“歳の瀬!?!”《襍感・/・点描18-83》

小田原蒲鉾の認定店!!一覧。これ等の店の蒲鉾なら間違いない!!
小田原・蒲鉾通り「うろこき本店」

《時節感慨・・呟記・・蒲鉾!?!”》
2018年も通り過ぎる。楽しいこと、辛いこと、色々あった。当たり前の事か。
僕の記憶の中で今年ほど日本の政治に関心を持ったことはなかった。今後が楽しみ。
日本のお人好し加減もそろそろ終わり。平成の終わりでもある。さぁ~~来年は!?!
そんな感覚を思っていて、来年への期待も込めて、まずは腹ごしらえって^^)。
例年、年末は小田原の蒲鉾を身内が届けてくれていた。今年は、自分で探し求めに・・。
久しぶりに小田原へ蒲鉾探訪に出掛けた。小雨の中だが買い物には好都合(混雑しない)。
まずは、お米を求めた。神奈川には、美味しくもっちりとした「はるみ」があるのだが。。
今回は、「さとじまん」を買うことにした。粒が大きくモチモチッとした食感が特徴的。
お米を求めて、一路、小田原へ。最近は、観光的で蒲鉾探訪が人気だとか。。。!

今様の板蒸し蒲鉾は、江戸時代後期に小田原で「蒸しかまぼこ」として誕生した。
『杉板に魚肉を推し蒸す』関西では蒸したるままをしらいたといい、多くは蒸した後、焼いて売った。
が、江戸では焼いて売ることは無く、すべて蒸したものを売っていた由(蒸し板)。
小田原式の白かまぼこは江戸の代表的製法だった(小田原蒲鉾協同組合資料より)。
小田原蒲鉾は、地場産業。それ故、誇りと企業としてのあり方を厳しく問い品質保持に努力してる。
蒲鉾に含有される必須アミノ酸の量を測定し、基準を保ったものを小田原蒲鉾として認定している。

小田原蒲鉾で最も古い老舗が、「田代吉右衛門本店」通称「うろこき」である。
うろこき、とちょっと変わった名前だが、漢字で「鱗吉」。
鱗とは、三角形を鱗に見立てた北条氏の家紋(三つ鱗または北条鱗)のこと。
魚の原料が由来ではない。うろこきの先祖が北条氏から家紋の一部の三角形を賜ったことから。
田代家では代々、鱗紋を許されていた。蒲鉾屋を立ち上げた際、初代の吉右衛門が自分の名前、
吉の字を中に入れたことから、うろこきの屋号を名乗るようになった由。
元々、現在店舗の本町付近で魚問屋を営んでいた田代家は、天明元年(1781)に蒲鉾屋に転身。
当時の小田原は宿場町、活気に溢れ、腕のいい職人や料理人が多く集まっていたらしい。
蒲鉾作り技術にしても調理職人達によって小田原に持ち込まれたと思われる。
最初は、魚のすり身を練って丸めて蒸すだけで、すり身を板に乗せることを始めたのが初代吉右衛門。
「小田原式板付蒸し蒲鉾」の元祖が、田代吉右衛門だった由。
板に蒲鉾を乗せるのは、画期的、すり身の形は整えやすさ、蒸し器の中で安定性。
更には、板が適度に湿度調整をしてくれ、蒸しあがった蒲鉾は丁度良い保湿加減になる。
蒲鉾造りに際して、伝統的作業にこだわっているのが、「うろこき」の職人達である。
すり身の攪拌(かくはん)がそうである。ミキサーを使うのではなく大きな石臼で挽いている。
そして殆どが手作業で蒲鉾を作っている。古き製法ではない理にかなった丁寧な製法である。
それ故「大量生産」は、無理で「全国区」ではない。小田原蒲鉾店として余り知られていないだろう。
このような、職人気質が好きで我が家は、贔屓にしている。
蒲鉾は一般的に二層になっているのを知っていますか!?!
本体部分は白グチを使用し、味に重きをおく、対して上塗りの化粧部分はあくまで表面的な外観が大事。
上層部の原料は船で運んでくるグチではなく、地元小田原産のオキギスを使用している。
キスは、今でこそ天ぷらなどで人気ネタだが、かつては小田原沖で大量に獲れ、雑魚扱いされていた。
身が白くて柔らかい蒲鉾の上塗り用に向いている。何度も漉し汚れを取りきめ細かく練って本体に上塗りする。
「汚れ」と一緒に旨みも一緒に落としてしまうため、蒲鉾の味は、内側の本体部分だと言われている。
僕は、「うろこきしんじょ」がお気に入りだ。板に乗せない蒲鉾、身が引き締まり濃厚な魚の味が活きている。
他にもてこね揚げ、きんぴら揚げ、いわし揚げがある。店脇の囲炉裏休憩室^^)で頂いた。
蒲鉾は、身内が届けてくれるので、五色しんじょと自然薯棒を土産にした。
「じねんじょ棒」とは、白身の魚6割と大山産の自然薯4割を石臼で丹念に摺り上げたふっくらした揚げもの
実に美味しい揚げ物。小田原に出向かれた折には、土産としてお薦めの蒲鉾屋さん。

