って来ないんだ。」と言い張り、何度私が「病院に入院してるだろう?」と言っても、信じようとはしません。また何度「愛人」と出かける事も出来ない身体だと言っても、入院する前日の夜に「もう俺はお前とはやってけない」と捨てゼリフを残して夜に愛人宅へ行き、そこで倒れて救急車で運ばれたと言い張ります。

今までは物忘れだけだったのが、いきなり妄想が始まり、正直私も驚いております。しかも何度説明しても(説明している時には、母も自分の思っている事が少しおかしい事に何となく気が付くみたいでした)、1時間も経つとすっかり私との話の内容を忘れてしまっており、また最初からの堂々巡りとなってしまいます。

認知症の症状に、こういう妄想があるとは聞いてましたが、いざ実際に自分の母親がこういう事を言うのを聞くと、本当にショックで私の方が滅入ってしまいます。しかもこの話を朝から夕方過ぎまで延々と繰り返しているので私はグッタリとしてしまい、自分の方がウツ病になるんじゃないかと思えます。

本日、母をMRI撮影に連れて行き、今度の金曜日に再度認知症外来で診察予定となっております。聞いた話では、最近は認知症のこうした症状にも効果がある薬もあるとか・・・、本当にそうであればと願っております。

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イタリア今昔

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2017年12月のイタリア・フ... 2017年12月のイタリア・フィレンツェです。 1974年12月のフィレンツェ... 1974年12月のフィレンツェです。
この時私は17歳でしたが、奇しくも16歳の息子がほぼ同じ場所で写真に写りました。
昨年12月に家内と息子の二人で10日間のイタリア旅行をしました。

ローマ、ポンペイ(ナポリ)、フィレンツェ、ベニス、ミラノと
バスや列車で回る旅でした。
本当は私も行きたかったのですが、介護状態の両親が居るのでやはり何かあってはいけませんので、お留守番してました。(^^;

私は43年前にやはりローマ、フィレンツェ、ベニス、ミラノを回りましたが、写真を見ると、歴史遺産的な建物は当然として、殆どの建物が当時のまま残っているのが印象的でした。
この辺が日本と異なる点でしょうね。
東京もですが、福岡も気が付いたら新しい建物に替わってしまってる事が多いですからね。

写真は、偶然家内が息子を写した場所が、私が昔撮った場所と同じ場所だった写真です。偶然とはいえ面白く思いました。

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引っ越しました!

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マンション北側からの眺めです マンション北側からの眺めです
私事ですが、3月1日に引っ越しました。

これまで2LDKの賃貸マンションに20年近く住んでいたのですが、うち一部屋は完全な物置兼カミさんのピアノ練習室となっており、今度高校へ進学する息子の部屋が無いのが主な理由です。(^^;
自宅を購入しなかったのは、いずれ私の実家もしくはカミさんの実家に住む事になるか、または両方を売って、それから購入になるかもしれないからです。というわけで、こんどのマンションも3LDKの賃貸です。
引っ越しを決めたのは1月末、それから物件を探し始めたのですが、私とカミさんの実家からあまり遠いと、両親に何かあった時に駆けつけられないので、結局近辺で探しました。しかし家賃の事、交通の便を考慮した結果、結局今住んでいるマンションの隣のマンション(ホントに直ぐ隣なんです!)に決めました。
未電化のローカル単線とはいえJR駅まで徒歩1分(実際、30秒程度)は、かなり通学に便利で、本数は少ないですが、乗換接続が良ければ博多駅まで20分かからずに行けるのです。
それに20年近くも住んでいると、地域の人々との関わり合いも多く、育成会やスポーツ同好会、組合活動を通して連帯感もあり、全く別の地域で暮らし始めるのも面倒な気がしていました。

ともあれ、今度の部屋は5階建ての最上階で素晴らしく見晴らしが良い場所です。また先ほど申した、地域活動で知り合った人も何人か同じマンションに居て、既にお茶しに行ったり来たりしております。(^^;

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キース・エマーソン逝く・・・

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キース・エマーソン逝く・・・
私の最も敬愛するロック・ミュージシャン
「キース・エマーソン」が亡くなりました。

