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気まぐれタイムのブログ

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自慢できること、得意なことを発見しよう

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職場で思いどおりの環境に恵まれなくて落ち込んでいる人が少なくありません。

 たとえば大学の工学部でコンピュータを専攻して大企業に就職したはいいけれ
ど、ソフトやハードの技術職でなく、性格的に向かない営業に配属されてやる気
を失ってしまったという若い人がいます。

 また、中高年の方のなかには、会社の出世ラインを外され、窓際に追いやられ
て悶々としているという人たちにもよくお会いします。

 こうした人たちは、きわめて性格的に真面目で才能もあるはずなのに、なかなか
職場で自己主張ができないことが多いようです。そして、たいていはまわりから「もっ
と自信を持ちなさい」などと繰り返し言われています。

 もちろん、そう簡単に自信を取り返せるくらいならば、もともと落ち込んだりするこ
とも、自分の望むポジションから外されることもないはずです。

 自信を取り戻すのに最も効果的なことは、成功体験をすることです。コンピュー
タ技術者を目指した人でも、その技術的知識を生かしながらコンピュータを販売
するという成功体験ができれば、「営業という仕事も面白いじゃないか」と自信を持つことができるでしょう。

 事業を成功させたり、何かを成し遂げたという人は、じつは失敗を重ねて、それ
までにいろいろな職業に就いたり、経験を積んだりしています。
 
ですから、現在の職場や職種にこだわらず、そこから飛び出していろいろな場で
試してみて、そのなかで何度かささやかな成功をして達成感を少しずつ獲得する
ことによって、ささやかな快感とともに自信が生まれてきた人が多いのです。

 成功体験といっても、仕事上のことでなくてもかまいません。たとえば自宅でジグ
ソーパズルを完成させたり、知恵の輪をやり遂げたり、日曜菜園でミニトマトを自
分で作って収穫するといったことでもいいのです。

 また、高校生の頃はやすやすと解いていた数学の二次方程式の問題にもう一
度チャレンジして、再び解けるようになるということでもいいかもしれません。
 どんなことでも何かをやり遂げて、「自分には能力がある」という確認ができれ
ば、問題に向かって努力しようというポジティブな行動をとれるようになるでしょう。
 場合によっては、ギャンブルでもいいし、浮気でもいいかもしれません。何か自分
の得意分野を見つけていけばいいのです。

 そうすれば、いつのまにか物事への取り組みに対して積極的な姿勢を身につけ
ることができるようになります。

ワオ!と言っているユーザー

日本人は騙されやすい

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みなさんはトリックアートをご存じでしょうか? いわゆる「だまし絵」です。ひとつの
顔の絵の中にもうひとつの顔があったり、風景画の中にいろいろな動物が隠れてい
たりするアレです。

 このだまし絵というものを考えると、人間の目はとても不思議なものだと思ってし
まいます。
 「これは、こう見るものだ」という考え方だけしかないと、だまし絵であっても普通の
絵にしか見えません。ところが、「こんな見方はできないか」という考え方をすると、
そこに違った絵柄が見えてくるのです。

 世の中でウソといわれることも、それと同じなのではないでしょうか。
 ウソだとばかり思っていたことが、ある日突然、本当になったり、本当だと信じ込
んでいたことがあっさりウソにくつがえってしまったりすることがあります。

 また、いつもは「ウソは悪いこと」と信じていたのに、ある出来事がきっかけで「ウソ
もまんざらではないな」と思わせる現実に出会う場合もあれば、ときには「ウソつき」
と「正直者」が簡単に入れ替わってしまい、どちらを信じていいかわからないような
場面に遭遇することもあります。

 でも日本人の多くは、この世の中が「だまし絵の世界」だということに気づいてい
ません。日本人は、物事を別の角度から見てみようという考え方がなかなかできな
いようです。

 古くから日本では、「ウソつきは泥棒のはじまり」とか、「ウソをつくとエンマさまに舌
を抜かれる」などといわれてきました。日本人は本来、ウソをつくことを極端に嫌う
民族なのです。
 だから、「世の中は真実とウソがクッキリ分かれている」「ウソつきはウソつきで、正
直者は正直者である」などと考え、じつはそれが簡単に入れ替わることがあるのに
なかなか気づきません。だまし絵の見方ができないのです。おそらくそれは、日本に
は本当の意味で「ウソの文化」が育っていないからだと思います。

 もともと日本には、「ウソは悪いこと」と考える一方で、「建前と本音」という伝統
もありました。
 この伝統的な考え方は、「理想としてはわかっていても、現実には都合のいい行
動をとる」ことを容認しています。
 本来、「建前は正しいこと」であり、「本音は悪いこと」であるはずなのに、実際の
行動は「本音=悪いこと」を優先しているので、現実から見れば「建前がウソ」で、
「本音が本当」ということになります。その結果、日本人の心の中ではいつも混乱
や屈折があるのではないでしょうか?

 たとえば、本心では「勉強なんかしないで遊んでいたい」と思っている子どもが、
母親の熱心なすすめに従って、自分の気持ちにウソをつきながら毎日塾通いをし
ています。

 こんな子どもが、ある日、塾がイヤになって母親にウソをつき、つい塾をサボってし
まうと、「どうしてウソをつくの! キーッ」と、ヒステリックに叱りつけられるわけですか
ら、子どもが混乱するのも無理ありません。

 もともと本心にウソをついて塾通いしているのに、本心に従って塾をサボると本気
で叱られるわけですから、子どもとしてはたまりません。

 小さいときからこんな具合なので、多くの日本人はスマートにウソをつくことができ
ずに育っていきます。その結果、「だまし絵」の見方に慣れることができず、ウソの楽
しさや豊かさを体験できないまま大人になっていくわけです。

 そして、ウソをつく訓練がなされなかった反動で、大人になると今度は何かという
と下手なウソをつきたがるのではないでしょうか。
 ユーモア精神が身についていないお父さんに限って、「おやじギャグ」を連発した
がるのと同じようなところがあるのかもしれません。

 その一方で日本人は、世の中がだまし絵であることに気づかないからこそ、簡単
にだまされてしまうのだと思います。

ワオ!と言っているユーザー

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