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“デジカメに想う1年間!?!”《凡声・/・囈‘18-16》

そら恐ろしいほどに魅せる描写。凡々たる葉っぱだが、何か心に迫ってくる。

《時節感慨・・呟記・・FUJI NIKON SIGMA+SONY!!》
“私的好み・・・カメラメーカー!!”

∇    ∇    ∇    ∇    ∇    ∇    ∇
今年は、僕にとって忘れていた初心を思い起こす幸運な出会いが・・・。
新機種のコンパクトデジカメ・プロ仕様のデジカメが次々と登場した。
市販デジカメ、最初の富士フイルム、ビデオカメラ界の雄だったソニー。
カメラとビデオが合体進化したのがデジカメといえるだろう。
フィルム時代のハーフサイズ・35mm・6X6・6X7~9・4X5・8X10。
これ等のカメラが一つに凝縮した様な機材、が今のデジカメと言えまいか。
僕の若い頃では、想像し得ない機材群が今、目の前にあり、手にとってみれる。
カメラ本体・レンズ仕様、全てが驚く程に進化、多様化してきている。
研究・技術の向上は、目を見張る。各メーカーがしのぎを削っているのも事実だ。
「人気ランキング」売れ筋数字で判断・表示している事に異をのたもうていた。
共存共栄を日本の各メーカーに望みたいと思ってもいた。「個性」を大切に、である。
先日「デジカメWatch」webサイトに「デジカメ Watch アワード 2018」が載っていた。
1位:ソニーα7 III(1,678票)⇒性能・発売時期等々で妥当と思った(仔細略)。
だが2位以下は、少々驚く結果であった!?!
2位:ニコンZ 6(1,177票)、3位:ニコンZ 7(1,105票)。
4位:富士フイルムX-T3(APS-Cフォーマット・903票)、5位:キヤノンEOS R(894票)
6位:富士フイルムGFX 50R(中判サイズフォーマット・816票)、
センサーサイズでフルサイズが、上位に来るのは分かる所。対してX-T3が4位!?!
これは、以外でした。更に面白いのは、中判サイズのGFX 50Rが、5位EOS Rと78票差。
欲しい・評価する、という視点からすると興味深い。更なる分析・解説をお願いしたい。
今年、最も驚いたのは、ライカ・パナソニック・シグマ3社のLマウントアライアンス発表。
レンズの互換が大きく広がりそう、来年が楽しみ。各社共々魅力ある本体を発表するか!?!
東京オリンピック頃、デジカメオリンピックともなりそうだ。
フルサイズミラーレスカメラだけではなくAPS-C、マイクロフォーサーズと色々ある。
それぞれ、各センサーサイズならではの魅力。日本のメーカーに驚く(とっても嬉しい事だ)。


