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波猫まち子の日記

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新しい仕事が一つ決まりました!

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市役所の目の前にある銅像。サン... 市役所の目の前にある銅像。サンディエゴ・ベイに面しています。
サンクスギビング、クリスマス、新年と無事ホリデーシーズンが終わったものの、今年は珍しく名残惜しくてまだクリスマスツリーを飾っています。
 
さて私事ですが、なんと仕事が一つ見つかりました!といってもインターンですが、お給料もいただけるし、サンディエゴ市役所のCounty Council(民事訴訟を扱う弁護士事務所みたいな部署)での従業員になるので、こんな貴重な経験はありません。最初に面接のお話をいただいた時は、パラリーガルの元で働く事務仕事とは言え、法律のことなんて何も知らないしムリムリ、と思ったのだけれど、いや待て、私には仕事が必要、選り好みしている場合ではない、それに自分が不適格だったら受かるはずないし、、、ととりあえず面接だけ受けてみることにしたました。そしたらまさか採用されてしまい、嬉しいと同時に一気に不安になりました。「私にできるかな~迷惑をかけることになったらどうしよう」と。でも、23年ぶりのオフィス勤務というのはワクワクするし、自分のやりたいことを仕事にしたいと決意して大学に戻ったからこそ得られたチャンスです。当然法律関係に進むわけじゃないけど、きっと自分にとって価値のある経験になるはずだし、やれるだけ一生懸命やって、ダメだったら辞めればいいだけの話だ、と自分に言い聞かせました。
 
1月2日が初出勤。市役所のあるダウンタウンまで、うちから10分なので通勤はとても便利です。ヒールのある靴を履いてビジネス風の格好をするのも本当に久しぶり(実は前日、ハーパーにやり方を教えてもらって髪も巻いたの)。ドキドキしながら市役所のセキュリティを通過して3階に上がると、長い廊下の突き当りに木でできた重厚な両開きの扉が見え、左側に「Entrance」、右側に「Exit」と書いてあります(つまり一方通行)。9時5分前にその重い扉を押すと、意外にも小さな待合室になっていて、ガラス越しに受付の女性が笑顔で迎えてくれました。Zoomで面接をしたVが私のスーパバイザーで、チーム全員に私のことを、「彼女はとってもやる気があるから、きっと頼もしい助手になってくれるはず!」と紹介してくれ、経験のない私の存在を有難がってくれているんだ、と嬉しく思いました。職場は明るい雰囲気だけれども、やはり法律を扱っているだけに、無駄口を叩けない緊張感が(私が変に緊張してるだけかもしれないけれど)。でも、月金はリモートで働く人が多くてガラガラで、多くの人は火~木に出勤しているようです。
 
一体どんな仕事が与えらるのかな、、、とドキドキしていたら、初日はオンライン上のトレーニングが準備できていなく、「デポジション(証言録取)のサマリーの仕事があるけど、いきなりだと大変かしら?書類をシュレッダーにかける作業もあるけれど、どっちが良い?」と聞かれ、いきなり難しい仕事(最初はデポジションが何かも知らなかったし)をしてヘマするのは申し訳ないと思い、シュレッダーを選んだ私(苦笑)。しかし、これが想像以上の肉体労働(?)で。まず、書類の量が半端ない。私が実際に行うのはシュレッダーにかける前の作業で、様々なタイプのフォルダーを解体し、ホッチキスを外して、紙をシュレッダー専用のごみ箱に捨てること。このホッチキスを外す作業がネックとなったのです。初日なので緊張していたせいか、私は何も考えずに手で外していたんですね(バカですね)。ホッチキスの先に外す部分があるのは知ってたのですが、その普通のホッチキスが見当たらなかったんです。勤務時間5時間のうち(私のスケジュールは木曜以外の平日の9時から2時まで)、3時間この作業を続けていたら爪がボロボロになってしまいました。さすがに次の日、ホッチキスの芯を外す道具があるか聞いたら、専用の器具があったので作業はだいぶ楽になったのだけれど、一日2時間は費やしていたら4日目には右腕が腱鞘炎になってしまいました💦この作業の他にオンライントレーニングをしたり、先に書いたデポジションのサマリーを書いたりという仕事もあるので、しばらくはそちらの方はお休みすることにしました(笑)。
 
一般的な勤務時間は朝9時から午後5時なので、5時間しか働かない(しかも週4日)私は贅沢を言っていられないのだけれど、逆に5時間勤務だと休憩時間が15分しかないのです💦休憩はベイに面した気持ちの良いラウンジで取れるものの、なんせ時間がないので、持ってきた小さめのお弁当を急いでかっ食らっています(笑)。
 
これまで、いくつかの仕事を経験してきましたが、どこかで「本当はやりたくない」という気持ちがあったことは確かです。今回の仕事も自分の専攻である心理学と直接は関係ないけれども、訴訟の裏側にあるのは常に生身の人間です。デポジションのサマリー(実際にやり方を教えてもらったら、時間はかかるけれどそれほど複雑な作業ではなかった)をしていて、特に人が亡くなるケースなどは、いろいろと考えさせられます。実は、このサマリーをしながら自分が採用された理由の一つがわかったのです。翻訳コーディネーターを経験してきたことです。機密書類を扱った経験はもちろん、忘れていたけど実はデポの翻訳もしたこともあるので、そういったことが採用のきっかけになったのではと思うと、これまでの経験も無駄ではなかったんだなあと有難く思いました。
 
仕事が始まった一週間後には大学の新学期も始まりました(オンラインですが)。家事もあるし、私大丈夫なのかな~?と不安だったけれど、クリスマスに親戚から現金をもらって物を買う喜びを覚えたハーパーが、お小遣いかせぎのために平日は洗い物を担当してくれたり、来月にはメレンが運転免許証が取れるので、その分送迎も減るし、何かと助けてくれるかなと思うので、やっていけるかな!?と思っています(ニールも、もちろん頼りになっています)。
#アラフィフ就職活動 #子育て

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また一つ、自分を許しました

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私が誇れる仕事といえば、子育て... 私が誇れる仕事といえば、子育て。
去年の10月に別居してから、もうすぐ1年が経とうとしています。あっという間、という気もするし、ここまで心が整うまでこれだけの時間が必要だったんだなーとも思います。

別居してからの行動を振り返ると、

①   仕事を見つけなくては!と焦って不動産の資格を取ろうとオンライン教材を買う→まったく興味がわかず、挫折。

②   自分が本当にやりたいことを見つけよう!と3か月のオンラインコーチング付き『自己理解プログラム』を受講する→やりたいことが見つかった!

