今年もいろいろありましたが、いちばんは、やはり、ガムラン・ゴング・クビャールの発祥の地ジャガラガで、クビャール・レゴンを演奏したことでしょう。それも、100周年記念フェスティバルで。ということで、写真は、その賞状をアップしておきます。
そして、ジャガラガとクテウェルのスマルプグリンガンの測定ができました。もう少し考えて、来年、何らかの形にしたいと思います。では、皆さん、良いお年をお迎えください!
神格化したカップヌードル「インドネシア風甘辛焼きそばミーゴレン」
座布団にしているワヤン柄の紙袋
大晦日ですね。大晦日の晩飯と言えば、今の我が家では年越しそばだが、以前は0時になる数分前からそばを食べ、元旦をそばを食べながら迎えるということが、我が家の年越しそばであった。もちろん、別にちゃんと夕食はいただく。であるから、紅白が終わり、ゆく年くる年(昔は、選択の余地なく、どのチャンネルもゆく年くる年であった)になった時点で、母親がそばを茹ではじめる。全員分できるまで待っているので、最初に出された者のそばは伸びており、正直に言うと、あまり美味しくなかった。
もう小さい頃からそうだったので、何も疑問はなかったが、うちの奥さんは、実家では大晦日の晩飯として年越しそばを食べていたので、嫁に来たときは驚いたようである。結局、何年前からそうなったか忘れたが、最近の我が家での年越しそばは大晦日の晩飯である。まあ考えてみれば、深夜に食べることは、わざわざ準備する女性陣も大変だし、あまり美味しくないし、身体にも良くない。
ところで、写真の、まるで神棚のようにショーケースの上に鎮座したカップヌードルのミーゴレンは、1か月半前にガムランの演奏をハリモクのあるメンバーに教えたお礼にもらったものである。このミーゴレンヌードルなかなか手に入らないらしく、わざわざ、注文して取り寄せたらしい。食べる機会がなく、ショーケースの上においていたら、どうやら、次男が狙っていたようで、うちの奥さんが次男に、「これは、お父さんが年越しそばとして食べるからダメよ!」と、くぎを刺したらしい。それ以来、このミーゴレンヌードルは「私の年越しそば」と都市伝説化していった。そして、いつの間にか、もらった時のワヤン柄の紙袋を座布団(うちの奥さんがひいたようだ)にして神格化してきたので、私も食べれなくなり、結局大晦日を迎えたのである。さて、いつ食べようかな..
さきほど、夕方、カイの散歩のときに撮影したお月様です。クレータまではっきりと見えて、きれいでした。
ビング&グレンダールの窯変釉銀巻花瓶である。
http://home.h00.itscom.net/shiokawa/b&gLLindahl.html
作家はL.Lindahlで、1911年に制作されたユニカ作品である。L.Lindahlは絵付け作家であり、たくさん釉下彩の量産作品を描いているが、今までユニカの作品は見たことがなかった。それも窯変釉なので、とても珍しいものだと思う。茶色の窯変がとてもきれいに出ている。それと、私は基本的に銀巻はあまり好きではないが、この花瓶にはよく合っていると思う。
掃除と年賀状印刷の合間に、いままで時間がなくてなかなかアップできなかった作品をHPにアップしているが、なかなか捗らない。まあ、お正月もあるから、ゆっくりとあげていきたいと思います。
昨日、朝の散歩で見えた富士山です。丹沢山地の左側の方に雲が出ていたので、いつもよりちょっと左寄りで撮影しました。
ご無沙汰しております。カイです。今年もあと5日ですね。昨年の今頃の夜はいつも中に入れてもらっていましたが、今年はまだ外で頑張っています。このまま、外でお正月を迎えることができるかな。がんばります!皆さんも風邪をひかないようにしてくださいね。
昨日は、ハリモクの最後の練習で、その後、忘年会だった。そして、練習前に、再び汐留ミュージアムへ行ってキリコ展を見てきた。今回は、1977年のキリコのインタビューの映像も見れたし、外で上映していたビデオも見ることができた。ニーチェの「神は死んだ」という言葉に影響を受けて、「孤独」というテーマから生涯、形而上絵画を描いてきたらしい。とても、共感できた。インタビューのキリコもユーモアがあって面白かった。
パナソニックビルの下にある新橋の駅舎跡がイルミネーションが飾られて、きれいだった。さて、今日から、大掃除かな..
ロイヤル コペンハーゲンの彩磁鱈蟹文中皿である。エリックニールセンが1896年に制作したもので、このトレイは1923年から1928年の間に作られたもである。
http://home.h00.itscom.net/shiokawa/RCtray_fish2.html
先日、横浜にある骨董屋さんから購入した。実は、このトレイ、おそらく10年くらい前に、ある西洋骨董店で購入したものと思われる。購入して家で飾った時、うちの奥さんに気持ち悪いと拒否されてしまい、仕方がなく、また、購入した西洋骨董店へ持っていき、委託販売したのである。しばらく売れなかったので、戻そうとしたら、横浜で売れたらしい。持っていれば、前回の展覧会で480番とともに出展していただろう。
まあ、チャンスがあれば、今度の展覧会に出そうかな。ちなみに、今回は、うちの奥さんも、ロイヤル コペンハーゲンのリアルさに慣れたのか、特に何も言われなかった。
ロイヤル コペンハーゲンの彩磁アザミ文花瓶です。
http://home.h00.itscom.net/shiokawa/RC_2283_MHost.html
絵付け作家はマリアナ・ホスト、製作年代は、1890年11月。抽象的に描かれているので、実のところ、アザミかどうかわかりません。最初、クラゲかなと思ったのだが、葉や枝が緑で描かれているので、花であることは確かです。あざみ以外の花だと思う方、教えてください。うちの奥さんは菊の可能性もあると言っています。
マリアナホストは、おそらく1889年のパリ万国博覧会以降、ユニカにサインをいれることができたと思われますが、1889年代のホストのユニカはまだ見たことはないので、はっきりと断定はできません。
1890年に釉下彩で、青、緑、ピンク、そして、白の4色を使い、斬新的なデザインで描かれているところなど、かなり挑戦的な作品だと思います。
マリアナ・ホストは1904年にロイヤル コペンハーゲンを退職し、欧州外遊後、1906年にマイセンに迎えられ、以後3年間の在籍期間中に、ロイヤル・コペンハーゲンで得た釉下彩の技術を伝授し、マイセンのアールヌーヴォー様式に影響を与えました。
今度の展覧会では、この辺のところも是非取り上げたいなと考えています。
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