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“冠毛!?!”《襍感・/・点描18-82》


《時節感慨・・呟記・・樹々の冠毛!?!”》
秋に里山でひと目に付かない所で楚々と咲くコウヤボウキ(高野箒)の花と出会った。
背丈が低いので目立たない。花が散るとタンポポのような綿毛をつけた種が残る。
更に綿毛が飛散すると、残った萼がドライフラワーのように見える。
今年は、年越ししない頃に綿毛(冠毛)姿を見せてくれた。
高野箒の由来のように綿毛が飛び散った後、細枝を使って箒を作って見るか!?!
でも年内は綿毛が飛ばないとみえる。年末の大掃除をしたくない、って我が脳裏。
愈々以って押し迫った。が、お正月は何がおめでたいのだろうか??

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“断腸の思い!?!”《襍感・/・点描18-81》

登山を始めた頃、洋風なランプ(ハリケーンランプ)をみて、カッコイイと思った。
山小屋で見た石油ランプも素朴で良かったが、ガッチリとした造り、部屋に置いた。
ドイツで産まれた伝統的なランタ-ン(Feuerhand社製灯油ランタン)は、健在だ。
100年以上変わらない抜群の性能(基本デザイン)、今も製造販売されている信頼性。
日本の木・竹等で作られてる伝統的生活用具も再考すべきと思う。!

《時節感慨・・呟記・・灯り!?!”》
あぁぁ~早い、2018年、今日も含めてあと5日になってしまった。
日々の流れが、、、気分・感覚の中では、えぇ!!と思うほどに。

今年の年末、感慨深い事を聞くに至った。捕鯨に関しての事だ。
政府がIWC脱退を通告、菅義偉官房長官が記者会見で明らかにした。
(国際捕鯨取締条約、クジラ資源の管理を担う国際捕鯨委員会(IWC)からの脱退)
政府は、来年7月から日本近海で商業捕鯨を再開する、と表明した。
僕の幼・小期、捕鯨船団基地近くでseikatuしていた。給食でも鯨肉が提供されて。
調理方法に寄っては実に美味。日本の捕鯨は、節度ある対応をしてきているではないか?
何故に、捕鯨で日本が批難されるのか??理解に苦しむ。
動植物の食材(人間にとっての)でも国際的な権力闘争があるように映るのだ。
僕個人としては、日本が自己主張を表明し始めたのは、喜ばしい、と感じている。
ほそぼそでも、続ける・・・主張し続け、英断を以って対処する。
ある種の・・・「大和魂」の表明とIWC脱退通告に感じた。
是々非々をしっかりと而して堂々と声をあげる日本でありたい。
来年に向かっての日本国の姿勢表示として賛意を持つ。安倍政権、ガンバレ!!