③   …ものの、未経験の分野のため、(ずっと夢でもあった)4年制大学の卒業資格を取得するため、心理学でオンライン大学の3年生に編入する。

④   勉強の時間を確保するため、最低賃金で5年間務めたパートタイムの仕事(翻訳会社)を辞める。

⑤   大学の勉強にも慣れてきたことと、金銭的な不安からフルタイムの仕事を見つけようと考えている→今ここ。

 「仕事を探さなくては」とずっと思ってはきたものの、心のどこかで就職することに不安を抱き、避けてきたと思います。1年経って、本格的に就職活動をしようと決め、改めて自分が就職することから逃げてきたことを自覚したのです。

これは、もしかすると私の19年間の結婚生活で少なからず感じてきたことかもしれません。私は子育てが大好きだったので、特に働きたいと思ったことはありませんでした。自信を持って、Facebookのプロフィールに「主婦」と書けました。今でも、働きたいかと聞かれれば、本心は働きたくないかもしれない。それは、お金を稼いで働くことだけが働くことではないと思っているからとも言えます。とはいえ、心のどこかで、これまでいわゆる「キャリア」を持ったことがない自分に引け目を感じていたことは確かです。

48歳で別居することになり(今49歳)、フルタイムの仕事を探すとなった時、(職種を選ばなければ)実はそんなに難しくないのでは、とたかをくくっていました。でも、短大卒で(アメリカでの)経験がない、となると就ける仕事は限られているんですね。世間というものは、やはり学歴や経験値で人間を判断するものです。そこでどうするかというと、ボランティアやインターンなどで経験を積む方法があるんですね。(ちなみに私は、心理学でも福祉関連の仕事を探しています)ボランティアなんてしてる場合じゃない…って最初は思ったのだけれど、よく考えたら、自分が本当に働きたい分野でタダで経験を積ませてもらえるなんて、こんな有難い話はないんですよね。ボランティアでの経験がいずれフルタイムの仕事につながれば、そんな嬉しいことはないんです。

私の職探しはまだ始まったばかりです。でも、自分の立ち位置(短大卒、未経験)を自覚して、心細さや不安も肯定した上で、初心に帰って、こんな私がどこから職探しを始めたら良いのか、知人に紹介してもらった方やオンラインの求人サイトなどを頼りに、これから手探りで見つけていこうと思います。
#アラフィフ就職活動 #健やかに生きる #子育て #心理学 #自分の心に耳を傾ける #自分らしく #自己受容

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やりたいことを見つける、「自己理解プログラム」修了のご報告

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母の日に子供たちからもらったカ... 母の日に子供たちからもらったカード&ギフト💓今年18になる長男から初めて(!)花束とカードをもらって涙ちょちょ切れた😿
ちょっと時間が経ってしまいましたが、3ヵ月の「自己理解プログラム」を修了したご報告をしたいと思います。

世界累計30万部突破の大ベストセラー『世界一やさしい「やりたいこと」の見つけ方』の著者である、八木仁平さんが主催するこのプログラムのコンセプトは、「3か月でやりたいこと探しを終わらせる」。

結果、私は本当にやりたいことを見つけることができたのでしょうか?答えは、「YES」です!

プログラムを終えて感じたことは、仕事にしたい自分の「好きなこと」や「やりたいこと」というのは、もともと自分の中にあったんですね。だけど、それを仕事として追い求めて良いと思っていなかった、ということなんだと思います。

たくさんの発見がありましたが、自分をとことん深堀することで(子供の頃から現在までを振り返り、達成感があったこと、あるいは失敗した経験などを洗いざらしにする)、自分にとっての「大事にしたいこと(価値観)」、「得意なこと(才能)」、「好きなこと(分野)」が見えてきて、その3つを掛け合わせたものが、「本当に自分のやりたいこと」だということです。

これまでの職業選びで満足できなかったのは、私の場合、「何のために働くのか」という価値観の部分が欠けていたことが原因のようです。最初に就職したツアーオペレーターの仕事は、人と人の橋渡しという自分の得意なことであり、英語と旅行という好きな分野ではあったけれど、やりがいを感じられなかった。通勤電車に揺られ、毎日同じ時間に出勤し、同じ仕事をこなすというスタイルも窮屈でした(仕事のスタイルも価値観に当たります)。

数年前にこれまでずっと憧れていた翻訳という仕事に挑戦した私。「英語」や「書くこと」という自分の好きなことを活かし、更にコーディネーターとしての役割も合っていて、好きな時間に働けるというスタイルも快適だったけれど、やはり「誰のために働いているのか」という対象が見えず、モチベーションが上がりませんでした。

このプログラムで学んだことに、スキルと才能の違いがあります。「英語が得意」はスキル。才能は、もともと自分が持って生まれたもので、自然にできてしまう行動を指すそうです。私の場合だと、「人の気持ちを考えられる」とか「つい人を助けてしまう」など。仕事を選ぶ時には、スキルよりも自分にしかできない「才能」を重視する必要がありそうです。

プログラムを終えて自分自身について再確認したことは以下の通りです。

「私の価値観(大事にしたいこと)」=自己受容、個性を大切にする、好奇心、学び、つながり
「私の才能」=人の気持ちに寄り添える、人に共感してもらえる文章を書く等
「私の好きな分野」=心理学

この3つを掛け合わせてでてきたやりたいことは、「行き詰った人間関係(特に夫婦関係で)に悩んでいる女性に寄り添い、心理学の観点から解決方法を提示することで、より前向きに自分らしく生きられるようサポートすること」。

で、やりたいことが見つかった後、どうやって実現するの?というところですが、

八木さん曰く、「やりたいことは自分の内側にあり、その実現手段は自分の外側(つまり社会の中)にある。それを実現するためには、いろいろと試行錯誤してトライ&エラーを繰り返していく中でその方法を見つけ出していく、そうです。

手っ取り早い方法は、自分がこうなりたい姿をすでに実現している人が周囲にいたら相談してみたり、SNSでそういう人を見つけたらYouTube動画を見たり、フォローしたり。その人たちがどういうふうに夢を実現したかを学ぶと良いそうです。

不思議なことに、やりたいことが明確になったら、既に知り合いの中に私が興味のある分野で働いている人が3人もいることに気づきました!早速コンタクトを取り、電話で話したりZoomでインタビューしたりしました。

これからの方向性を模索する中で、短大卒の私がいきなり新しい分野の仕事に就くのには無理があるのではないか…と判断し、オンライン大学で心理学の学士号を取ることにしました。同時に、サンディエゴにある家庭内暴力や虐待が原因で困ってる女性や子供たちを助けるNPO団体でパートタイムで働ければと考えています。