海外のニュースによると、11日ロスの自宅で帰宅した
ガールフレンド(川口マリさんと思われる)が、居間で
倒れているキースを発見し通報。
死因は頭部の銃創から自殺と推定されているそうです。

4月中旬には東京・大阪でのライブが予定されており
ファンは心待ちにしていたと思います。
キースは永年の演奏活動(かなり過激)で右手を痛めて
しまい、10年程前に手術で再起を試みましたが、
結果はあまり思わしくなく、近年の演奏では右手は
親指から中指までの3本でキーボードを弾く姿が
痛々しく思えました。
また、4年前にも来日公演直前に腕の病気になり、結局
予定していたライブは全てキャンセルとなり、予約してた
私も本当に落胆しました。

その後も小規模なライブ活動は続けていたので
病気も小康状態だろうと思っていたのですが、
やはり進行していたらしく、最近はその事が原因で
うつ状態だったと聞きました。

ギタリスト中心のロック界で、確たるキーボード奏者と
して卓越した演奏テクニックとクラシック&ジャズの
素養を踏まえた、正に「怪物」でした。
また、当時実験音楽として使われていたシンセサイザー
をロックに持ち込み、ライブで使用した事も
特筆すべき事でしょう。

また一つの時代が終わった気がしてます。
キース、どうか安らかにお眠り下さい。

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思わず笑っちゃった

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思わず笑っちゃった 思わず笑っちゃった 思わず笑っちゃった
時々、こんな画像を見ることがありますが、
つい吹きだしてしまった画像です。

説明は・・・いりませんね。
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バーバパパよ永遠に・・・

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3月4日付けの毎日新聞記事。 3月4日付けの毎日新聞記事。 さようなら、タラス・テイラーさ... さようなら、タラス・テイラーさん。
3月初め、また一つ悲しいニュースがありました。

「おばけのバーバパパ」の著者タラス・テイラーさん(82歳)が2月にパリで死去されたそうです。

バーバパパは、昭和45年頃にパリで出版された幼児向けの絵本で、その後世界30か国に翻訳され、日本でも出版されていますし、確か富士通がマスコット・キャラクターとして使用していると思いましたが・・・。

バーバパパは、アメリカ人のタラスさんとフランス人の奥さん(後に離婚しましたが)のアネット・チゾンさんの二人が作り出したキャラクターです。アネットさんは4,5年前に既に他界され、残ったタラスさんがパリで活動されていました。

実は私は、40年前にパリでタラスさんとアネットさんにお会いして昼食をご馳走になった事があるのです。というのもフランス人と結婚してパリ在住の叔母(現在87歳)がアネットさんと友達だったからです。私はまだ英語が喋れなかった事もあって、あまり会話をした記憶は無いのですが、フランス語版のバーバパパにサインをして戴き日本に持ち帰りました。

私は、アネットさんがタラスさんと離婚した事もあり、また友人だったアネットさんも亡くなってしまったので、てっきり叔母とタラスさんはもうお付き合いは無いと思っていたのですが、叔母からの手紙によるとタラスさんとはその後も友達付き合いが続いていて、亡くなる間際に叔母に「最低一年で良いから、二匹の猫と一緒に自分のアトリエ(兼自宅)に住んで欲しい。」と遺言されたそうです。

叔母がどうするかは聞いてませんが、多分お世話になったタラスさんの遺言ですので、その通りにするだろうと思っています。しかし叔母も良い歳ですので、どこまでアトリエと猫二匹を管理できるのか・・・・。

ともあれ、タラスさん、結局あれからお会いする機会はありませんでしたが、どうか天国でアネットさん、バーバパパと共に幸せにお休み下さい。合掌
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「聾の形(こえのかたち)」

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「聾の形(こえのかたち)」
久々(?)に漫画にハマってしまった。

「聾の形」は、考えさせられハラハラさせられ、ちょっとだけ甘酸っぱい感傷的な気持ちを起こさせてくれた。(ええ歳こいたオッサンが何を言うとるんじゃ!?)