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“白銀への憧憬!?!”《襍感・/・点描18-80》

「サカタのタネ・グリーンハウス」虹の展望室
「虹の展望室」よりフランス庭園を望む
フランス庭園、1階エントランス前より
東京・大手町のイルミネーション

《時節感慨・・呟記・・X'mas!?!”》
子供の頃、米軍(駐留軍)基地教会内設置の日曜学校に参加させてもらっていた。
高校生になり横浜チャペルセンター(現横浜球場脇に建っていた)の聖歌隊に参加。
当時の横浜市山下町~山の手周辺は、まさに“異国”っていう趣があった。
小・中・高という10年余りX'masから正月は米・日の行事でいっぱい、楽しい日々だった。
だが当時、神聖な教会行事とは異なり日本人の騒ぎに違和感を持った、と記憶している。
昭和35年前後、X'mas・・・飲食店は、特別メニュ-だけだったような(横須賀・鎌倉)!!
そして昭和40年頃は、X'mas cake(ホ-ルケ-キ)一色、その面影は今も少しあるか。
当時、電車で帰宅する人々の手さげが同じ形で笑えた。否、異様な雰囲気であった。
高校3年のX'masは、深く記憶に残っている。初めてBlack-tie着用の集まりに招待された。
諸々を思い出していると現日本社会でのX'masは、まともになった、と思えるのである。
が、今の街中のイルミネーション(X'masに限らず)の競い合いは、すきになれない。
*     *     *     *     *
先日、毎年恒例の散歩に出掛けた。県立相模原公園周辺に。銀杏並木は、ほぼ落葉、残念。
公園内には、南国の雰囲気に満ちた大温室「サカタのタネ・グリーンハウス」がある。
1階の「トロピカルガーデン」は、従来の生態温室とは少し趣を変えた花々が楽しめる屋内庭園。
2階の「虹の展望室」、心地よい音楽が流れ、噴水広場のパノラマが一望できる空間。
素朴!?!なクリスマスツリーが、温室管理している方々の懷いが伝わってきた。
この温室、隣の清掃工場の余熱を利用して運営管理されている。
隣接する相模原市南清掃工場のごみ焼却熱を利用している由。
焼却時の発生熱で高圧の温水が作られ、グリーンハウス内の熱交換機へ送られている由。
約70度のお湯として館内の冷暖房に活用されている。使われたお湯は、再び清掃工場へ循環される。
温室の周りは、人工的に整備されたものだが、年々、自然植相に成っている様に感じる。

大学生(学部)時代のX'mas頃は、北アルプスの何処かで雪中の人であった。
1週間近くの吹雪の後、晴れた満点の星を見ながら熱い想いを抱き早朝に滝谷にむかった。
青春時代、実力は非力だったのだが、あの頃の“想い”今何処?? 昨今の生活は、反省あるのみ。

昨日は、「はたび・・・今上天皇の誕生日でありました。1933年12月23日生 (85歳)。」
今上天皇が、皇太子でおられた頃、鎌倉でテニスを楽しまれているお姿を拜した事がありました。
天皇として最後のお誕生日、感慨深いものがお有りだと思います。昭和がまた遠のくように感じます。





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“道端の今、黄色!!”《襍感・/・点描18-79》

ノボロギク(野襤褸菊) キク科(Asteraceae/Compositae)
学名:Senecio vulgaris L.
別名: ボロギク
花といって良いか??と思うほどに中途半端な咲き方。
でも蕎麦で眺めると、楽しい^^)。

《時節感慨・・呟記・・身近の黄色い野草!?!”》
ノボロギク(野襤褸菊) キク科(Asteraceae/Compositae)
学名:Senecio vulgaris L.
別名: ボロギク
ごく普通にどこでも観られる野草。明治期にヨーロッパから渡来した帰化植物に由。
この辺では、一年中道端や畑地などで健気に花を咲かせている。が、嫌われもののようだ。
茎は、高さ20~40cm位で紫褐色帯びて、まばらに白い毛がある。
葉は互生するが、柄がなく不規則で羽状に裂け基部で広がり茎を抱く。濃緑色でやや光沢がある。
頭花は、散房花序状に付き、黄色の筒状で開かない。花冠の先は5列、白色毛状の冠毛がある。
小苞の先に濃紫色の点がある。実についた穂綿がボロ布のように見えることから、名がついた由。
よく云われるのが、湿性畑地等での強害雑草!?!家畜に有毒な物質を含み持っている。
「2018・12・17」
*     *     *     *     *
今年も余す所、10日になってしまった。何かと気ぜわしい。
年末に成って、サイバー空間の脅威を一庶民でも考えなければいけない!!
そんな事を脳裏の片隅に置かなければいけないか、って思うように成った。
アナログ世代の爺には無縁等と言っておれない。便利になったが、脅威も大きくなった。

諸々思っている時に、当ブログルの自分表紙(カスタムテーマβ版)仕様が刷新された。
早速使わせて頂いている。インパクトあるスレッドになったが、その分、粗も目立つ。
丁寧な使い方をしないといけない。頭を使う・脳の活性化をさせて頂いて。。。!
内倉さんはじめとするPSPの皆さんに感謝申し上げたい。