最近はインスタグラムを通じて、モラハラ夫に苦しむ女性たちを救うためにコーチングされてる方たちと交流するようになり、情報を共有させてもらったり、新しい知識を学んでいます。私もいつか、自分が経験してきたことをベースに、行き詰った関係に苦しんでいる女性たちが自分らしく前向きに生きられるようなメッセージを発信できるようになれたらと思いますね。

最後に、このプログラムの最大の魅力をお伝えします。それは、専属コーチが100%サポートしてくれることです!基本的にワークは自分自身で取り組みますが、毎日コーチとLINEでやり取りし、週に一度のZoomミーティングで進捗状況を確認し合います。八木さんの著書を読むだけでも得られるものは大きいのですが、実際に他人からフィードバックをもらえることが、自己理解を深める上で何よりも重要だったと感じています。


八木仁平公式サイト:
https://www.jimpei.net/

『世界一やさしいやりたいことの見つけ方』八木仁平著
https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%B8%80%E3%82%84%E3%81%95%E3%81%97%E3%81%84%E3%80%8C%E3%82%84%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%93%E3%81%A8%E3%80%8D%E3%81%AE%E8%A6%8B%E3%81%A4%E3%81%91%E6%96%B9-%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E3%83%A2%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%A4%E3%81%8B%E3%82%89%E8%A7%A3%E6%94%BE%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E8%87%AA%E5%B7%B1%E7%90%86%E8%A7%A3%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%83%E3%83%89-%E5%85%AB%E6%9C%A8-%E4%BB%81%E5%B9%B3/dp/4046044357

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本来の自分自身って?

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我が家にまたパピーがやってきま... 我が家にまたパピーがやってきました!純真無垢なこの子に、毎日癒されています。
前回のブログでは、「私たちの多くは、幼い頃に親や教師の期待に沿うために、本来の自分自身を変えざるを得なかった」というようなことを書きました。

じゃあ、本来の自分自身って何なんだろうって思いません?

私はアメリカに来て、スーパーのレジで働いている人がお客さんとフレンドリーに話している姿を見る度に、「私も何か話した方が良いんだろうか」とか、「何も言わなかったら不愛想な人と思われないかな」とか、反対に「私は誰にでも話しかけるような性格じゃないから仕方ないか」と肯定的に考えようとしたり、いつもちょっとしたジレンマに陥っています。一方で、気分が良い日は自分からフレンドリーに会話をスタートされることができることもあります。一体どれが本来の自分なんだろうって思いませんか?

その答えを、最近学んだInternal Family System(内的家族システム)という心理療法から見つけることができました。40年も前からこのアプローチに取り組んできたリチャード・シュワルツ博士曰く、私たちの中に内的葛藤(感情、感覚、衝動、極端な思い込み)があるのは自然なことで、彼はそれらを「パーツ」と呼び、実はパーツには役割があると述べます。その役割とはずばり、幼い頃に親や教育者から受けた心の傷(恥、自己否定などのトラウマ)から、二度と傷つかないようにするために自分を守ることだそうです。

多くの人が必死で勉強して良い大学を出て良い会社に就職しようとしたり、あるいは挑戦することをやめてしまったり(挑戦しなければ傷つくこともありませんから)、あるいはめちゃくちゃ良い人になって他人に尽くすことで人から絶対悪く言われないようにしたりするのは(私にはこの傾向あり)、全部自分を守るためなのです。

ですから、こういった内的葛藤というのは、実は私たちを守ってくれるために存在する、生きるために絶対必要だったパーツなんですね。そう考えると、あらゆる葛藤や苦しい感情に対して、「必死で私を守ってくれてたんだね…ありがとう」っていうような感謝の気持ちが湧いてくるような気がします。

シュワルツ博士曰く、幼い頃に傷つく前の自分、それこそが本来の自分自身(Self)であると言います。そして、ここが私が「なるほど!」と思ったのが、傷つく前のSelfが持っている性質です。それは、以下の"C"から始まる8つです。

本来の自分自身(Self)が持つ性質:

1.    Calm(穏やか)
2.    Curiosity(好奇心)
3.    Clarity(明晰さ)
4.    Confidence(自信)
5.    Courage(勇気)
6.    Compassion(思いやり)
7.    Creativity(創造性)
8.    Connected(つながり)

つまり、天真爛漫な子供そのものっていうことですよね。誰もが、幼い頃にこれらの要素を持っていたと思いませんか?

成長する中で、私たちは傷つき、徐々にこういった非常に大切なSelfの部分が失われていってしまうんですよね。でも、Selfは必ず自分の中にいて、決して消え去ることはないんです。私たちがこれらの状態でいると感じられる時、本来の自分自身である、と言うことができると思います。

次回は、こんなふうに自分を守ってくれているパーツが、結果的には生きずらさを生み出していることについて、もう少し詳しく考えてみたいと思います。 

*****************************

40年にわたり、過食症をはじめとする精神疾患に苦しむ患者さんや性的虐待者・犯罪者との対話を基にIFS(内的家族システム)を開発し、自分の中に存在するどのパーツにも悪いパーツなどなく、自分を守る役割を持つという思いやりに満ちた治療法を実践してきたシュワルツ博士。IFSの目的は、パーツ同士の声に耳を傾け、傷ついた心を守るためにパーツをしょってきた重荷から解放し、Selfがもっとイキイキと生きられるよう導くことです。もっと詳しく知りたい方はこちらをご覧ください:

-日本IFSネットワーク:https://ifs-japan.net/
-各パーツの役割について詳しく説明されたブログ:https://rainafterfine.com/2022/05/09/post-13859/
-こちらのYouTube動画では、お医者さんでユーチューバーのDr Rangan Chatterjeeが、実際にシュワルツ博士からIFSセラピーを受けている様子が見られます(41:30辺り):https://youtu.be/pan_aCXjJqs
-著書:『No Bad Parts』(近々、日本語版が出版されるようです)
https://www.amazon.com/No-Bad-Parts-Restoring-Wholeness/dp/1683646681
#トラウマ #健やかに生きる #子育て #心理学 #自分の心に耳を傾ける #自分らしく #自己受容

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私たちはなぜ、辛い状況でも受け入れてしまうのか

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先日、久しぶりに日本に帰国し、... 先日、久しぶりに日本に帰国し、20数年ぶりに桜を見ることができました!
私たちの多くは、人間関係(夫婦、親子、会社の上下関係など)において、「嫌だ」「悲しい」「辛い」と思い、自分が尊重されていないとわかっていても、どこかその状況から逃れられないと感じ、受け入れてしまう傾向があると思います。