主人公は、小学生までは腕白坊主のショウヤ君そして、6年の時に彼のクラスに転入してきたショウコちゃん。しかし彼女は生まれつき耳が聞こえず、言葉もうまく喋れない。ショウヤはそんな彼女にどう接して良いか分からず、結局彼女をイジメる事で関わろうとする。エスカレートするイジメ。彼女の補聴器は何度も壊され、筆談ノートには悪口と落書きが書かれ、池に投げられる。でも彼女は怒らない。寂しそうな笑顔で、自分のせいで不愉快にさせてゴメンと謝る。その姿にもどかしさを感じるショウヤはさらにエスカレートする。そしてそれは大問題となる。

しかし、ショウヤははたして本当に彼女をイジメていたのだろうか。直接的にはそうだが、彼女をかばうフリをしつつも、内心は「ウザい!」と罵る女子たち。そしてそんな彼らの気持ちを「まぁ、気持ちは分かる。」と同調する教師。問題が発覚した日、クラス全員、そして教師までもが「悪いのはショウヤだ!」」と決めつける。

それから毎日、今度はショウヤがクラス全員からイジメを受ける。「でもそれは俺が原因だったからだ。」と受け止め気にしない様にするショウヤ。その後、中学を卒業し、高校へ行っても、もはや誰もショウヤに話しかける事は無く、彼も全てを拒否し、いつか「死」を意識する。

そして決断した日、彼は最後にショウコに謝罪を試みる。そしてそのために彼は手話を習得していた。(この辺はご都合があるけど)初めて手話を通して会話が成立したショウコとショウヤ。彼女は、ショウヤのイジメを受けながらも、そこに何らかのメッセージ性を感じ取っていた事、そしてショウヤは意思も何も伝えられない自分に無性に腹が立ち暴力やイジメに訴えた事を意識する・・・・。

以前、耳が聞こえないのと目が見えないのと、どっちが大変かわかりますか?という質問を手話の専門家から聞いた事があります。もちろんどちらも大変ですが、少なくとも耳が聞こえれば、意思の疎通や思いは伝わります。でも聾の障害は、言葉そのものを理解する事が出来ないので、思いや具体的な事柄全てが自然には理解出来ない障害なのです。

そんな事を思いだしながら、この漫画を読みました。
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卒業式

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チャペルで卒業証書を受け取る息... チャペルで卒業証書を受け取る息子です。 熱唱するオヤジ達です。 熱唱するオヤジ達です。 脇で必死に伴奏する私です。(汗... 脇で必死に伴奏する私です。(汗)
息子が小学校を卒業し、中学へ進学しました。
小学生だった頃は「子供」というイメージでしたが、やはり詰め襟の制服を着た
息子は、もはや「子供」ではありませんでした。感無量ですが、ちょっと寂しい気も
しています。

卒業式では、有志のオヤジ達10数名が卒業祝いとして「合唱」を披露しました。
これも準備や練習が大変でしたが、皆良く頑張ってくれて素晴らしい合唱を披露
することが出来たと思っています。
#ブログ

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永遠の0

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永遠の0
「永遠の0」 小説を読んで映画もみました!

ただただ泣けました。(まぁ実際には泣いてませんが・・・)
でも何度もグッと来るものを必死で抑えつつ映画をみましたね。
特攻を美化するつもりもなく、映画もそうではありませんんが、
やはり特攻に往った英霊に敬意を表したくなります。

日本人はかくも純粋で誇らしく、素直で単純で
恐ろしく頭が良い。だから先の大戦でこんなミステイクを
犯してしまったんだという気がします。

今日本は未曽有の危機の中にあります。
内外共に深刻な問題を抱えて、必死にかじ取りを
している・・・・、まさに敵艦めがけ弾幕を避けながら
特攻をかけるパイロットの状況かもしれません。

願わくば、我らの良心と決意と希望が叶えられんことを
ただただひたすら祈る思いになりました。
#ブログ

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アビーロード

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webより拝借。1969年頃 webより拝借。1969年頃 44年後の2013年。 左側の... 44年後の2013年。
左側の塀が全く変わっていませんね。
何度かロンドンへは行ったのですが、どういうわけか
この「世界で一番有名な横断歩道」には行って無かったのです。

左側の白っぽい壁の奥の出入口あたりが当時のEMIスタジオ入口です。
現在はアビーロード・スタジオとなってますが、当時と同じレコーディング
スタジオです。

結構車の往来が激しいところですし、観光客が多いので
なかなかうまく写真を撮ることができませんでした。
#ブログ

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