生き料
1月
2日
おだやかに機嫌よく過ごすライフコーチの十条らいふです。
実家の母から父方の祖母の話を聞いたことがあります。
祖母は
宮城県の北方にある農村に
嫁にきて
相当な苦労をしたそうです。
家族の多い農家ですから
農作業から
家族の世話から
8人の子供の世話から
なにからなにまでの重労働。
昭和初期の東北の農村ですから
いろんなしきたりもあったでしょう。
舅姑の接し方も
現代とはそうとう違っていたことが想像されます。
親戚筋からもあれこれ口を出されることも多かったようです。
戦争が始まってからは
息子たちが招集され
長男は戦死をしました。
そんな苦労をしてきた人ですが
いつも穏やかでにこにこしていたそうです。
母が不思議に思って
「ばあちゃんって、なんでいつもそうやっていられるの?」
と聞いたら
「生かされてるんだから、『いきりょう』払ってんだ」
と言ったそうです。
この話を聞いたときに
『いきりょう』ってなんだろうと思いました。
祖母はすでに亡くなっていますので
確認のしようがないのですが
文字にすると
『生き料』
と書くのではないかと思います。
つまり生きている限り
払わなければならない
税金みたいなものかもしれない。
自分にとって
不都合であったり
不愉快であったり
不満であったりすることは
生きていれば
必ず発生します。
生かされているうちは
誰しも払わなくてはならない。
それが
『生き料』
ではないかと思うのです。
そう考えると
自分にとって
ネガティブなことが発生したときに
それは『生き料』だから
と割り切って捉えることができれば
不平不満に苛まれることなく
感情を穏やかに保つことが
できるのかもしれません。
孫の私も
この言葉と考え方を
受け継いでいきたいと思います。