これは一体どうしてなんでしょうか。

私は今、人が上のような状況にあって過剰なストレスにさらされ、その結果、依存症や不安性、鬱といった精神的な病に陥ったり、苦しい人間関係から抜け出せないでいる理由について、トラウマと児童発達心理学の観点から学んでいます。

私たちの行動を決定している思考パターンは、主に子供時代の親子関係で形成されると言われています。

子供は、親に見捨てられたら生きていけませんから、親との関わりの中で、こうしたら安全だ、親に好かれる、というパターンを巧妙に見つけ出します。それはつまり、本来の自分らしさを変えることによって、親の期待に沿った自分にすり替えるということです(でも、本来の自分らしさは決して失われたわけではなく、意識下に追いやられるだけ)。

それは、親から認められるというメリットはあるものの、私たちに2つのネガティブな感情を植え付けます。自己否定と恥です。

私は小学校低学年の頃、休日に家族で東急デパートに入った時、左右に高く2つ結びした髪を(可愛いでしょ)と言わんばかりにブンブン振りながら歩いているのを、母に「みっともないからやめなさい」とビシッと怒られ、「自分は恥ずかしいことをしている」と傷つきました。今でも、自分を着飾ることに抵抗があり、洋服や化粧品にかけるお金はだいぶ少ないと思います。

また、やはり小学生の頃、親ではありませんが大好きだったおじいちゃん先生に、牛乳瓶の入った籠をまたいだことでクラス全員の前で怒鳴られたことがありました。大粒の涙を流しながら、「自分はひどいことをした」と感じました。

親や教育者が注意することが悪いと言いたいのではありません。子供が社会の中で生きていく上で、教育しなくてはならないことは多々あります。でも、私は注意する時の「言い方」はとても重要だと思っています。怒鳴ったり、人前で糾弾するというやり方は、子供の自尊心を大きく傷つけ、その後の人生に大きな影響を与える「恥」の感情と、「自分は悪い子なんだ」という自己否定的な意識を植え付けると思うのです。(実は、そのような叱り方をする親や教育者自身が、深い恥や自己否定の意識を抱いているのですが)

私は、夫婦関係で10年くらい悩んでいました。「どうして夫は家族と一緒に過ごしてくれないんだろう」「どうしていつも私を非難ばかりするのだろう」そう悩み、相手を責めて傷つけ、逆に相手から責められて傷つく。この喧嘩の繰り返しで何も変わらない不毛な10年。(彼には依存症の病気もありました) 夫の私への暴言はエスカレートし、半分鬱になりかけました。

でも、我慢する必要なんてなかったのです。
相手に合わせる必要なんてなかったのです。
上手くいかない人間関係というのは必ず存在するのです。

そこで、どうするか。

有名なクウェートのアメリカ人作家A.H. Almaasはこう言っています(原文を私なりに解釈したものです)。

「人は、最も難しい経験をしている時、何よりも尊い存在である、自分自身への思いやりを見る」と。

どういうことかというと、本当に苦しい時、子供の頃に親に気に入られるために心の底に追いやった本来の自分自身が囁いているのです。「もっと私を見て」と。身体に不調が出たり、依存症になったりするのは、もっと自分を大切にして、という心のサインなのです。

 *原文はこちらをご覧ください→https://www.goodreads.com/quotes/9938315-your-conflicts-all-the-difficult-things-the-problematic-situations-in

私たちはもう、親に見捨てられたら生きていけないか弱い存在ではありません。自分の意思で選択し、人生を切り拓いていく力を持っています。

あなたの存在を尊重しない相手(あるいは仕事)から見捨てられたって、死にはしません。あなたは、あなたと一緒にいて楽しいと言ってくれる相手、あなたと一緒にいて笑顔になってくれる相手ともっと多くの時間を過ごすべきなのです。

人にどう思われるか、あるいは「こうあらなければならない」という思い込みに囚われず、どうか本来の自分自身を大切にしてあげて欲しい。今、私も自分にそう言い聞かせています。



<私が学んでいるポッドキャストや著書の一例>

"The ROOT CAUSE Of Trauma & Why You FEEL LOST In Life | Dr. Gabor Maté & Jay Shetty
https://www.youtube.com/watch?v=OTQJmkXC2EI&t=1129s

"The Myth of Normal: Trauma, Illness, and Healing in a Toxic Culture" by Gabor Maté
https://www.amazon.com/Myth-Normal-Illness-Healing-Culture/dp/B09B83215L/ref=sr_1_1?hvadid=617724882210&hvdev=c&hvlocphy=9031332&hvnetw=g&hvqmt=e&hvrand=8620657508508731319&hvtargid=kwd-1414774137359&hydadcr=15525_13517362&keywords=gabor+mate+myth+of+normal&qid=1680730549&sr=8-1

「人生を楽にするカウンセラー高橋リエ」さんのYouTube動画
https://www.youtube.com/@takahashi-rie
#トラウマ #健やかに生きる #子育て #心理学 #精神疾患 #自分の心に耳を傾ける #自分らしく #自己受容 #苦しい人間関係

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Jay Shettyのワールドツアーに行ってきました!

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一昨日、Jay Shettyの新刊『Love Rules』を記念したワールドツアーを観に、L.A.のYouTube Theaterまで行ってきました。

皆さん、Jay Shettyをご存知ですか?
元僧侶で、現在はヘルス&ウェルネス分野で世界一視聴されているポッドキャスト『On Purpose』のホストでありライフコーチ、『モンク思考: 自分に集中する技術 (Think Like A Monk)』の著者です。

私が彼について詳しく知ったのは去年末。一旦は不動産の資格を取ろうと勉強を始めたものの、まったく興味が湧かないことに気づき(苦笑)、「一体私はどんな仕事がしたいんだろう?」と、「今48歳。自分の仕事を選ぶ最後のチャンスだとしたら、とことん本当にやりたいことを見つけたい」と考えるようになりました。以前、『世界一やさしいやりたいことの見つけ方』という本を芸人の中田敦彦さんのYouTube大学で知り、著書を購入して自分でワークをしてみたことがありました。その時は本の内容に感銘を受けたものの、そこまで納得のいく答えが得られなかったのですが、著者の八木仁平さんが運営する自己理解プログラムのLINEには登録したままだったので、時々メッセージが届いていました。そのLINEの内容に再び心惹かれ、彼のYouTube動画を見ている中で、「好きな分野があったら、ドンドン関連する本を読んだり動画を見たりするといい」という言葉があり、自分の好きな分野である心理学やセルフヘルプ系の動画をいろいろ見ているうちにたどり着いたのがJay Shettyだったわけです。