#植物 #ブログ

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“里山の今、黄色!!”《襍感・/・点描18-78》

里山の道なき所、天を仰ぐと見事な色が見下ろしてくれた。
黄葉は、世の中を明るく照らしてくれるが、ばんじんにではない。
出会えて幸いだが、独り占めは、どことなく寂しい。
シラカシの森、脇の池を眺めると冬化粧に入っている。枯れた味わい。

《時節感慨・・呟記・・冬、黄色い自然!?!”》
昨今、季節を想わせる景観に乏しくなった。
でも里山を散歩してると、ヤッパリ冬到来って感じる。
樹々は、正直。黙示て語らず、今を生きる。

週末、感じた事に「拉致被害者」の今は???
悲しいに尽きる。余りにも悲惨すぎる。
時の流れ、年末が寒々しい。




#ブログ

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“里山の今、赤い実!!”《襍感・/・点描18-77》

ガマズミ(鎌酸実、莢迷/実“fructus") レンプクソウ科(Adoxaceae)
学名:Viburnum dilatatum Thunb.
「エナガ(多分)」

《時節感慨・・呟記・・初冬、鳥の「食」、赤い実!?!”》
ガマズミ(鎌酸実、莢迷、蒲染);
花に関しては、以前に細かく記したのでそちらを参照して頂きたい。
ガマズミ(鎌酸実、莢迷)の花は ムシカリ(虫狩・スイカズラ科)とかなり大きさが異なるが、
赤い実になったら区別が難しいほど良く似ている。
秋には ムシカリやヤブデマリの実と同じように真っ赤に実る。
鳥たちの餌になるが、食してみると紅くなりたての頃は酸味が強い果汁である。
初冬の頃には、甘くなり食べられるが、果肉は薄く種子が大きい。
昔から天然の着色料に用いた。山里では果実酒にする(きれいな深紅色)。
秋も深まると、実より遅れて葉も赤くなる。
又、タマバエの一種による虫こぶにもなる。正常実の2~3倍の大きさの球形になる。
色は淡緑色から淡紅色を帯び、表面には白色の短毛が密生する。
例年、11月には実(種子)が姿を表すが、今年はなぜか遅れ気味に実が付いた。

一寸離れたところでは、“鳥撮”集団が、「カワセミ」を狙って三脚を立てていた。
邪魔しない様に遠回りして林の中をいくと池近くで可愛い「エナガ(多分)」に出会った。
「2018/12/09大和市・泉の森」 

#植物 #鳥

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“珍客「鮎」?!?”《襍感・/・画録‘18-7》

以上、泉の森、管理センターHPより転写。

《時節感慨・・呟記・・“引地川に鮎が遡上した?!?”》
神奈川県の、“厚木飛行場”脇、泉の森を源泉とする引地川。
洪積台地を浸食して谷底平野を形成しながら南流、湘南鵠沼海岸に注ぐ全長21.3kmの川。

この所サボっているが、今の居から自転車で引地川に沿って走り、海岸線を東へ。
途中、稲村ヶ崎によって一路三浦半島へ、一周して鎌倉・和賀江島近くで休憩^^)。
(三浦半島は、魚貝類の宝庫、ランチを楽しみに出かけるのだ!!)
そこから片瀬江ノ島を通って、境川サイクリングロードを北上して帰宅。
凡そ100km程の1日ポタリング、よくはしっていた。

引地川と境川、湘南砂丘地帯を通っていることから大水の度に河道がつけ変わっていた。
江戸時代の絵図には境川下流部に引地川が合流しているものも見られる。

今年の夏、泉の森を管理している市の職員が、泉の森の池で「あゆ(鮎)」を目撃、観察していた。
画像のように生息観察、拝見するに驚きである。境川では、目撃情報を聞いていない。
引地川は、それほどに清流になったのか!! 来年から楽しみが増えた。


#記録

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“里山の今、小花が!!”《襍感・/・点描18-76》

ヒメオドリコソウ(姫踊り子草) シソ科(Lamiaceae/Labiatae)
学名:Lamium purpureum L.