私が彼を好きなのは、3年間のインドでの僧侶生活で得た知恵を、誰もが日常生活に取り入れることができるよう、わかりやすく伝えているところ。彼のポッドキャストには様々な業界で活躍している人たちが出演するのだけれど、誰もが辛い経験をどのようにして乗り越えていったかを語っていました。Jay Shettyを始め、いろんなモチベーションスピーカーのポッドキャストを聞くようになって、その中で私が気づいたことが、「誰もが人生の発展途上にある」ということでした。「ここに到達したらゴール」とか「正解」とか「完璧」とかはなく、人は日々学び、成長し、失敗し、時に成功することもあり、また失敗し、学び、成長する。その繰り返しであるということです。

ワールドツアーの話に戻ると、当日は長女のメレン(15歳)も一緒に来てくれました。彼女もJayのことをちょっと知っていて興味を持っていました。彼女の提案で張り切って学校を早退してお昼過ぎに出発(L.A.までは2時間半かかります)、途中Laguna Beachのお洒落なスタバに寄り道した後、ディナーを予約しているウェストハリウッドへ。予約の時間までは丘の急斜面に建ち並ぶ豪邸を見学。メレンが予約してくれたCasa Maderaっていうレストランは、リゾートに来たみたいな明るい雰囲気で、大きな窓からロサンゼルスの街が見渡せてとっても素敵。お値段も同様に素敵な感じだったので、ブッラータっていうフレッシュチーズ(トリュフの風味付けがされてて、ハニーコームと一緒にシラントロ入りのピタブレッドで食べる)とまぐろのタルタル(こちらはいたってフツー)と控えめに注文しました(苦笑)。

気づいたらもう6時過ぎ。ウェストハリウッドからYouTube TheaterのあるInglewoodまで1時間もかかるため、大急ぎで出発。途中トラフィックが半端なくて、7時半のショーに間に合うかめっちゃ焦りました。無事ギリギリ到着した時は心底ホッとしたのは言うまでもありません。

Jayは決してステージに立って一方的に話すのではなく、4000人の聴衆の中に自ら足を運んでインタラクトし、優しい笑顔と力強い言葉で私たちの心をわしづかみにしました。ほぼ3時間にわたる長時間のショーが終わった後、私が感じたのは、「私たちは皆、愛に満ちた存在である」ということです。

実は1月から、先に書いた自己理解プログラムの個人的なコーチングを受けています。このプログラムのコンセプトは「3カ月でやりたいこと探しを終わらせる」です。様々なワークを通して自分を深堀りする中で、確かに今まで気づかなかった本来の自分らしさが見えてきました。一人で取り組むのと、コーチと直接話をしたりフィードバックをもらうことの差を大きく感じています。3か月後にどんな未来像が描けるようになっているのか?今からとても楽しみです。

 ■Jay Shettyのポッドキャスト:https://www.youtube.com/@JayShettyPodcast.

■Jay Shetty “Think Like A Monk” https://www.amazon.com/Think-Like-Monk-Train-Purpose/dp/1982134488

(日本語版)ジェイ・シェティ:『モンク思考: 自分に集中する技術』
https://www.amazon.co.jp/%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%82%AF%E6%80%9D%E8%80%83%E8%87%AA%E5%88%86%E3%81%AB%E9%9B%86%E4%B8%AD%E3%81%99%E3%82%8B%E6%8A%80%E8%A1%93%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%83%86%E3%82%A3/dp/4492046976

■Jay Shetty “8 Rules of Love: How to Find It, Keep It, and Let It Go”
https://www.amazon.com/Rules-Love-How-Find-Keep/dp/1982183063/ref=pd_lpo_1?pd_rd_w=gWNH3&content-id=amzn1.sym.116f529c-aa4d-4763-b2b6-4d614ec7dc00&pf_rd_p=116f529c-aa4d-4763-b2b6-4d614ec7dc00&pf_rd_r=7N0H2EF5FGKY623Q8C1N&pd_rd_wg=4Kq2y&pd_rd_r=591a1468-d599-428e-8829-63bf84c6e828&pd_rd_i=1982183063&psc=1

■中田敦彦『YouTube大学』【やりたいことの見つけ方①】人生のモヤモヤから解放される自己理解メソッド:https://youtu.be/sk23TqDytzI
 
■八木仁平著『世界一やさしいやりたいことの見つけ方』:https://www.amazon.co.jp/%E4%B8%96%E7%95%8C%E4%B8%80%E3%82%84%E3%81%95%E3%81%97%E3%81%84%E3%80%8C%E3%82%84%E3%82%8A%E3%81%9F%E3%81%84%E3%81%93%E3%81%A8%E3%80%8D%E3%81%AE%E8%A6%8B%E3%81%A4%E3%81%91%E6%96%B9-%E4%BA%BA%E7%94%9F%E3%81%AE%E3%83%A2%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%A4%E3%81%8B%E3%82%89%E8%A7%A3%E6%94%BE%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E8%87%AA%E5%B7%B1%E7%90%86%E8%A7%A3%E3%83%A1%E3%82%BD%E3%83%83%E3%83%89-%E5%85%AB%E6%9C%A8-%E4%BB%81%E5%B9%B3/dp/4046044357

■自己理解プログラム:https://jikorikai.com/

■レストランCasa Madera: https://thecasamadera.com/

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人間は、決心しただけで幸せになれる

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今からちょうど8年前。子育てが... 今からちょうど8年前。子育てが私の幸せでした。
2022年10月15日、私と子供たちは、それまで住んでいた家から徒歩5分の借家に引っ越しました。住んでいた家はすでに売却していました。つまり私は、19年間暮らした夫と別れる決意をしたのです。私のブログを読んでくださっている方たちには、私が夫との結婚生活に悩んでいたことをご存知かと思います。特に3番目が生まれてから、つまりこの売却した大きな家に引っ越してきてから、私たちの結婚生活は多くの問題を抱えていました。それでも続けてこられたのは、子供たちがまだ手のかかる年齢で私自身、子育てが楽しくてそれだけで幸せだったことが何よりも大きかったからではないかと思います。そういう意味では、家族で過ごす時間は少なかったにせよ、経済的に支えてくれた夫には感謝しなくてはなりません。

この問題だらけの結婚生活、夫婦の関係をどうにかせねばと思わせる出来事が去年の11月にありました。自分だけではどうにもならないと判断し、初めて夫の両親と弟に自分たちの問題を打ち明けたのです。それが解決へのスタートだったと言っても過言ではありません。私はかかりつけの病院を通してカウンセリングを受け初め(同時にそれまで夫のことで相談にのってもらっていた親友の1人にもメンターのように定期的に会って話を聞いてもらうようになり)、今後の夫婦のあり方について真剣に考え始めました。その時点で私が思っていたことは、「離婚する・しないに関わらず、お互いが幸せになる方法を見つけたい」でした。私の中には、まだ離婚に対する経済的な不安があり(自分自身がフルタイムの仕事に就いていないため)、同時に家族を維持することが義務のように感じていました。しかし、離婚への不安は夫の弟から「カリフォルニアでは離婚したら資産は折半される」ということを初めて耳にしてから、自分にも可能かもしれないと思い始めていました(こんな常識的なことすら知らなかったのです)。

でも、本当に別れる決心がついたのは私自身の力ではありませんでした。一言でいえば、法的な力が働き、初めて私は、自分自身の常識が世間一般とはかなりかけ離れていたことに気づいたのです。また、ある友人の「すでに限界は来てるんじゃない」という言葉にハッとし、「一体自分は何を我慢しているんだろう」と目が覚めたのです。

そこからは一気に物事が進み始めました。私は夫に別れたいと申し出、家を売却する提案をしました(かなりの借金を抱えていたからです)。決心してから家を売却するまで約3カ月、それから実際に出るまで1か月かかりました。義理の両親に相談してから約1年後でした(ちなみに義理の両親と弟は、それ以来ずっと心の支えになってくれています)。

家を売却してくれた不動産屋さんは地元では知らない人はいないくらい腕の良い方で、またご近所さんでもありました。彼女のおかげで家はスムーズに売れ、しかも徒歩数分圏内に可愛らしい借家まで(彼女曰く)天からの思し召しのように見つかったのです。私と子供たちはベッド等、最低限の物だけをU-Haulの小さなトラックで4往復して運び出しました。夫も1往復だけ手伝ってくれました。

あの家を出ること。それは私がずっと望んでいたことのように思います。でもそれができなかったのは、経済的な不安と、それ以上に離婚して一人になることへの精神的な不安が大きかったからです。しかし、経済的な不安は、とりあえず財産(家の売却金マイナス借金)を折半することで当分は解決されました(もちろん今後はフルタイムの仕事に就かなくてはなりませんが)。そして、もう一つの精神的な不安、それが実際は、想像していたのとはぜんぜん違って、まったく無かったのです。まず、私は一人じゃないんですね。子供が3人いて、しかも上2人は17才と14才だからほぼ手がかからない。私は、寂しくなるどころか、とんでもない自由と精神的安定を手に入れたのです。それは、家具一つ選ぶことから家事一つやることまで、誰の目や指示を気にすることなく、自分の好きなように、好きな時にやっていい。こんな自由がなぜこれまでの結婚生活になかったのでしょうか。例えば、イスを買ったとします。アマゾンで届きました。これまでだったら、「ああ組み立てなきゃ」「夫がやってくれないかな。なんでやってくれないのかな」「(夫に言われる前に)早くやらなきゃ」と様々なストレスがあったのに、今は、単純に「今日疲れてるから明日やろう」でお終い。誰に気を遣うこともなく、誰にも文句は言われない。自分のペースで決められることの何とも言えないすがすがしさよ。

引っ越してきてから、ある程度ご近所さんの目を気にすることはありました。自らパンプキンブレッドを焼いて届け、「私たちは怪しい者ではありませんよ」といわんばかりに愛想を振り向いたのは、やはり新しい(徒歩5分とは言え、初めて知り合う人たちがほとんど)コミュニティには受け入れられたかったからです。そして、折半したお金と夫からのある程度の養育費に頼ることなく自立すべく、フルタイムの職を探さなくてはならないことは十分自覚しています。実は、家の売却を手伝ってくれた不動産屋さんと親しくなったことで、不動産業に興味が湧き、不動産の資格を取るために勉強を始めました。自分の今の仕事(翻訳会社のコーディネーター)もあるため、なかなか思うように勉強する時間が取れないのですが、でも、本心はどこか本気でない部分があるんだと思います(苦笑)。ハイ、私はレイジーなんです(苦笑)。でも、自分に言い聞かせています。「誰に言われるわけでもなく、自分で選んだことをやる時初めて、私は自分の人生を生きているんだ」と。

この可愛らしい借家に引っ越してきてから約2か月が経ちました。不安がゼロとは言いません。問題がゼロではありません。父親が家からいなくなったことによる子供たちへの影響はその中でも一番心配です(もちろん子供たちはお父さんに時々会っています)。それは次女の突然始まった反抗期にすでに表れています。また、将来への経済的不安もあります(私は果たしてフルタイムの仕事に就けるのだろうか)。でも、これまでずーっと毎朝暗い気持ちで歩いていた近所の運河沿いの散歩コースを歩く時、「自分はもうあの時みたいに悩んでいない」そう思えるだけで、自分は何て幸せなんだろうと思うのです。

私が尊敬する心理学者の加藤諦三先生が、あるYouTube番組でこうおっしゃっていました。「人間には退行欲求と成長欲求があって、悩んでいる時は安定している退行欲求に縛られている。でも、成長欲求を選べば幸せになれる。リンカーンはかつて、「人間は決心するだけで幸せになれる」と言った」と。

私が本気で幸せになろうと決意するには、多くの時間と思考が必要でした。一人になることへの経済的・精神的不安と、家族を壊すことは良くないという考えに縛られていたからです。でも、それ以上に、私自身が「自分には幸せな人生を送る権利がある」と気づいたことがすべての引き金となりました。成長欲求を選ぶこともまた、そう簡単なことではないのです。自分の中の機が熟し、かつ周囲とのタイミングが合って初めて行動に移す勇気が生まれてくるのかもしれません。

引っ越してきて初めて、私は自分の部屋というものを手に入れたのですが(それまでハーパーと寝ていました)、自分の趣味で選んだ絨毯やナイトテーブル、ナイトランプに囲まれて眠りにつく時、私は今日という日に感謝せずにはいられません。

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私が最も恐れるもの

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人はそれぞれ、他人には理解できない恐れというものを抱えていると思います。

私にとっての恐れ、それは「孤独」です。あるいは「ひとりぼっちになること」。

子供の頃はまったくそういうものを意識することはありませんでした。3人姉弟の真ん中で割と社交的で、でも日記を毎日欠かさず書くなど、自分の世界も大切にしていました。

私が一番最初に孤独の存在を意識したのは、多分高校2年生の時。朝日ウィークリーという新聞が主催する交換留学生プログラムに応募し、その研修旅行で箱根に1泊2日で参加した時のことです。初めて会う人たちの中で緊張もしており、それでもすぐに友達ができたのですが、何かの拍子に皆で旅館の窓を開けたのです。大型旅館の上の方の階だったと思います。外は漆喰の闇。まるで吸い込まれそうな恐怖を感じたことを今でも覚えています。