《時節感慨・・呟記・・初冬、地表に佇む小さな華!?!”》
ヒメオドリコソウ(姫踊り子草);
花の形が,笠をかぶった踊り子!?!の姿を思わせることから名前が付いた。
関東一縁から長野県に多く見られ、明治中頃に渡来した帰化植物で径高20cm前後。
道端や畑などに見えるが市街地付近にも多い。肥沃な場所ではよく群生している。
葉が茎の先端になるほど紫色っぽくなり、花期には赤紫色を帯びるのが特徴で葉は対生する。
三角状卵形、脈が深く有柄な葉形。鋸歯はやや不規則で丸みあり葉裏は軟毛でやや白く腺点がある。
茎は四角形で、下向きの白毛が生える。茎の上部の葉脇に長さ約1cmの淡紅紫色の唇形花をつける。
雄蕊4個。花粉は、橙色。萼は5裂、裂片の先がとがり脈が隆起し、脈の一部が紫褐色になる。
仏の座より花が小さく、頭頂部にはあまりつかない。上部の葉のわきに花をみせる。
よく似ている姿で葉の鋸歯が深く切れ込むものにモミジバヒメオドリコソウがある。
(別名キレハヒメオドリコソウ/Lamium hybridum)
仏の座やもみじ葉姫踊り子草は、夏や秋にも花をつけることがある。がヒメオドリコソウは稀。
仲間のオドリコソウは緑の葉だけでであることと、花も背丈もずっと大きくロゼットの姿で冬を越す。
白花のは、シロバナヒメオドリコソウと呼ばれる。よく似たホトケノザの花は、細長く上に立つ。
ヒメオドリコソウの花期は、普通3~5月だがここ周辺では1月に咲く。所が今年は早くも咲いた。
*     *     *      *      *


 

#植物

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“瀟洒なたたずまい!!”《襍感・/・点描18-75》

起雲閣・・門
外観は、和風建築
かつてよく使われていた、タイル張り床。
明るい天井・・・今の時代でもモダン・お洒落だ。
庭(庭園)の空間、日本の伝統的+西洋雰囲気!!
《時節感慨・・呟記・・昔がよみがえる“建築文化・・和洋合一!?!”》
ここ数ヶ月の間に昭和を代表する保養地・温泉地・別荘地の一つ“熱海”を2度も訪れた。
子供の頃に親に連れられ行った、懐かしい場所でもある。
今では、観光客で賑わう保存建築文化財でもある「起雲閣」に昔、宿泊したことがあった。
1919(大正8)年に実業家,政治家であった内田信也が実母の静養場に建てた別荘。
伝統的和風建築だが、随所に斬新な技術が見られる。
母屋的建屋(座敷の床の間や付書院まわり欄間等)は、細部に凝っているが簡素な造りである。
しかし、座敷の三方を取り囲む畳廊下と庭園の風情は、今日では見れない贅沢な空間に映った(今現在)。
畳廊下の窓ガラスは、当時、職人の手造りの「大正ガラス」、手造りゆえの微妙なゆがみが、懐かしい。
又、座敷と同じ高さに揃えた畳廊下で囲む造り(入側造、いりかわづくり)、車椅子生活を思っての事か。
家族を思い図っている事が見て取れる。母屋の二階座敷「大鳳」に「太宰 治」も逗留したと伝わっている。
起雲閣の表門は、1919(大正8)年に創建され、薬医門(やくいもん)とよばれる造りである。
二本の本柱と二本の控柱で女梁(肘木)と男梁(腕木)を受け「切妻」「入母屋」の屋根を架けている。
現在は、屋根に瓦を載せているが、古い写真では檜皮葺(ひわたぶき)で軒を押さえている。
大正期から昭和期にかけての門・土塀、母屋(座敷や玄関)、土蔵、別棟の洋館、
そして庭園のすべてが揃い邸宅の屋敷構えとして現存する事例は数少なく、貴重な文化的・歴史的遺産である。
洋館「玉姫」(たまひめ)は、二代目の持ち主「根津嘉一郎」により、1932(昭和7)年に完成した。
正面中央に暖炉があるヨーロッパのデザインを基本にして「折上格天上」(おりあげごうてんじょう)等、
日本の神社仏閣に見られる建築様式や中国風の彫刻、シルクロードで見られる唐草模様の彫刻で飾られている。
洋館「玉渓」(ぎょくけい)は中世英国の「チューダー様式」に「名栗仕上げ」を取り入れ山荘風の造り。
だが、暖炉の覆いにはサンスクリット語の飾り、入口の天井には茶室様な竹が用いられ、独特の雰囲気空間。
暖炉脇の太い円柱は、古社寺の柱、江戸時代の帆船の帆柱とも云われ日本建築の「床の間」と「床柱」感覚か?
「玉姫の間」に併設されたサンルームや、ローマ風浴室等、目を見張るものばかりだ。
訪れた日は、撮影機材を持参していなくて、後日再訪して仔細を記録したい(自己流視点で)。
起雲閣の庭園は、池泉回遊式庭園(ちせんかいゆうしきていえん)とよばれ、眺望・散策を楽しむためのもの。
「起雲閣」とは、旅館時代の名称。外観は和風だが、室内は洋を取り入れ斬新、調和さは、見事という他ない。
昭和を彩った文人に愛された宿。僕にとって谷崎潤一郎、志賀直哉を思い起こせる夢想の場所である。