そして、決定的な寂しさを感じたのは、家から遠い大学に通うことになり、一人暮らしをするアパートへの引っ越しを母親に手伝ってもらった時のことです。荷物を運び終わって帰ろうとする母に、一人になるのが耐えられず、「もうちょっとだけ居て」とお願いしたのです。しかも、私の記憶では母だけが引っ越しを手伝ってくれたということになっているのですが、実際には伯父がトラックを出してくれ、姉や弟も手伝ってくれていたのです。母が私の部屋で昼寝をして時間を潰してくれている間、彼らはトラックの中で待っていてくれた、という話を後から姉に聞いて、本当にびっくりしました。私の記憶の中からすっぽり消え去っているのですから。

この「一人でいることの寂しさ」は、後々の私の人間関係(特に男性との)に強く影響を与えたと思います。

19年間の結婚生活を経て、私は今、また孤独と向き合おうとしています。でも、48才になって3人の子供も得た私は、20代の私とは違います。寂しさと向き合える勇気を得たと言えると思います。本当は今でもとっても怖いのだけれど(苦笑)、自分の中から生まれてきた気持ち、そして、何よりも周囲からの大きな支えがあって、遂に人生を変えようという決心をすることができました。

私はひとりだけど、一人ではない。本当の意味で、自分と仲良くやっていける方法をこれからも模索し続けたいと思います。

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新学期、始まりました!

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パピーだった頃のブルース。12... パピーだった頃のブルース。12年前!
これほど子供たちが学校が始まるのを楽しみにしたことが、かつてあったでしょうか。今年ジュニア(高2)になるニールでさえ、ちょっとソワソワしている感じでした。

8年生(中2)になるメレンの専らの関心はファッションと男の子だけど(自分もこの年齢の時は○○君がカッコイイとかそんな話ばっかしてたなー)、とりあえず勉強もおろそかにはしてないようなので、ひとまず安心。

3年生になるハーパーは4年生とのコンビネーションクラスに配置され、学校から「あなたはしっかりしていて、人と協力し合うことができて、向上心があるからhand-picked(選りすぐり?)されたんですよ」というレターをもらって、そのことを告げるととても誇らし気な様子。一番下だけあって、どうも普段上の兄姉に虐げられている感が拭えないので、私としては彼女に自信を持ってもらいたいという気持ちがあったので、これはとても嬉しい出来事でした。

そしてニール。少し前に珍しく家族で夕食を食べに出かけた時、会話の中で「大学には行きたくない」と言い出して私たちをビックリさせました。何となく予想はしてたけど・・・。で、子供が大学に行きたくないと言う時に大抵の親が言うようなこと(「大学は勉強するだけの場所じゃないよ。いろんな人に出会ったりして人生経験の場なんだ」「今やりたいことがはっきりしているならまだしも、何もないなら、大学の卒業資格がないと仕事を探すのは難しいよ」「大学に行かないなら、働くしかないよ。何もしないでそのままこの家に居座るっていうチョイスはないからね」等々)を告げました。

話を聞いていて私が驚いたことがもう一つ。「自分はずっと学校が嫌いだった」と言うのです。確かに、中学生くらいから少し成績が落ち始め、それでもそこそこの成績を保ってきたのだけれど、いわゆる「不登校」になったことはありませんでした。友達がいたからかもしれません。それでも、去年は浮かない顔をするようになったり、「お腹が痛い」と訴えて休みたがることがあったので、「大丈夫かな」「何か悩んでいるのかな」と心配することが度々ありました。

で、登校4日目の木曜日。やっぱり(?)「お腹の調子が悪い」と言って休みたがりました。今までの私だったら無理やり行かせていたのだけど、ジュニアという進路を考えなくてはいけない大事な時期に入ったということで、もし何かで悩んでいるんだったら適当に対処しない方が良いと思い、とりあえず休ませました。美味しい朝ごはんを作ってあげて、少し話をしました。「やっぱり学校は嫌いなの?」というと、「あんなに長時間学校にいるなんて時間の無駄」と言います。でも、「大学には行きたい。成績を上げたいと思ってる」と言うのです。でも、それは本心からなのか、それとも親の意見に従おうとして考えを変えたのか、それがわからないところです。

早速、「高校生の不登校」についてのYouTubeを検索する私(苦笑)。そこには、「見守るだけではダメ」というのがありました。見守っていると、5年10年過ぎてしまうこともあると。子供に選択肢を与え、そしてそれはあくまで親の自己満足から提案しているという姿勢が大事、というのがありました。「あなたのためを思って」ではなく、「お母さんが好きで調べて、こういう選択肢を見つけてきたけど、決めるのはあなただから」というスタンスが大切、と。

子供が大学に行きたがらない時・・・進路を決めるにあたって、子供に一番合った選択肢を見つけるために、良いアドバイスがあれば教えていただきたいです。

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パニック障害はパニック障害のままでいい

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なんかちょっと変わったタイトルですが(汗)…。

私は20代初めの頃(いや、小学生の時にもそういうことはあった)から、ストレスが溜まると心臓がドキドキして呼吸が苦しくなるような、よって「死んでしまうのではないか」という不安に襲われることが度々ありました。

会社務めを始めた時に、実家(当時、母は埼玉の田舎に家を建てて引っ越していた)が遠かったため、都内にアパートを借りた時には、一人の不安からパニックになり、自ら救急車を呼んでしまったほど(苦笑)。でも、病院に運ばれてお医者さんと泣きながら話していたら安定剤を打たれてグッスリ眠りこけ、次の日の朝はスッキリ目覚めて、何事もなかったようにてくてくと歩いてアパートに戻ることができました(苦笑)。

アメリカに来た当時も、運転中にパニックに襲われたりすることがあったため、カウンセリングに行ったこともありました。私の場合、ストレスの原因となるものは大体わかっています。その時はまだ結婚していなかったので、結婚できなかったらどうしよう、という今後に対する不安。長男がキンダーに入学する前の新しい環境に対する不安。そして最近では、すぐにイライラをぶつけてくる夫とのぶつかり合いの中で、自分の気持ちを理解してもらえないという絶望的な不安。

その後、友人に自分の気持ちを吐露することでだいぶ気持ちは楽になりました。しかし、2か月ほど前に、かなり深刻なパニックに陥ったため(心臓がドキドキしてきて、死んでしまうのではないかというよりも、こんなに辛いなら死にたい、そういうふうに思えることが怖い、という状態)、病院に電話し、急遽次の日に電話でのカウンセリングの予約を入れました。

カウンセラーに夫との悩みを打ち明け、どういうふうに接したら良いでしょう、と問いました。カウンセラーに言われてなるほどと思ったことは、「話が通じると思わない方が良い」「自分はここまでだったら対応できますよ、という境界線を作りなさい」ということでした。