熱海散策から帰宅した後、「旧日向別邸」の拝観が年内を以って数年間お休みになる、という情報をもらった。
子供時分に起雲閣に逗留した折り、海岸を散歩して「旧日向別邸」を訪ねた記憶がある。
懐かしく拝観できないか、と思った。今は、「旧日向別邸」熱海市が管理しており、土日、予約のみに由。
「旧日向別邸」は、ドイツ人建築家(旧東ドイツ)ブルーノ・タウトが日本に残した設計建築物である。
アジア貿易で活躍した日向利兵衛が別邸の離れとして1936年(昭和11年 )に竣工。
ドイツ人建築家、ブルーノ・タウトが日本に残した唯一現存する建築で、重要文化財にも指定。
竹や桐をふんだんに用いた社交室、部屋の一部として階段のある洋室、そして和室の3室から構成され、
桂離宮、伊勢神宮など日本の様式美を意識して設計されている。
日向氏の死後は民間企業の保養所として利用され、今は熱海市の所有となり一般公開されている。
木造二階建ての母屋の設計は、東京銀座の和光、東京上野の東京国立博物館、
愛知県庁などの設計で知られる渡辺仁によるもの。

写真撮影は禁止であったが、昔を思い出せる空間であった。月日の経った事に寄るものだろう!?!
昔、訪れた時は、室内にもっと光が差し込んでいたように思う。諸々の事でへや全体がくすんだのか?
へやの隅々まで拝してみると、繊細かつ丁寧な職人技が随所に見られ感慨深く拝観できた。

#建築物 #ブログ

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“残照ある葉色!?!”《襍感・/・画録‘18-6》


《時節感慨・・呟記・・“里の紅葉・黄葉!!”》
数週間前に紅葉・黄葉めぐりに出掛けた富士五湖周辺、雄大な景色に圧倒された。

そして又、世界遺産登録の影響が如何に大きいのかを実感、でも一寸。。。!?!


里、我が家周辺にも紅葉・黄葉前線が降りてきた。ことしの色、いまいち深みがない。それでも“綺麗だ”。
“も み じ 葉”

師走・・・もう12月、時間が早く早く過ぎていくような気が・・・!


#記録

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