そして、また私が救いを求めたのはいろいろなYouTube動画でした(本当に便利な世の中です)。今回私の気持ちをとてもラクにしてくれたのは、『バカの壁』で知られる解剖学者の養老孟子先生の動画でした。私はずっと(今でも少し)死ぬのが怖いと思っていました。それは、自分の意識がなくなることへの恐怖です。でも養老先生はおっしゃっています。「死とは自分の死ではなく、親しい人にとっての死である」と。だって、死んだら自分が死んだってわかりませんものね。そう言われると、なんだか少し安心しました。

多くの亡くなった方たちを解剖してきた養老先生が言うには、死とは自然なものである、ということ。人間は自分が自然の一部であることを忘れてしまいがち。だから死ぬことを恐れてしまう。もう一つ、養老先生の動画でハッとなったのが、「人間は概念で生きている」ということです。だから、「○○であるべきだ」という考えに縛られ、苦しむ。

私が苦しめられてきたもの、それはまさにそういうものだったのです。「家族とは仲良くあるべき」「お父さんはもっと子供と遊ぶべき」「家族は一緒に夕飯を食べるべき」「1年に何回かは家族旅行に行くべき」等々…。世間一般の仲睦ましい家族と比べ、自分の現実はそうならないため、自分は不幸だと思い込んでいたのです。

養老先生はまた、「人に頼ると危険」とも言っています(苦笑)。私たちは、家族や友人に囲まれてるから幸せ、と感じることが多いけれど、それは逆を言えば家族や友人がいなくなったら不幸になるということ。そうじゃなくて、人間以外のもの、自然とか動物とか虫とか、もっとそういうものに目を向けるべきだ、と。人は死ぬと土にかえる、と言いますが、私たちは結局は自然の一部であり、大きな流れの中で生まれたり、死んだりしているんですよね。

もう一つ、私がとてもためになったのは脳科学者の中野信子先生と内田也哉子さんの対談本『なんで家族を続けるの?』の出版を記念したお二人のトーク動画です(あとで本もKindleで読みました)。お二人とも、いわゆる世間一般で言われている「円満な家庭」で育っていません。内田也哉子さんのご両親、女優の樹木希林さんと歌手の内田裕也さんは結婚後すぐに別居、いろいろと問題行動が多かったお父さんの内田さんとは生涯で会った回数は数えるほどしかなくて、そんな自分は間違っているのではないか、という気持ちをずっと抱えていたそうです。一方で脳科学者で活躍されている中野信子さんは一言も口を利かない両親のもとで育ち、友人の家で両親が会話をしている様子に驚かれたとか。中野さん曰く、実は生物学的に見ると、どちらの家庭も「ノーマル」なのだそう。詳しい話はぜひこの本を読んでもらいたいです。

タイトルを「パニック障害はパニック障害のままでいい」としたのは、私が養老先生や中野先生のお話を聞いていて学んだことに、「脳の中の不安を感じる部分はとてもプリミティブ(原始的)な場所で、不安に感じるのは正常な動き」であることがわかり、さらに「不安であること自体に不安になるともっと不安になるので、不安は受け入れて良い」ということを学んだからです。先日、夜寝る前にまたものすごく動揺したときに、この考え方はとてもよく役立ちました。「あ、私の脳のプリミティブな部分が活性化されているんだ。別に異常なことではない。脳の正常な働きなんだ」そう思ったら、不思議なことに不安がやわらいでいったのです。中野先生曰く、身近にいる個体(母親)に愛着を感じるようになる生後6ヶ月くらいの赤ちゃんを対象に行った実験で、母親からしばらく引き離して再会させると、赤ちゃんは「回避型」(離されても泣かず、再会しても母親に無関心)、「安定型」(離されると泣き、再会すると抱きつく)、そして「不安型」(離されると泣き、再会してもなお激しく泣く)という3タイプに分かれ、この最後のタイプが最もストレスを強く感じやすく、常に誰かがそばにいないと不安になってしまうようです(私はおそらくこのタイプ?)。

もう亡くなられていますが、私の大好きな精神科医の河合隼雄先生がおっしゃっていたエピソードがとても印象に残っています。ある立派な会社の社長さんが先生のところに来られて、「仕事をしていると“あいつを殺せ”という声か聞こえてきて仕事にならない、どうしたらよいですか」という相談をされた時に、先生は「その声を無くそうとすると、命がかかるかもしれません。それより、声ぐらい聞こえとっていいんじゃないですか。その声と付き合いながら仕事もしておられたらいいんじゃないですか」と答えたのです。私はなるほど――と思いました。一見、とても深刻に思える悩みでも、こういうふうに考えることもできるのか…と。また先生は、「自分は河合隼雄という人間と一生付き合っている」とおっしゃっています。それは自分の悩みと共に生きるということですね。多くの人が悩みさえ無くなればどんなに良いかと考えるけれど、実際にはそう大して変わらないそうです(苦笑)。それならば、悩みを解消しようとするより、悩みと共に生きたらいいじゃないか。

河合先生は、「呼吸とは魂である」ともおっしゃっています。今でも不安で胸がドキドキすることはしょっちゅうです。でも、それはまさに自分が生きている「あかし」であり、大げさだけど魂の輝きであると思うとそれもまた自分の一部である、と思えてきますね。


ご参考までに私をラクにしてくれた動画:

養老孟子先生:
『死とはなにか?』~死とは自分のものではない~https://www.youtube.com/watch?v=RJoWJ0kkKwU
『人が生きる理由とは?』① https://www.youtube.com/watch?v=3JHB1iCtn60
 ‐物事にすべて理由があるとはかぎらない
 ‐自然を見よ、なんで存在するかわからないものなんて山ほどある
『人が生きる理由とは?』② https://www.youtube.com/watch?v=J3ThQegQvIM
 ‐生きてるからしょうがない
 ‐叱られたら空気の振動だと思ってればよい
 ‐生きる理由を考える状態になったら、その状況を変えなきゃいけない。考えないような
 状況に変えなきゃいけない。一生懸命に何かする、夢中になることを探す。自分が満足し
 て、そういうことを考えないで済む状態を作ることは大事なこと。
『不安から逃げていませんか?』https://www.youtube.com/watch?v=FmSsOb88uzk

文春新書『なんで家族を続けるの?』刊行記念 内田也哉子x中野信子トークイベントアーカイブ https://www.youtube.com/watch?v=l1BQoGQ0yqc

河合隼雄先生:『悩みとは?これが究極の解消法!その先にあるもの!』
https://youtu.be/Nwz3XIjpULg
 ‐悩みと共に生きたらいい

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